第二十八話 時の弾丸
ソフィア side
まだ日が昇りきらず冷たい風がゆっくり吹く広場に私は立っている。右手には拳大の石が一つ握られておりその石に全神経を集中させる。
「魔力付加……開始」
言の葉と共に自らの体内に巡回する魔力を感じ取りまずその魔力を右手に集中させる。既に千回以上やったこの動作に淀みはない。
―――魔力を集中…完了。
続いて右手に集めた魔力をこの小石の許容量分汲み取り少しずつ流し込んでゆく。数多の失敗から石の魔力の許容量は私の魔力最大値を100とするならおよそ2。だからその2の魔力を寸分の狂いもなく流し込んでゆく。
―――魔力の流入………完了!
「出来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔力付加の修行を始めて1週間、錬魔術の強化魔法の修行と合わせると3週間にしてようやく魔力付加を出来るようになった。それまでに破砕してきた石の数はゆうに千を越える。おかげで所々岩があったが基本的に草原と呼べた広場は瓦礫や砂が散乱する荒地のような場所へと変貌を遂げていた。
「おやおや、どうやらその石への魔力の補填は出来たようですね。しかし属性魔法が付加されていませんのでそれではただの魔力を帯びた石に過ぎませんよ」
魔力を装填した小石を見るなり上機嫌な声色になったジルドが3段の木箱を運びながらやってきた。魔力付加の修行中朝から夕方まで毎日この執事は私に付きっきりで錬魔術や魔力付加について指導をしてくれたのは嬉しかったが流石に魔力切れを起こして気絶するまで魔力付加の修行をさせるのはどうかと思う…。それに仮に時間制御の属性魔力を補填したところでそれはただの経年劣化しにくい石にしかならなず生鮮食料品については非常に使えそうな魔法ではあるが実戦では役に立つわけがない。別に生活に役立つからということでそれをやってもいいのだがジルド執事長の修行内容から戦闘特化、若しくは戦闘補助特化型のものでなければ認めてくれそうにない。
「それと、こちらが御嬢様が作られた"弾丸"の複製になります。一応御嬢様に教えていただいた材料と調合方法で作成しましたが出来はどうなのか私では判断しかねるので申しわけありませんが確認をお願いします」
そういって抱えていた木箱を開けるとそこには箱の中にぎっしり詰まったダブルコンテンダー用の弾丸が入っていた。こんなにも作れともそもそも材料が欲しいとは言ったのだが物自体を作って欲しいとは一言もいっていないのだが気を利かせて作ってくれたらしい。
試しに箱から一個取り出し銃に装填してみたが相当丁寧に作られたらしく特につっかえることなく弾倉に嵌り装填することが出来た。
「すごい……たった1個実物渡しただけでここまで作れるなんて……だけど火薬の硝石はどうしたの?」
あれについては埋設物として採取するか糞尿から時間を掛けて採取するしか方法がなかったはずなのだがどうやってこれだけの硝石を集めたのだろうか?いや、それとも硫黄と鉄粉だけで火薬を作ったのだろうか?
「"硝石"とやらについて御嬢様から特徴をお聞きしましたがよくよく考えると肥料の材料として屋敷で使っている鉱物の粉末と似ていたのでそれで調合して実験してみたところ御嬢様のいわれた通り激しい爆発が起きたのでそちらを配合しました。それにしても炎の魔法や魔力暴走でもないのにあれだけの爆発を起こすとは……さすが御嬢様です。このジルド感服いたしました」
いや、むしろあの適当な説明から硝石を探り当ててさらに完璧な調合をしてしまうあんたの方がすげぇよ。ともかくこれで残弾数を気にせず銃を使えるようになったということだ。魔力付加が完成すればどんな攻撃が出来るようになるか分からないがやはり一番のメインウェポンは使い慣れたこの銃が一番馴染む。
それにしても『炎の魔法なら』か…炎の魔法であれば火薬を使った爆弾並みの威力を出すことが出来るとは魔法もなかなか侮れない。むしろその最もたるのが私の時間制御であろう。あれは現代人から見てもとてつもない脅威の魔法だ。単純に爆発とか凍る程度なら人間爆弾とか人間冷凍庫として少し敬遠されるくらいだろうが、未完全とはいえ時を加速させたり減速させるというのは科学では説明の仕様がなく、誰も認識が及ばぬうちに殺害されていたとか何かを盗まれていた…なんてことになれば間違いなく忌避、もしくはその力を利用しようとあらゆる組織が狙いだすだろう。
そう考えると先の戦争でボコボコ使っていたがあれは拙かったのかも知れない。この世界でも時間を加速とか減速などというのは常軌を逸している。あれを見た者全てが白の国の兵でほぼ全員殺したからよかったが、もしヒーズタウンの誰かが見ていて戦後に噂などされたら……完全に吊るし上げにされるだろうな。そう考えると時間制御を人前で使うのは控えた方がいいのかもしれない。いくら未完成といっても指定した空間を加速、減速出切るわけだし………あれ?
