高校三年生の夏
高校生活とはあっという間
というフレーズをよく聞くが、実際経験してみないとそんなことは分からないわけで、そんな自分は現在高校三年生という状況になってしまっていた。振り返ってみるとフレーズ通りあっという間に過ぎてしまっていた。
けど、そんな呑気なことを考えている暇はなく自分は 志望動機という項目だけが空欄の履歴書と睨めっこをしていた。
「暑い」
コンビニで買ったパックジュースを口にするが、この暑さのせいでぬるくなっており喉はうるおうが暑いという問題は一つも解決しない。
どうして、貴重な夏休みのしかも本日の気温が36℃を超える猛暑の中、何が楽しくて学校にきているかは、先程から睨めっこしているこの履歴書のせいである。
いや、今日まで書けずにいた自分のせいだ。
「早く終わらせろよ」
目の前で優雅に参考書を読んでいるのは、この暑い中一緒に戦ってくれている戦友だ。もとい友達だ。
「無理、全く思いつかねぇ……」
俺は、シャーペンを彼の方向に転がした。
「明日から面接練習だっけ? そんなんでどうすんの?」
高校生活最後の夏休みと、響きだけ良い行事だが、受験者という立場になってみると、実に嫌なもので暑さのせいかついつい去年の楽しいことを思い出してしまう。
「そういえば……」
目の前の彼は進学希望のため、履歴書という地獄のようなものはない。
それでも、受験のために熱心に勉強をしている。こんなにこいつ真面目だったけ?
こいつ、去年の今頃こんなことしてたっけ?
「なんだよ? 」
「来年クーラーつくらしいな全教室」
「はっ⁈ マジで?」
「ほら、夏休み前にアンケートあっただろ? 冷房器具をいれるべきかってやつ」
「あ、あー……そういえばそんなのあったな。 えっ、何あれでみんな賛成したってわけ?」
「みたいだな」
「つけるなら今年からつけろよな。俺も賛成にしたけど… お前はどっちにした? 」
「反対に決まってるだろ。 後輩達にも苦痛の3年間を味わってもらわないとな」
「なんだそれ」
今の時代教室に冷房器具がつかないのなんて、うちみたいに昔ながらの高校ぐらいなんだろうな。そういえば、中学の友達で新設高校に通ったやつはクーラーがついて快適だとか言ってたな。
「というか、クーラーなんかより今はこの履歴書を埋めねぇと…」
そう言いながら、転がしたシャーペンを手に取るが切り替えたところで先程の止まっていた手が進むはずもなく頭を悩ませる。
「思いつかねぇ……」
「就職辞めたら? 」
「それが出来たら苦労してない」
「進学にすればいいじゃねぇか」
「そんな金ねーよ」
進路の相談を親にした時に就職してほしいと、頼まれた記憶が蘇る。
元々進学するつもりではなかったから構わなかったし、むしろ就職のために今の高校にしたようなものだし。
「奨学金とかあるだろ」
「いいんだよ、俺は今年で勉強というものとは縁を切るんだ」
上手いことを言ったと思って、ドヤ顏をしてみたが彼は興味なさそうにふーんと冷たい反応を示してきた。
「…… お前どこ行くんだっけ? 大学 」
「四年制大学。 第一希望は一番近い国立」
「そんなに成績良かったけ? 」
「お前よりはな」
「……受かりそうなのか? 」
「さぁな、一応県外の大学も検討中」
「県外に行くのか? 」
「そりゃあ、あくまで国立がいいからな、安いし」
そうか、いつまでもこのままじゃないもんな。
やけに彼が遠く感じた。
「というかまだかよ? 俺、補習午前中には終わってたんだけど」
時計を見ると、午後二時半あたりをさしている。
「思いつかねぇんだよ」
「諦めたら? 」
「今日が提出期限なんだよ」
そう言うと、彼はわざとらしく溜息を吐き捨て参考書に目線を戻した。
彼が言ったとおり、履歴書が今日まで提出できていないということで朝、自宅に担任から電話がかかってきて、急いで登校したのが昼近く、登校してきたと入れ替わりに帰ろうとしていた彼を見つけ、捕まえ、無理矢理付き合わせているのだからこの態度をとられても仕方のないことだった。
いつまでも、考え込んでてもダメだよな。
とりあえず、つらつらと当たり障りのないことを書いていった。
「意外に良い奴だよな」
「何が?」
彼は俺が書き始めたのを確認してか、俺が書いている文章を覗き込んだ。
「いや、こうやって付き合ってくれるし」
「暇だし、そこ、漢字間違えてるぞ」
「げ、どこ?」
「御社の社は、衣部じゃないし、普通、ここで使うなら貴社だろ」
「あー、そうだっけ? 」
へへ、っと気まずそうに笑いながら指摘された場所を消しゴムで消した。
「ったく、それにこんな時間に帰るとか自殺行為だろ」
「何が? 」
「自分で質問してきたことだろ! 帰らないでお前に付き合ってる理由だよ」
「あー、すまんすまん、まぁ確かに…暑いよな」
窓から外を見ると嫌なぐらい晴れていて、山の中の高校なのと教室には2人しかいないせいか蝉の鳴き声が良く聞こえる。
「あつー……」
頬に汗が伝う。それを持ってきたタオルでぬぐう。
「早く終わらせろ」
「クーラー、いいなー」
「……しょうがないだろ、卒業するんだし」
卒業。
まだ遠い話だと思ってしまうが、この夏休みが終われば半分が終了する。
卒業をしたら彼は大学生で、自分は社会人。
全くイメージがつかない。
「来年には、お前県外行っちゃうんだな」
「勝手に第一希望を落とすな」
「あっ、そうか。よし書けた! ちょっと職員室に行ってくる! 」
「おー」
書いたり消したりしてボロボロになった履歴書を持って教室を出た。
あとはこれを先生に見せて、合格もらえたら帰れる。
この真夏の教室で火照った体に鞭を打つかのように、職員室まで走って向かった。
「あいつ、ボールペンで清書すること分かってるのか? 」
急いで教室を出て行った自分には、そんな彼の心配は届いてはいなかった。
「じゃあ清書頑張れよ」
先程苦戦して埋めたはずの紙が真っ白に戻されてしまった。落ち込みながらも、彼の待つ教室へ戻った。
「おかえり」
「……ただいま」
彼は何も言わなかった。
というよりも、分かっていたんだろう。
机の上にボールペンが用意してあったから。