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 SPを引き連れたちょっとワルぶった感のあるオジ様はあたしの前に立つと、うんと確かめるように一つ頷いてフレンドリーに話しかけてきた。


「カンバラ・ブリギッテさんとお呼びした方がいいんでしたっけ?」


 さて、どうする?


 あたしの頭の中のゲーム画面はコマンド入力待ち状態で固まってしまった。


 年の頃五十代の欧米系オジ様に友達はいない。いる訳がない。知人、顔見知りってレベルまで範囲を拡げても心当たりはない。コータくんやサクラコ関連の知り合いか? いや、その線も薄い。仮にそうだとしたらまずサクラコに声をかけるはずだ。


「……」


「……」


 気まずい沈黙が漂い出す。お互いコマンド待ち状態か。


 見憶えはある。確かにある。やっぱりネットニュースで観た顔だろう。いきなり写真を撮って顔面検索をかけるのも失礼だし、かと言ってオジ様が名乗り出るまで上目遣いに睨み付けているってのも子供じみて嫌だ。仕方ない。失礼度合いが比較的低い対応を取ってやろう。


「おじさん、誰?」


 小首を傾げて見せるあたしに、大人に褒められた子供みたいにニカッと笑顔になるオジ様。


「どうもはじめまして。EEU財務省で経済に関する仕事をしているダヴィッド・デ・デスピオです。ダヴィッドは英語読みでデービッドとなるので、デービッド・デ・デスピオ、そう、デデデと呼んでください」


「デデデさん? じゃああたしはカービィとでも名乗ればいいかしら」


「そう呼んでいいなら、喜んであなたのライバルとなりますよ」


 デデデさんはこんな小娘に対しても少し腰を曲げて頭を下げるようにして右手を差し出した。


「テレビショウであなたの事を拝見しましたよ。『世界の社長より』のアンドロイドMCをやり込めるトークは痛快でした」


「ああ、あれを観たんですか。失礼しました。はじめまして、神原ブリギッテです」


 あたしは慌てて拡張現実眼鏡を外してソファから立ち上がり、デデデさんの右手を握りしめた。あの番組を観てくれた人ならこちらも社長としてきちんと対応しなくちゃ。


「こんなところで番組史上最年少社長とお会い出来るなんて。一番下の娘があなたのファンなんですよ」


「わ、リアルでいるんですか、そんな人が」


「まだ十五のくせにレトロゲームの魅力に囚われたようでして、何やらネットで調べまくっているんです。ハッカー気取りかなんか知りませんが」


「レトロゲームの闇は深いですからね。深みにハマったらなかなか戻ってこれませんよ」


 立ち話も何だし、SPの人も特に警戒している様子もないし、こう見えても一応は一介の社長なのでここはそれっぽく振る舞っておこう。あたしはデデデさんへソファを勧めるよう握手した右手をソファの空いている箇所へ差し向けた。


「デデデさんは『世界の社長より』をよく観るんですか?」


「ええ。大企業グループ、零細中小企業と関わらず、社長の人としての本音が聞ける貴重な意見の場と観ていますよ。アンドロイドMCとのやりとりもいい意味で笑えますし」


 デデデさんはわりと遠慮なしにあたしの隣に座った。SPの人達がこの予定外の行動にちょっとだけ迷惑そうな顔をする。ごめんなさい。あたしもまさか座るとは思わなかったの。


「いきなりだけど、インスタグラムいいですか? ブリギッテ社長にお会いしたと娘に自慢しなくてはならないので」


 デデデさんは丁寧な口調でスーツの内ポケットから投影スマホを取り出した。無重力ペンみたいに少し頭でっかちなスティックからすっと何かを引き出す仕草をする。するとその指先に一瞬でスマホの画面が空間投影され、あたしがリアクション取るよりも早くテキパキとアプリを立ち上げた。インスタグラムも何も、まだあたしは一緒に写真を撮る事に同意していないんですけど。


「ウィスティティー」


 細長いスマホのレンズをあたしに向けて、デデデさんは自撮りよろしくあたしと顔を並べて歯を見せておどけるような変な笑顔を作った。あたしも仕方なく唇をちゅーっと突き出して変な顔をしてやる。そしてフランス式でカシャッ。


