第12話 宇宙のハンバーガー 1 ダイハード
月周回軌道宇宙港。人類史上二番目に大きな人工建築物。月面都市から見ると真っ黒い宇宙にぽっかりと浮かぶハンバーガーのよう。
それは一棟の建築物と言うよりもたくさんの目的別モジュールが連結された、言うなれば超多層式複合構造物なのだ。万が一デブリ衝突事故なんかが発生した場合でも、気密漏れを起こした区画を即座に分割隔離出来るよう巨大なくせにかなりフレキシブルな構造になっているらしい。
元宇宙港管制オペレーターのサクラコ曰く、増築に増築を重ねて膨れ上がった巨大建造物のため、すでに使用が終わって放棄された古いモジュールもあるらしく、新旧含めてモジュール間の移動ルートも複雑を極めてマップなしでは生きては帰れない3Dダンジョンと化しているとかなんとか。全モジュールを踏破した人間はいないんじゃないかとも言われてるらしい。まさに人類未踏の月の秘境だ。
新モジュールが増築される度に合体変形を繰り返してカオスに結合された異形のシルエットは、挟めそうなものを何でも挟んだハンバーガーみたいで、月に住む日本人からはモスバーガーと呼ばれていたりする。
一部の特撮マニアが、有事の際は絶対ヒトガタに変形するはずだ、と噂しているくらいめちゃくちゃな形をしている。
宇宙港としての航行関連機能以外にも、商業施設やら宇宙ホテルに飲食店街も幾つも経営されているし、もちろん研究施設モジュールもハンバーガーからはみ出たピクルスみたいにくっついているし、平時でも二万人ぐらいは常駐している。離発着機利用者や観光客も数えると最大で六万人はしがみついているであろう巨大な空飛ぶハンバーガーだ。
そんなモスバーガーのぶるんとはみ出たベーコンの上のチーズとレタスに挟まれた辺り、たくさんの桟橋が見渡せる待合ロビーにあたしとサクラコはいた。
「あ、いたいた」
宇宙港は月周回軌道に浮いているのでもちろん全域が無重力状態だ。研究施設なんかは擬似的に重力を発生させるためモジュールを自転させていたりするが、基本的にみんなふわりふわり移動ルールに則って漂っている。宇宙が初めてと言う観光客にとっては、この無重力環境そのものが宇宙旅行のメインディッシュだ。待合ロビーにはそんなふわふわした観光客がたくさん漂っている。
「ほら、見える?」
サクラコがきゃっきゃとはしゃいで指を差す。って、指を差されても、大きなウインドウから見える景色は宇宙空間だけあってやたら深度があり、何本もの桟橋が伸びて何十隻と言う船が接岸しているんだ。指を差すレベルじゃどこにコータくんがいるか見つけられない。
「えー、どこ? わかんない」
あたしとサクラコは待合ロビーの展望ウインドウの一つを占領して、そこから見える桟橋に入港しようとしている宇宙船群の中からコータくんのソルバルウ号を探していた。
サクラコはいつものファミコンカラーリングのジャージで、あたしはグレーのツートンカラーの対静電気パーカー。スーファミコーデだ。あたしもサクラコもアンチグラビティミニスカートとサクラコがCMモデルをしたとか言う静電気防止黒ストッキングを履いているが、この無重力空間でミニスカートだなんて、下からスカートの中を覗けるんじゃないかと心配の殿方。安心してください。無重力女子の身嗜み、ちゃんと対策は施してありますよ。
「手前から三番目のV型桟橋で入港待ちしてる列があるの解る?」
「なんか列が乱れてるヤツ?」
見れば、確かに入港待ち行列が出来ている桟橋があった。その行列の一部が二股になりかけている。そもそも待ち行列自体が珍しい。船があんなに並んでいるなんて見かけた事もない。どこかのベイドックが事故かなんかで閉鎖されてるのかな。
「そ。その列が膨らんでるとこにソルバルウがいる」
サクラコは半年ぶりにコータくんと顔を合わせるためばっちりとメイクも決め、黒髪もきっちりと梳かしてセットしてきたってのに、ヘアピンを忘れちゃったから髪の毛が無重力でぶわっと広がって、結局いつもの寝癖ヘアーと変わらない頭になっていた。
「あー、他の船と重なっちゃってるか。コータくんらしくない」
「別な意味でらしいっちゃあらしいけど」
「でも何か、船の待ち行列なんて珍しくない? あたしはこんなの見た事ないよ」
あたしのくすんだ金髪ツインテールはきちんとヘアリングで固定しているから、沙羅曼蛇のゴーレムみたいに二本の触手のごとくふわりふわりと揺れている。サクラコが視界を遮ろうと漂うあたしの金髪触手をぱしっと弾いて言う。
「誰かオペレートミスったんじゃない? ブッキングしちゃったとか。ドックも入港制限がかけられてるっぽいし」
カーゴを外したソルバルウ号は肉まんをむんずと掴む人の手のような形をしている。手首の方が前で、ちょうど中指の付け根辺りにコクピットがある。他の四本の指の可変翼にはエンジンとスラスターがついていて、かなり機敏な三次元航行が可能な小型貨物船だ。
そんな五本の指で大きな荷物を掴んで走る宇宙船なので、カーゴを外した本体のみの第一形態時は船体も軽くなって総体積も相当小さくなり、年式の割りにかなり脚の速い船だ。
もうすっかりコータくん専用機となっているが、もちろん会社所有の宇宙貨物船だ。将来的には型落ちして払い下げられたソルバルウ号をあたしが買い取って、これで火星単独無寄港を成功させてやる、と考えてるが、はたしてコータくんが手放してくれるかどうか。
「ねえ、なんか割り込みしてきた船をコータくんが邪魔してるって見えるね」
ぽーんと跳ねたツインテールの片っぽを捕まえる。
ソルバルウ第一形態は待ち行列に割り込みをかけてきた一隻の船を五本の指で掴むようにホールドしていた。あれでは船体を完全に覆われた割り込み船も動きようがない。完璧にメインノズルやらハッチ、コクピット周りを指で覆っているので、もし接触でもしたら一発で航行不能になってしまう。格闘技で言うならばまさにマウントポジションを取っているようなものだ。
「ソルバルウも小さい船だから舐められて割り込みされて、コータくんが怒ったってとこか。コータくんにケンカ売るなんてバカもいるもんだ」
タグボートロボットもなし、管制オペレートもなしで、船体同士を触れさせないでよくもまああれだけ絡みつくように精密操船できるもんだ。さすがはコータくん。
「遊んでないで早く上陸してくれてもいいのに。何やってんのもう。サクラコが待ってるってのにねえ」
「ブリギッテが待ち侘びてるってのに、もうコータくんったら。この待ち行列だと、桟橋にドッキングするだけでもまだまだ時間かかりそうだわ。VIPラウンジにコーヒー飲みに行かない?」
まだまだ時間かかると元管制オペレーターがそう言うんじゃ仕方がない。このまま無邪気な観光客が雑多に漂いまくる乾燥した待合ロビーにいたって何か面白いものが観れる訳じゃないし、お付き合いしますよ。
「チョコパフェある?」
「あるに決まってんじゃん」




