第四十二話 天からの鉄槌
とある殺人鬼については番外編参照…になるのかなぁ?
side とある殺人鬼
まるで地震が起きたかのような大きな地響きの音。そして草原を吹き飛ばすほどの爆風。手に馴染む発砲の衝撃。そして―――
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!腕が!私の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」
先ほどまで銀髪の少女の首を嬉々として絞めていたその男は触手を操っていた右腕ごと失い草原に大量の血を撒き散らして悲鳴を上げている。
その光景をおよそ1km離れた所から一人の少年が冷酷なそのルビーの瞳で見つめていた。そしてローブの男の腕を奪った、その腕に抱えた黒い光を放ちながらその先端から煙を噴き上げている、別の世界ではアンチマテリアルライフルと呼ばれているそれを再びその方向へ向ける。
「よく、俺の視界内であの顔を殺すとほざけたものだな。ぶち殺してやる……」
少年はその黒灰色の髪をなびかせながら黒い凶器のトリガーに手をかける。
side ???
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!腕が!私の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」
突然のことに思考がついていかない。いやついていけない。ふいに澄んだ男の子の声を聞いたと思ったらローブの男の腕が忽然と消えて触手に囚われていたアリシアの小さな体が草むらに落ちた。突然の私達の強襲によって場を静寂で襲ったスニーティとローブの男だったが今度はこの二人すら知らない正体不明の攻撃に真の意味でこの場の全員が静寂に襲われた。
「な、何をしておる人間!さっさと氷魔法の使えるこの餓鬼を始末―――」
静寂を破ってリオンとアリシアを殺すように嗾けた魔物はその言葉を終えぬうちに再び襲い掛かった正体不明のナニカによってその首から上を完全に吹き飛ばされ、続けて二撃目の攻撃が襲いかかってエルフの女の子を捕えているその右手首から先を無慈悲に消滅させて、女の子は地の草のクッションに倒れこんだ。
―――
?声が響く。微かだけど何かが聞こえる?
―――――ィアさん!
あれ?これって私の声じゃないかな?何で私の中で私の声が響くのだろう?
――フィアさん!!ソフィアさん!
この声は……この声はまさか……
――――ソフィアさん!ソフィアさん!…………いい加減反応しろっつってんだろ!この寝取られ未練タラタラ強姦被害不憫妻野郎!!!
……もしかしてこの声はアサギさん?そしてこの寝取られ未練タラタラ……言い返したいけど事実だから言い返せない。いや、それより何でアサギさんが私の存在を感知できたのだろう?確か洗脳魔法とかで意識を失ったから私の意識が出てきたって…
―――思案は後でいいから!とにかく体の主導権を俺に変わってくれ。考えがある。…というか時間が惜しいからもう強引に変わらしてもらうぞ!
―――っえ!!??
side ソフィア
体の意識を強引にソフィアさんから奪い取って表に出る。せっかく長年会えなかった自分の子供達に会えて感動の再会…にしてはあまりにも凄惨だが今はリオンとアリシアの救出が第一優先だ。
周囲に軽く目を走らせるがまだ誰も動けていないでいる。これは明らかにチャンスだ。そしてこのチャンスを作ってくれた…恐らく私と同郷の者に感謝したい。あの…おそらく大型ライフルの爆音がなければ俺の意識は無くなったままだったし、アリシアは首を絞められたことで気絶しているがちゃんと息は続いている。だが多分かなり危ない状態だったのだろうから本当にこの攻撃をしてアリシアを解放してくれた奴には感謝だ。
さて、現在のこの全員、糞強姦野郎や糞痛いファッション野郎を含めた全員が動かない状況は限りなく有利だが、未だリオンは頭を踏みつけられて捕らえられ、アリシアも触手から解放はされたがローブの男との距離は1mもなく最悪再び捕らえられてしまう。そして魔物は…首を派手に吹き飛ばされてどうやら再生にしばらく時間がかかるようだ。
…そして未だ大気中には時間制御妨害の霧が立ち込めている。
この状況を打破するなら時間制御は必須だ。だがその時間制御を展開することは不可能。しかし私はソフィアさんの中で思いついた。一つだけあるのだ、霧の効果を受けず倍速で行動出来るであろう展開場所が。
「加速・時間自己展開」
そう、息を止めてさえいれば霧の効果を受けず確実に私が加速されるその場所が……
自分の体内が。
私が魔力を展開したと同時に今までの空間そのものが赤く濁るような光景とは明らかに違う、まるで赤い色眼鏡を掛けたような全てが赤く染まった世界が視界に広がる。そして身体はまるで血液にマグマを流し込まれたような痛み、そして全身の骨が悲鳴を上げるかのような軋みをあげる。
あぁ…これは……って!こんなの何時までも耐えられるか!馬鹿じゃねーのこんなの考えた数分前の俺!?痛みと違和感で気が狂うわ!
