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第6話 おにぎらずんば ローグライクゲーム

 おにぎらずんば。


 ゲームでもお馴染みの武将達が群雄割拠していた戦国時代にもすでにあったとされる日本古来の伝統的ジャンクフード、おにぎり。


 すでに完成形に達していると思われていたおにぎりだが、21世紀になって第一段階目の進化を迎えたらしい。「おにぎらず」と呼ばれるその形態は、おにぎりによるオープンサンド的な展開で、そのバリエーションはかなり豊富だったと言う。


 そして宇宙時代、おにぎりは第三形態へと変貌を遂げた。それが「おにぎらずんば」だ。虎穴に入らずんば虎子を得ず的なずんばと言う事らしい。とにかくおにぎらなければ、と言う強い使命感がそうさせたのだろうソリッドなフォルムがなんともスペースチックなジャンクフードだ。


 おにぎらずんばは寿司ロールの海苔を外して強い圧力をかけてスティック状に握ったもので、海苔の代わりにライスペーパーでラッピングしてそのまま食べたり、ライスペーパーごと焼いたり揚げたりしたのもあり、そして和洋中何にでも合うごはんの特徴を活かして中の具は何でもありと言う、マルチプルなレーションでもある。あたし達宇宙船乗りもかなりお世話になっている。とにかく無重力状態で具材や汁を飛び散らせず食べられると言うのが最大の利点だ。そして唯一の欠点は、かじってみるまで具が何かわからないと言うところだ。


 あたしとコータくんは月周回軌道宇宙港のパイロット達が時間調整のためによく利用するカフェレストランで、やはり他のパイロット達と同じように出航時間の待ち時間を潰していた。テーブルにはおにぎらずんばの盛り合わせ。具が何かは不明なロシアンおにぎらずんばルーレットだ。


「単独の宇宙航行ってのはローグ系RPGと似たようなものなんだよ」


「ローグ系って、シレンとかトルネコとかの?」


「系統としてはな。不思議なダンジョンではないけど、ターン制であり食糧問題がクリアのキーとなる重要な要素だ。操縦も基本的にコンパネに表示される記号と数字を見るだけだし」


 コータくんはおにぎらずんばを一本手に取って説明を続けた。今日のランチはこのおにぎらずんば盛り合わせだ。モチモチした食感はけっこう気に入っているが、問題はこの盛り合わせの中に一本だけ納豆アボガドおにぎらずんばが混入している事だ。


 それだけは何としてでも回避しなくてはならない。でもコータくんにそれを言うと好き嫌いは良くないと食べさせられてしまう。会話しながら、うまくコータくんを誘導して納豆アボガドを食べてもらわないと。相手は往年のレトロゲーマーのコータくんだ。難易度は高いぞ。


「宇宙での航行がターン制だってのは、なんとなくだけど、感覚で理解出来るよ」


 コータくんがおにぎらずんばを口に運ぶのを見計らって、あたしも梱包パックに手を伸ばす。おにぎらずんばを食べる者は一口かじると必ず具を目視する。その瞬間だ。視線がずれるその瞬間に、パックの中のおにぎらずんばを指で押して、ライスペーパーの潰れ具合から具材を推測するんだ。納豆アボガドは具材が細かく刻まれているから柔らかく潰れやすい。


 盛り合わせパックには七本のおにぎらずんばが入っている。一本は大ハズレの納豆アボガドで、一本は大本命の豚肉キーマカレーだ。指で潰して納豆アボガドと豚肉キーマカレーの違いを見分けるのは至難の技だが、それ以外だと言うのが解ればあたしには十分だ。


 胃袋の容量的にあたしは二本食べるのがやっとだ。残り五本はコータくんに食べてもらう。豚肉キーマカレーを食べたいところだが、納豆アボガドを選んでしまう最悪の一手は避けたい。ここは固めのおにぎらずんばを取るのがベストだ。


「宇宙を飛んでると、時間と航路は完璧に計算通りに進むからな。貨物の受け渡し、推進剤の補給船とのランデブー、すべて逆算して航路と速度を決める。まさにターン制でシミュレーションゲームを遊んでる感覚だ」


「うん、解る解る。で、食糧問題は?」


 はむっ。コータくんはおにぎらずんばを頬張った。むしっと噛み、もぐもぐやりながらちらっとおにぎらずんばの断面を一瞥する。今だっ。


「スモークチーズアンドサーモンだ」


 おにぎらずんばを取るふりをして親指の腹でぐいっとライスペーパーを押し込む。ゴロゴロとした触感。これは豚肉キーマカレーでも納豆アボガドでもない。よし、これだ。


「確かシレンの不思議なダンジョンではおにぎりがメインの食糧として出てきたよね?」


 自然な会話。自然な手の動き。自然な流れであたしは場をコントロールする。


「うん。シレンの場合もそうだけど、無限におにぎりを持てるわけじゃない。腐る事も考えなくちゃならない。でもダンジョンはまだまだ深く、そして腹も減る」


 あたしはおにぎらずんばを口へ運ぶ一連の流れを滞らせる事なくスムーズに処理した。


 はむっ。うん、ブラックペッパー海老マヨネーズだ。あたしのおにぎらずんば盲牌もだいぶ上達してきたな。


「宇宙船で飛ぶ。いつどこの座標にいるかは計算できる。どこで補給を受けるか。食糧をたくさん積んで無補給で時間を稼ぐのもありだ。でも長期間保存の効く食糧ばかりじゃないし、水問題もある」


