第六十五話 回想世界
side エンディミオン
「キシャアアア―――――!」
「時間制御2倍速!―――――!」
「我に従いし氷よ、その刃で守護をせよ!」
旋風のごとく迫る刃にリオンは氷の刃を上段に相殺し、私の矢が左から迫る斬撃を弾き、再び凪払われた一撃をアリシアの無詠唱の氷の剣群が防ぐ。
まさしく一進一退の攻防撃。
魔物となったソフィアに力を使わせ黒魔法を消耗させるのが目的である以上、過剰な攻撃も出来なければ、かといって防戦一方でもいけない。
さらには一部の気を抜いてしまえば、私の大切なリオンとアリシアをソフィアの手で殺させてしまうかもしれない恐怖に、体力より精神的な消耗の方が大きい……はずなのだが…。
「お父さん!一旦引いて!氷の弓兵団一斉掃射!」
「そのまま鎌に矢を掃射し続けて!―――ここからは僕が行く!」
ガキィンガキィンとけたたましい金属音を夜空に響かせながら、アリシアが魔物の鎌に向かって重点的に氷の矢でダメージを与えて、そこへリオンと私の猛攻の剣戟を受けたことで、先程から刃が欠け続けていた大鎌は鈍い破裂音を残して砕け散った。
「よし!武器は破壊したぞ!」
「お兄ちゃんお父さん!一旦引いて!!お母さん曰くこの後たぶん『ほぉ…よくぞ我が刃を破ったな。褒めてやろう。……だが、まだまだこの私には及ばないな。さぁ存分に恐怖を味わってくれたまえ』とか言って次は大剣が飛び出してくるよ!」
「ぶっちゃけ普段の方が悪役っぽいセリフ言っているのにいざ魔物化したら、きしゃぁぁとしか叫ばないって正直拍子抜けだよね…」
リオンとアリシアの間で漂う微妙な緊張感の空気は流して、アリシアの言うとおり一端引くと、案の定何か得物を変えてきたのか、閃光が走ったと思ったら道の端の屋台がバラバラに切り裂かれていた。再び魔物となったソフィアがナニカを振りかぶり私達へと一気に距離を詰めてくる。
「――――はああっ!!」
何の攻撃か分からない以上防御しかないと氷の壁を子供達の前へ展開しようとした瞬間、リオンが魔物へ向かって一気に踏み込み氷の剣を振りかぶった。
「―――なっ!?だめだリオン!」
私の制止を無視して魔物へ駆けるリオンは魔物まであと5メートルというところで急にしゃがみ込んで――――
「キシャァァァァァ―――っ―――シャァァァァァァ!?」
「せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――!!」
――――重撃、氷月雷斬――――
まるで間欠泉のように白く染まる冷気を吹き上げながら飛び上がると、魔物化して老婆を彷彿させる刃物のように尖ったその顎に刃を突き立て一気に切り上げ上昇し、さらには降下の際に剣を魔物の脳天に叩きつけるように突き落とし追撃を加えた。
氷の魔法が地面に激突して白い霧が舞い上がり、少し経って霧が晴れるとそこには氷の山に半分埋もれるような形で氷漬けとなった魔物がいた。
……なんということだ。まさか息子がここまでの剣の腕を、そして剣技と氷魔法を融合させるなんて……。風の国王宮でアリシアの氷魔法のポテンシャルの高さには驚かされた。リオンは魔力についてどちらかというとソフィアの血が強いのか氷魔法はアリシアよりやや弱い印象だが、それでもまさかこのような技を見せてくれるとは。
……本当に…亡くなった父上が見たら大喜びしていただろう…。
「それってリリアお姉ちゃんが使っていた技?」
「うん、またあんな魔物に襲われたらと思って見様見真似で練習してた。……けど…ちょっと…これはやりすぎた?」
見ると一応リオンの氷の剣は先端が丸くなっていて刃は潰れている様だが、先程ローズを氷漬けにした私が言うのもなんだが普通人間をあんな風に氷漬けにしたらただでは済まないと思う。………そ、ソフィアは大丈夫なのか!?
だが、そんな魔物の中のソフィアへの心配をあざ笑うかのように魔物は氷の山を破壊して先程私達に仕掛けようとした攻撃の正体、細く鞭のようにしなやかなその爪を振りぬき氷を払い飛ばすと、宙を滑空するように再びこちらへ距離を詰めてきた。
「「時間制御二倍速―――」」
子供達はその詠唱と共に動きが不自然に早くなり、リオンは自分の周囲に氷の剣を展開して魔物の動きを止めさせ、アリシアは魔物の足元を凍りつかせて動きを鈍らせ、魔物の動きが止まった瞬間、全速力で後退。その隙に私が前衛に躍り出てその刃のような爪を剣で打ち払う。
―――頭上、左側面、右下段、右側面、左顔面、右側面、頭上――
火花を発し鈍くも甲高い鉄のぶつかるガキンガキンという劈く音を受けながら、およそ20もの斬撃を防ぎきり、最後の一撃で拮抗した刃は互いの体を後ろへ吹き飛ばした。魔物と打ちあった時に黒い靄のようなものがだんだんと濃く出ていたが…恐らくアレがソフィアを魔物化させている要因だろう。
アレが尽きれば……ソフィアを取り戻せる!
