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テトリスと言うゲームが世界に与えたインパクトはそれはそれは凄まじいものだったと聞く。
ゲーム画面がこれでもかとシンプルなくせに、そのゲーム性は広大な原野に放り出されたような果ての見えない奥深さを感じさせてくれる。
そしてそれはパズルゲームの概念をがらりと変えてしまったゲームだ。テトリス出現以降、パズルゲームは落ち物ゲームと言う特殊なジャンルを生み出して、続々と派生ゲームが増殖していったのだ。
かつて、ソビエト連邦と言う社会主義の大国があった。テトリスはゲームとしてではなく、ソ連の科学アカデミーにて心理テストの一種として作られたプログラムらしい。しかし、シンプルに面白過ぎ、テスト受験者が楽しみだしてもうテストどころじゃなくなった、との事だ。恐るべし、開発者のアレクセイ・パジトノフさん。恐るべし、ソビエト連邦。
サクラコもある意味ではソビエトの血を受け継いでいる訳だし、いっそのこと心理テストとしてテトリスをプレイしてみたらどうだろう。片付けが出来ない人のサンプルケースとして科学アカデミーにデータを提出すべきよ。
「ブリギッテさん、準備はいいですか?」
メイドロイドのヴィー子があたしの顔を覗き込むようにして聞いてくる。脚を斜めに揃えてカーペットにぺたりと座り、膝の上で手を組むようにメガドライブのコントローラを撫でる。
「こっちはいつでもいいよ」
あたしもコントローラを撫でる。さらさらとした硬質の手触りが心地いい。メガドライブからだったか、やたらコントローラにボタンを詰め込むようになったのは。やっぱりボタンは四つくらいが指が迷わなくていい。
「じゃあ、対戦コラムス、スタートです」
完全体サクラコであるヴィー子が柔らかい笑顔でテレビ画面に話しかける。確か、サクラコが二十四歳の時の身体データを基にボディデザインされてるはずだが、モデル並みに細くて顔も小さくって完璧過ぎるよ、もう。今の三十路ぎりぎり手前のサクラコもほとんど変わっていないが、髪を長くしてる分だけ寝癖のもさもさ具合がひどくなっているし、睨み付ける目付きの悪さも年相応に磨きがかかってる。
で、なんでコラムスなんだろう。最初はテトリスを例にアンドロイドに美学はないと話していたはずなのに。
そこにこの対戦の攻略法があるはずだ。コラムスの方がアンドロイドに美学がないと説明しやすい決定的な何かがあるはずで、だからこそあたしは部屋の掃除を賭けたのだ。
それが何か解れば、あたしの勝ちは必然になるのだから。
コラムスは縦に三つ連なった宝石が落ちてきて、その配列をくるくると変えて、三つおんなじ色を揃えれば消せる三つ消しの落ち物ゲームだ。テトリス後発の落ち物ゲームとしてはかなり基本的なシステムになる。
「ね、ヴィー子はコラムス得意なの?」
まずは対戦ゲームの定石、盤外戦術のおしゃべりで様子をみようか。
「ロジックで解き方を探るパズルと違って、対象のジュエルブロックの滞空時間が制限時間となって演算処理をどこまで……」
「簡単に言って」
「やる事がいっぱいで何から手を付けたらいいか困ります」
「それをゲーマーは楽しいって言うの」
サクラコがソファでクッションにしなだれかかって言った。クッションて言うか、半分は洗濯物の山だ。
さらに言うと、サクラコの理屈が正しいならば、掃除のためどこから手を付けたらいいか解らない現状はゲーマーのサクラコにとって楽しい状況となってしまう。ほんとう?