加速と減速……物体自体に加速や減速をかけても経年劣化防止や促進にしかならない。そのため時間制御で周囲の空間を減速させて何故かその効果を受け付けない自分のみが常に相手より先手を取る、若しくは指定空間を超加速させて投げナイフの速度を爆発的に増やしたり相手の心臓部に指定することで心臓を暴走させて殺害するのが主な時間制御の戦法だ。
だったら物体を動かすもの―――物体の推進力的なものに時間制御の効果を及ばせるとどうなるか?また、時間制御を付加したもののが周囲を巻き込んで加速、減速したら……
今、私の手にあるダブルコンテンダーと一個の弾丸を見つめる。
「魔力付加―――開始」
箱から取り出した弾丸を握りこんで弾丸の許容量を超えないように慎重に魔力を補填して行く。弾丸は小石に比べても明らかに表面積も体積も低い。そのため石と同じ割合で魔力を入れれば当然魔力が暴走して破裂する。補填する魔力はおよそ小石の4分の一。
その魔力をじっくり時間を掛けて慎重につぎ込んで行き――――――
「――――出来た」
手の中の弾丸に十分魔力を宿らせた。今回は無色の魔力ではなく時間制御属性を付与したのだが、弾丸心なしか弾丸が銀色のオーラ的なモノを放っているあたりどうやら上手くいったらしい。
「お見事です、属性魔法の付加についてもちゃんと出来ているようですね。それにしても御嬢様は何故魔力付加を再三渋っていたのですか?確かに今の御嬢様では時間制御魔法は未熟ですがそれで付加したものであれば―――」
なんかジルドが語りだしたが長くなりそうだし一応魔力を補填したものはしばらく魔力が物体から雲散しないため集中する必要はないのだが私としても初めての試みなので早いところ次のアクションに移したいのでジルドのアドバイスを無視して魔力を付与した弾丸をダブルコンテンダーの弾倉に装填、撃鉄を引き起こす。久しぶりに聞く撃鉄の音に心地よさを感じながら狙いを定める。狙いは前方30m先にある中くらいの大きさの岩。
「減速・時間――――」
引き金を引いた瞬間、世界から音が消えた。
ジルド side
今、私の目の前の光景は何なのだろう?
