閑話 コルテュスの厄災 結末
side スニーティ
あれはいつだっただろうか。確か馬車で街を回っていた時にたまたま見かけた母子が目について子供の目の前で母親を殺してやろうとした時だっただろうか?馬車を降りて俺の加虐心をくすぐる幸せそうな笑顔を浮かべる母子の元へ向かうその時、彼女を初めて見た。
まるで月の光の様な銀の輝きを放つその髪、高貴な姫君を連想させまさに生きた芸術としか表現しようがない美しい顔。慈愛に満ちたたっぷり光を取り込んだ新緑の瞳。その姿に俺は一瞬で心を奪われた。
その時から俺の心の中では一瞬でも早く彼女を手に入れたくて、俺の俺だけのモノにしたくて従者に命令して彼女を誘拐しようとした。幸い彼女は顔だけを見れば明らかに貴族の子女か王女のような美しさを持っているが、身に着けているものは平民の服装だったから身分が低いことは一目でわかった。平民など行方不明になったところで罪に問われることもないし何の問題もない。
だが、その日運が悪いことに誘拐する前に彼女は自宅である孤児院へと戻ってしまった。誘拐はまた後日…いや、孤児院であれば院長に適当な金を与えれば餓鬼の一人二人容易く手放すだろう。その日俺はそう楽観視して誘拐を諦めてしまった。
それが最大の過ちであったとも知らずに…
翌日、俺は彼女の暮らしている孤児院の院長に金貨の詰まった袋を放り渡して『この院の銀髪の少女を金貨で売れ』と汚らわしい平民相手に交渉をしてやった。だというのに院長のジジイは金貨の袋を突き返して『貴様のような奴に彼女は任せられん!早々にお引き取り願いたい』
とジジイとは思えない怪力で院を追い出されてしまった。頭にきた俺は腕の立つ従者にジジイを殺すように命じたが、従者の剛腕に振るわれる剣が動き出す前に何か風が吹いた―――と思っていたら従者の首がいつの間にか宙を舞っていて俺も命の危機を感じてその日は逃げ帰った。
あれ程の屈辱を味わったことは今までにない。怒りに怒った俺はその日、とある暗殺組織に院のジジイの暗殺と彼女の誘拐を命じた。暗殺者50人の大部隊だ、これならいくらあのジジイが強かろうと死は確実だろう。ざまぁみろ!
その翌日、俺の元に届いた知らせは暗殺者が一人残らず殺されたという知らせだった。
彼女、ソフィアがアンドラダイトのエンディミオンに引き取られた。
それを知った俺は荒れに荒れた。あれは俺の方が早く見つけたのに何故あの真面目を通して存在そのものが忌々しいエンディミオンが容易く手に入れているんだ!?しかも奴は院のジジイに金貨一枚渡していないというのに。あの美しい銀色の髪も顔も最近膨らみ始めた乳房も全て俺のモノだというのに…
そしてその日、俺の家が人攫いや不正を働いているという訳のわからない理由で貴族の位をはく奪された。
憎かった。俺の家を没落させたあのアンドラダイトが。常に俺が目を付けた貴族の女たちの視線を奪うあの生意気な男が。俺のソフィアを横から汚く奪い取ったあの男が。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…
それから遠縁を頼って風の国の田舎領主の任に着いた頃、エンディミオンがソフィアを失った報を聞いて歓喜した。
……そして、あと少しでソフィアを今度こそ俺のものに出来ると思っていたのに…
「くそ!あのエンディミオンの糞餓鬼とエルフめ!後少しでソフィアは俺のモノだったのに邪魔しやがって!」
黒魔法で作り出した義足を引きずりながらひたすら森の中を駆け抜ける。確かにコルテュスは滅ぼされてその力の大部分は失われてしまった。だが、俺にはまだあの方から貰った黒魔法の深淵が残っている。この力で再びエンディミオンの餓鬼を人質にソフィアを手に入れることが出来れば…
「誰が後少しなのでしょうか?あれはあなた程度の存在の力ではないでしょう?」
