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第七十二話 ローズ・ゴルトー

「減速・時間(アクセル・クロック)二倍速!!」

あの肉の塊は元はローズであることから体内時間を高速にして心臓を爆発させれば死ぬのではないかと思ったが、既にローズとしては死んでいるのか、新たな生命体になったからか分からないが効果はなかった。


「ソフィア!何で来たんだ!?ここは私に任せて逃げるんだ!逃げてくれ!」

「うるせぇイケメン野郎!私だってお前を見捨てて逃げたいさ!」

…しかしアリシアから、リオンからも頼まれてしまった。他ならない息子娘から期待されてしまったからには子供達のヒーローとして答えない訳にはいかない。私はいつだって、リオンとアリシアにとって最高にカッコ良くて粋がったソフィア・リーシェライトでなければいけないんだ。……だからお前を助けている訳じゃない!という意志も込めながら肉塊の背部に加速弾丸を撃ち込むが、やはり効果がない。

弾丸はその肉を容易に貫いて、吹き飛ばすが、それも一呼吸おいてスライムのように肉が溶けだして再生してしまう。


それどころか吹き飛ばした穴から歯が生えだしてこちらへ噛みついて来る。それを今度はエンディミオンが氷の剣で切り裂いた。


「いいから逃げるんだソフィア!これは銀の国の王として同盟国の民を見捨てられない私の責務だ!だから君は関係ない!!」

怒声を混じらせながらエンディミオンは氷の矢を掃射し肉塊に3本突き刺したのを、今度はソフィアがエンディミオンを押しのけながらショットガンの散弾で矢を砕きながら、肉塊の体内で破裂させる。その衝撃もダメージも、肉の巨大の内側から無数の粒がせり上がる様から相当のものだろう。


「ヴ―――…ヴヴヴヴ―――――!!」

…しかしそれは飽くまで普通の生物に対しての話。魔物…いや、魔物と呼んでいいのかすら解らないこの肉塊には効果が無いのか、無数に開いた穴は瞬時に塞がりまた修復してしまう。


「…ちっ!こうなりゃ袋だ!オラァ!オラァ!」

やけになったソフィアは先程発砲した銃口とは逆の撃鉄を引いて、近距離から肉塊の肉を一部吹き飛ばすと、ショットガンの長い銃身で肉を殴りつけた。


「もういいソフィア!これ以上は君が危険だ!君に何かあったら私は耐えられない!!だからやめ―――「口を動かしてないでお前もさっさと攻撃しろよ!リオンとアリシアなんかさっきからずっと氷の矢を射ってくれてるぞ!それに若干だが強い攻撃加えると止まるぞコイツ!」…ブリザード・スピア!」


今度はソフィアの叱咤にエンディミオンは諦めたように苦い顔をした後、氷の槍の大群を肉塊へ連続掃射した。その刺突を受けて弾け飛ぶ肉片。しかし、その肉片までも空中で牙が生えて飛来したまま上空からエンディミオンに襲いかかる。


「―――うわ気持ち悪りぃ!!」

その上空に向けて散弾を撃ち、勢いをつけて降り注いだ肉片は拡散弾によって勢いを殺され、エンディミオンとソフィアの行る場所から叩き出される。


「…お父さんとお母さん息ぴったりだね」

「…いや、あれは母さんがエンディミオンに対抗意識燃やしているのが奇跡的に噛み合っているだけじゃないかな…?」


肉片をえぐり出し続ければあの巨体もいつかは縮小するかと思いきや、一向に減る気配のない肉…。そして瞬時に欠落した箇所が修復される身体。…こんなのどうやって勝てば…。





…ん?修復?


修復…………修復………………………修復…………………………。っ――――!!


いや、待て!


私はあんな奴みたいな斬ったりバラバラにされる度に再生するようなのと一度戦っているではないか!

…数年前にこの王都東の村のあの封印の魔物と!


