第四十四話 華麗なるメイド生活
side アリシア
あの日から、ベラストニアの戦争から今日は丁度2年。風の国東端のヒーズタウンから西端のこの王都に来るまで数々の冒険や色々な人たちに会ってきたけど2年もすると思い出となってしまうのは悲しいのかな?ヒーズタウンの友達は元気でやっているのかな?お屋敷にいたジルドさんやリオネッラさん、シルヴィアさん、そしてリリアさんは元気なのかな?私はカレンダーを眺めながら一人感傷にひたる。
「どうしたのアリシア?早く着替えないと学校に遅れるよ?」
白と若葉色を基調とした清楚な服を纏ってより凛々しくなったお兄ちゃんが不思議そうな目で私を見て小首を傾げた。……や、お兄ちゃんが早く部屋を出てくれないと着替えられないんだけど…。
私達、現在学生やってます。
お兄ちゃんのデリカシーの無さに少し憤慨しながら制服に着替えて鏡で簡単に髪を整えてから1階に降りると美味しそうなパンの芳ばしい香りが漂ってくる。
「あら?おはようアリシア。今朝は随分遅かったのね」
「最近変なんだよ。何だか僕と一緒だと着替えるの嫌がったり、お風呂にも最近一緒に入ってくれなくなったし」
1階にはお兄ちゃんと、黒と白のエプロンの様なフリフリが沢山付いた可愛い服、メイド服を纏ったお母さんが朝ご飯を食べていた。
「う~ん…リオンの方がお兄ちゃんなのにアリシアが先に大人に近づいちゃったみたいね…因みにお父さんがあなた達の年の頃は逆で私の方が何時までも子供だったわ」
お母さんは頬を朱に染めながらエンデミィオンとの過去を少し気まずそうに惚気だす。ここで暮らし始めてから時たま見た綺麗なお母さんになることが増えた気がする。エンデミィオンの呼称も綺麗なお母さんの日だとお父さん、ちょっと残念なお母さんの日だと呼び捨てかむしろ話題にすら出さないことが殆ど。友達の家のお母さんも再婚とか秘密の恋人?がどうとか話していたしお母さんも色々複雑な時期なのかな?
「むっ………僕はもう子供じゃないよ!背だって去年はアリシアに抜かされちゃったけど今年は僕のほうが1センチ高いし来年からだって中等部になるんだから!」
お兄ちゃんは必死に反論するけどどうやら男女間の恋愛についての知識も、友達同士での話でも上がってなくて知らないようだ。私は…というより女の子はそういった話題を好むのか友達の話でよく恋愛物語やエッチなことについての話も出てくるので好まなくてもそういった知識を身に着けることになってしまった。初めてそういう話題が出たその日の晩に「ねーお母さん?セックスって気持ちいいって本当?セックスって何なの?」と聞いたら思い切り泣き付かれて「私のアリシアが汚されたーー!!誰だ私の純粋なアリシアを汚した奴は!!」と、そういったことははしたなくて下品なことだから外では決して話さないように!と念を押されてしまった。結局その晩に‶セックス‶について知ることは出来なかった。
後日、こっそり王都の第4図書館で調べて泣いた。
そしてそれ以降今までお兄ちゃんに着替えやお風呂で裸を見せるのが途端に恥ずかしくなって着替えとお風呂を一緒に入るのは避けるようにしている。
でも何だかお兄ちゃんに裸を見られると胸がドキドキして顔が熱くなる。確かにそれは恥ずかしいっていう気持ちから来るもののはずなのにそんなに嫌じゃないのは何でなのかな?