森の奥から現れたのは俺の計画を邪魔したエルフの女。レイピアを構えて前に立ちふさがる。くそっ!こいつ俺がまだソフィアを狙っていることに気が付いて追ってきやがったのか。だが、今俺にコルテュスの力はないしこのエルフの女はあの闘いの時から凄まじい戦闘能力で闇の支配者とすら謳われたコルテュスを翻弄させてあの鋼の様に固い皮膚を剣と魔法の波状攻撃で何度も切り裂いた実力を持つ。
そんな相手に今の俺の闇魔法ではとても太刀打ち………っ!!く、くくくひゃはははは!?いや、天はこのスニーティに味方した!ひゃははは!エルフめ、今の内に偉そうにしているといいさ。そういえばこのエルフの女なかなかいい顔と体をしているな。こいつを捕えてやったら強引に俺の子供でも孕ませて俺の駒として調教してやろう。ハーフでもエルフの子は高い魔力を持つというから捨て駒としては役に立つだろうし、なによりこのソフィアとはまた違った美しいこの顔が泣き叫んで俺のモノになるところを見るのは最高だろう。
「……?この期に及んで何を笑っているのですか?何か策を考えているようですがコルテュスが滅びた今貴方に何の力なんか残っていない。それを理解したなら大人しく捕まりコルテュス復活を教えた者を話しなさい。聞いているのですか?もうその体ではこれ以上走るのも無理でしょう。―――――なるほど」
俺は舌なめずりを一つすると右手の黒魔法の力を解放してまさに閃光のごとく黒い触手がエルフの女に襲いかかった。が、やはりこいつは只者ではなく一瞬で触手を切り返して風の刃の様なものを放射して触手をバラバラに切り刻んだ。てっきり先の闘いで疲弊していると思っていたが動きに乱れはなくこのままでは魔力切れを起こしてその隙にやられてしまうだろう。
…このままではなぁ!
「動きを止めなさい愚かなエルフよ。この童がどうなってもよいのですか?」
「―――――っ!!」
木の陰から姿を現したのは白の国のローブの使者殿。そして無くなった右腕のあった場所から触手が生えてその中に村の餓鬼の首を絞めて捕えてある。それを見たエルフの女は驚愕の表情でその動きを止め、その隙に俺は黒魔法の触手であっという間にエルフの動きを完全に封じ、コルテュスの闘いと全く同じ無様な姿へすることに成功した。
「どこまで卑劣な………」
『ふはははは!よくやったぞ人間。そのエルフさえいれば我の復活もより早まろう!』
屈辱の表情からまたもや驚愕の表情へ一転。なんと使者殿の腕の触手からコルテュスの声が響き、エルフを締め付ける触手が薄らと輝くと同時に何かが触手の中から飛び出して肥大、上半身だけではあるがコルテュスは再びその威圧感と恐怖を強く与える姿を復活させた。
『くくく…やはりこのエルフの魔力は素晴らしい!少し魔力を吸い取っただけでこの我の力がここまで復活するとは!』
どうやら再び得られた魔力炉にコルテュスはご満悦の様だがこのままではエルフは絞りかすにされてしまう。それはもったいない、あいつには俺の手駒と奴隷を産んでもらわなければならないのだからな。
「コルテュス様、そのエルフですが少しの間このスニーティに貸しては頂けないでしょうか?確かに今そのエルフを魔力炉として使いコルテュス様の力を取り戻すのも策ですが、そのエルフに子を産ませてさらなる手駒の増強と魔力炉の補充をすればより効率的にコルテュス様の力を取り戻せるかと、このスニーティ進言させていただきます」
『なるほど…確かに短い目で見ればこのままこいつを魔力炉とすればある程度力は取り戻せるが完全ではない…。素晴らしいぞ人間!貴様の策に乗ってこいつを貸してやろうではないか』
コルテュスは俺の進言に機嫌を良くしたのか触手に拘束されたエルフを俺の方へ移動させる。対してエルフは悔しさと怒りを溢れさせた表情で俺を睨みつけて口の拘束が緩んだと同時に罵倒の言葉を浴びせてくるが、無様に拘束され動けない女が何を言っても所詮数分後には俺に快楽の嬌声に変わるのだからそれを思うと笑えてくる。
