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「それでは、まずカンバラ社長にお聞きしたいのは、十三歳と言う年齢で起業した事についてです」


 そして収録が始まる。ライブ放送じゃないのでどうにでも編集可能で、その分こちらとしてもいろいろと無茶できそうだ。


 収録スタジオに月周回軌道港の地球ラインコンコースを模したカフェスタイルのセットを組み、あたしとアンドロイドMCの石丸・Gさんが小洒落たテーブルを挟んで座ってインタビューを受ける。


 現場にアンドロイド制御スタッフもいて、その隣に未成年であるあたしの保護者役としてサクラコが陣取っている。今日はバッチリとメイクも決めて、スーツ姿の膝の上にノートPCを開き、例の新プログラムもあたしの拡張現実眼鏡ともすでに同期済みだ。言わば、そこが決戦の場だ。あたしと石丸・Gさんなんてただの飾り、中山美穂さん同様にまさしく偶像と言う意味のアイドルだ。


「起業のきっかけであったり、カンバラ社長を一歩前に踏み出させたストーリーがあったらお聞かせください」


 石丸・Gさんが低くて落ち着いた声でインタビューを進める。それに反応してあたしのAR眼鏡がすぐさまサンプル文章を羅列した。あたしの視界にだけ見える解答例、言うなればARカンニングだ。


ジャ・マ【真顔 : 自分のしたい事をして、それを突き詰めて行き、気が付いたら社長になっていました】


 ジャ・マはジャレッドさん、マサムネさんコンビだ。意外とまともな返答を挙げてくれてる。


ルピ・ミナ【笑顔 : 好きな事を楽しむのに年齢は関係ありません。社長と言うポジションは過程でしかなく、私の目的はあくまで楽しむ事です : 前歯をちらっと見せる笑顔で】


 ルピ・ミナはルピンデルさん、ミナミナさんのペア。まさに優等生がするような模範的回答に見える。笑い方はきっとミナミナさんのアイディアだろう。さすがおじさまキラー。


サク【怒り顔 : カンバラではなくブリギッテでお願いします。 : 主導権を奪うため想定外の答えをぶつける】


 サクは当然サクラコ。メイド型アンドロイド、メイドロイドをメイド喫茶で稼働オペレートしてるだけはあるわ、と言う選択肢をぶち込んでくる。


 あたしは拡張現実眼鏡の視界に現れたこれらの選択肢を一瞬で読み取り、変な間が空かないように少し照れの芝居でツインテールの先をいじって見せて、選択を決定。


「カンバラ社長と呼ばれるのに慣れていないので、良かったら、ブリギッテと呼んでいただければと思います」


 ややうつむき加減に頭を横に振る。ツインテールがさらりと振れてあたしの指先から離れて揺れる。


「ああ、そうですか。そうですね。あなたのような可愛らしい方に社長なんて堅苦しい肩書きは可憐さを縛り付けてしまいますね。では、ブリギッテさん、でよろしいですか?」


「ええ、結構。あたしが社長なのはあたしが一番ヒマだから。社長ってそんなもんでしょ?」


 石丸・Gさんがほんの少しフリーズする。アンドロイド制御スタッフが予想外の回答に対応を困らせたな。しかしすぐさま柔和な笑顔を顔面に貼り付けて柔らかめの声で返してくる。


「確かに、社長がヒマな会社は安泰だ、とはよく言われますね」


 なるほど。たった一回のセッションで理解できた。まさしくこれは会話選択式アドベンチャーゲームの感覚だ。ギャルゲーや乙女ゲーの主人公そのものだ。




「ブリギッテ・ワークスはレトロゲーム発掘会社とお聞きしましたが、最近のゲーム事情においてレトロゲームを発掘する意味とはどのようなものでしょう?」


ジャ・マ【怒り顔 : すべてのゲームは遊ばれて初めて意味を成します。新作もいいけど、遊ばれていないゲームが多過ぎです】


ルピ・ミナ【困り顔 : 難しい事は解りませんが、まだ遊んだ事がないゲーム達がたくさんある。きっと彼らは発掘されるのを待っていると思います】


サク【笑顔 : 他の会社がやっていない事を私達がやっているだけで、特に意味を求めてはいません。ビジネスの定石よ】


「ええと、現在のゲーム事情とユーザーのニーズに関しては、正直言って多岐に渡り過ぎてそれぞれ応え切れてないと思います。遊びたいゲームがある、と言う私達の目線と同じ方向を見ているユーザーがいるからこそ成り立ってるかもしれません」


 レモンティーを啜りながらあたしは何とかインタビューをこなしていく。あたしのブレーンであるはずの大人達の意見がだんだん自己主張の強いものになっている気がするんだが。


 石丸・Gさんの質問もいちいちレトロゲーマーのくすぐったいところをピンポイントに突ついてきて、みんなそれぞれ自分の意見を言いたがってるのか。さすがは会話に特化したアンドロイドMC石丸・Gさん。




「データ量分制ダウンロード販売ではなく、パッケージ販売にこだわるところがブリギッテ・ワークスの美学だと私は見ているんですが、ブリギッテさんご自身はパッケージ販売に何か思い入れはありますか?」