「じゃああたしも、スパゲッティー」


 お返しに3DSのカメラで自撮り。こちらはドイツ式だ。あたしは澄ました笑顔で、デデデさんは顎を突き出した変顔で。EEUの財務省とやらにお勤めのお堅いお偉いさんかと思ったが、なかなかノリのいいオジ様だ。


「私のインスタグラムはけっこう評判がいいんですよ。この前もニッポンの財務大臣と一緒に撮った時、普段は笑わない大臣の意外な変顔を世界へ公開出来ましてね」


「あたしの顔も世界へばら撒かれる訳ですね」


「お困りならやめときますが?」


 デデデさんがスマホの空間投影された画面上で指を止める。ちらっとあたしを見て小首を傾げる仕草はまるで悪戯小僧だ。どうぞお好きに。あたしだって3DSの画像をフル活用させてもらうから。


「ちゃんとブリギッテ・ワークスの宣伝もしてくださいよ」


「レトロゲームならブリギッテ・ワークスへ! の一文を付け加えておきますよ」


 と、社長っぽい会話を交わしていると、SPの一人がデデデさんにつと歩み寄って、何やら深刻な顔付きで一言二言告げた。すぐ側にいたあたしにも聞き取れないレベルの小声だったが、デデデさんにはそれで十分だったようで、オジ様は陽気な笑顔を一瞬だけ掻き消して立ち上がった。


「ブリギッテ社長とせっかく友達になれたと言うのに、どうも急な予定変更があったようで、残念ながらもう行かなくてはならないようだ」


  デデデさんは再び人懐こい笑顔に戻り、あたしにもう一度握手を求めてきた。


「またお会いしたら、その時はゆっくりゲーム経済の話を聞かせてください」


「お嬢さんによろしく。同年代の友達募集中なので、今度3DSのレトロポケモンで遊びましょうって」


 何割かは社交辞令の意味合いも含まれているだろうが、デデデさんはあたしみたいな小娘とも紳士的に握手をしてくれて、そしてSPに囲まれるようにしてVIPラウンジのさらに奥にある扉へと足早に去って行った。


 お忙しそうで何より、とその背中を見送っていると、入れ替わりでサクラコがあたしの前に立った。その手にはコーヒーのパックと無理矢理増設されたような歪なチョコレートパフェがあった。


「助けはいらなかったようね。あのロリコンオヤジ、いったい誰よ?」


 見ていたんなら助け船くらい出航させてよね。あたしはチョコパフェ大盛を受け取って、サクラコに3DSの画像フォルダを見せてやる。


「EEU財務省のお偉いさんとか言ってたけど、見た事ある? 自称デデデ大王」


「デデデ? あのハンマー持ったデブペンギンの?」


 サクラコはあたしの隣にちょこんと座って、コーヒーのパックを開けて湯気をふうふうと吹飛ばしながら拡張現実黒縁眼鏡のフレームをタップした。画像から顔面検索するんだろう。


「どれどれ」


 さて、その間にあたしはチョコパフェの一番美味しい一口目をいただくか。無重力だからこそ表現できた螺旋をテーマに構築された前衛芸術のようなそれは、ソフトクリームとチョコレートソースが描き出す危ういバランスを保った二重螺旋の斜塔か。さあ私を崩してくれと言わんばかりに捻じ曲がった肢体を見せつけて、脇腹から食いつこうか、喉元をえぐり取ろうか、あたしを獣へと変身させる。無重力のパフェは人を野蛮なる詩人にさせる。ってとこか。頭からガブっといくよ。


「デデデ財務相。ダヴィッド・デ・デスピオ。なるほど、ユーロユニットの経済担当大臣ってとこね。ヨーロッパのお財布の紐を握ってる人よ」


「それって偉いの?」


「とっても。あのおっさんが首を縦に振ればヨーロッパはお金で溢れて、横に振れば中小企業がバタバタ潰れるくらい偉い人ね」


「そんな無茶な。すごい人と写真撮っちゃったかな」


「社長としてレベルアップしたかもね」


 サクラコはストローで熱いコーヒーを啜った。そしてゥアチッと小さく叫んだ。


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