「この下郎が!何の罪もない子供を人質にするなんて!!今すぐ子供を解放しなさい!!」
ふん、どこまで善人気取りなのだか…この期に及んで子供の心配だけをするとは。まさか自分は何もされないとでも思っているのか?もしかしてさっきの会話の意味が分からなかったのか?こいつよく見ると清廉な態度を取っているからもう少し年上かと思ったがまだまだ餓鬼じゃないか。
なるほど、ということはまだ初物ということだな。存分に楽しませてもらおう。
「くくひゃはは!騎士道精神なんて言ってるのはお前くらいだ!世の中勝てばいいんだよ勝てば!…さて、まずはその反抗心剥き出しの心をこの美しい体と共に犯し抜いてお前を俺専用の奴隷にしてやろう!」
「いや!やめなさい!!放せ下郎!!……いやだ!お前の様なのの子供なんか生みたくない!いやぁぁ!!助けて!お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
触手に捕えたエルフの女を見下しながら歓喜の笑みを浮かべる。さて、この女どう味わうか…まずはこの豊かな胸を揉みしだいて―――――
「誰が、誰の奴隷だって?勝手に人の所有物を盗んでんじゃねえよ」
声が響いた瞬間、足が崩れ落ちた。―――――?一体何が起きたんだ?そう思って周りを見渡すと使者殿も床に臥せって足を押さえて蹲っている。よく見れば俺の脚からも何かの穴が開いていてそこから血が噴き出していた。
『その魔具……貴様……貴様かぁぁ!!我の体を壊した愚か者は!!』
コルテュスの視線の先。そこには木に寄り掛かるようにして腕を組んでいる男が一人立っていた。
一瞬その姿に忌々しいエンディミオンの姿を見た気がするが、視界が定まると同時に明らかに奴とは違う存在だと気付く。いや、違うどころか真逆。エンディミオンの金髪と金の瞳とは違い男の髪は黒灰色で目は宝石のように美しい緋色の瞳。顔は端正でそこだけを見れば社交界でも常に女から熱をあげられていたエンディミオンと似通っているだろう。
だが、こいつは…目が明らかに異質だ。まるでこの世の全てに絶望したかのようなドブのように濁りきった目をしている。これは明らかにエンディミオンのように認められる側の人間の目ではない。俺達認められない側の人間の目だ。そんな男が手に煙を上げる黒い筒?を持ってゆっくりこちらへ歩いてくる。
「―――ご、ご主人様!ご主人様ぁ……ようやく会えた……ご主人さ」
「何がようやく会えただ!この駄目駄目エルフ!!お前パシーズの街に結局来なかったじゃねーか!!?もうお前は方向音痴じゃねぇ、方向う○ちだ!!」
……?あの誠実清廉を絵にかいたようなエルフの女がこの異質の男に対して主人と仰ぎ頭を下げている。…どういうことだ、何故明らかに誠実さや清らかさから遠いこの男を主として認めているんだ?しかもあのエルフは今までに見たことがない、村でエンディミオンの餓鬼と居たときですら騎士の様な清廉な空気を出していたというのに、黒灰髪の男が現れてから頬を紅潮させて目を蕩けさせた明らかに年頃の娘が恋人に向ける表情を男に向けている。
『貴様!この我の質問に早く答えんか!!』
いつまで経っても質問に答えない男に苛立ちを覚えたコルテュスは暗黒の竜巻を男に向かって飛ばす。いくら体を失ってその力も弱体化したといってもあの攻撃を普通の人間が対処出来るはずがない。しかし、俺のその予想はとんでもなく裏切られた。
「はっはー!身体吹っ飛ばされて上半身だけになってもまだまだ元気みたいだなテメェ」
こいつ…!竜巻を体を微動させただけで軽く躱しやがった!しかもあの巨体のコルテュスを見て全く動揺していないうえに攻撃が放たれてからも涼しい表情から変わっていない!?
