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 カレーライスとビーフシチューの明確な違いを、ハヤシライスしか食べた事がない人にどう説明するか。


 マサムネさん曰く、MSXが何であるか、その本質を説明するのはそれくらい難しいらしい。


 別にMSXの本質なんて求めちゃいないけど。表層をさらーっとでいいから簡単に解説しちゃってくれればいい。カレーライスやビーフシチュー、ハヤシライスだって食べた事あるし。


「昔で言うところのゲーミングPCって位置付けとは違う意味合いでのゲームで遊ぶ要素が強いパソコンって感じかな」


 と、ジャレッドさん。


「家庭用パソコンな」


 マサムネさんが補足を入れる。


「もちろんパソコンとしてプログラムを書いたり、いろんなアプリケーションを作動したり出来たが、当時のゲームマニア達にはPC寄りのゲームハードって認識が強かったらしい」


「初期のMSXはさすがに低スペックだったけど、MSX2、2+、ターボRと短期間でどんどん世代が上がっていった成長著しい規格だね」


「ファミコンと時代はかぶってるの?」


 ミナミナさんがパエリアのフライパンにこびり付いたお焦げをこそぎ落とし、取り皿に焦げ茶色してゴワゴワしたお米で山を作りながら言った。サクラコの分だろうけど、ちょっと見た目がアレ過ぎない?


「もろかぶりだ。でもスペック的にはグラフィックも音源も単純データ量もファミコンの数段上をいっていたはずだ」


 マサムネさんはそう言ってビールをきゅーっと飲み干した。みんなのグラスもそろそろ空っぽか。あたしはテーブル端末の追加注文のページを呼び出した。ルピンデルさんがそれを見つけて、私がやるよ、と言ってくれる。いいの、あたしにやらせてよ。


「それでいて一般的なPCよりも値段が相当に安くて、専用のモニターじゃなくて普通のテレビに接続出来る。まさに家庭用パソコンって感じだね」


「しかもMSX初期にはあのビル・ゲイツでお馴染みのマイクロソフトもプロジェクトに参加してる。今でも著作権はマイクロソフトが所有してんじゃないか?」


「パソコンとしてのフォーマットが統一規格化されてて、MSX開発企業間で互換性があってMSXのソフトならどの企業の機体でも海外の機体でも関係なくゲームを遊ぶ事ができたしね」


「ソフトもカートリッジだけじゃなく伝説の3.5インチフロッピーディスクも使えた。カートリッジを複数本挿してパワーアップも出来たし、当時として最先端のフロッピー書き込み自動販売機まで存在したって話だ。今現在考えても最強のゲームハードだな」


 マサムネさんとジャレッドさんが口々にMSXを賞賛する。確かに、その話を聞くだけだとファミコンなんか比べ物にならないくらいのハイスペックマシンだ。


 でも、一つ大きな疑問が湧き上がる。あたしはサクラコのパエリアとみんなのお酒を追加注文して、ついでにあたしの分のチョコレートパフェとフルーツチーズケーキとレモネードも頼んで、マサムネさんとジャレッドさんにその疑問をぶつけた。


「そんな時代を代表するようなハイスペックなゲームハードなのに、レトロゲームミュージアムにないよね? ゲームだって、このアシュギーネ一本しか見たことないし、誰もライセンス再販しようってしてないの? そもそもMSXで遊んだ事ある?」


 それは聞いてはいけない禁忌の質問だったのか。マサムネさんもジャレッドさんもすっと視線をそらして押し黙ってしまった。マサムネさんは空のジョッキを口に運び空っぽのまま傾けて、ジャレッドさんはもうお焦げどころか炭化したパエリアの残骸をカリカリとスプーンで削りだした。何を取り乱してるのか。そんなにヤバイ事を聞いてしまったか。


「そこがMSX最大の謎なの」


 ルピンデルさんが静かに言った。空いたお皿をテーブルの隅に片付けて、まだ余っている料理から遅れてくるサクラコの分を再構築しながら続けた。


「全世界セールス数百万台とも言われるゲームハードが、1990年代に入ると歴史の檜舞台からあっという間に姿を消してしまった。レトロゲーマー達が胸に抱き続けている最も難しい謎の一つよ」


 1990年。もう120年以上過去のストーリーだ。もちろん、当時を知る人はもうこの世にいない。謎は人々の記憶と言う冷たい湖に沈み、積み重なった時間が分厚い氷と化して湖に蓋をしてしまったようなものか。


「単にスーパーファミコンに負けちゃっただけだったりして」


 ミナミナさんがさらっと言ってのけた。


「それ言っちゃダメ!」


 ルピンデルさんがミナミナさんのはち切れんばかりのボディにきゃーって抱き付いた。


 1990年。確かに、スーパーファミコンの誕生イヤーだ。MSXはスーパーファミコンに駆逐されてしまったのか。


「実際問題として、1987年に大容量CD-ROMも使えたPC-エンジン、1988年は16ビットマシンのメガドライブ、そしてスーパーファミコンだもんな。ゲーム専用機の方が進化は早かったかもな」


「1990年代からマイクロソフトウインドウズがすごい勢いで勢力を伸ばしていったらしいし、MSXじゃあPCとしてパワー不足は否めないもんね」


 あたしは注文端末を握りしめたまま、みんなの顔を見回した。みんなもうすっかりお通夜みたいな顔してる。


「じゃあ、もうMSXはもうどこにもないの?」


「月に実機は存在しないだろうな」


 マサムネさんが首を小さく振って言った。


『何をやれやれって首振ってんの、情けないね』


 不意に、パエリアのフライパンをじいっと睨み続けていた不機嫌そうな顔付きのウサギアンドロイドがトゲのある口調で喋りだした。


『探しもしないでないだろうなって、それでもレトロゲーマーか? こんなかわいい子の願いも叶えてあげられないなんて、ダメな大人達だね』


 サクラコウサギが挑発するような悪い人相で喋り続ける。


『考えてもみな。ここにアシュギーネってゲームがある。それこそ月のどこかにMSX2+があるって立派な証拠じゃない?』


 あ。そうか。どういう経緯でこのカートリッジがジャンクコーナーに紛れ込んだかは解らないけど、これが存在するって事は、つまりこれを差し込むスロット、MSX本体も存在するって事だ。少なくとも、それがエミュレータとか自作機とかの可能性もあるが、一台はどこかにあるはずだ。


『ブリギッテ。あなたはまだ子供なの。子供はワガママを言う権利があり、そして大人はそのワガママを聞き入れる義務があるの。さあ、ワガママ言ってみな』


 サクラコウサギが渋みの効いた目をして言い切った。


 あたしはみんなの顔を見回した。マサムネさん、ジャレッドさん、ルピンデルさん、ミナミナさん。そしてサクラコウサギ。みんな、真っ直ぐに見つめ返してくれた。


「あたし、このアシュギーネってゲームで遊びたい。だから、MSXを探して。お願い」


『任せな』


「任せな」


 サクラコの声がステレオで聞こえた。サクラコウサギと、本物のサクラコだ。


 遅れてきたサクラコは、今まさにテーブルに届いたあたしのチョコレートパフェを掴み上げ、一番美味しいソフトクリームの頂上に食らいついて言い放った。


「私もそのゲームで遊んでみたい。みんな、レトロゲーマーの名に賭けてMSXを探すよ」


 そしてチョコレートパフェをもう一口がぶり。子供はあんただ、サクラコ。


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