第10話 世界の社長より 1 中山美穂のトキメキハイスクール
ららっらっらー ららーらら っらっらああー。
「『世界の社長より』」
らーららっらー。
「第9799回。今日も石丸・G・謙郎がお送りします」
らーっらあーらあー。
特に集中して聴いた事はないけれども、テレビを点けていれば何となく聴き覚えのある曲が流れる。収録でも音楽を流すのか。
「今日のお客様は、番組史上最年少社長です。なんと13歳と8ヶ月、月面都市つくよみ市よりお越しいただきました。ブリジット・カムバラさんです」
いきなりやりやがったな、アンドロイドMCめ。石丸謙二郎だかG・謙郎だか知らないが、テレビのグローバリゼーションに乗り切れない言語設定ではアンドロイド使いとして失格だぞ、ロボット技師さん。
「名と姓を逆にしなくて結構。姓は神原、日本語読みでカンバラ。名はブリジットじゃなくて、ドイツ語読みのブリギッテ。よろしくて?」
一瞬だけ、きょとんとした顔を見せたアンドロイド石丸さん。おそらく裏で慌てて言語設定を編集してるであろうフリーズ状態特有の顔だ。
「これは失礼しました。改めまして、神原ブリギッテさん、ようこそいらっしゃいました」
素早いリカバリーでにこやかな笑顔を作って見せるアンドロイドMC石丸さん。あたしもその修正の速さに免じて頭を下げてやろう。
「どうぞよろしくお願いします」
『世界の社長より』とは月面都市で放送中のアンドロイドMCによるトーク番組だ。放送時間帯が月から金曜日の深夜日付が変わる直前の十分間と言う隙間を埋めるような番組なのだが、社長と言う肩書きを持ったありとあらゆる人物とアンドロイドとの珍妙な掛け合いがなかなかに好評で、特にアンドロイドMC石丸・Gさんのアンドロイドらしい冷徹で遠慮を知らないツッコミが笑える番組らしい。あたしは観た事もないけど。
同じくアンドロイドMCのトーク番組なら有名なロボヤナギ・徹子さんの『鉄鋼の部屋』は観た事あるのに。あっちは有名人しか出演できないらしいけど。
ともかく、どこから情報を仕入れたのか、番組史上最年少社長としてあたしにお声がかかったのだ。
テレビ出演したところで会社について取り立てて喋りたい事なんてないけれども、最年少記録と言うあたしにとってこれ以上ない魅惑的なキーワードがあたしに出演を決めさせたのだ。
で、問題は石丸・G・謙郎さんだ。相手は会話を円滑に進める事に特化した人工知能搭載のアンドロイドだ。いくらこちらが十三歳のかよわき少女と言えど容赦の無い言葉の攻撃に晒される事だろう。社長の本音を引き摺り出す。それが番組の基本姿勢であり、アンドロイドの仕事だからだ。
そこで石丸・Gさん対応マニュアルを作成し、アンドロイドMCを論破して完全勝利を収めて、ブリギッテ・ワークスの名を世間に知らしめよう、と言う事になってしまった。もう、この面子が集まるといつも大事に発展してしまう。
『名付けて、中山美穂のトキメキハイスクール作戦だ』
ジャレッドさんが開口一番高らかに宣言した。
えーと、聞きたい事がいっぱいあり過ぎて、さて、どこから突っ込んだらいいものか。VR会議に参加した各役員、社員の面々も少々呆れ顔でチラチラとあたしの方を見ながら指示を待っている。指示と言うか、ツッコミと言うか。
「まず、ナカヤマさんって、どなた?」
あたしんちのリビングルームで、あたしとサクラコは楽ちんな部屋着のままソファにふんぞり返り、黒い長袖TシャツにデニムパンツでどこのCEOのプレゼンだよってジャレッドさんのアバターに突っ込んでみた。
よくぞ聞いてくれましたっとばかりに満面の笑みを見せてあたしをびしっと指差すジャレッドさん。
VR会議は各自の拡張現実対応端末に映像が投影される訳で、あたしの場合は黒縁眼鏡がそれにあたる。投影される舞台はリビングルームのまんまなので、仰々しくプレゼンするジャレッドさんがステージ上を歩き回ってしまい、テーブルやら壁やらに身体がめり込んでしまってる。