…でもまぁ予想通り時間制御を発動することは出来た。後はというか今すぐ倍速のスピードであの幼児虐待者二人の認識が追いつく前に始末するだけ。止まった様に動きの鈍いスニーティへ走る度軋む体に歯を食いしばって耐えながら肉薄し、懐に携帯していたナイフでリオンを踏みつけていた汚らしいその膝に思い切り突き刺して骨ごと抉り、練魔術で強化した拳で突き刺さったままのナイフの柄を殴りつけ、ナイフは完全にスニーティの膝を切断してそのまま猛スピードで遠方の木に突き刺さった。そしてリオンの腕を強引に掴んで抱き寄せて今度は足を強化してスニーティの腹を蹴りながら一気にローブの男の方へ飛んでいき草むらに横たわるアリシアの足をひっつかんで、後は時間制御の続く限り全力で奴らから距離を取る。
アリシアを掴んでから体感時間で4秒後、解除された私の体内時間制御と共にあまりの痛みに私の意識もゆっくりと失われていった。
ただ、意識を失う直前の気分は子ども達を奴らから救い出せた安心感と達成感に最高だったのは間違いない。
side ???
アサギさんに入れ替わるように言われてからオロオロしている内に私の意識は再び微睡みに飲み込まれた…筈が微睡みを味わう間もなく私の意識はまた表に出てしまった!そして両腕に感じる確かな重みに目を向けてみればそこには未だ意識はないけれど確かに可愛らしい呼吸を続けているリオンとアリシアがいる。
…本当にあんな絶望的状況で助け出してくれたんだ……。
でも………あの、アサギさん!?ここからどうすればいいのでしょうか?そして今リオンとアリシアを私が取り戻したことに理解が追いついたあのローブの男とスニーティ…は何故かリオンを踏みつけていた片足がなくなっていて激痛に悶えているから脅威にはならない?一体何をやったのアサギさん?逆に男の方は片腕だけどまだ十分脅威となりうる。そんな状況で丸投げはちょっと酷くないですか?
「グゴハァッ…なにを…何をやった貴様!!爆発の魔法などリーフィンは使えなかったはずだ!えぇい何をしている人間!とっとと奴を始末――――」
何故か首から上の半分がなくなっている魔物が再生しながら私に向かって竜巻を飛ばしてきたが再び空に響き渡る不気味で派手な爆発音と共に竜巻ごとその胴体を木端微塵に粉砕されて魔物に嗾けられて捕えようと動き出したローブの男もそのあまりの威力の正体不明攻撃に尻込みしてしまい動けないでいる。
否、恐らく動いた瞬間あの攻撃の餌食となるだろう。
「そ…ソフィアさん……リオンさんとアリシアさんに…この薬を……飲ませて…」
途切れ途切れに掠れた声に目を向けると先の攻撃で解放されたあのエルフの女の子が何かの薬瓶を這いずりながら差し出してきた。―――この娘は信用できる。介抱した時や子供達の反応を見ればそれは一目瞭然で普通であれば正体の分からない相手から差し出された薬なんてとても子供に使う気になれないけど、リオンとアリシアが殺されかけた時に突っ込んでいった彼女の怒りの表情は本物だった。
―――私は静かに彼女の差し出した薬を受け取って蒼色に淡く輝くその薬を二人の小さな口に差し込んでやや強引で可哀想だけど飲み込ませる。
多分これがエルフの魔法の力というものではないのでしょうか?
