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3-7

「……ほらよ、……これ」


 俺は手に持ったそれを、黒川の前へポンと置いた。


「……? これって……」

「こっ、これで涙を拭いてくれ」


「……でも、これって……」

「スマン、もっといいものを用意してやれなくて。俺はポケットティッシュもハンカチも普段持たないからな。……ああ、モテる男なら優しくハンカチを差し出すんだろうね」


 そりゃあトイレットペーパーを机に差し出されりゃあな。どう対応していいか困るものだ。しかし不器用な俺には、これくらいしか黒川にしてやれることが思いつかなかった。


「………………」


 泣く子も黙る俺の行為。黒川は無言でトイレットペーパーを掴んで適当に千切り、涙に濡れた顔を拭いていく。

 差し出した後で何だが、妙に恥ずかしさが込み上げてくる。


「…………ふふっ」

「…………ん?」


 今の……、黒川の?


「まさかそれ持ってくるなんて……、だからモテないんじゃないの?」

「……自覚してるわ、ほっとけ」


 だけど黒川は優しく微笑み、


「ありがとう、神宮寺くん」


 シンプルにだが一言、俺にそう言ってくれたのだった。


「あー無責任な言葉だけど、伏見の言うことなんて気にしなくていいぞ。ついでに、俺は黒川の過去なんてそんなに興味ないし、昔話なんて俺に聞かれようが恥ずかしがらなくたっていい」


「神宮寺くん……」

「他人の前で自分をバカにされるのが嫌なんだろ?」

「……えっ?」

「俺も良く分かる。集団の前で晒されるのはホント勘弁してほしいよな。キッツイもんだ。……だよな?」


 黒川はコクンと俯き、


「……うん、人前で晒されるのは苦手。結局、周りも見てるだけで助けてくれないし……」


 国語の時間、席を立って教科書を音読するのもキツイ。授業中、自分から挙手することだって俺は絶対にしない。教師は間違っても構わんとか無責任に言うが、やっぱり一瞬でも多数の前で間違うことはキツイのだ。


「まーそれと、伏見の昔話も95パーセントは正解なんだろうね。アイツ、嘘の付き方が上手いわ。真実に少しの嘘を交えてくるからな。全部本当のように聞こえる」

「……どこが嘘だったと思う?」

「脅迫した、ってくだりは嘘だろうな。……嘘っていうか、本当だとしても誇張はしてる、絶対に」


「……泣いたことをみんなに内緒で……、って言ったけど、脅迫なんてした覚えは全然……」

「どうせ伏見の虚言だろ。篠宮天?も言ってたが、中学時代もそういう人間だったらしいな。自分が気に入らない人間は追い詰める、マジで迷惑な人間だよ」


 さしずめ、クラスの人気を集める黒川に嫉妬しての行動だったのだろう。偶然にも黒川の弱点を見つけた伏見は、自分がクラスの人気者(ヒーロー)になりたかったから、黒川の弱みをダシにしたのかもしれない。


「……神宮寺くんは、私の味方でいてくれる?」

「伏見の味方になるつもりは全くねーよ」

「そっか。……ねぇ、一つ訊いてもいい?」


「何だ?」

「……もし周りが足を引っ張ってくるようなことがあったら、キミならどうするのかな……って。私、本当はどうしていいか分からなくて……」

「ああ、伏見みたいにか? ……そうだな」


 幸いにも、俺は他人に酷く足を引っ張られた経験はないし、伏見咲夕のような人間に出会った経験も覚えはない。だから、身近な存在を頭に思い浮かべて黒川の問いに考えてみる。


「実力で黙らせるのが一番じゃねぇの? ほら、星ヶ丘だって結局は実力で伏見を黙らせただろ? とにかく自分が上だってのを見せつけてやればいい。そうすれば周りも味方してくれるんじゃね? 人の足を引っ張るアホは白い目で見られるモンだろ?」

「……うん、それが一番かも」


「黒川は頭が良くて勉強ができる。それを……あんまり見せつけると嫌味になるか……。まぁでも」

「でも?」

「黒川には味方がいるからいいんじゃねえの? だから伏見ごとき、何言ってこようが堂々としてりゃあいいんだ」


 先日鍵探しを頼んできたあの堀田さんだって、それに差し入れを持ってきてくれる連中だってよく見るし。黒川にはたくさん味方がいる。あまり人付き合いを好まない俺でも、何だか羨ましくなるような人付き合いをしている黒川紅涼なのだ。


「じゃあ、今のままで頑張ればいいのかな?」

「いいだろ、今のままで」


 その通りなのだと本心から思えた。だって、黒川は向上のために精一杯努力をしているのだから。それを今さら変える必要なんてないはずだ。


「ありがとう、神宮寺くん。ふふっ、それじゃあ頑張らないと」


 そう言って、黒川はその場を立ち上がった。


「補習はまだ途中だったよね? なら残り、気合入れて頑張ろっか」


 涙なんてない、いつものクールな振る舞いで黒川は俺へと宣言してのけた。


「ああ、よろしく頼むぜ」

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