第五十四話 取り戻した幸せ
side エンディミオン
白の国の使者による舞踏会急襲事件。後にそう呼ばれるようになる事件のパニックや喧噪もようやく収まり出した夜更け時、私は風の国が用意した来客用の寝室にまでアリシアを抱えてベットに優しく寝かせた。
あの時、アリシアは銀の髪が白銀に発光し瞳の色も銀色になり、心臓の動きを完全に停止していた私の命を助け出した。しかしその直後今度はアリシアが倒れてしまい私は心臓が凍りつくような気分を味わったが、彼女を抱きかかえるとその胸には確かに鼓動が継続していて、可愛らしくも確かな呼吸が続いていることを知って、場も弁えずに泣き出してしまった。
「うぅ~~ん……お…とうさん………むにゃぁ……」
私が毛布を掛けてやると身を捩らせながら寝言を呟き幸せそうな顔で微笑むアリシア。一体どんな夢をみているのだろうか。しかしこうして見てみるとアリシアは本当に幼い頃のソフィアにそっくり…いや瓜二つといってもいいくらいに似ている。ゆっくりとその銀色の髪を撫でているとあの幸せだった頃、体調を崩してしまったソフィアを看病していた時もこうして髪を撫でてくすぐったそうな顔をしていたな。
いや、"幸せだった"じゃない…もうその幸せは取り戻したんだ。
しかも本来死ぬはずだった私の命をアリシアが繋ぎ止めてくれて、再びこの幸せな場所へ連れてきてくれた。だから今度はその幸せを何があっても守りきる。この先に何が待ち受けていようとアリシアは必ず守り抜いて見せる。
「…さて、そんな場所でいつまでも立ち尽くしていないで入って来たらどうでしょうか?テミス王女様」
気配を感じ扉の向こうに話しかけると案の定テミス王女がやれやれといった様子で入ってきた。
「流石ですね。錬魔術による気配の察知…いや、それだけでなく私だと特定までしてしまうとは…流石べラストニア戦争を勝利に導いた英雄、というわけですか」
「それだけ高い魔力ですし貴方の力はあの場で見させて頂いたので特定するのは簡単ですよ。………改めて、舞踏会襲撃の時にアリシアを救っていただいてありがとうございました。貴女のおかげで再びこうして娘と再会できて本当に救われました」
「ほぉ…まずは私に礼を述べるとは。私がここに来た理由を知らない貴方ではないでしょう?それと舞踏会での襲撃については、あれはこちらの落ち度ですし下手すれば私達が銀の国の王を陥れようとしたと思われてもおかしくない状況でしたので出来れば水に流す形でお願いしたいのですけど」
確かに今回の急襲はあのような不審者を城内に入れてしまったことが全ての起因であり、私は招かれた客という立場から第三者の視点で見れば舞踏会に招いておいて危険な目に遭わせたといって非難されるのは風の国かもしれない。もちろん今夜の事件については緘口令が敷かれたので表だって外に知られることはないだろうが噂や他国の使者にまでその令が通用するとは思えないしやはりなんらかの禍根は残るだろう。
それより…恐らく彼女が今ここに来た理由は……
「本題といきましょうか。貴方のご息女のアリシア様ですが……主、リーフィンの直系の子孫ですね?初め名前を聞いたときに"リーシェライト"と名乗っていましたがリーシェライトといえば古代王国リーシェライト帝国の王名。そしてその元を辿れば主、リーフィンの家系。そしてソフィアちゃんが使っていた時間を操る魔法にその銀色の髪、何よりあの襲撃の時貴方の命を救った時のアリシア様の姿。王宮に勤める神聖教会の司祭が言ってましたよ。『今夜のある時を境に神聖術の効き目が悪くなった』と。幸い今では問題がないようですがどうやらあの時のアリシア様はリーフィン様が世界に解き放った力を取り戻してしまったようですね」
…なるほど流石は第三王女。
いや、女王や宰相が政の座に座らせたいと思うわけだ。感心すると同時に私は一気に警戒心を強くする。もし風の国がリーフィン様の…いや、アリシアの力を狙っているのだとしたら私はこの場で全力で抵抗しアリシアを助け出して見せる。事実ソフィアはそのことがベジャンに知られてしまい狙われてしまったのだ。二度と…もう二度と同じ過ちは繰り返さない!