「じゃあさ、ヴィー子の好きな色は?」
対戦コラムスは連鎖消しで相手のプレイフィールドを狭めてやる。そのためいかに多くの連鎖の元を作っておくかが攻略のキーだ。同色を三個揃えればいいので、斜めに二個セットしておくのが基本中の基本。問題は、何色に目を付けて揃えておくか、だ。
「私の好きな色は#FFFFFFです」
「いや、わかんないし」
「すべてのフラグが立ったようで素敵だと思いませんか?」
「いや、意味わかんないし」
あたしはブロックを消す事よりも、連鎖や複数消しのため斜め二個セットを作り続けるスタイルでプレイする。それに対してヴィー子は落下してきたジュエルブロックをひたすらに三個消しのために並べるプレイをしていた。
落ちてきたブロックの色を見て、とにかく消せる三つを選んで配置を変えていく。確かにアンドロイドらしく正確無比で高速なプレイだけど、そのスタイルでは連鎖消しが発生しなくてあたしへの攻撃ができない。対戦ではまるで意味がないプレイスタイルだ。
「ヴィー子のやり方だとポイントは入るけど勝てないよ」
「はい。でもブロックを消さないと対戦以前にゲームオーバーになってしまいます」
すごい速さでブロックを落とし、1フレームのミスもない完璧な操作で三個ずつ消していく。異常な速度のゲーム進行だけど、あたしにとっては何ら脅威ではないので、こちらは着々と連鎖準備が整っていく。
そして、ほら、待っていた色のブロックが来たよ。
「はい、必殺、大X消しー!」
フィールドいっぱいに使って大きなXの字を作って一気に九個消しだ。あたしのフィールドからブロックが大量に消え、ヴィー子のフィールドがだんって上にせり上がりプレイ領域が半分くらいになった。
「はい、詰みです。私の負けです」
と、ヴィー子が何の抵抗も見せずに、まだまだプレイ続行可能なはずなのに敗北を認めた。
「えっ、もう終わり?」
「ええ。これ以上続けても、私のプレイ領域内での三個消しの機会は少なくなり、結果としてゲームオーバーを遅らせる事はできません」
ヴィー子がプレイ途中にコントローラを置いた。そのコントローラをサクラコがソファから自堕落に脚を伸ばしてコードをひょいと引っ掛けて受け継ぐ。
「ね。アンドロイドに美学はない」
「どう言う事?」
「対戦ゲームのように予測不能なランダム要素にはアンドロイドのパターン予測能力は荷が重過ぎるし、あえて負け方向へ進むプレイスタイルなんてルールを認知した以上は対応不可能なの」
確かに大X消し作戦は不用意にブロックを積み過ぎる傾向にある。相手が先に連鎖消ししたらほぼ負け決定だ。負けないプレイをするならそんな戦法は取らないし、そもそも自分が不利になる戦法は考えもしない。
「そしてロジックで予測、つまり画面上の空き領域と落ちてくるブロックの数と、あまりに正確に予測演算出来るから悪足掻きもしないの。負け濃厚って解ったらそれ以上プレイする意味がないからね」
なるほど。悪足掻きをしない対戦相手とゲームしても、力でねじ伏せる前にあっさり投降してしまうからカタルシスを得られない訳だ。それは対戦ゲームとしては面白くないわ。
「お掃除もおんなじよ」
そこに繋げてくるか。サクラコはソファに寝そべりながら哀しそうに首を振った。寝癖頭がふぁさふぁさと揺れる。
「未来予測をすれば、衣服をクローゼットに仕舞ってもすぐに着てまた洗濯するので仕舞う必要がないし、ゲームだって毎日遊ぶから片付ける意味がない。演算処理上無意味な計算はしない方が処理速度は上がってメモリー領域を有意義に使えるってものよ。アンドロイドはそう結論付けるのよ。だから、アンドロイドに美学はないの。すべての演算処理の果てにフラグは立たないの」
ちょっと違くないかしら。サクラコの私情がごりごりと割り込んでるように思えるぞ。
「負けにも敗北の美学ってのがあるし、戦い方にも相手をリスペクトすると言うか、対戦の美学ってあるでしょ? アンドロイドはそれを表現出来ないのよ」
「まあ、どっちでもいいよ。勝負はあたしの勝ち。お掃除お願いね」
「ところが、私はまだ負けていないんだな」
サクラコがソファにだらしなく横になりながらスタートボタンを押した。対戦第二戦目が始まる。
「うわ、出たよ。大人の理屈が」
「大人の惨たらしいまでの勝利への執念を思い知るがいい」
「その執念とやらでお掃除すればいいのに」
「それ言っちゃイヤ」
その後、『コラムス』だけに留まらず、『Dr.マリオ』に『対戦ぱずるだま』や『ぷよぷよ』、『メテオス』まで一通り戦ったあたし達に、ヴィー子がうやうやしく言った。
「あのう、コータさんが帰還するまで二十八時間を切りました。そろそろ何らかのアクションを起こす事をお勧めします」
「ええっ! もうそんな時間経った?」
サクラコがソファからがばっと起き上がる。あたしもつられてクッションで周囲をパーフェクトに囲んだ居心地の良い空間から立ち上がった。
「……お腹空いたよ、サクラコ」
「私もだ」
見つめ合うあたし達。
「掃除は明日ね。まずはごはん食べに行こう」
サクラコの英断は全面的に正しい。あたしはそう思う事にした。
「賛成。どこ行く?」
「パスタかラーメンでどう?」
「麺類な気分ね。ラーメンがいい」
「よし、決まりね」
アンドロイドのヴィー子があたし達を見て溜め息をついたような気がするが、見なかった事にする。まずはラーメンだ。