薬を飲んだリオンもアリシアも、リオンは頭を踏まれたときに出来た薄いあざがまるで霞のように消えてしまい、アリシアは首にくっきり残った締め付けの痕が暗闇を払う朝日のように消えて元の綺麗な白い肌色へと変わってしまった。しかも二人とも頬や手の甲などについていた小さな切り傷や痣なんかも全て消えてしまってリーシェライトの離宮で私の意識が戻った時の健康で傷一つない姿と全く同じになってしまった。まるで今までのことが全て悪夢だったかのような気がしてくる。
「ぅう~~ん……かぁさん?………っ母さん!!」
「ぅう~~ん……お母さん?………っお母さん!!」
怪我が全て治ったからか子供たちは目を覚まして私の姿を目に入れると抱き着いてくる。先程まで殺されかけてしまったのだ、私だって胸がいっぱいになってその抱擁を強く抱き返す。本当にこの子達には怖い思いをさせてしまった。
これじゃ母親失格よ……。
「母さん!スニーティは!?あのローブの男…アリシア!何でアリシアが?大丈夫なの?首痛くない?」
どうやらリオンは困惑して、アリシアは状況に理解が追いつかずキョトンとしたまま。そして私自身も今は子供たちを無事救い出せたことに一杯になっているだけで実際はアサギさんの行った所業についていけていない。親子三人オロオロ状態である。
「…っお兄ちゃん!リリアさんが…リリアさんが……」
震える声のアリシアの視線の先には先程回復の秘薬を渡してくれたエルフの女の子の横たわる姿。もしかして回復していないということはこの娘、最後の回復薬を子供たちのために使ってしまったのでしょうか?リオンもアリシアもエルフの女の子に駆け寄って必死で体を揺らすも反応がない。…そんなまさか……手遅れに…っ!!
『―――いつまで寝ぼけているこの駄目駄目駄目未熟なのに恰好だけはいっちょまえの駄目奴隷!とっとと起きてあの目障りな黒い木偶を始末しろよ。あんな雑魚に手間取りやがって…………気絶していやがるなこいつ…』
!!?何この声?かなり荒々しい少年の少しくぐもったような声が女の子、リリアちゃんの体から聞こえてきてかなり酷い命令を言いつける。この人物が誰か分からないけどそのあまりの無慈悲ぶりに一言言おうと口を開けたら両脇からもの凄い怒声が響いた。
「「村の皆や僕(私)達を助けるために頑張ったリリアお姉ちゃんになんてことを言うんだ!!お前こそリリアお姉ちゃんに命令して隠れてないで自分で闘え!!この弱虫!!」」
………こんなに怒った二人の声は聞いたことがなかった。でも、人の痛みのわかる優しい子に育ってくれたのはどこか誇らしい。それにしてもこの声の主はリリアちゃんに"奴隷"と言っていた。もしかして声の主はその主…?
『くっくっく…くひゃはははは!!スピーカ無でもここまで声が響いているぞ。くくく…元気があって結構だ。流石あの人の子供、存外に良い育ちをしている。それはともかく先程の貴方達の問いかけの答えなら隠れてはいるが"既に闘っている"ぞ。ほら見ていろ、今再生しているあの黒い羊の頭を吹っ飛ばしてやる』
リオンたちの怒声と罵りに声の主は怒るのでもなくむしろ愉快そうな、優しそうな、まるで敬愛する相手への声色で褒め称え、いたずらをする子供のような声で再び再生しかけている魔物の方へと注意を向けさせる。
これはもしかして…あの正体不明の攻撃の元凶はこの声の主?だったら一体どうやって攻撃を?隠れていると言っていたから遠方から炎の魔法でも放っているのかしら?