私は宙返りして衝撃を殺し目の前の魔物を見据えながらも剣を再び構えながら思う。
―――ソフィアが殺されたと思ってベジャンに対して復讐戦争を仕掛けていた頃は憎しみのまま、周りも省みずにただ闘っていた。闘いの最中は憎しみに、闘いが終わった後は虚しさしか感じなかった。
―――ソフィアが風の国で生きていることを知ってからは、再びソフィアを失うかもしれない恐怖に怯えながら、でも私についてきてくれた者達に不安を与えないようにひたすら恐怖を隠して………それでも結局、一人で闘っていた。
確かに信頼出来る仲間はたくさんいたし感謝している。…だが、心の底では恐怖を見せないために一定の距離を保ってしまい、結果私一人で戦端を開く戦法を変えることは出来なかった。
剣を構える私にまるで歯向かう事事体に怒りを覚えるかのように魔物は呻き声を上げながら再び肉薄してくる。そして振るわれる爪は、横から放たれたリオンの剣によって弾かれた。
―――な…っ!?子供達には安全な後衛を任せたいのに何故前衛に出るんだ!と叱りたくなったが、そんな時間を魔物がくれるはずもなく、そのまま魔物と私、そしてリオンの近接戦が開始されてしまった。
左から迫る爪を叩き落し、正面から突き刺すように迫る斬撃をリオンが切り上げ、宙に浮いた魔物の爪へ向かって飛び上がり、剣を振るって振るって追撃し、それを押し返すように振るわれる爪は横から回転しながら飛来する氷の剣―――アリシアの魔法に阻まれ、再び剣を振るい一撃、二撃、三撃打ち込み
その刃のような爪、右手の2本をまるで崩れたクッキーのようにして破壊。
爪は砂となって雲散した。だが、爪を破壊することに専念していて攻撃後、宙で無防備になっていた私に魔物は躊躇いなく左手の爪で切り裂きに掛かるが、リオンが先程見せてくれた氷と魔法の複合技と同じ動きで、今度は剣技だけで爪を打ち落とし降下しながら魔物を地面へ叩きつけて、魔物がダメージを受けて動けない隙に私と共に後退し距離を取った。
……不思議だ。
リオンが飛び込んできた時には最初、魔物にリオンが殺されるのではないか、私の剣が愛おしいリオンを傷つけてしまうのではないかと気が気でなかったのにリオンとの挟撃は、まるで手足が増えたかのように連携し魔物の攻撃を防ぎ、追撃してくれた。
誰かに背中を任せて闘うのなんて初めてだった。
状況は、ソフィアが魔物とされてしまい敵として闘い、無尽蔵にも思えるあの黒い霞を尽きさせるという気が遠くなるような闘いをしていて状況は絶望的だというのに………リオンに背中を預け、アリシアが後方で支援しながらソフィアを救い出すためのこの戦いに苦しみは不思議と感じなかった。
サイド ■■■■
気がつくと、自分はどこかの部屋に居た。先程までは何故か地下室のような場所に居たようなはたまた夜の街道にいた気もするのだがよく思い出せない。
斜陽が差し込む部屋は木材張りの床に木材と鉄パイプが組み合わされた簡素なつくりの机。そしてクリーム色のモルタル壁にこれまた簡素なつくりの窓ガラス。
……そうか、ここは学校の教室だ。
何で自分は教室にいるのだろうか?