「けどよ、何なんだその情けなくてカスの程にも満たない殺気は?闇の支配者かなんかしらねーがその程度かよ?」
「舐めるな小僧!」
今度は数重もの竜巻を触手のように飛ばしたが、男は目にも留まらない動きで発進。右から来た竜巻を姿勢を低くして避け、前方から向かってくる竜巻を側転して後方から来た竜巻にぶつける。さらに上から来た竜巻を跳躍してやりすごしそのまま木の幹を踏んで一瞬にしてコルテュスまで肉薄する。
「ひき肉にしてやる…」
男はその妙な上着を翻すと腰に差した木の棒?いや、木の柄の剣を抜刀――――したのだろうか?なにか『シュピン』という音が鳴り響いたのだが一瞬光ったと思った瞬間には剣を木の鞘にしまっていた。
『ガァッ……!?貴様なにを…何をしたぁぁぁぁぁ!!!?」
シュピン―――シュピン―――シュピン―――
不気味な音が鳴り響きその度にコルテュスが悲鳴を上げる。それを10回繰り返し鳴らした後男は一瞬にして消えた?いや、いつの間にか空に飛んでいた。そして最初に構えていた黒い筒を取り出して残虐的な笑みを浮かべながら何かの破砕音を放ち黒い筒から火を噴かせた。
―――ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
今度は背中に背負ったサーベルを取り出してコルテュスの頭から両断するように落下し切り裂き、最後にサーベルを両手で持って右から正面に突き付ける独特の構えを取ってサーベルを回転させながらコルテュスへ放り投げて、丁度少しの隙を見つけたのか右手で反撃しようとしたコルテュスの指を切り裂き、その指を掴んで後方へ飛んだ。
………なんだ…何なんだこいつは……?
使者殿もその表情から同じ疑問を浮かべているのだろう。何者なのだこの男?あのコルテュスを…Sランク冒険者どころか、人間より遥かに魔力が強いそこのエルフの小娘ですら苦戦を強いられ、過去いくつもの国が相手しても勝てず滅ぼされてきたあの魔物をまるで弄ぶように扱って簡単に連撃を叩き込み、果ては野生動物の体の一部を取ってきたと言わんばかりに切り取ったコルテュスの指を片手で投げ掴みながら不敵に笑うこの男はなんなのだ!?こいつもエルフか?いや、耳は完全に人間のものだ。
「読込み(キャプチャー)解析………………ほぉ、なかなか使えそうだなお前の爪。喜べ、テメェはこの俺の糧となってお前らの同族をこれから何十何万と殺して絶滅にまで追い込むんだからよ!ひゃはははははははははは!!どうだ?他人に力を奪われる気分は?自分の力で同族を殺される気分は?ひゃはははははは!!!」
男は気の狂ったような笑いを上げると木の柄の剣を残像しか見えない速度で振るって木の枝から人の丈ほどある棒を削り出し、コルテュスの指から爪だけを抉り出して枝に紐で括り付ける。出来たのは、コルテュスの爪が刃となった大鎌だった。
『小僧……貴様ぁぁぁ!!』
コルテュスは痛みと虚仮にされたことで怒り狂い、突風と竜巻を纏いながら腕を足のように動かして男を押しつぶそうと迫る。それを見てニヤリと笑った男は手に入れた大鎌を構えて大きく振るう。
「学習終了・羅旋風斬(フードプロセッサーってしってるか?)」
―――――――
「さて、お前の方向う○ちについては後でキツーく言うからいいとしてリリア。お前相変わらず手が温すぎるんだよ…こんなカスみたいな奴とっとと殺気をぶつけて気を狂わせるか心臓麻痺状態にさせるかしてぶち殺せばいいものを…」
目の前で広がるこの光景は……何だ?
