表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

管理人さん、グッジョブ!

作者: 笛伊豆

 ヤマダさんは、散歩から帰ってくると、マンションのエントランスで、お掃除をしている管理人さんに挨拶しました。管理人さんは、まだ若いのに明るくてよく気がつくので、なかなかの人気者です。

 エレベーターに向かおうとして、ヤマダさんは思わず足を止めました。エレベーターの中で、誰かがぴょんぴょん飛び跳ねています。まだ小学校に入る前くらいの、小さな女の子です。

 何の遊びだろう、と不思議に思いましたが、エレベーターに入るとすぐに気づきました。まだ背が低いので、上の方の階のボタンに女の子の手が届かないのです。

 ヤマダさんは、ふといたずら心が出て、ぴしっと姿勢を正すと女の子に向かって丁寧に尋ねました。

「何階ですか?」

 女の子は一瞬、ぽかんとヤマダさんの顔を見てから、おずおずと階数を言います。

「7階です」

 何だ、ヤマダさんと同じ階ではありませんか。ということは、女の子はこのマンションのヤマダさんの隣人だったわけです。

 ヤマダさんは調子にのって、ボタンを押しながら女の子に向かって言いました。

「7階、まいりまーす」

 やってしまってから、ヤマダさんは急に恥ずかしくなって黙り込みました。いい歳のおじさんが、小さな女の子に向かって何を言っているのか。ちょうどエレベーターの前に来ていた管理人さんも苦笑いです。

 それでも、女の子はきちんとした躾を受けているのでしょう。ヤマダさんに向かって、かしこまってお礼を言います。

「おじちゃん、ありがとう」

 ヤマダさんも、思わず返します。

「どういたしまして」

 さらに恥ずかしくなってしまったので、ヤマダさんはエレベーターが7階に着くまでそっぽを向いていました。我ながら、子供っぽい態度です。

 7階に着くと、女の子はもう一度おじぎをしてから歩いていきました。

 それにしても、可愛くて気持ちの良い子です。ヤマダさんにも娘がいますが、もう高校生になるのにあの女の子ほどの礼儀は期待できません。これは教育を間違えたかな、と反省するヤマダさんでした。

 数日後、ヤマダさんがマンションに帰ってくると、前と同じくあの女の子がエレベーターの中にいるのが見えました。

 おお、これはまたエレベーターボーイ・ヤマダの出番かな、と思いましたが、今度はちょっと違います。

 女の子が飛び跳ねていません。エレベーターの中でヤマダさんを待っているようです。

 待たせては悪いと、ヤマダさんが急いでエレベーターに入ると、女の子はエレベーターの操作板の前に立っていました。顔の位置が、前よりずいぶん上の方にあります。

 女の子の背が急に高くなったわけではなくて、小さな踏み台が操作板の前に置いてあり、女の子はその上に立っているのです。

 なるほど、これなら小さな子でも無理なく上の方のボタンを押せます。

 ヤマダさんが感心していると、女の子がにっこり笑って言いました。

「何階ですか?」

 おお、これはこの間のお返しのつもりでしょうか。

「7階をお願いします」

 ヤマダさんが答えると、女の子は明るく「かしこまりました。7階にまいります」と言ってボタンを押しました。今度は女の子がエレベーター・ガールになったようです。

 おうちに帰るまでがお芝居です。ヤマダさんも女の子も、まじめくさって黙ったまま、7階まで行きます。

 エレベーターのドアが開いて、ヤマダさんが「ありがとうございました」と言うと、女の子も「どういたしまして」と返します。

 次の瞬間、ヤマダさんも女の子も吹き出しました。我慢できませんでした。

 女の子は、笑いながらバイバイと手を振って、駆けていきました。

 ヤマダさんはひとしきり笑ってから、またエレベーターに入り、ボタンを押します。

 エレベーターが一階に戻ると、ヤマダさんはマンションのエントランスにある管理人室を覗きました。

 管理人さんは、ヤマダさんを見るとにこっと笑って指でOKマークを作ります。やはり、あの踏み台は管理人さんの仕業でしたか。

 ヤマダさんはぐいと右手を握って親指を立てました。

 管理人さん、グッジョブ!


(終わり)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