「そう言われると、確かにローグライクゲームと宇宙航行は似ているように思えるね」


「火星航路も地球と火星の相対位置によって数週間もズレが生じる。火星宙域は船の密度も相当に薄くなる。中継軌道港も遠い。だから単独無寄港火星航行は難しいんだよ」


「でもあたしはやるの」


「わかってるよ。そのために一緒にソルバルウに乗って勉強してるんだ」


 あたしはもぐもぐと食べる速度を調整しながらコータくんの話に合わせて会話を続けた。コータくんは気持ちよく喋り続けて、早速二本目のおにぎらずんばに手を伸ばした。


「あ、そうだ。アトムくんの件だけどさ」


 アトムはルンバの反逆事件の時に助けてくれたハッカーだ。一応コータくんにも話しておいた一件だ。


「結局ネットに侵入した経路はわからなかったよ」


「あたしのアカウントネーム教えてるもん。そこからじゃないの?」


「あの時、ルンバの反逆の時に使っていたAR眼鏡は僕のだろ? 僕のアカウントじゃなきゃ入れないはずだ」


 あ、そういえばそうだ。あたしはお風呂に入っていたからコータくんのAR眼鏡を借りてたんだ。


「じゃあ、どうやってネットして来たの?」


「だからそれがわからないんだ。超すごいハッカーだとしたら、何の目的でソルバルウに侵入したんだか」


「ごめん。あたし、ちょっとそこまで考えなかった」


 コータくんはおにぎらずんばをふるふると振って言う。


「ブリギッテの友達って事で、信用はするよ。助けてくれたしな。でも一応ソルバルウのネット関連をチェックしないとなんない」


「うん」


「で、次の火星行きには乗せてあげないからな」


「えー、やっぱりダメ?」


 コータくんがおにぎらずんばにかぶりつく。噛み切れなかったのか、具がずるっと飛び出てきた。あれはカニカマコールスローだな。あと四本。豚肉キーマカレーも納豆アボガドもまだあの中にある。


「途中で中継軌道港に寄ったり、補給船を待ったり、今度の航行は往復で22週間を予定している。十三歳のお子様にはまだ無理だよ」


「前に火星の人面岩観に行ったじゃない?」


「あれは旅行、遊びだよ。今度は仕事だ。仕事相手だっている。訓練で乗っていい場合じゃない。サクラコと留守番してるんだよ」


「はぁい。やっぱりダメか」


「十五歳になったら火星行きの仕事も手伝ってもらうからな」


 ちぇーっとちょっと不貞腐れたふりをしておにぎらずんばをぐいって指で押し潰した。ん? この感触は、小さい具材がねっとりと動く様子が読み取れた。納豆アボガドか、豚肉キーマカレーか、どちらかだ。いや、待て、明太ゴロゴロポテサラの可能性もある。


「なあ、ブリギッテ。君、さっきっから盲牌してるだろ?」


 バレてた。そっと顔を上げると、コータくんは意外にもニコニコと微笑んでいた。


「携帯食糧の計算を誤れば大勢の乗組員が少ない食糧を奪い合う状況にもなり得る。だからきっちり計算して食糧は積んであるんだ。好き嫌いなくな。触ったものから食べなさい。僕だって豚肉キーマカレーを狙っているんだ」


「あたしは納豆アボガドさえ回避できればいいの」


「だーめ。ちゃんと決めたろ? 手に取ったものを食べる事って」


 そう言ってコータくんはあたしが盲牌したのと別の一本を選んだ。仕方なく、あたしは少しへこんだそれを手に取る。どうか豚肉キーマカレーでありますように。ダメなら、せめて明太ゴロゴロポテサラで。


 あたしはおにぎらずんばにかぶりついた。


 豚肉キーマカレー。ブラックペッパー海老マヨネーズ。スモークチーズアンドサーモン。明太ゴロゴロポテサラ。カニカマコールスロー。納豆アボガド。あと一本は、えーと、何だっけ? さあ、頼むよ、おにぎらずんば。あたしに幸運を。


 はむっ。もぐっ。ぬたっ。にちゃっ。


 ああ、あうあう。


 どうしてあたしはこういう時に限って強い引きを見せるんだ。


「ナットゥとアボガドはあ、べふにはべはいっ!」


「ほーら、ルールを破るから当たりを引くんだ。納豆アボガド美味しいぞ。カロリーも栄養価も高いし」


「いらねー」


 コータくんは笑いながらおにぎらずんばにかぶりつき、即、その笑顔を凍らせた。


「チョコバナナいらねー!」


「えー、チョコバナナ美味しいじゃん」


「チョコもバナナもごはんに合わないの! 日本人の魂舐めてんのか?」


「納豆こそ腐敗物です。い、ら、な、い!」


 確か、このメニューを考案したのはアメリカ人だったはず。これだからアメリカ人の味覚は信用できないんだ。


 このあと、あたしとコータくんはそれぞれの納豆アボガドとチョコバナナを交換して仲良く食べました。


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