その問いに応えるかのようにあの空を震えさせるような鋭い爆発音が響き渡り、鋭い閃光の様なものが走ったと思った瞬間に魔物の体は再び木端微塵に砕け散り、黒い肉片の雨を周囲に降り注がせた。
『…と、こんなもんだ。そもそもリリアもあんな雑魚さっさと爆弾で処理するか最大魔力で完全氷結させるか、もしくはとっとと殺気を叩き込んで窒息なり気を狂わせたりすればいいものを……やはりこいつは甘い、今度は絶対置いていく。それはそうと奴が木端微塵になった今の内に氷魔法で凍らせたらどうかな?』
その言葉にはっとなったリオンとアリシアは駆けだすように周囲の魔物の肉片を凍らせ始める。こんな荒々しい人にアドバイスを受けるのも癪だけど確かに今は魔物の脅威を退けるのが第一優先だ。
「あ、あの…貴方は一体?」
『さぁな。……さて、そこに居るんだろう雫、氷!とっととそこで寝ている駄目駄目女騎士を叩き起こせ。くたばってねえのは分かってんだぞ』
今までリリアちゃんを揺さぶっていた精霊二人がびくっとして恐る恐るといった感じでもじもじし始めた。
「え~~と…ねぇお兄ちゃん?永遠の眠りから覚めない女の子はキスとかエッチなこととかお兄ちゃんの子供を妊娠しないと目覚めな――」
『下らん戯言をほざいてないでとっとと叩き起こせこのチビども!!俺も師匠もそふぃ……っともかく、そんな教育を貴様らにした覚えはないぞ!!』
「うぐぅぅぅ~~!!お兄ちゃんが怒ったぁぁぁ~~!だから私は言ったのに~~!!リリアのばかぁぁぁ!!」
精霊の女の子は泣きながら空中に緑色に光る水の玉を生み出すとそれをリリアちゃんの胸にゆっくりと下していく。すると彼女の体は光に包まれて眩い光が収まるころにはリオン達と同じようにボロボロだったのが嘘のように傷一つない状態へと回復した。
「……ぅう…ん……お兄ちゃんのえっちぃ………ぅん……いいょ…………お兄ち……赤ちゃん……ちょうだ………あれ?私は…ぁあ雫ちゃん回復させてくれたの?ありがとう。…っ!リオンさんは!?アリシアさんは!?ソフィアさんは―――――無事?あれ?」
『ようやく目が覚めたらしいなこの方向音痴及び駄目駄目エルフ』
「ひぃっ!インカム通信が復活してる!?……もしかしてご主人様、ですか?何故ここに?」
『とある屋敷で世話になってな。この周辺の地理を尋ねて、俺の予想の見事に真逆を突き進んでくれるお前の行動を予想したら案の定、変な結界があったというわけだ。お前は年間500人以上の死者と犯罪者を生み出している推理小説の主人公か何かか?厄介ごとに事あるごとに巻き込まれやがって…。まぁいいとにかくあの二人に協力して黒い羊野郎を凍らせたらそこから300mは放れろ。ダイモンスクラスター爆弾で完全に消し飛ばす』
だいもんすくらすたー?一体何のことなのかしら?キョトンとする私とは逆にリリアちゃんは青い顔で驚愕してもしもしもしもし!と叫んでいるけどどうやら応答はなく、それは決定事項のようだ。それと思い出して心臓が凍てつく感覚に襲われながら魔物の肉片の冷却作業を開始したリオンとアリシアを見たけど特にいなくなってないし元気に冷却をしている。
そう、子供たちに秘薬を与えた辺りであのローブの男とスニーティがいなくなっていたのだ。またもやリオンとアリシアを狙うのではないかと氷魔法を続けることに懸念したけど今度は二人を守るように大人くらいの大きさのてつかいざー?が二体ずつ傍に立って警戒してくれていたから大丈夫…かな?
ふと、『おいリリア!あれは…師匠の黒歴史のてつかい……と、とにかくそのゴーレムはやめろ!おい聞いているのか!?おい!』と微かに聞こえたけどリリアちゃんはそっぽ向いて魔物の肉片を凍らせているし大きな問題じゃないのかしら?
こうして魔物の肉片全てを村人や冒険者と協力して凍りつかせて一か所に集結させた。…でもまだあの魔物が作ったと思われる村周囲に展開されている結界は消えていない。
やっぱり凍らせるだけでは魔物を完全に封印することはできないみたい。とにかく魔物を完全に倒すにはリリアちゃんの主のいうだいもんすくらすたーというものに頼るしかないようだ。
先の正体不明の一撃を村の人たちは『主じゃ…主の鉄槌が我らを救ったのじゃ!』ととんでもない勘違いをして唯一攻撃の正体を知っているであろうリリアちゃんの指示に嬉々として従ってくれたので作業や避難も比較的スムーズに済んだ。既に私やリオン、アリシアを含めて全員は氷漬けになった肉片からずいぶん離れた位置に避難している。これから一体何が始まるのかしら?少し不安になって子供たちの手をぎゅっと握る。
「オ゛ノ゛レ゛ーーーオ゛ノ゛レ゛ーーーー!!絶対に許さんぞ!!滅ぼす!!滅ぼして―――――」
『うるせぇよ雑魚が耳障りなんだよ』
氷漬けになってなお憎悪の叫びをあげる魔物に、少年の無慈悲な声と共にあの正体不明の攻撃の様な流星が魔物の肉片へと迫り、黄色い閃光が弾けて全てを飲み込み、輝きが収まった時には
…全てが消えていた。
全部彼が持って言っちゃいましたww