………そうか、自分はまだ学生だったのか?しかし最近見かける部屋は大概が全て木で出来たものか石材の部屋だったはずだが。
「でさーアイツまじキモくない?」
ふと、誰かの声が聞こえた。でも教室に人影はなく誰も居ない。
「まじまじ。アイツ絶対ウチらに盗撮とかしてきてんじゃねぇの?」
「なにそれウケる~犯罪者ジャン」
「何アレ?汚い制服~……キモッ」
「おいテメェ、何勝手に出て行こうとしてんだ?俺のメシ買ってこいよ!」
「昨日バイトの給料日だったんだろ?おら金貸せよ」
「たったこれっぽっちか?ぁ?テメェの食費?んなこと俺が知るかよ」
……この教室の中で響く声を聞いていたらお腹がきりきりとして気分が悪くなるような気がした。
教室を出て、もしかしたら隣の教室とかトイレとかに人が居るかも、と思ったがそれは廊下に出ようと、何故か少し緊張しながら女子トイレに入ろうが、校舎を出ようが、グラウンドに出ようが、部活宿舎に入ろうが、校門に出ようが、やっぱり誰一人居なかった。
学校を後にしてしばらく歩き、まるで流れるように駅に着いた。
店員のいないキヨスクを眺め、駅員も誰もいない改札口を通り、そして誰も待つ人の居ないプラットホームに下りる。
―――駅員がいないんじゃぁ電車も来ないなぁ
そう思っていたらアナウンスと共に音楽が流れ、しばらくすると電車がやってきた。
最近乗っていたのは街中の馬車だったから電車の空気の抜ける音を聞くのは久々だ。
……なんで自分は馬車なんて洒落たものに乗っていたのだろうか。
やはり電車に人は誰も乗っていなかった。
「また今日も上司にイビられるのか…」
「隣のオヤジ……息クセェ…」
「アンタ今私の身体触らなかった!?痴漢!痴漢よ!!」
「この気持ち悪い男が私の身体に触ってきたの!」
「オイ兄ちゃん、テメェ人の女になにさらしてくれとんじゃ!?ああ゛?」
「うわぁ~痴漢とかマジきもい」
「…あいつ、確か左手つり革で右手ケータイで塞がってたけど……まぁどうでもいいか」
「余計な手間取らせてんじゃねぇよ。お前が痴漢をしてようがどうだろうがそんなもん俺の仕事じゃねぇんだよ。ケーサツに頼めケーサツに」
「………これでブランドバッグが買えるわ。ヒロシは金無さそうだったしタケルは最近危険日なのにヤらせろヤらせろ煩かったから…ラッキーね。」
電車内に響く声に何故か頭に来て、扉を何度も蹴り飛ばした。
―――死ね。
胸糞悪くなった電車を降りて、街中へやってきた。
高層ビル群が立ち並ぶ風景を見ていると何故か重い気分に襲われる。
こんな何の暖かみも無いアスファルトの道路なんて気分を滅入らせるだけだ。やはり2,3階建てのレンガの建物が立ち並び、朝日を浴びたベランダのプランターの花を眺めて気ままに買い物に出るほうが気持ちがいいな。
……なんで高層ビル群が立ち並ぶ現代で中世ヨーロッパみたいなレンガ造りの町並みに思いを馳せているのだろうか?
シャッターの閉まった売店、白線のかすれた道路、最近対応が悪くなったコンビニを眺めながら、ふとある建物に目が付いて入ってみた。
看板には『六草産業』という文字とクローバーみたいな草のエンブレムが付いていた。
気の向くままに建物内を進んだ。
『お客様第一』『社員の健康第一』という看板に目が行った。
「……けっ…お客様のためなら社員はどれだけ犠牲になっても構わないってか?…社員の健康?一部の重役社員の健康第一、だろ」
どこか親しみのある声が聞こえた。…けど受付にもエントランスにも誰も居ない。
建物では不思議と体が流れるように自然に6階へ向かい、入室パスワードを入力してとある席に座った。
席の名札には■■■■と書いてあった。
「何だこの成績は!お前会社に何しに来てるんだ!!」
「あ~ぁ~こんな奴よりもっと使えるのが来てくれないかなぁ~」
「は?飲み会に来ないとか…お前社会人として終わってね?」
「休み?そんなもん当面なしだ!契約の数を上げろ数を!!」
「気にしちゃ駄目ですよ浅木さん。それにこの前浅木さんが組んでくれたプログラム、凄く使いやすいです!ね?頑張りましょう!」
―――また、声が聞こえた。一つ響いた女性の声にだけ、気が休まった。
「痴漢で今朝まで警察に拘留されていて遅刻………冤罪?………知るか!お前は我が社の名に泥を塗ったんだぞ!!」
「うわぁ~~いつかはヤると思ってたけどよりによって痴漢とか……ぷっ」
「………浅木さん…最低です」
「あ~あ~浅木、君は明日から会社に来なくていいから」
「痴漢魔の浅木(笑)。最後に報告してやるよ。実はお前が面倒を見ていた新人の鈴野華ちゃんだけどさ~」
「…私達、結婚することになりました。」
もう何もする気が起きなくて……気が付いたら…一軒の不思議な懐かしさを覚えるオンボロなアパートの一室にたどり着いていた。
お久しぶりです。意血病出です。
2年ぶりに挿絵を描きました。腕落ちすぎワロタw。
結構迷走しながら書いていますが、どうか今年もよろしくお願いいたします。




