第五十一話 捨てた父親
side アリシア
「そふぃあ………ソフィア!ソフィア!やっと…やっと会うことが出来た!この銀色の髪、この顔……もう…二度と見られないかと……会えないかと思っていた……私のソフィア!」
美味しそうな四面鳥のお肉を切り分けていたら突然腕を掴まれた、と思って振り向いたら一人のお兄さんがいて今度は抱きつかれてしまった。いきなりのことで思考が追いつかないよ……。しかもどうやら私をお母さんだと勘違いしているようだし……。
「お、お兄さんは誰ですか?お母さんと勘違いしているみたいですけど私娘のアリシアです」
よくご近所さんにはお母さんとそっくりね、と言われているけど普通背で気づくよね。そしてまさかお母さんにテミスお姉ちゃん以外の貴族の知り合いがいるとは思わなかった。あの森のお屋敷のジルドさんも森で出会う前にお母さんと面識があったようだけど今回も似たケースかな?
私に抱きついてきたお兄さんはようやくお母さんと私の違いに気付いたのかその顔を上げて驚愕の表情を表す。
お兄さんはフワリと揺れる金色の髪に優しさの中に深い悲しみと哀愁を含んだ涙で染まった私と同じ色の黄金の瞳。そして……お兄ちゃんそっくり、もとい瓜二つの綺麗に整った美顔。
「エンディミオン様?そんな地味な子供の手を取ってどうなさったのですか?ささ、早くこちらでお話をいたしましょう?私先日にキリュウシャン山脈の秘法を~~」
やたら厚い化粧をした女の人のその言葉に、エンディミオン様という言葉に頭より先に心が理解した。
――――目の前のこのお兄さんこそが私とお兄ちゃんの父親、エンディミオンであることに。
「―――――っいやぁぁぁぁぁ!!!」
瞬間、恐怖が私を包み込み耐えられなくなってエンディミオンの腕を振りほどいて後ろへ退避。すぐに氷の剣と騎手ゴーレムを作り出して壁を背にして対峙するけどあまりの恐怖に剣を握る手は震えて歯もガチガチと音を鳴らす。
当然だ、相手は私がまだお母さんのお腹に居たころから殺そうとしてきた敵……怖くないわけがない。
「アリシアお姉さま……?どうしましたか?」
エリーゼちゃんが突然飛び退いて震えている姿に唖然としているけど私はそれどころではない。
隙を見せないようにエンディミオンを強い目で睨みつけながらも内心では未だ追いつかない思考に戸惑い、自らの軽率な行動を罵倒する。
何で今まで油断していたの!?ここにはエンディミオンが来るって…それも街の巡回パレード以上、いやその十倍は危険な場所だって分かっていたのに……人に紛れて近寄らなければ大丈夫、どうせ綺麗な貴族の女の人に鼻の下を伸ばしているお母さん曰く"マンネンハツジョウオトコ"なのだから大丈夫―――なんて考えた私の馬鹿!大馬鹿!!
今まで私の腕を握りしめていたエンディミオンの表情は私の作り出した氷の剣と騎手ゴーレム召還にさらに目を見開いて口をパクパクさせながら立ち尽くしている。
エンディミオン・リ・アンドラダイト
銀の国の国王で元白の国アンドラダイト公爵家の一人息子。何だか自国民には善政を敷いて誠実、公正な王様として高い人気を誇り風の国では占領されていたべラストニア地方をあっと言う間に救い出した英雄。
そしてお母さんを騙して、弄んで私達を妊娠させたら婚約者の貴族と共謀してお母さんを殺そうとして最終的には国中に指名手配までして邪魔な私達を殺そうとした最低な父親…いや、最低の人間。最近はその婚約者、お母さんの日記ではローズ・ゴルトーが白の国の王に殺されたとか何とかで勝手に怒りだして白の国へ宣戦布告を仕掛けているとか。
うん、散々弄んだお母さんを殺そうとしておきながら自分の婚約者が殺されれば宣戦布告とか…もう呆れるしかないね。私の推察では婚約者が殺されたという理由は建前で国王の座を奪うために宣戦布告したのではないかと読む。
しかも噂ではその氷魔法の腕はたった一人で一国クラスの戦力で一個師団…いやそれ以上の数に近い氷のゴーレムと空を覆い尽くすほどの氷の矢で敵の命を次々と刈取り、憎しみと返り血で染まったその表情から鮮血のエンディミオンと白の国では恐れられるほどの男。
そんな相手に未だ騎士ゴーレム数十体の生成と単純行動しかさせられない未熟な私の、それも同属性…というより本家の氷魔法では勝つどころか逃げることすら出来ないかもしれない。
…殺される。殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される!
