エピローグ ベラストニアの虐殺 顛末
聖テオゴニア暦87年から1年間続いた白の国と風の国の戦争はたった8日で終局を迎えることとなった。
その戦争末期の最後の8日間は後にベラストニアの虐殺と呼ばれるようになる。
突然の戦線の大幅後退とそれによる白の国の侵略に戦線から近い村や街は巻き込まれ戦場と化すという最悪の事態に陥った結果、民間人の死者だけで10万人を超える被害を風の国は受けた。
事実上戦争に負けた風の国はベラストニア地方の大半の領土を奪われ占領されてしまい、また民衆も半数以上が殺されるか奴隷として拉致されるなど損失も多大だった。
ただ、このまま侵略されてゆくと思われた風の国だったが、銀の国の援軍の到着により状況が好転。先の闘いで奇跡的に生きていたウィンド・ナイト・ロード団長プロトゴノスと銀の国王エンディミオンの共闘により奪われた領土の内3分の1を取り戻すことに成功。
そのまま白の国の兵を国境付近にまで押し出すことが出来、これにより戦争は一時終局となった。だが未だに両国の勢力境界では監視と駐軍が厳重に行われ一触即発の状態となっていた。
「お久しぶりです、エンディミオン殿。此度の援軍誠に感謝します」
「いや、我らは同盟国。当然のことをしたまでです。それよりこちらこそ援軍が7日も遅れてしまい申し訳ない…」
ベラストニア戦争終結から1週間が経過し、ようやく白の国兵の残党全てをヒーズ・タウン郊外の山脈まで駆逐し終え落ち着いた頃戦争によって焼け落ちたも同然の大通りの惨状をエンディミオンとプロトゴノスは確認しながら語り合っていた。
「聞きましたよ、我らに援軍を出す遠征途中に多数の魔物に足止めを受けていたと」
「こちらも聞きました、騎士団の件は本当にお悔やみ申し上げます……。それにしてもこれであの白の国が魔物召還などというおぞましい黒魔法に傾倒している確実な証拠が判明しましたね」
事実銀の国軍も風の国援護に向かわせた兵の30%は道中の魔物の群れにやられてしまいその後ようやく着いたベラストニア地方で白の国相手に奮闘したのだからこちらも文字通りボロボロだ。
「…エンディミオン殿、聞きづらいことかもしれませんがそもそも白の国には名を連ねるようなの黒魔術師はいるのですか?あの国は昔からこんな暗愚な国だったのですか?」
「黒魔術に関しては…父の蔵書を見ても過去に白の国で黒魔術が使われた、名を馳せる者がいた記録はありませんでした。そもそも前王の時代は白の国は重税や弾圧等殆ど無いに等しかったのです。それが前王の死と共に現れた前王の忘れ形見を名乗る者、現在の暗愚王 べジャンが王に就いてから…」
プロトゴノスも白の国の前王については記憶にある。性格は非常に厳しい人物であったが白の国が冷害に襲われ民衆の食糧が不足した際は躊躇いも無く王宮の食糧を無償で配布するなど善政を敷いていた良き王だと聞く。
「当時そんなぽっと出の者が王になることに周囲のものは反論しなかったのですか?」
「それが不思議なのです。最初は全ての貴族が反発していたのですがしばらくするとどういうわけかベジャンを信仰するようになり数ヵ月後には私の家といくつかの名家を残して殆どの貴族はベジャンを王として認めるようになり正式に王になってしまったのです」
わずか数ヶ月で信仰するようになる……。以前王宮図書館で黒魔術についての項目で似たような症状の魔法を見たことがある。
確か――――
「それは……黒魔術の洗脳を使ったのでは?」
「私も気になり独自で調べていたのですが洗脳は精霊の湖の水で解除可能と聞いたので洗脳を受けているであろう貴族の下に忍び込み強引に飲ませたのですが……効果は無かったそうです」
精霊の湖。風の国と土の国国境の樹海の中にあり、あらゆる病も呪いもたちどころに直すこの世で最も澄んだ水云われているものだ。そんなものでも解除できないとは。
「洗脳ではない……別の黒魔術を使っているのかもしれませんな………。話は変わりますが戦場で面白い娘に会いましてな」
これ以上の白の国に関する論議を進めても気が滅入ってくるだけだと判断したプロトゴノスは戦場でであったあの姉妹(本人は親子と言っていたがどうなのだろうか?)について気分転換もかねて語ることにした
「変な黒光りする筒のような魔道具で白の国兵を次々と圧倒して行くのですよ。いやぁ、あの鬼神のような戦いぶりは是非我が軍に欲しいくらいでしたな」
「ははははは、あの英雄プロトゴノス団長が鬼神と呼ぶ者ですか。それはなかなか勇敢な女性ですね」
「ただ敵兵に向ける言葉がまるで悪役のようなセリフを冷笑しながら言うもんですから何というか非常に残念な娘でした」
ちなみに今現在エンディミオンの中でその少女のイメージは望遠鏡のような筒を持った非常に野性的で筋肉質な女性となっている。
「そういえば面白い魔法?を使ってましてな。敵軍の動きを急に止めたり、投げナイフを超加速させたり」
―――ピクッ
「敵の動きを……止める…?」
それはまるで―――
「ええ、遠目でしたが敵と…あと炎とかたまたま飛んでいた布切れとかもその少女を中心にまるで時が止まったかのようになってその少女だけが普段と同じ速さで動けてましたね」
ソフィアの時間制御魔法の――――
「それで白の国兵を圧倒するから普通は筋肉質の野性的な女性をイメージするでしょ?これがとんでもない美少女でしてな。月の光のような銀髪でまるで何処かの国の姫のような整った顔立ちをしてまして…な……?エンディミオン殿、どうされた?」
姫のような顔立ち……銀の髪の毛………銀の髪は彼女以外ありえない……!
