始まりの誘拐
ある日の午後。
黒い眼帯を左目に付けている少女――岡崎綾乃――は、学校から帰るときだった。
背後から気配を感じる。
――誰かがいる――
後ろに振り向くが、誰もいない。
彼女は警戒心を強くしながら、歩き続ける。
しばらくして、
トントン
と後ろから肩を叩かれ、振り向くと、
「やぁ、こんにちは。……岡崎綾乃さんだね?
一緒に来てくれない?」
知らない男性だった。
「……どんな悪質商法か知りませんが、お引き取りいただけませんか?」
男性はしばらく考え込んで、
「……そっか。じゃあ、仕方がない」
「……えっ?」
彼女が言った、その瞬間だった。
ビリビリッ!!
彼が持っていたスタンガンが彼女の腹部に突きささった。
彼女は倒れて、気絶した。
男性はニコッと笑顔をこぼし、こう言った。
「大丈夫、死なせないよ。
君にはちょっと俺の計画に協力して貰わないとね」
そして、彼は彼女を抱いて去って行った。
―――
ピクリッ……と綾乃の右手の指が微かに動き、何秒かあと、彼女は目を覚まし、そして起き上がった。
「ここ、……どこ?」
辺りを見渡すと、そこは広い部屋だった。
窓がたくさんあった。
彼女はそのうちの1つの窓に向かい、窓の外を見た。
そこには雲があった。
上ではなく、下にだ。
(そういえば、耳鳴りがする)
今さらながらに気付かされる。
「まさか、ここって……、空の上!!??」
彼女は動揺し、周りを見渡す。
[やっと、気が付いた?]
突如、頭の中で声が聞こえた。
[後ろ、後ろ]
そう言われて後ろを見ると、見覚えがある少女が立っていた。
「久しぶり、元気だった?」
―――
少女の名前は久野原優菜。
綾乃の幼なじみである。
この2人は小さい頃から、頭の中に流れるテレパシーのようなものでつながっている。
―――
「優菜!! 優菜だ!!
久しぶり、元気だった?」
幼なじみとの再会に興奮する綾乃。
「うん。元気だった。
……ていうか、いろんな事を聞いて良い?」
「……何?」
「どうやって綾乃はここに来たの?
……ていうか、小さい頃から付けてた黒い眼帯は?
もう付けてないの?」
「どうやって……ていうか、気がついたらここにいたって感じなんだけど……」
と困惑し、綾乃はここまでの経緯を説明する。
優菜は黙って聞いていた。
「ふーん。じゃあ、あたしと同じだね」
「え? そうなの?」
「お話し中済まないね」
1人の男が割り込んできた。
スタンガンを使って誘拐した男だ。
「君たち、俺と一緒に来てくれないかい?」
―――
3人は廊下を歩いていた。
[ねぇねぇ、脱出しない?]
綾乃は優菜に話し掛けた。
[いいけど、どうやって?
抜け出せる場所とか分かってるの?]
[とりあえず……]
綾乃は優菜の手を取り、
「反対方向に逃げる!!!!」
と叫び、逃げはじめた。
「なっ……、待て!!」
男のそばにいたボディガードの2人は彼女たちを追いかけた。
ーーー
彼女たちは逃げた。
近くの角を右に曲がり、その次の角を左に曲がる。
そしてまた左に曲がり、たまたまドアが開いていた部屋に入り、鍵をかける。
―――
男から逃れた綾乃たちは、暗い部屋にいた。
[暗いね]
頭の中で話し掛ける優菜。
[うん、そうだね]
何か手探りをしながら対応する綾乃。
「……あっ」
心の声が漏れてしまったと同時に壁が下に動き、その近くにいた綾乃は足を滑らせ空の下へと落下する……、とその時に、優菜が綾乃の手を右手で掴み、左手で支柱を掴む。
―――
とある別室。
そこの監視カメラで2人を様子を見ていた男は、
「ハッ、ハハハ……ハハハハハ!!」
といきなり甲高く笑いはじめた。
「最高のシナリオを思いついたぞ!!」
その後、男はその部屋を出ていった。
―――
[何やってるのよ、この馬鹿!!]
優菜は綾乃を責める。
[だって……、……!!
ゆっ……、優菜、後ろ!!]
綾乃の驚きぶりが尋常ではないと感じた優菜は、思わず後ろを見る。
「……!!」
そこには男がいた。
「俺のシナリオは破られることで、進化する。
今回も破られたが、そのおかげで最高のシナリオができた。
君たちには感謝の想いでいっぱいだよ。
……さぁ、最高のシナリオの幕開けだ!!」
彼は両手を広げながら叫び、男はポケットから持っていたスタンガンを取り出し、優菜に向けて刺した。
その後、優菜はそれまで握っていた綾乃の手がスルッと抜けた。
そして、倒れ落ちそうになった優菜を男は掴み、
「ゆうーーーなーーー!!」
落ちながら叫ぶ綾乃を見て、不吉な笑みをこぼす男だった。
―――
とある別の場所。
「天よ、彼女に光を与えたまえ」
小声で呟く少年がいた。
―――
上空から地上に落ちていく。
どんどん速さが増してゆく。
そう感じ始めた綾乃は、ある時、体が止まった。
体は光に包まれてゆっくりとした速度でどんどん落ちていった。
―――
上空。
「そう言えば、岡崎綾乃が落ちた場所の緯度と経度は?」
飛行船に乗っていたあの男だ。
「北緯○○度、東経○○○度です」
操縦者が答える。
「偶然にも彼女の故郷って訳か」
そう言って男はため息をついた。