第六十八話 恋の終わり
サブタイの話数抜けておりました。サーセン。
side アサギ
扉を抜けると眩しい光が差し込んできて視界が白に染められた。それも当然か、今まで居たのは豆電球一つが灯るだけの地下室。豆電球と太陽の光では明るさの桁が違う。いや、確かローズと戦闘中だったから今は夜か。…しかしそれにしてはそろそろ目が月光に慣れてきてもいいにも関わらず未だに眩しい。
―――数分経って漸く微かに見えてきたソコは…氷に閉ざされた世界だった。
…あれ?ここはあの夜の大通りに出てリオンとアリシアが迎えてくれるところではなかろうか?
未だにこの精神世界が続くっていうことはあくまで俺とソフィアさんの二人とも解放されないと駄目ってことかよ…。あの狂人科学者も『彼女はこの先だ』とか言ってたしな。
しばらく青く輝くクリスタルを眺めながら歩を進め、何かひときわ大きい氷の固まり…もう氷河と言うべきだろうソレに向かっていると突然吹雪が襲いかかってきた。
「……ち。どうやらこっちが当たりのようだな」
…ちょっと待てよ?未だにこの世界があの地下室みたいな精神世界なのだとしたら…
試しに校外学習で中学生の時にあったスキー場を思い浮かべて、当時クラス内でワーキャー喚いていた奴らが、何か路地の裏でラブラブしている光景を思い浮かべて、『何が幻想的な雪だ!こんなものただの塵を中心とした氷の凝結体じゃねぇか!邪魔だ!失せろ!消えてしまえ!』…と、悪感情を出すと、吹雪
は消え去った。
しかしながら氷の山はどれだけ悪感情を乗せてもびくともしない。
…どうやらマジであれが当たりのようだった。
いくつもの氷の岩をロッククライミングした先で待ち受けていたのは、4人の黒い陰に囲まれ肩を震わせ小さくしゃがみ込む銀髪の少女の姿だった…。
side ソフィア
『お前なんか母親じゃない』
『今まで不幸だった』
『お前なんか遊びで付き合っていただけなのに浅はかな勘違いをして、あたかも自分が被害者のように振る舞い、本当に愚かな女だ』
しゃがみ込む私に前から後ろから右から左から降り注ぐ軽蔑の言葉に罵倒の言葉に、耳を塞ぎ視界を闇に染めて、心を絞め殺すように消していく…。
『お前から贈られたもの総てがくだらない--』
…ぁあ…また…エンディミオン様からの罵倒で、心が体温を無くしたように……死んでいく……。
『そもそも公爵子息である私が平民…それも孤児院出の女と結婚するだなんて本気で思っていたのか?本当にお前は愚かなお――「ああ、そうかい糞ヤリ○ン野郎。確かにテメェにはあの糞ビッチがお似合いだろうよ!邪魔だぁ!退けぇ!」
―――え?
既に殆どが闇に染まった視界で見上げてみれば、ソコには…銀色の髪を揺らし少々吊り上った目で…エンディミオン様を蹴り飛ばす、ワタシがいた。
「…けっ!何が公爵子息の私が~だ!所詮テメェも猿から生まれた人間じゃねぇか!なに自分は優れた人間でござい~と思ってんだよ!?テメェみたいな奴らが一番ムカつくぜ!有事の際には糞の程も役に立たないくせに、自分は高学歴だから偉いのでござい~…とか気取ってる意識高い系並みにな!」
ソコにいるワタシは、エンディミオン様に罵倒を投げかけ、冷たい目で睨みつけ向かい合う。
『お前か…自分のモノでもない身体をさも自分のモノのように操り、その子供まで自分のモノとする…贋作か』
不敵に睨みつけるワタシに冷たい瞳で贋作と罵倒するエンディミオン様。
…そうか……闇に染まる記憶の中で、彼の…アサギさんの記憶が少しだけ……蘇った。
「っけ!お互い様だろ?テメェもテメェでこんな純情な女を弄んで孕ませて、同族の屑じゃねぇか」
互いに罵倒しあうエンディミオン様とアサギさん…。
『お前に何が分かる…』
続いてアサギさんを罵倒しだしたのは……リオン…。