「お母さん今日は帰りに広場の市に行かなくていいの?」
「ええ、丁度食材を切らしていたから昼に行く予定だから大丈夫よ。いつもありがとうね、おつかい引き受けてくれて」
柔らかく微笑むお母さんは暖かい手で私の頭を撫でてくれる。この感触がいつまでも好きなのは、やっぱり何だかんだ言っても私もまだ子供だからなのかな?
side ソフィア
「「いってきまーす!」」
子供たちが学校へ行くのを見送ると息を一つ吐き出してから掃除の準備に取り掛かる。元々お屋敷の掃除はアンドラダイト家でセリアメイド長にみっちり仕込まれたためお手のものだ。床をモップで磨いて手すりをさっと拭き掃除し、窓やガラスの置物はサッと乾拭きをした後特製の洗浄液を少し湿らせた布で軽く拭き取る。
銀の食器は軽銀の器に沸騰させた食塩水でしばらく温めてピカピカに。肉やピッツェーネを焼くオーブンは高級な石鹸を使わず植物を燃やして灰にした汁で洗い流して油汚れを落としていく。
それが終われば今度はお庭のお手入れに取り掛かる。最初は一応定期的に庭師さんの手が入っているけどちょっと野性的になってしまっていたお庭も今では随分さっぱりとした。
それに時々私が季節の花を植えたおかげで色味もついてきている。何気にこの庭いじりが最近のマイブームなのだ。
次に書類の整理だけどこれは最終的には奥様しか分からないものが多いため、また内容を決して見ない様に申しつけられているため取りあえず同じ種類の封筒や書類をザックリと分けていく。あて先は書いてあるものが殆どなので分けるもの何だかんだで楽なのよね。こちらは王宮、これは領主、こちらは貴族様、これは……宛先がない上に怪しいから隔離して警戒のメモ書きを張っておきましょう。
以前にどこから送られてきたのか分からない封筒を奥様が開けたら黒魔法の衰弱呪いが襲い掛かってきて咄嗟に時間制御で時を止めて錬魔術の結界で封じ込めたから誰も被害はなかったけど少しでも遅れていたらとんでもないことに、なんてことがあってからこうして怪しい封筒は隔離して注意書きのメモを張り付けるようにしている。
ようやく書類の山を分け終わる頃にはお日様が高くまで昇っていてポカポカの陽気だったから洗濯をしようと洗い場に降りるとそこには先客がいた。
「きゅくる~♪」
「おはようヒョウちゃん。洗濯物洗っててくれたの?ありがとう」
エルフの女の子リリアちゃんが預けてくれた氷の聖霊ヒョウちゃんはその小さな身体をめいいっぱい使って真っ白に洗ったシーツを伸ばして干しながら私の挨拶に元気よく応えてくれた。ヒョウちゃんは毎日こうして洗濯やお料理を手伝ってくれたり、リオンとアリシアの遊び相手をしてくれるとってもいい娘だ。お陰で何時もお屋敷の中は毎日賑やか。
何だか娘が一人増えたみたい。
「きゅく~る~…」
暫く一緒に洗濯物を洗っているとヒョウちゃんが少し困ったような表情で袖を引っ張るので、どうしたのかな?とよく見てみるとヒョウちゃんの石鹸が親指大しか残っていなかった。
「あら~石鹸無くなっちゃったのね?じゃあ後で広場の市まで買いに行きましょう」
「きゅくー」
丁度市場に買い物に行こうと思っていたけどヒョウちゃんが洗濯物を殆ど片付けてくれたからお昼には出かけられそうね。それにちょっと悪い気もするけどヒョウちゃんの氷魔法は荷物持ちにとっても役に立ってくれるからありがたいのだ。私は可愛らしくも頼もしいお出掛けのお供を手に入れた。
「よぉソフィアちゃん!今日はいい魚が入ったんだ。要るかい?」
「まぁそうなんですか。じゃあカタクチイワシを三匹くださいな?」
「ソフィアちゃん、俺んところもいい森林キャベツが採れたんだ。今晩のおかずにどうだい?」
「馬鹿野郎!ソフィアちゃんは今俺に話しかけているんだ!八百屋の親父は向こうへ行ってろ!!」
「まぁまぁ。そんなに怒ってしまうとワイルドで格好いい魚屋さんの顔が台無しですよ?それと八百屋さん?森林キャベツと根の実コショウありませんか?」