―――瞬間、私の脳裏にあの肉塊の攻略法が瞬時に浮かび上がった。



「リオン!アリシア!あの氷の魔物を凍らせて!あいつは封印の村にいたコルテュスと同じ攻略法で行ける!そして『エンディミオン様は氷の大きなハンマーを作って下さい!凍らせたところを砕いてバラバラにします!」


突然私の意識が体からはじき出されて、自分の体を背後から見るという奇妙な状態になる。

「ローズ様の動きを止めるのは私がやります!時間制御魔法に関しては私の方が持続時間は長いですから!」


体の主導権を取り戻したソフィアは深呼吸を一つして、目の前の敵を見据えると、魔力を解き放った。

「私と共に歩む時よ…その歩みを止めなさい……停止(スタグネイト)!」

(アサギ)の時間制御とは明らかに違う練度、そして魔力の精密さ。(アサギ)では減速しかできないそれは、(ソフィア)によって完全な停止魔法となり、肉塊の動きを完全に止めた。…いや、それだけでなく喰われる人々や肉塊を剣で切り裂くメイド、そしてエンディミオンまで停止する世界。



「「僕(私)に従いし氷よ、その冷気をもって目の前の敵を氷結させよ!ブリザード・ブレス!!」」

その中でも自由に動けるリオンとアリシアが今度は私の位置からでも凍てつきそうな冷たい冷気が輻射されて肉塊を飲み込む。


「―――停止(スタグネイト)解除(リリース)!!―――今です!エンディミオン様!」

ソフィアの呼びかけに、エンディミオンは空に巨大な氷の金槌を作り出し、それを肉塊の真上に突き落とした。…しかし、皹は入ったがまだ砕けるどころか割れてもいない。

『こっからは―――私の出番だ!」




「ふむ…やはり我々の最大の障害はあの女か…本来であればエンディミオンを破滅させる餌にしようと思ったが………今の内に潰しておくとするか―――」





冷気によって青色に変色しつつある肉塊を見据えて、ショットガンを突き出すように構える。


確かに今の私の最強の武器はこのショットガン。若しくは最強の防御である時間制御魔法だった。…しかし、(アサギ)(ソフィア)はあの憎悪と嫉妬の醜い世界を見て、絶望して、けれども再び立ち上がった。だからこそ手に入れたこの力、ある意味この浅木祐二の兄弟とも言えるこの力を使ってみよう。


私の意志に反応するように黒い靄が体中から上がる。…それと同時にどす黒い感情がお腹の底から湧き上がるけど、それを上手く集めてショットガンを掲げる右手に集中させる。…大丈夫、力の凝縮は練魔術と同じ要領だ。瞳を閉じて、自分の世界に埋没しながら右手に、そしてショットガンにどす黒い感情の大元が移動するのを感じる。

―――後はコレを形にするだけ……。




「…ここまでだ。死ねソフィア・リーシェライトォォォ!!」

「―――べ、ベジャン!!?そ、ソフィアァァァァァァ!!!」




使い方は簡単。―――ただ、憎めばいい。



『うわ、キモ男が見てる』

『何の面白みもない人間だね』

『思った通り最低の人間でしたね』






「――――うるせぇ!この醜悪な害悪共が!その腑ぶちまけろぉぉぉぉぉぉ――――!!」

前の世界の奴らを思い出しながら、渾身の憎悪を解放すると、ショットガンは黒い煙を上げながら私の背丈の2倍以上はありそうな、どす黒い大鎌に変貌し、その大鎌で脳を焼く程の殺意を込めながら、一切のためらいなく振り下ろした。刃は氷ついて硬さを増した肉塊をサクリと切り裂き、その体を真っ二つに切り分けた。


「――――がぁっ!?」

「………………………は?」



…何故か、黒い剣を掲げて猛スピードで間合いに入ってきたベジャンごと。



高速でこちらに飛んでいたところを鎌で斬ったからか、暴走した運動エネルギーは上半身を建物の壁へ、下半身を石畳に強く叩きつけられ〝ベチャッ〝という音を残してシュールなオブジェと化した。その後ろであの倒すのが不可能と思われた肉塊の崩壊という偉大な光景が広がっているにも関わらず、誰もが時間制御魔法も使ってないのに思考の時間が停止したように真っ二つになったベジャンの死骸を唖然と見ていた…。



「――――――っぐがぁ……おのれ…」

「うわぁ!やっぱり動き出した!」

案の定動き出した上半身と、それに合わせてバタバタと動き出す下半身。ローブの男で既に何回か見ているがやはり気持ち悪い光景である。



「き……貴様………何故我等の黒魔法を………」


「いやいや、この力をくれたのテメェのところのローブ男じゃねぇか」

「か…母さん…大丈夫なの?あの大鎌って母さんが魔物化した時に持っていたのだけど…?」

そうなの?…でも悪感情を制御出来てる限り大丈夫だと思う。なんというか…本来黒魔法と思われる魔力は普通に使おうとすれば、黒い感情の波に飲まれて『魔王様に従え…従え…』という謎の幻聴コールが聞こえ、とても制御どころか自我を保のもキツいのだが、それがゲスジュコロイドの特性を意識して悪感情の波に飲まれると、何とか自我を保っていられる。


