第五十五話 娘とお風呂。そしてセリア来襲
ちょっとエッチな表現注意!
side エンディミオン
――――――え?アリシアは今何と言ったのだ?もしや私の幻聴か?いくらおかしくなっているといってもそんな幻聴をしていいはずが…
「あのね…腰が抜けちゃって多分一人では洗えないと思うの。それにお父さんもお風呂入っていないんでしょ?一緒に入ろうよ」
「ま、待ちなさいアリシア!君はまさかその年で…まだソフィアやリオンと一緒にお風呂に入っているのかい!?」
いやいや、貴族ならば傍付の待女等に湯あみを手伝ってもらうこともあるがアリシアは一般家庭的な生活を送ってきたと言っていたし流石にこの年になると抵抗もあるはずだ。
「う…ん。やっぱり恥ずかしいからお兄ちゃんとは入らないんだけど……でもこのままじゃお風呂入れないし、べたべたは嫌だし……それにお父さんなら大丈夫かなって」
信頼してくれるのは素直に嬉しいし、風呂に入るのもあの日見た夢をついに実現できるから入ってみたい。…ただ親の贔屓目かもしれないがアリシアは既に13歳。
身体も幼児、子供っぽくはあるものの確実に女性としての丸みや膨らみが出てきてどうしても意識してしまいそうでものすごく気まずい!
そんな内心ドギマギしている私の心も知らずアリシアは服を脱ぎだしその桜色の肌を晒した瞬間、私は後ろを向いて視界に入れないようにする。勘弁してくれ……いくら自分の娘だと言い聞かせても、あんなにソフィアそっくりでは嫌でも意識してしまう。それに私は…結局最後の行為の時でも終始上がりっぱなしで声が裏返ってしまっていたのだ。
まずい!さっきの熱が再び出てきた……。しかも後ろの布擦れ音が聞こえるたびに顔に熱が溜まるのが分かる。―――ええい!何でよりにもよって今なのか!
「準備出来たよ?ほらお父さんも脱いで脱いで。わぁ~流石王宮のお風呂。これって水の国特産のお湯の雨が出る魔道具の最新型だよね?それに浴室の中にステンドグラスって凄い!ねぇお父さんこれって何だろう?蛇口を捻ると湯気が出るけど?」
アリシアは浴室の椅子に座りながらも真新しいものに興味津々なようで蛇口を捻ったり、ボタンを押したり色々楽しんでいる。なるほど、こういうところを見れば確かに彼女はまだ子供だ。そんなアリシアの姿に軽く微笑み、変になっていた気分を切り替えると私も湯あみをすることにした。
ノズルを引いて魔道具によって生み出されたお湯の雨を柔らかくアリシアに浴びせて、湯気とステンドグラスの光で幻想的に輝いた銀の髪を優しく押し揉むように洗ってゆく。予想通りアリシアの髪質はソフィアのものと同じなので洗い方については熟知している。だが再びこの髪に触れるのは叶わないと思っていたそれが、十数年の時を経て再び私の手の中にあると思うと…いかんいかん。涙など見せたらアリシアが戸惑ってしまう。
「ふにゅう…暖かい雨って何だか不思議だけど気持ちいい~」
髪を洗っている間アリシアはとろけきったような表情で私に甘えてくる。本当に私を信じてくれているんだな。
…でもどうしてここまで信じてくれるようになったのだろう?いくら私の言葉と行動があったとはいえ彼女が生まれ出から13年間あった固定概念がここまで覆ることはないはずだ。と、思ってそれとなく聞いてみたら
「んーとね、お父さんが死んじゃったと思ったらいつの間にかお花が一つもないお花畑にいてそこに転がっていた水晶玉を持ったらお父さんの記憶が……っいたた!?何だかおかしいんだよね、その時のこと思いだそうとすると頭が痛くなっちゃうの」