『お前みたいな紛い物に母親を押し付けられて、不味いものを食べさせられて、まともな教育すら受けさせて貰えなかった。そんな僕の気持ちがお前に分かるか?お前とそこの女さえいなければ僕はアンドラダイト家の一員としての輝かしい未来が待っていたというのに』
息の詰まってしまうような言葉の羅列。至極全うな罵倒。私が奪ってしまった未来。
…それを受けてアサギさんは…。
「あ?何ほざいてんだ糞餓鬼?紛い物の母親?結構じゃねぇか。こんな銀髪美人が母親で、しかも少なくとも3歳にも満たない年齢で育児放棄された挙句、久々に再会したと思ったら小便から出来た排泄物扱いなんてされなくてよぉ。不味いものを食べさせて?ぁあそうかもな。男の料理なんざ不味くて食えねぇ
かもな。じゃ食わなくて結構だ。まともな教育?こんな中世以下の非文化社会の教育なんてどうせ宗教がらみしかなくて糞の程も役にたたねぇよ。アンドラダイトの輝かしい未来?どうせテメェの言う"美味い料理"とやらに心をこめて混ぜ込まれた毒でのたうち回りながら苦しんで地獄へハローグッバイだろうな」
……まるで…ゴミを見るかのような目で…自分の息子を見ながら挑発するようにその侮蔑の言葉を一蹴した。
『自分の子供にそんな酷いことを言うなんて……やっぱり最低ね。ねぇ知ってる?貴方が周りから何と言われているか。ガサツで汚らしい女って呼ばれているんだよ。…それ以前に身体は女でも中身が男なんじゃ汚らしいというより気持ち悪いね』
「周り?周りなんて何時も何時も責め立てるとか罵倒するしか脳の無いあの豚連中のことかい?馬鹿だな最初から他人なんて見てないに決まってるだろ?ガサツ?汚らしい?気持ち悪い?…面白いことを教えてやるよ。俺はな、その言葉はもう数千、数万回投げつけられてんだよ。むしろ言葉を投げつけるだけ
であらぬ罪を被せられたり、殴られたりしないだけマシってもんさ。」
…アリシアから投げられた侮蔑の言葉に……目で睨みつけながら口角を上げて愉快そうに答える彼。
「ふん……さて、じゃぁ俺からも言わせて貰おうか。………お前らに…お前らに何が分かる」
鼻で笑って…今度は………アサギさんが罵倒を始めた。
「一つ勘違いしてるようだから教えてやるが、俺は今目の前にいやがるテメェらを息子娘とは一切思っていない。…料理がマズい?アンドラダイト家の輝かしい未来が奪われた?気持ち悪くて母親らしくない?んなこと吐く餓鬼なんざこっちから願い下げだ!それこそあのスニー…スニー…スニーカーが言っていた
みたいに変態貴族にでも売り飛ばすか!」
「――――っ!アサギさん!!貴方今なんていうことを「黙ってろ!小娘が!!」………っ!?」
「よく私のリオンを知りもしねぇでリオンを語るなこの贋作以下の粗悪品が!!テメェは知ってるのか?あの子はべラストニアに居た頃から夜皆寝静まってから一人木剣の素振りをしていたことを。父親のいない家では自分が家族を守らないとと一人鍛錬していたことを!知っているのか?ギルドの宿泊部屋で机に突っ伏していた私を起こさないようにあんな小さな子供の体で私を担いでベットで寝かせてくれたことを!知らねぇだろ!料理に失敗した時でも何だかんだ言いながらでも頑張って全部食べきってくれるあの子を!!」
――――っ…
私は……リオンとアリシアに罵倒された時以上に…息を詰まらせてしまった。
「テメェは知ってるのか?アリシアを!あの子は小さい頃から何でも頑張りすぎて無理をして、教会の勉強だけでなく私の教えた中途半端な知識でさえも夜遅くまで必死で真剣に考えて勉強して、毎日寝坊してしまうことを!知っているのか?テミスさんのお使いで帰るのが遅くなった私をリビングで毛布にくるまいながら待ち続けて座ったまま眠っちゃうあの娘の思いやりを!知らねえだろ!あのベラストニアの一件からあの娘は私がリオンに抱きつきながら眠らないと魘されることを!」
…そうだった…私は今まで何を見てきたのだろう。
子供達はいつでも私と一緒に居てくれた。いつでも私についてきてくれた。