『中山美穂は1970年日本生まれの女優さんだ。活躍当時は映画やドラマにとどまらず歌まで出してるまさにトップアイドルで、彼女との恋愛を疑似体験できるアドベンチャーゲームがあったんだよ』
『それが『トキメキハイスクール』って訳? 何々ー? じゃあブリギッテをアイドルに育て上げようってプランな感じー?』
タブレット端末でVR会議に参加してるミナミナさんがカーペットに直に横になってニコニコ笑っている。たぶん自室でベッドの上に寝っ転がっているんだろう。そして歩き回るジャレッドさんが横たわるミナミナさんを踏み越えて壁に半分めり込んだ。シュールだ。
『いや、今回はアイドルゲームとしてじゃなくて、アドベンチャーゲームとしてコマンド選択の際にプレイヤーキャラクターの感情がフラグ立てに影響を及ぼすエモーショナルシステムを借りようと思ってね』
何やらめんどくさい事になってきた。エモーショナルシステムって何さ。
『ジャレッド、言ってる意味がさっぱり解んないよ。ちゃんと順序立てて説明しなさい』
こちらは現在お仕事中か、ミリタリーロリータ調の軌道港オペレータの制服に身を包んだアバターのルピンデルさんがめっとたしなめる。
『はいはい。ギャルゲーやってるマサムネならトキメキハイスクールのエモーショナルシステムって解るよね』
プレゼンタージャレッドさんが芝居じみた仕草で背後を仰ぎ見る。たぶんジャレッドさんのARではあの辺りに大型スクリーンなんかがあってマサムネさんのアップが映っていたりするんだろう。あたしのAR視界ではあっちはキッチンで、マサムネさんは視界右上にワイプで小さく登場している。
『エモーショナルとかなんとかって名前は知らねえが、コマンド選択時にキャラに喜怒哀楽の感情を付加してやって、それによってフラグ立ての結果が、つまり彼女の態度と返事が変化してよりリアルな恋愛疑似体験をってのは、確かに画期的だと思ったよ』
ギャルゲーマスターのマサムネさんはまだゲーセンでお仕事中か、ヨレヨレのシャツに緩めたネクタイと同様にモヒカンヘアがくたっと萎れていた。
『解りかけてきたよ。ジャレッド、あんたブリギッテをオモチャにしようとしてない?』
ルピンデルさんが相変わらず叱りつけるような口調で言う。ニヤニヤしたジャレッドさんが何を言わんとしているのか、あたしも解ってきた。
「つまりはこうでしょ」
あたしはコーヒー牛乳のパックを口に運び、ストローを前歯で挟み噛んで言ってやる。
「アンドロイドの質問に対して、このAR眼鏡に返答案をアップロードする。その時の感情付きで。あたしはその指示に従って理想の社長像を演じればいい訳だ」
『半分正解だ。返答案を出すまでは俺達でやる。どんな感情を込めるかどうかも』
俺達? ジャレッドさんだけじゃなくて、みんなでインタビューを受けるようなものか。
『ブリギッテはその幾つかのコマンドから自分で選択して台詞を決めるんだよ。あくまでも社長はブリギッテだ』
「悪くないアイディアだけど、ブリギッテはそれでいいの? 話を聞く分には、ナカヤマミホさんとやらはゲームシステムには関係なくって、まさしくパッケージングの包装みたいなもの」
ずっと黙っていたサクラコが口を開く。AR眼鏡でリアルに隣にいる人物を見るのはどうも奇妙な気分になってしまう。そこにいるのに、そこにはいない。まるでホログラムのようで、でも触れてしまう。
「そのゲームはヒロインがナカヤマさんじゃなくっても成立するけど、ブリギッテ・ワークスはブリギッテじゃないと成立しない。いくら私達が返答も代案を出しても、それがブリギッテの意に反するものだったら意味がない」
「いいよ、それで」
あたしはコーヒー牛乳を一飲みして答えた。
「社長なんてただの飾りよ。そのアイドルのナカヤマさんを演じてやろうじゃない」
趣旨は当初のものと変わってしまったが、そのエモーショナルシステムとやらを実用化してみようじゃないか。