いや、それだけじゃない…もし私がここで捕まってしまえば考えるだけで心が冷えあがる程の拷問を受けてもう一人、あいつの血を継いでいるお兄ちゃんとお母さんの居場所を吐かせて私達家族を抹殺するかもしれない。あいつは自分の血を継いでいる私達を疎ましく思っているから確実に殺しにやってくるし仮に逃げられたとしても、もしかしたらこの風の国でも指名手配されてしまうかもしれない。
……本当に今日外に出さえしなければこんなことにはならなかったのに。ごめんなさい……ごめんなさい…お母さん…お兄ちゃん……
でも、それでもこの場を何とか逃げ出してお母さんたちに伝えて上手く密航船で水の国に逃げれば助かるかもしれない!だから絶対に……どんな手段を持ってでもここから逃げ出さないと。いえ、逃げ出してみせるわ!希望を持つのよアリシア!
私は氷の剣の剣先をエンディミオンに向けて氷の矢とゴーレム騎士を突進させた。
side エンディミオン
「氷の剣に氷のゴーレムだと!?どういうことだ!?エンディミオン様以外に氷の属性魔法の使い手がいるとは!?あの少女は何者だ!?近衛隊は女王陛下を避難させよ!
第二部隊はエンディミオン様を救え!第三部隊、風魔法発射用意!」
「――――っ!やめろぉぉ!!私のアリシアに手を出すな!その子に傷一つも付けるな!!早く剣を収めろ!!」
氷の剣が飛び交う中、衛視隊が叫ぶアリシアを攻撃する命令に私は正気を取り戻し喉が潰れるほどの声で攻撃しないように命じる。いや、私の喉なんかどうなってもいい。
ようやく私とソフィアの絆の結晶に出会うことが出来たのだ。愛する人と自分との間に出来た愛しい子。その容姿は幼い頃のソフィアの生き写しの様であの幸せだったころの、よく庭で食べるためのサンドウィッチを笑顔で持ってきてくれたソフィアにそっくり。シャンデリアの光に反射して月の穏やかな光を反射する銀髪、傾国の姫君の様に美しい…いや、この世のどんなものよりも美しいと断言できるその顔。そして私との絆を強く表している金色の瞳とこの年で見事としか言い様のない高い氷魔法の技術。
永遠に失われたと思っていた愛娘が……今こうして私の目の前に現れてくれたのだ。嬉しい。救われた。抱きしめたい。笑顔を見せて欲しい。
……なのに…
「来ないで…来ないで……来ないでぇぇ!!この人殺し!……私とお兄ちゃんとお母さんを捨てて…殺そうとする悪魔!!」
どうしてそんな怯えたような目を…憎しみの目を向けてくるのだ?
――――――本当は分かっているはずだ。
「貴方なんか……貴方みたいなお母さんを弄んで騙して絶望の底に叩き落とすような最低な人が父親だなんて考えるだけで気持ち悪い……」
やめろ……やめてくれ…………私はこんな目を向けられたくて君たちを必死で探していたわけではない……
―――――――ローズはソフィアに私と婚約の契りがあると虚言を吐いた。
「本当にローズとかいう女が殺されて白の国に戦争仕掛けているかは知らないけど、これ以上私達家族に関わらないで!王位の継承権がどうのって言うならそんなのいらないからもう放っておいてよ!!私はアンドラダイトじゃない!アリシア・リーシェライトよ!」
そんな憎しみの籠った目と恐怖に歪んだアリシアの……ソフィアの顔なんて見たくない!