という不思議な回答が。テミス王女の話では私を蘇らせたアリシアは恐らくリーフィン様の力を解放したと言っていた。その時私の記憶と共鳴したのだろうか?確かにアリシアが先程言ったその水晶玉から流れ込んできた記憶の一部は事実だし、しかもソフィアも知りえない…私の失恋談まであった………。
いや、それはともかく私自身もリーシェライトについては屋敷の本の一部に書いてあったことと、孤児院のクラウス院長から聴いたことのみでその秘密の全ては分からない。フォレストの森にあるというリーシェライトの離宮の書物を読めば何か分かるかもしれないが……
「私ね、本当はお父さんなんてどうでもいいと思っていたんだ。結局私達を捨てたような最低な人がいなくても私達を必要としてくれるお母さんさえいてくれればそれで十分ってね。でもお兄ちゃんはお父さんに対してもの凄く憎んでいたからちゃんと話してあげてね?特にお母さんなんてお父さんに裏切られたのが相当ショックだったみたいで気を病んじゃったからあんなに残念になっちゃったんだよ。……まぁあの状態のお母さんも明るくて楽しくて大好きだけど、最近は日によってお姫様みたいなお母さんと今までのお母さんと何でか切り替わるからお父さんとのことのショックが無くなってきたのかな?だとしたら早く誤解解かないとお母さんがお父さんのこと完全に諦めちゃうよ?」
髪を洗い終わり、今度は白く小さなその背中によく泡立たせたスポンジで布で拭き取るようにするとアリシアはくすぐったそうに身を縮こまらせる可愛いしぐさを取りながらそんなことを話しかけてきた。
そうだ、私はアリシアを取り戻すことは出来たが未だリオンからは捨てた父と思われ、ソフィアからは誤解されたまま。……やることはたくさんあるのだ。
それに、ソフィアの変化というのがどうも気になる。べラストニア戦争でのプロトゴノス殿の話でソフィア生存を知ることが出来たのだが彼が話したソフィアの性格は私が知っているのとはまるで違う。
アリシアからも詳しく聞いたが、その"残念な状態"のソフィアはやたら対人恐怖症でガサツ、明らかに敵意を持っている相手に対しては過剰に攻撃的で、これは当然かもしれないがリオンとアリシアが命の危機に瀕すると人殺しすら躊躇いなく行う。
対して"お姫様みたいな"ソフィアは気が利いて誰にでも友好的な関係を築き、神経質とまで行かないが仕事では一切の妥協はしない、争いや暴力を極端に嫌い、という私が知っているソフィアそのものだ。
やはりアリシアが言うように私が原因で心を壊してしまったのだろうか?いや、当然だろう。もし私が逆の立場だったら今頃何をしているのか分からない。
そんな、もしソフィアが誰かに寝取られていたらという背筋も凍りつくようなことを想像するだけで気が重くなってしまい、溜息を一つ吐き気持ちをを切り替えようとしたところで私の腕がアリシアの背中を押してしまいそのまま椅子から落ちそうになってしまった。咄嗟にアリシアを抱きかかえて落ちることを防ぐことが出来たのだが……
「わっ!お父さん気を付けてよ、まだ腰が抜けて上手く立ち上がれないんだから!……お父さん?どうしたの??」
瞬間、私の時は停止した。その引き金となったものは私の手の、指先。そこには、幼き日に夢見た彼女と全く同じ膨らみかけた丘の真ん中に一つ花を咲かせた蕾が―――――
「ブ―――――――!!」
「え!?お父さん?何で急に鼻血を噴き出したの!?というか大丈夫?おとうさーーーん!!」
エンディミオンの鼻血で鮮血に染まる浴室の中、アリシアの声だけがただ響き渡った。
「エンディミオン!あの娘の、ソフィアの娘が見つかったって本当!?」
肌を桜色に上気させて少し濡れた髪が妙な色気を生み出しているアリシアと、依然貴公子の顔だが紅潮し心なしかゲッソリしたエンディミオン、二人がシャワールームから出たと同時に客室の扉を突き破る勢いで飛び込んできたのは金色の髪と青い瞳が特徴のエンディミオン側付きメイド、セリアだった。