リオンとアリシアと私。いつも一緒にお日様の光を浴びて、フワフワのベットで眠って、市場で買ってきた出店の美味しいお菓子を食べて、風の国の観光地やケルノン大聖堂を観て、一緒に笑って、一緒に泣いて、たまに喧嘩して、仲直りして……たくさんの思い出を紡いできた大切な家族。
目の前のリオンとアリシアは激を飛ばして睨みつけるアサギさんに冷めた視線で問い掛け続ける。
『…だからどうしたんだ?僕達がお前を慕っていた?それはお前が僕達の本当の母親と信じていたからだ』
『でも私達は知ってしまった。貴方が私達の母親でも何でもない、ただ母親の体を乗っ取っただけの気持ち悪い男であることを』
『しかも、自分の子供が自分に都合の悪い真実を知って変わってしまったからって贋作呼ばわりなんて…本当に最低だね。』
『リオンの言うとおりだ。貴様は総て自分の思い通りにしようとして、そこから外れたものを否定しているだけだ。他ならない我が子を。本当に―――
「うるせぇつってんだろ!今度その口を開いて見ろ!縫い合わすぞこの糞餓鬼共!」……なに?』
「さっきから耳障りだから言っといてやるが、仮にお前らが私の血を引く本当のリオンとアリシアだとしても、今の貴様等に対して私は何の躊躇いもなく四肢を切り刻んで豚の餌にするか、何処かの娼館に売り飛ばすだろうさ。自分の血を引く子供だったらどんな子でもいい?ふざけんな!
…俺はな……あのリオンだから愛しているんだ。あの家族想いでよく突っ込みを入れて、私を慕ってくれるリオンだからいいんだ!あのアリシアだから愛しているんだ!あの甘えたがりで臆病で、最近マセてきて、でもやっぱり甘えたがりのアリシアだからいいんだ!それ以外のリオンとアリシアなんかこっちから願い下げだ!仮に私が育て上げた結果、もし不良とか犯罪者になってしまったのなら…私が責任を取って最後まで二人を愛する。
……しかしなぁ、私のリオンとアリシアではないリオンとアリシアなんかが変体貴族の慰み者になろうが、家畜の餌になろうがどうでもいいんだよ。……そして…何時まで座り込んでるんだソフィア!お前もこんな糞共がリオンとアリシアだと本当に思っているのか?エンディミオンのヤリ○ンは知らんが私の…この浅木祐二が育て上げたリオンとアリシアを……嘗めるな」
―――っ!
…私は……一体…あの子達の何を見てきたのだろう。
「お帰り母さん!」
「お帰りなさいお母さん!」
「うわぁ~美味しそう!もうお腹ペコペコだよ」
「御馳走様でした。…ねぇ何で姫々したお母さんの日だとお塩の味抑えるの?」
「今日はポカポカ陽気が気持ちいいからお布団干そうよ」
「ねぇお母さん。この前買った服のお洗濯の仕方教えて?」
「お母さん見て見て!学校の試験で満点だったの!」
「母さん、今度王都中央図書館に一緒に行こうよ」
「お母さん、だ~い好き!」
「か、母さん……いつも…その……ありがとうっ…」
「「帰ってきてよ!お母さん!!」」
その愛おしい声を聞いた瞬間、氷の世界も、黒い空も、偽物のリオンも偽物のアリシアも……エンディミオン様も消し飛んだ。
「やっと理解したか…確かにお前の境遇は辛いことも多かったと思う……しかし私のリオンとアリシアをその悲惨の材料にすることだけは許さない。悲劇のヒロインを気取るのは勝手だが、いい加減王子様(エンディミオン様)なんて存在しないことに気づけよ。お前はお姫様である以前に…あの子達の母親なのだから」
ええ、その通り。
私の罪悪も贖罪も、結局は引きずっていた恋の延長線。
…けれども、もう私は母親だから…。
リオンとアリシアのたった一人のお母さんだから。
だから、……恋の時間はもうおしまい。
でもね?アサギさん。
「どうした?」
どうやら王子様は…実在するみたいですよ?
「戻って来てくれ!ソフィアァァァァァァァ!!!」
愛しい声達に包まれて、私の世界は、光に包まれた。
「――――あぁ、空が、蒼いなぁ」
 