……個人的な見解だが、恐らくベジャンもローブ男もローズもゲスジュコロイドを黒魔法の力の源である悪感情増幅の為の触媒として使っていると思われるが、逆にそれが黒魔法のセキュリティ的なものをずさんなものにしていると思われる。増幅するはずのものがセキュリティを軟弱にするとは……何ともあの父親らしい残念無様な欠陥発明である。



本来であれば調子にのってるローブ男の意表を突いてこれをお見舞いするつもりであったのだが…まぁローブの男は肉塊に喰われたし、それ以上に厄介そうなベジャン王が自ら殺されに来てくれたので結果オーライである。


「……く………く…く……くく…」

「…何笑ってやがる?」


「…いや…やはりソフィア・リーシェライト……貴様こそ…リーフィンの血を継ぐ貴様こそ……我の最大の障害だ……覚えておけ…我は…魔王の力は……もう封じることは出来ない……既に…」

凶悪的な笑みを浮かべながら息も絶え絶えに警告してきたベジャンは、その体から上がった黒の煙に紛れて、その姿を消した。



…何か魔王とか言っていたが、コレフラグ立ってないか?そしてリーフィンとは誰だ?女っぽい名前だが新ヒロインか?





「……あぐっ……ぁ……ぁ……え……みおん……さま……」

ベジャンの残した言葉に思案していたら、何かの呻き声が聞こえた。よく見れば、肉塊は核的なものを砕いたのか煙を上げながらドライアイスの様に消えていき…その中央に、人間の上半身だけの身体を残す。


「……えん…………ぉん…さ……ま……」

それは弱々しい声でエンディミオンを呼びかけるローズの残骸であった。


―――まだ生きていたのか。トドメを刺してやる、と大鎌から黒い煙を上げながら元に戻りつつあるショットガンの照準を合わせ引き金を―――


『待って下さい!」

突然私の意識は体の外へと弾かれた。私の身体…ソフィアは静かにショットガンを下ろして、上半身だけで身じろぎするローズを正面から見据える。



「…私は…貴女が嫌いです。貴女がエンディミオン様を好いているのは分かります…でも、だからといって私の子供…いえ、エンディミオン様の子でもあるリオンとアリシアにお腹にいたときから危害を加えて殺そうとした……これだけは絶対に許せない」

真剣な顔で怒りを表すソフィア…それをただただローズは虚ろな瞳で呻くだけ。


「……でも、それでも…私は貴女を完全に憎むことは出来ない……だって同じ人を好きになった人だから……貴女は、あり得たかもしれない私だから…だから…」


涙をこみ上げてローズへ語りかけるソフィアの肩に、優しい手が置かれた。



「…ソフィア。ここからは…私が言うべき言葉だ」

ソフィアを下がらせたエンディミオンは、ローズの前に跪く。


「……えん…ぃみおん…さま……?」


「……ローズ・ゴルトー。私は、君の気持ちに答えることは出来ない。…君はソフィアに…あまりに酷い行いをした……ソフィアだけでなく、当時そのお腹の中にいたリオンとアリシアに対しても。それは…私は到底許すことは出来ない…」


「………っ…どう…して……」

エンディミオンの明確な返事に、その瞳から涙を零れさせるローズは掠れた声でどうして…何で私ではないの…と問いかける。







「…でも…やり方こそ間違えたけれども、私を好いてくれた君の愛は本物だった…。こんな、不甲斐ない私を好いてくれて…ありがとう……」


エンディミオンの答えに、ローズは涙に濡れた瞳を開いて、

「……わた…し……あなた…を…すきになって……よかった………」


花がほころぶ様な綺麗な微笑みを浮かべると、その幸せそうな顔で息を引き取った。




「…私、ローズ様がちょっぴり羨ましいと感じます……あんな風に愛に狂えたらと…愛する人の腕の中で静かに息を引き取れたら……って」

同じ男を好きになった二人。そしてローズの姿はある意味ソフィアのあり得たかもしれない未来。



『……うん、…とりあえず、イケメン爆発しろ…』

「…もう、アサギさんったら…」

周りの惨状の中でも、月明かりが照らすローズの亡骸と、それを看取ったエンディミオンの姿は幻想的なもののように感じた。

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