「――――――っ!!この娘がそうなのね!始めまして、私はこの馬鹿の従者をしているセリアよ。わぁ~幼い頃のソフィアとそっくりね。あぁ、この銀色の髪のさわり心地…懐かしいわ」
セリアはアリシアを見た瞬間奪い去る様に抱き上げて目を白黒させるアリシアをよそに頭を撫でたり、その柔らかそうな頬に頬ずりしたり、頬をプニプニ触ったり……。
対してアリシアは初対面の人間にいじられて嫌がると思っていたのだがそんなことはなくむしろくすぐったそうにしている。…いや、むしろどう反応したらいいのか分からないのだろう。このままではアリシアも困るだろうしここは父親である私が間に入って――とセリアを止めようとしたが、セリアは一通り触り尽くすと突然アリシアを抱きしめたままうなだれ、泣き出してしまった。
「本当に…無事に産まれて…こんなに立派に育ってくれて……ありがとう…ありがとう…ありがとう……!アリシアちゃん………貴女のおかげで…救われたわ………」
セリアは特にソフィアを可愛がっていた。それこそまるで妹のように厳しく…だけど優しく指導し一流のメイドへと育て上げたのだ。そして彼女はあと一歩の所でソフィアとそして産まれて仕えることを心待ちにしていたリオンとアリシアを助けることが出来ず、一時期気を病んでしまったことがあるほどだ。一晩中私の子供達の為にと織ったベビー服や用意したおもちゃを泣き叫びながら壊し破くその姿はあまりにも悲痛で見ていられずセリアと私と母上、そして父上と悲しみを堪えながらベジャンに復讐を誓ったあの日。
その呪縛からようやく彼女はアリシアの姿を見て解放されたのだ。泣き出してしまうのも無理はないだろう。何だかアリシアと出会ってから私もセリアも泣いてばかりだな…。これではアリシアに余計な罪悪感を与えて…
「わふぅっ!セリアお姉ちゃんくすぐったいよぉ」
「ああ可愛い!!持って帰りたい!!でももうちょっと我慢してね~ああ!ソフィアの幼い頃の背丈を参考にしたけどぴったりね!ねぇアリシアちゃんこれも着てみてくれないかしら?」
……罪悪感を抱かせる前に着せかえ人形にさせられてしまったか。屋敷で暇を見ては作っていた服を着せては脱がし着せては脱がしてアリシアも次から次ぎへと服を着せ替えられて戸惑っているが今だけはセリアの好きなようにさせてあげよう。セリアもこうして私の子の服を作って着せてあげるのが夢だったと言っていたのだしここ数年見られなかった彼女の本当の笑顔を見れば止める気にもなれなくなる。確かに今夜はアリシアと二人っきりで過ごしたかったがこういうのも悪くないだろう。……だからアリシア、私にその助けを求める様な視線はやめてくれ。
「そういえば髪が湿っているけどもしかしてお風呂上りだったかしら?なら髪を梳かなくちゃね。―――あら?綺麗に髪がトリートメントされているわね?一人で出来たのかしら?」
「さっきまでお父さんとお風呂入っていたんです。お父さん髪を洗うのとっても上手だったんですよ!……でも何故か突然鼻血噴出しちゃって……」
セリアはアリシアの髪を梳きながら横目で浴室の惨状を眺めてから視線は私に移り最後にアリシアに戻して、微妙に私からアリシアを遠ざけて非常の一言を放った。
「まだ娘とお風呂に入りたいって願望もだけど…いくらソフィアと瓜二つだからって実の娘に欲情するとか……引くわ」
その日、セリアによって強制的に隣の部屋に放り込まれて一晩中泣いて夜を明かした私の元に全ての元凶、ローズの脱獄が伝えられた。
他の女性の前では貴公子だが、ソフィアやアリシアの前ではへタレのエンディミオン。