ジャ・マ【真顔 : データは虚構。物理所有こそ現実社会における絆的役割を持っています。物理イズラヴ】


ルピ・ミナ【悲しい顔 : きれいな花もいずれ散るように、物は必ず劣化します。思い出と化すまで物を大切にする、と言うところまでが私達の商品です】


サク【笑顔 : クラウドファンディングが基本なので、在庫管理が楽なんです。データを保存するのは物好きが勝手にやってくれるし】


 あたしにどう答えろと。みんなもう石丸・Gさんをコントロールしようって当初の目的忘れてないか。


「はい、うん、ええ。シンプルに手に触れるのが好きってだけですかね。ゲーム機にゲームカートリッジをセットするセレモニーが大事なんです」


「アナログレコードプレイヤーで音楽を聴くように、ですか? レコード盤に針をそうっと落とすアクションはまさしく儀式です」


「ええ。カートリッジにふうふうって息を吹きかけて、って儀式です」


ジャ・マ【よく言った! 今の台詞は本日のベストアクトだ!】


ルピ・ミナ【私達が言いたかった事を言ってくれるブリギッテ社長!】


サク【この瞬間にブリギッテのファンは一桁増えたね】


 あたしの視界をそれぞれみんなの言葉が流れていく。これではもうただの動画視聴サイトと変わらないじゃないか。何をやってるんだか。完全に石丸・Gさんのペースだ。




「今後の事業展開も踏まえた上で、今のブリギッテさんが最も興味を持っているものを教えてください」


 ちぐはぐしたインタビューも終盤にかかったか、石丸・Gさんがまとめの質問を投げかけてきた。


ジャ・マ【ゲームの操作を記号化させて、マルチプルな言語として全宇宙共通の意思疎通手段にするってプロジェクトがあるんです。レトロゲームもその一端を担えれば、と思います】


 だからそれはジャレッドさん、マサムネさん両人の希望と興味であって、ブリギッテ・ワークスの今後の展望ではないから。


ルピ・ミナ【SNSとレトロゲームとの相性の良さはすでに実証済みです。人と人との繋がりを密にするゲームをツール化できれば、と思います】


 はい、それは出逢いを求めるルピンデル主任補佐の超個人的見解ですよね。三十を前に焦る気持ちが生じたか知らないけど、ブリギッテ・ワークスでは結婚相談所的な業務は行いませんから。


サク【温泉行きたい】


 黙れ。黙ってしまえ。それはあなたの旦那様に直接お願いしなさい。もうすぐ火星から帰ってくるんだから。


 さすがは何千人もの社長を相手にしてきた研ぎ澄まされた会話能力を持つアンドロイドなだけはある。石丸・Gさんに完全にコントロールされてる三組だ。ついでに言うと、あたしもコントロールされつつある。石丸・Gさんの会話に乗った方が楽に喋れるんだ。


 さて、三者三様のまったく当てにならない解答例が出たところで、あたしは顎に手を当ててちょっと考えるふりして時間稼ぎだ。


 正直言ってブリギッテ・ワークスは成り行きで起業したレトロゲーム発掘会社だ。今後の展開とか企業理念とか、そんなご立派なものは何にも持っていない。


 どんな風に答えるのが一番予想を裏切れるか、そう考えていると、四番目の解答例が現れた。


コータ【また面白そうな事やってんなー。あと72時間で帰るよ】


 思わず姿勢を正してしまう。コータくんだ。月周回軌道まで72時間、もうすぐそこまで来てるんだ。


 あたしの視界の隅っこでサクラコが小躍りしそうに飛び上がって膝の上のノートPCを落っことしそうにしてる。さては、サクラコがコータくんにARカンニングの入室パスを教えていたんだな。


コータ【笑顔 : ブリギッテが何をしたくて会社を作ったかじゃなくて、その会社を使って何をしようと思ってるか、ストレートにぶつけてやればいい】


 うん。そうしよう。


「ブリギッテさん?」


「ああ、はい。考え込んじゃってごめんなさい。あたしの目的は宇宙船パイロットになる事です」


 いきなり会話のベクトルが変わり、目を丸くしてフリーズする石丸・Gさん。


「でも一人で頑張っても、中小運送会社の月軌道部門に配属されるレベルが限界です。あたしは単独航行で火星まで行きたいんです」


「単独航行で火星へ? 何でまた」


「それがあたしの夢であり目標でありやらなければならない事だからです。あたしのモットーは速攻です。最短距離で宇宙船パイロットになるために、会社を興しました。自分の自由に出来る宇宙船を手に入れて、火星行きをサポートしてくれる組織を作るためです」


「レトロゲームの会社は?」


「それはそれ、これはこれ、です」


 ズバリ、言い切ってやった。


 あたしのAR視界を流れるみんなの拍手喝采。適当な返す言葉を見つけられずフリーズする石丸・Gさん。慌ててインタビューを終わらせようとしてるアンドロイド制御スタッフ。よし、最後に番組をかき混ぜてやれたか。


「それでは、最後に恒例の社長のリクエストを。何か思い入れのある一曲はありますか?」


 強引に復帰した石丸・Gさんが締めにかかる。


「はい。ナカヤマミホさんの『ビーバップハイスクール』をお願いします」


「えーと、ちょっとその曲は古過ぎて検索に引っかかりませんね。他には?」


「えー、うそー」




 あたしとしては不本意ながら、一部のネットで『世界の社長より』にレトロゲーマーのアイドルが誕生したと話題になったりした。


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