――――――生きているんだ!!
私の妻は、この世で最も愛しているソフィアは生きている!生きていてくれたのだ!!
「……ほかには…っ他にはその少女の情報は無いのですか!!?」
「!?ど、どうされたエンディミオン殿?急に取り乱されて。」
「あ…し、失礼。何でもありません……」
「まぁ他の情報でしたらその娘は二人の子供を連れていまして…そういえば男子の方がエンディミオン殿。貴公と非常に瓜二つな顔立ちをしてましたなぁ……。娘の方は銀の娘と瞳が金色以外は殆ど瓜二つでしたし。」
私と瓜二つ、金色の瞳……!
間違いない、その子供二人は私とソフィアの子供!
無事に生まれてくれたのか!まさか双子とは…しかも男の子と女の子!
名前は、名前は何というのだろう?当初子供が出来たらと私たちで決めたリオンとアリシアだろうか?
「陛下!陛下!!どこにおられるか!!」
ふいに遠くよりセリアの声が響いてきた。
「…お呼びのようですぞ、エンディミオン殿。」
「すみません、話の途中に。……先程の話はまた今度じっくり聞かせていただきたい」
その後プロトゴノスに簡単な挨拶をしてエンディミオンはセリアの元に向かった。
「エンディミオン!これを見て!」
セリアに連れて来られたのは一軒の山小屋の中だった。小屋までの道のりは険しくは無いのだが街から遠いためかここにある建物はこれ一軒だけのようだ。小屋の中はどうやら既に白の国の兵に荒らされた後のようで焼かれた後だろうか小屋は半壊して色々な見慣れないものが打ち捨てられていた。
その中でセリアが指し示すのは痛々しい足跡と焦げ痕で中がボロボロになってしまった一冊の古書。その表紙の右下には――――
「…ソフィア……リーシェライト…っ!」
「そう、あの子は…ソフィアは死んでなんかいない!生き延びてここに住んでいたのよ!」
再び小屋の中を眺める。荒らされてはいるが火にかける前の鍋やふかふかの布団は人の気配を感じさせる。ふと、その布団の中に一本の髪の毛を見つけた。光に当ててみると髪の毛はまるで月の光のように優しい銀色に輝いていた。
「…ソフィア…!ソフィア…!!ここで子供達と暮らしていたのか……。」
エンディミオンはそのまま耐えられなくなったのか泣き崩れ、ソフィアのその髪の毛を抱きしめていた。
「それにしてもこの道具……なにかしら?白の国の兵はこれの使い方がよく分からなかったみたいで打ち捨てたようだけど…」
改めて部屋を見渡すと不気味なものが多数点在していた。四角い箱に足踏みが着いたギザギザの道具?木炭や灰がやたら溜まった黒光りしている金属の壺?なんなのだろうかこれらは?
「……う~~~ん…あっ!これもしかして小麦の殻を取り除く機械じゃない?」
「小麦の殻?何でそんなことが分かったんだ?」
「だってホラ。この四角い箱の口のところに小麦の穂があるじゃない。…なるほど、この足踏みを踏めば分離できる仕組みなのね。これは素晴らしいわ!やはりあの子は天才ね。早速これは我が国で活用させてもらうことにしましょう」
そういってセリアは兵士と共に小麦の殻を取る箱を運び込んでいった。
一応あれはソフィアの私物なのだが勝手に運んでいいものなのだろうか?
だがセリアもソフィアが生き延びていたことにはしゃぐ心が抑えられないようだ。なにしろ彼女をあと一歩のところで救えず長い間苛まれ続けたセリアだ。きっとソフィアが生きていることを知ってようやく救われた気持ちになったのだろう。
私は再び小屋の中を見渡す。
先のプロトゴノス殿の話によれば戦場の中でもソフィアも子供達も生きていた。ならばまだ彼女はこのベラストニアにいる可能性が高い。私もソフィアの手掛かりを掴んでいつまでも呆けていられない。再び行方が分からなくなったソフィアのためにも白の国の牽制、ベラストニアの復興協力、白の国の黒魔法に対抗すべく銀の国の国力と兵の増強、やるべきことは山のようにある。
ソフィア、見ていてくれ。必ず私は君の理想の国を実現させて良き王として君を迎えに――――
エンディミオンはソフィアの髪であろう銀色の髪の毛を大事に抱えて決意を新たに再び戦場へ向かった。
―――――白の国、某所
「くくくく……これが噂の銀の悪魔とやらが使っていた魔道具か。」
ある男の手にはソフィアが開発したフリントロック銃が握られていた。
次章予告
王都へ旅立つリーシェライト親子。
しかしその前には強大な敵が…!
「…そう、経済という化物が私たちを襲って…」
「はっきり路銀がないっていいなよ母さん」
「はぁ!?魔力付加?なんじゃそりゃぁ?」
新たな力を身につけ…
「ただの魔法(物理)じゃねーか!!」
「冒険者ギルドへようこそ!どのクエストを受注しますか?」
「何で討伐とか狩りとかが冒険になるんだよ!?新大陸も新境地も行ってねーだろ!」
「いいから早く受注しようよお母さん。私お腹すいたー」
「見せてやるわ、これが私の新たな力!減速・弾丸!」
二章へ続く!
※予告は都合により一部変更する可能性もあります。ご了承下さい。