魚屋のおじさんと八百屋のおじさんをやんわりと諭しながら今晩の材料を購入する。ここ、王都第4区画大通り市場は王都の各区の中でも最大規模の通り市場で古今東西あらゆる物が集結する場所として有名だ。
北は寒冷地のヒスイマグロから東は山岳地帯の高原キャロットなどの作物やクリイノシシの肉、西の港町からは新鮮豊富で安価なカタクチイワシやコイクチウオ、南からは珍しい香辛料や大きなメガントイモなど毎日色々な地域の食物が手に入る。それにここの市は規模は王都一なのだけど路上販売なのと文字通り物だけでなく古今東西あらゆる地域の人が集まるとのことで中層、上層階級の人たちからはあまり好まれてなくてそういった貴族や富豪がいないためかその活気も物凄い。別に治安が悪いわけではないんだけど何でだろう?でもそのおかげでこの活気なんだから別にいいかなぁ。
白の国でアンドラダイト家のメイドをしていた頃も通りの市へお使いに何度も行ったことがあったけれどやっぱり皆性質の悪い貴族や豪族に怯えていたためかここまでの活気で溢れていることはなかった。
「こらあんたら何喧嘩してんのよ!ソフィアちゃん困ってるでしょ!」
しばらくおじさんたちの喧嘩を苦笑しながら見守っていたらお隣の肉屋のおばさんがおじさん二人に怒鳴り声とともに拳を振り下ろして喧嘩は終了。
一瞬でおばさんの一人勝ちとなった。
「ごめんねソフィアちゃん馬鹿な人ばかりで~。今日は何か欲しいものはあるかしら?」
「いえいえ、いつも賑やかで楽しくてこちらも元気な気持ちになります。コークックの胸肉とピートンのお肉ありますか?」
「コークックとピートンね。……はい、これはおまけね」
おばさんは注文のお肉とは別にムー牛のお肉を分けてくれた。ここの市の人たちはよくおまけをしてくれるので私は好んでここの市を利用している。品質も高いしね。
コークックとピートンのお肉はその新鮮さから今朝のものと一目でわかる。そしてムー牛のお肉は……
「あ、あの…これもしかして一等級のお肉ではないでしょうか…?」
「あら!?よく分かったね。普通一目見ただけでは分からないものなんだけど流石ラーンバティ家のメイドさんだね!」
おばさん曰くとある筋から貰って当然一級品を市で出せるはずもなく結局家で処理することにしたそうだけど量が多すぎて食べきれないから貰ってくれということだった。まぁそういうことでしたらとお礼とともに快くお肉を貰って後ろで地味に喧嘩の続きをしていたおじさんたちから野菜と魚を受け取って市場を後にした。
「きゅくるるる~~♪」
「荷物持ちありがとうねヒョウちゃん。テツカイザーも」
「アタマウジデモワイテンジャネーノ」
市場で買ったものは一部の野菜をヒョウちゃんが、残りの野菜とお肉は私が、そして一番重いお肉と小麦粉はヒョウちゃんが作り出した氷のゴーレム‶テツカイザー‶(等身大)が運んでくれている。毎回の買い物は本当にこうして手伝ってくれるおかげで買い溜めだってできるし私の負担も少なくて本当に助かる。そしてテツカイザーの悪口はどうやら最初からそれしか喋れないのか直らないみたいね…。
ちなみにテツカイザーは最初目立つのかな?と思ったけど王都は魔道具で溢れているため氷の…それもここまで精巧なゴーレムは珍しいといわれることはあってもゴーレム自体に目が行くことはそんなになかった。そのため今では人目を気にせずよくヒョウちゃんに召喚してもらっている。
さて、今日は本当に良い食材が沢山手に入ったし奥様もお帰りになられるとのことだから美味しいもの作らなくちゃ。
森林キャベツとピートンのお肉でアサギさんから教えてもらって子供たちに大好評だったロールキャベツをメインディッシュに…でもせっかくおばさんから一等級のムー牛のお肉を貰ったんだしアンドラダイト家伝のソースでステーキにするのも捨てがたいし、魚屋さんから買ったカタクチイワシで煮込み料理なんていうのもいいわ。あぁ迷っちゃう…。
こうしてこの私ラーンバティー家のメイド、ソフィア・リーシェライトの一日は過ぎて行った。