そこには海が広がっていた。いや、海にしては色が青ではなく黒でさらにその水は水なのに燃やされている。水は燃やされると煙を発生させるはずなのにこの水は湯気を出さないで燃えている。この水…コルテュスだったものはまるで潰して絞った果汁のように、男が鎌を振るい出現させた暗黒の竜巻に飲まれて一瞬にしてはじけた。そして男は手から炎を放出してこの水を焼き払いだした。なんだ、こいつもやっぱり魔法持ちだったじゃないか。
だが、炎を出した時にもの凄く気持ち悪い感覚に襲われたのは何故だ?
「く…来るな!来るな!!貴様よくもコルテュス様を……この小僧っ!……ぁああ…来るなぁ!!そ、そうだ!この子供がどうなってもいいの―――っ!!?」
使者殿が焦点の定まらない目でひたすら後退りしながら子供を人質にして男の動きを制しようとしたが、男は何の躊躇いも反応もなくまるで普通のこと、日常のことのように餓鬼を使者の腕ごと鎌で切り捨てた。人質も効果がなく腕が切り落とされたことに深く恐怖して言葉にならない悲鳴を上げる使者に愉悦の表情で見下す男はこれは幸いという表情で手から何かを出現させて使者殿にまで歩みその頭を踏みつけ動きを止める。
「さ…て、では本題といこうか?テメェのその恰好とその紋様…白の国の奴だな?テメェはバラゲラス・ガリガーンという糞野郎を知っているか?」
「バラゲラス…殿?…ははは…ハーッハハハ!そうだ!この俺を殺してみろ、バラゲラス殿が黙って「黙って答えてろ」――――ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!??」
使者が笑い出し得意げに言った瞬間男は使者の指に出現させた釘を打ちこんで冷たい表情で見下ろす。こいつが…こんな残虐的で冷酷な表情を浮かべるような奴がエルフの娘の主、だと?エルフの娘の方を見れば目に涙を溜めながら悲壮な表情でただ主を見つめている。
「ぎゃぁぁぁぁ!!ああああああ!!ぎゃぁぁぁぁああああああああ!!!!!話す!もう話すからやめてくれ!やめ…やめてください!!お願いします!!」
「さっさと答えやがれ屑が。まず奴は白の国のどこにいる?」
「~~~~~っ……白の国…おうきゅう………第一魔物……試験棟………」
「次だ、奴が現れたのはいつ頃からだ?」
「………12年前……ベジャン様……会ったと…………」
「最後だ。お前らが使う黒魔法とやらはゲスジュコロイド…黒い固形物に黒い煙を発生させる錠剤を飲んだ奴が使えるようになるものか?」
「……なぜ…それ………を……っぎゃぁぁぁぁぁぁ!!はなせば!!ごうぼんばやべるっで!!!?」
男は最後の質問の答えを使者の反応から得ると今まで止めていた拷問を再開してその端正な顔を血と狂気の叫びで染め上げる。そして使者の叫びが続くこと9分、徐々に声が金切り声に変わり、ついには動かぬ屍となった。
「俺は一言も答えたら拷問止めるなんて言ってねぇぞ。勝手な妄想してんじゃねーよ、頭ウジでも湧いてんじゃねーのかぁ?あ?」
男は残虐的な笑みで…白の国の使者のあまりに凄惨なその死体をゴミのように蹴り捨てる。こいつ…まともじゃない!いや、まともどころか明らかに異常者の中でも異常だ。どんな人間…俺でも人を殺すのは気味が悪いし少しの抵抗心はある。だが…こいつはそういったものが一切ない。まるで人を殺すことそのものを楽しんでいるようなそんな悪寒を強く感じる!