御嬢様は頼まれていた弾丸をお渡しするとしばらく思案顔になられておもむろに魔力付加を始めた。魔力を帯びた弾丸は薄い銀色の光を放っていることから属性魔法の魔力付加は成功したようだ。物体に完璧に魔力付加されていることからこれならば時間制御魔法の効率的な運用方法について気づくのも時間の問題だろう。
時間制御はその性質上どうやってもそれ自体を攻撃魔法として使用するのは難しい。しかも時を止める等相手の動きを完全に封じてしまうことができるが、如何せん気力の消費が激しく連続で使い続けると魔力がすぐに底を尽くだけでなく時を止める反動で可逆修正により頭にダメージが及んでしばらく行動が出来なくなる。そのため時間制御は日常的に身に付けている物質にあらかじめ付加しておき有事の際にはそれを開放して自らの時間制御を極力使わないようにし、危機を回避する防御、若しくは補助魔法
として使うのがセオリーだ。
しかし、今目の前で起きているのは補助でも防御でもない完全な攻撃魔法、敵を直接殺しうる時間制御魔法だった。
御嬢様がダブルコンテンダーとやらで放った弾丸は轟音と共に一閃の光を残して目の前の岩を……いや、岩どころか周囲の地面ごと抉り飛ばしてしまった。未だに岩があった場所では土煙が舞い上がり芝生は一部焦げているものや燃えているものまである。御嬢様が使った銃とやらの仕組みは筒に入れた鉛弾の後方に詰め込んだ火薬に着火して爆発させその勢いで前方の鉛弾を押し出すというものだったはずだが先の実験で火薬の威力は知っているがいくら凄まじい勢いで発射された弾でも所詮は指サイズの大きさでしかないため通常であれば岩に穴が開く位のものだが今御嬢様がやってのけたのは正しく破壊。これがあの銃だけの威力とは到底思えない。
おそらくあの弾に魔力付加をしていたことから時間制御を何らかの方法によって弾丸の威力増幅に使ったようだがそこが分からない。御嬢様もいわれていたが物体だけに時間制御を付加したところでその物体の劣化が遅くなるだけでしかない。また、発射された弾丸に加速の時間制御の魔力開放をしたところで弾丸の速度は速くなるかもしれないがそれではあの威力の説明がつかない。
いったい御嬢様はあの弾丸に何をしたのだろうか……。
そしてこの状況を作り出した御嬢様本人はというと銃を放ったと同時にふっとばされて気絶――――って!いかんいかん!!急いで御嬢様を介抱せねば!軽く御嬢様の体の状態を確認するが特に目立った外傷はないようだ。どうやら意識だけが無いようで呼吸もしていることから命に別状はなく先程から「う……うう~~ん…」と可愛らしい呻き声を上げている。それにしても本当にあの方そっくりの瓜二つのお顔をしておられる。
顔にかかった髪を梳くと白雪のように白い顔肌が見え、やや紅潮した頬やプックリとした唇が美しさを引き立てている。
「執事長、お言葉ですが早く御嬢様を寝室まで運んだ方がよろしいのでは?」
「!!」
いつの間にかやってきていたリオネッラの言葉で我に返った。そうだ、今はいち早く御嬢様を屋敷に運ばなければいけない。私はいつまでも御嬢様に見惚れていた自らを叱咤しながらリオネッラにタンカーを手配させて御嬢様を屋敷に運んだ。
??? side
気がつくと私は天幕のあるベットで横になっていた。未だぼやける視界に目を凝らしてみると暗くて分かりづらいがどうやらここはギルドの部屋とかではなくお屋敷の寝室のようだった。私の知りうる最後の記憶がトレーネの街の冒険者ギルドの寝室で終わっていて何でこんな豪勢そうな部屋にいるのか全く分からなかったのでとりあえず部屋に備え付けてあるランプに火を灯してようやく部屋の様子を知ることが出来た。
部屋は先程の天幕付きベットとシックなソファー、所々に精巧な意匠を凝らした机が置いてある豪勢ではあるけれどシンプルな感じの内装だった。ただ、不思議と部屋の内装に懐かしさを感じたのは何でだろう?そういえば私のリオンとアリシアはどこかしら?てっきり私のそばで可愛らしい寝息を立てて寝ているものと思ったのだけれど。
とりあえず子供たちがいないと私も落ち着かないので失礼かもしれないけどこのお屋敷を探索することにする。時刻は暗いことから夜、ただまだ空気や暖炉に暖かさが残っていたことから日没からそれほど経っていないようで部屋の外の廊下は未だ明かりが灯っていた。
部屋から出てまず探索するのはどこにしようかしら。右手奥が図書室で左が執事室、下が大広間みたいだからまずは執事室で事情を聞いたほうが……
「…あら?」
ふと目に入ったとある絵画に目を奪われ立ち止まる。
「……私?」
そこには銀色の髪を流して優しそうに、ただどこか憂いそうな灰色の瞳の私とそっくりの女性が描かれていた。
ちなみにネタばれ…にはならないかな?
殺害特化の時間制御の使い方はソフィアが使った心臓麻痺と思い込んだ暴走とも似てますが、人間の脳だけを指定して停止させたり重度の減速させたりするというやり方もあります。脳が動かなければ心臓も視覚も聴覚も運動神経も反応しません。こんなこと誰がやるんでしょうね?フフフフフ…