「……ふふっ、それだけ警戒できるのであれば問題なさそうですね」
「?……それは一体?」
テミス王女は一つ笑うと張りつめた空気を一転させ柔らかい微笑を浮かべた。
「私たちから…風の国として言えることはただ一つ、アリシア様を取られてしまわないようにご注意くださいということだけです。折角良好な我が国と貴国との関係を悪化させるのはどう見ても不利益しか生まず、さらに友好国の王子、王女が主の強い御加護を貰っているとなれば何かと都合が良いのですよ」
そういうことか。もし友好国に民の信仰の象徴であるリーフィン様の血族であるリオンとアリシアが居ればそれは自らの正当性の証明ともなり、風の国の民の意識はおのずと王宮へ傾くようになる、もしくは戦争で戦意を高揚させることが出来ると考えているのだろう。だがもし二人の内どちらかでも白の国に奪われてしまえばそれは即ちリーフィン様の力を敵に渡すことになる。
だから必ず子供達を守り抜け、そう言いたいのだろう。
……他国でのリオン、アリシアの扱い(言葉のみの)については特に言及する気はないが我が銀の国ではそのことを公表するつもりも、ましてや信仰対象にさせることなど全く考えていない。二人には出来れば王族や貴族の関係なく、本当の幸せを掴んでほしい。
だからこその共和国化なのだから…
「さて、本題の本題ですがアリシアちゃん大丈夫かしら?………って幸せそうな寝顔をしているということは大丈夫みたいね。明日にはソフィアちゃんとリオン君にも会わせますから今日はゆっくりと休んで下さい」
「そ、ソフィアとリオンも貴方は知っているのか!?今どこに!?」
話を聞くとどうやらソフィアは、以前聞いた通りべラストニア戦争の折にプロトゴノス殿と会っていて、魔物やダークネス・ドラゴンの召喚について当時民を救うことで手一杯で生きて帰れるかどうかも分からないプロトゴノス殿の代わりにテミス王女へ言伝にこの街までやってきて、それからというものテミス王女の屋敷メイドとして働いているとか。
会いたい…今すぐソフィアに会いたい……
しかし時刻は既に夜更けの上、それ以前に今は実質軟禁状態であり今晩は外に出ることは許されない。やはりアリシアを人質にされて女王を攻撃しようとしたのが拙かったのだろう、宰相から今夜だけは指定の部屋に居るようにいわれてしまった。しかし罪に問われたわけではなくテミス王女の擁護や他貴族の助け、そして風の女王の『せっかくの客人とそのご息女を危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳ない』という言葉で御咎めなしとなったので、心は今すぐにでも飛び出したい気分だが未だ疲れを残したアリシアを連れて行くわけにも、まして残していくことなど考えられないし、わざわざ緊張が高まっている今夜に行動して荒波を立たせることもない。今夜は我慢するとしよう………。
「うぅ~~ん………おとーさん……っ!お父さん!?何で立って…?いや、傷は?突き刺さったナイフは大丈夫なの!?」
どうやらテミス王女との対話で起こしてしまったようだ。
アリシアはその光をいっぱいに取り込んだ瞳に私を映すと途端に飛び起きてあろうことか強引に私の上着を脱がせ傷があった場所を確かめるように何度もペタペタと触れる。そして傷が無くなっていることを確認するとそのまま私の胸の中で泣き出してしまった。
や、アリシア…。私が生きていて傷が無いことが分かって安心して泣き出してしまい、一時でも怖い思いをさせてしまったことはすまないと思っている。
が、しかし……今この現状の絵姿は非常に…まずい!
どうにも私は十数年間も愛しいソフィアに会えなかったことでどこかおかしくなってしまったのか、アリシアがソフィアに見えてしまってしょうがない。しかも禁欲生活のしわ寄せが一気に来たかのようにアリシアが胸の中に飛び込んでから顔が沸騰した水の様に熱くなり赤くなっているのが分かる。
そ、ソフィアは…私が脱がせることはあってもソフィアから私を脱がせたことは一度もなく…いや、これもまたソフィアから誘ってくれているみたいで興奮……ええい!何を考えているのだ私は!!相手は実の娘なのだぞ!ソフィアとの愛の結晶なのだぞ!!そのアリシアからの信頼を裏切るつもりなのか!だから視線をアリシアの唇から外すのだ動け私の眼!!
そしてそこっ!ニヤニヤしながら「一応風の国では近親婚を認めてますよ~」と耳元で語るな!そもそも私は妻帯者だし実の娘を恋愛対象として見るなど無い。
…断じて無い!
取り敢えずアリシアの頭を撫でて落ち着かせ(私自身を)はだけた上着を着直して整え、変になった気持ちを切り替えるべく咳払いを一つすると「では私はこれで。ふふ、夜を存分にお楽しみ下さいな」と、要らない言葉を残してテミス王女は去っていった。
あの王女、人をからかっているな…。
「……?何だか体がべたべたする。お風呂入りたいけど……」
「一応この客室には浴場もあるみたいだね。せっかくだから入ってきなさい」
お風呂、その言葉にソフィアと一緒にいたころに見た親子でお風呂という夢が浮かんだが、アリシアも既に13歳。流石にこの年で親と…それも父親と一緒に風呂へ入るのは抵抗があるだろうな。確かに失った幸せは取り戻すことは出来たけれど、失われた時間はもう戻らないことに一抹の悲しみを覚えた。
それにしても、お風呂に入るといいながら何故かアリシアはベットから全く動こうとはしない。やはりまだ眠いのだろうか?……心なしか震えているような気がするのだが。
「え、え…とねお父さん………なんだか…お父さんが生きていることに安心したら…腰が抜けちゃったみたいで立てないの。……お願いなんだけどお風呂まで連れてってくれないかな?」
「了解しましたお姫様。む?やはり羽のように軽いな。こういうところもソフィアそっくりだ」
騎士のように礼をとって、アリシアの羽のように軽い体を抱きかかえてそのままバスルームへと連れて行く。この客室のバスルームは非常に精巧な装飾をいくつも施してあり、水の国特産の湯沸し魔道具だけでなく、最近開発されたと聞くシャワーというものまで備え付けてあった。
ほぉ、流石風の国。客間にここまで手を入れているとは…流石大国なだけあってこんなものを見た日には並みの国ではその国力に恐れを成してしまうだろう……とかうんうんと唸りながらシャワールームを見ていた私にアリシアがとんでもないことを誘ってきた。
「ねぇお父さん。一緒にお風呂入ろう?」
ちなみに作者はもし子供が出来たら旅行先でジュース缶を買ってあげるのが密かな夢です……。
しょぼいよね~…。