「……ぐっうぅ……何で…何でお前みたいな奴にそのエルフが従うんだ…?何で俺達を殺そうとする?そ、そうだお前俺の部下になれ!そうすればベジャン陛下に話を通してお前に素晴らしい仕事と地位をくれてやる」
俺が痛みに耐えてその素晴らしい提案をすると男は、前にかがんで俺の手を――――首を掴んだ。
「リリア(こいつ)は俺が金貨6700枚出して買った奴隷なんだ。俺に従って当然だろ?…それとお前を殺す理由?……くくくく…くひゃはははは!!殺したい奴殺すのに理由なんかいるかよ。俺はお前らみたいなのと同類の快楽で人間をぶっ殺す最低のクズ野郎さ」
ボキボキと不気味な音を立てながら締め付けられる俺の首。そして次第に遠くなる俺の意識。その最後に、男の狂気の言葉を最後に俺の意識は永遠に闇へと落ちた。
「それと、バラゲラスの奴に加担しているそのベジャンとかいう奴もろとも白の国の奴らは一人残らず皆殺しだ」
…そういえば………まだこいつ14、5の餓鬼の顔じゃないか。
side リリア
結局こうなってしまった…私が手を汚さなかったからまたお兄ちゃんが…ご主人様が自らその手を汚してしまった。今回の一件も最初にスニーティを見つけた時にさっさと殺気をぶつけて窒息させていれば無駄な被害や何の罪もない人、ローブの男が人質にした子供が死ぬこともなかったのに……。また私は自分が汚れることを嫌がってしまいそれに付け込まれてしまった。
どこまで愚かなのだ私は…。
ご主人様は先程までスニーティだった死体を投げ捨てると殺気で作り出した火炎で跡形も残らない灰に一瞬にして燃やし尽くす。そしてコートを翻すとおもむろに非情の一言を告げた。
「リリア、もうお前は要らん。とっとと帰れ」
告げられた瞬間私は絶望に体の力が抜けて膝を折って倒れ伏せてしまう。頭は未だ何を言われたか理解できなくて…いや、理解することを拒んでいる。
「ぇ……ど…ういうこと…ですか?」
「どういうもそのままの意味だ。この期に及んで騎士道だか騎乗位だか知らんが、そんな下らんものにこだわる甘いガキは要らんと言ったんだ。分かったら家に帰れ」
その言葉が意味するものは表面と裏ではまるで逆。表の意味は私は不要という使えない奴隷を棄てるという意味。…でもお兄ちゃんと長い間過ごしてきた私の心は裏の意味であると強く教えてくれる。
それは…『バラゲラス、いや白の国相手にたったひとりで戦争を仕掛ける』こと。どこかでオークの軍団を従えた白の国の大部隊を壊滅させたときにこの世界に逃げ込んだと思われるバラゲラスの存在を知ってから元々その予定ではあったらしい。この人は…お兄ちゃんはまた一人で全て背負い込もうとしている。そしてその背中に数え切れない傷を作り出して一人消えてしまう。
もし、このままお兄ちゃんを行かせてしまったらまた一人になってしまう。そんなことは…この人を一人にさせちゃいけない!一人にさせない!!
「…っかえらない…帰りたくありません!確かに今回無様な姿をさらしましたが錬功術や魔法の扱いも上手くなったと思っています!それに白の国は……リーシェライトを狙っていると聞きます。私も無関係ではありません!」
強くご主人様を見つめ返す。そうだ、この人の憎しみを…悲しみを少しでも軽減できるのは私しかいない!もう、いつかの様に深く考えないで勘違いして見限って…復讐の地獄にこの人をたった一人行かせたりは絶対にしない!!
「……………………勝手にしろ」
それだけ伝えるとご主人様は二丁のハンドガンををコートへ、手に入れたコルテュスの大鎌を背に仕舞い東の方へ歩き始めた。