―――――――つまり、ソフィアも子供達にも未だ誤解は解けておらず、それどころか白の国に戦争を仕掛けた原因が名前だけローズとなって情報が一人歩きしてしまい私はあの女のために戦争をしてソフィアを婚約者と共にお腹の中のアリシアごと殺そうとした最低の男と思われていることにようやく気付かされた。
数刻前まで華やかな夜会が行われ貴族の談笑や楽器隊の奏でる穏やかな音楽で溢れていた大広間に今はガラスを砕くような音と静寂の中に少しの悲鳴。そしてアリシアの悲痛な叫びだけが響き渡っていた。幾千と撃ち込まれる氷の矢、まるで大広間内が小さな戦場であるかのように殺し合う氷の騎士達。そしてアリシアの罵倒に憔悴して行く私の心。
「凄い……エンディミオン様もそうだが……あの少女も一体何体氷の騎士を作るつもりだ?明らかに百体は超えているぞ……」
「あ、アリシアお姉さま…凄い…………そのまま私からお母様を奪ったエンディミオンなんかやっつけちゃえーー!!」
「女王陛下!計測が終了しました。やはりあの少女の魔法は黒魔法から派生したものでも何でもなく、純正の氷魔法です」
「なるほど……先程からの彼らの話を聞いた限りでは…あの少女はエンディミオン殿のご息女ということですか。瞳の色も同じの上彼の探している王妃とも当てはまる容姿をしている。なによりあの氷魔法が純正というなら確実ですね。これは将来有望な力を持っておられる……ふふふふふ。あとエリーゼ、貴方に昼間いなくなったことでお話があります。覚悟していなさい」
「ヒィィッ!?お母様!?」
「さっさとそこを退いてよ!この悪魔!!私に従いし氷よ…………もう詠唱なんて面倒!やぁぁぁぁぁ!!」
アリシアは未だ最初の場所から動けず壁を背にして私と相対して抵抗している。そして詠唱が面倒になったのかあろうことか無詠唱で魔法を使用し氷の剣を私の周囲に展開すると剣は私を目指して一気に串刺そうとする。
「私は悪魔じゃない!君にも絶対に危害を加えないしソフィアも君もリオンも愛しているんだ!!ソフィアはローズに騙されて勘違いをしたままなんだ!!我に従いし氷よ我を守る盾となれ!」
迫る氷の剣を氷の壁で防御してアリシアの剣も私の壁も共に砕け落ちる。……ここで退くわけにはいかない。
ここでもしアリシアの誤解を解かないままにしてしまったらもう二度とアリシアにも、リオンにも、そしてソフィアにも会うことが出来なくなる。
今度は氷の騎士が三体ずつで槍の様な陣形で飛び込んでくるのを氷の剣士隊と槍隊で迎撃してアリシアの陣形を槍隊で崩して即剣士隊で氷の騎士を叩き潰す。それを見たアリシアは氷の筒を自分の脇に二つ作り出し突如閃光が走ったと思ったら氷の剣士達が一瞬にして瓦礫へと変わっていた。
一体この子の氷魔法へのポテンシャルはどれ程あるのか?私が本格的に氷魔法に目覚めたのはソフィアが殺された…殺されたと思っていた頃からだが、彼女くらいの歳の頃では氷のゴーレムを3体作り出して同時に同じ動きをさせるのが限界だった。なのに彼女は現時点で冷度が若干私より低くゴーレムの頑丈さでは適わないとはいえ何百というゴーレムの生成と自動の複雑操作。そして精密かつ精巧な氷の剣の複数生成は私に迫るものがある。
もし父上が生きていてこの光景を見たらなんと言って喜ぶか……。
「もう……もういいでしょ!?私は貴方なんかと何の関わりも持ちたくない!お母さんの所に帰ってこの国からも出ていなくなるから……それでいいでしょ?だからそこを退いて!!放っておいてよ!!」
自分の愛する娘から殺気と殺意。そして攻撃を受ける度に私も魔法で防御を行い今のところ傷はない。
だが、体に傷は無くても心はもうズタズタだ。アリシアが憎しみの籠った目で睨みつけながら氷の剣を何の躊躇いもなく私に投げつける度に瞳から涙が零れる。悲痛な声で悪魔、子殺しと叫ばれる度に胃の中から熱いものがこみ上げて氷の防壁を作り出しながら嘔吐する。
もう自分が何をやっているのかでさえ理解できない。視界が定まらずぼやけて暗い世界しか広がらない。耳にはただアリシアの悲鳴と氷の砕ける音が鳴り響くだけ。
これは……罰なんだろうな。ソフィアの傍から離れてしまった、ソフィアを守れなかった私への罰なのだろう。あの時……いっそあんな暗愚王の命令など無視してソフィアと、父上と母上とセリアで公爵家も何もかも捨てて逃げだし風の国のどこかで平民の夫婦として暮らしていたなら………こんなことにはならなかったのに。
霞む視界にアリシアの憎しみの表情が写る。
あぁ…私のアリシア……私の娘………愛しいソフィアと私との愛の結晶………そんな表情をしないでくれ…………君をそんな顔にしてしまうくらいならいっそ私は―――――
「ほぉ、この小娘が貴様の愛するソフィア・リーシェライトの娘か。これは都合がよい」
「―――っ!?この人いつの間に!?は、放してください!!」
私とアリシアの氷と氷のぶつかり合いの激しい戦闘は突如乱入してきた黒ローブの男によって凍りついた。
ちょっと私生活で色々あって精神的に不安定な状態で書いたので微妙かもしれません。後々訂正するかも…




