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第二十二話  新たなる旅立ちの朝

―――side ソフィア


地下道に入って体内時間的に2時間ほど過ぎ、今まで地下水路の壁面に配備されていた灯りとは違う、外の光、地下水路の出口が見えてきたそこに奴は居た。



「オオオオオオオオオオオオ!!」


その体長は2メートルを超え、前進茶色でゴツゴツした体、黄色く瞳のない眼。巨体のそれが地下道全体に響き渡るほどの咆哮を上げていた。


「…あの黒の竜見た後だから普段だったら怖いのにあまり怖さを感じないねお兄ちゃん」

「あの黒い竜が異常なんだよ。プロトゴノス騎士団長もあれは規格外っていってたし」

「トロル見て怖がらない子供って……。ああ、戦争とは色々なものを壊す本当に悲しいものなのだな…」


そう、今私たちの目の前にはトロルが仁王立ちしていた。こういうのをダンジョンラストのボスというのだろうか?この配置は『私がラスボスですよー』とあからさまに言ってる様なものだ。


あまり怯えていない私たちにイライラしたのか、いきなりトロルが棍棒を振るいながら襲い掛かってきた。


加速アクセル時間クロック3倍速!」

早速時間制御でトロルの動きを遅くさせて攻撃を封じておく。


「~~~氷の矢よ、目の前に立ち塞がるものを貫き崩せ…氷掃射コールドスピアー!」

リオンは水道から次々と氷の矢を作り出してトロルに連続掃射して攻撃する。詠唱のセリフがやたら厨二っぽいのは気のせいかしら?


後から分かったのだが、リオンもアリシアも氷魔法は地上にいたときは水場がなく空気中の水分を凝縮して氷の剣や矢を作っていたそうだが、近くに水場さえあればそこから氷の武器を作り出して自由に掃射出来るそうだ。


そんな訳でこの地下水路は二人にとってはまさに鬼に金棒な訳で途中からそのことに二人とも気づいて水路の水を使って攻撃する方法に切り替えると目に見えて攻撃力が格段に上がった。


「オオオオオオオオオ!!」

だが、氷の矢はトロルに刺さることはなく、全て弾き返されてしまった。トロルはゴブリン等とは違ってその皮膚はとてつもなく硬くなっている。そのため氷の矢で傷つける事は出来ても刺さったり貫くには掃射の威力が足りなかった。


「ならこれならどうだ!ダブル・コンテンダー!」

白い発砲煙と発砲音が地下水路に響き渡る。


「オ――――――オ―――――――オ――――――!!?」

弾丸は見事にトロルの皮膚に穴を開け緑色の血液を噴出させた。だが、穴が開いたとはいえ出血量とトロルの様子からいまひとつの効果しか与えられていないようだ。


「銃は効くらしいか……次は!」

銃に残った空薬莢を投げ捨て腰に装備していたレイピアを手にトロルに突進。レイピアでトロルの腹部を抉るように突き出した……が、レイピアはトロルの皮膚数ミリを切ることは出来たが抉るどころか刺さることさえなかった。

「刃物では効果なしかよ!」

すぐさま反転し後方へ飛び退き子供たちを抱えてトロルをスルーして駆け抜けようとした。



―――――――バシュン…



「―――――っ!?」

何故か倍速で動いているはずなのに急にトロルも私と同じスピード…いや、それ以上に早く棍棒を振るっている。それにすぐに反応出来たので何とか壁を蹴って回避しそのまま後退するが、トロルはさらに追撃してくる。それに対してコンテンダーで反撃しようとするが、子供たちを抱え手が塞がった状態では銃が握れない…!

迫る棍棒――――

「氷の壁よ!!」


瞬間、地下道内に車のフロントガラスが大型トラックとの衝突によって割られたような音が響き渡った。棍棒があと50センチのところでとっさにアリシアが作り出した氷の壁によって氷の壁の破片ごと5メートルほど吹き飛び、なんとかトロルの棍棒から逃れることができた。


だが、トロルのあの棍棒攻撃はとっさにとはいえアリシアが作り出した厚さ10センチ程の氷の壁をいとも容易く粉砕したのだ。あんなものを一撃でも喰らおうものなら間違いなく骨は砕かれて再起不能だ。いや、それも重要だがそれより―――なんで倍速で動いているのにトロルもこのスピードについてこれるんだ?


トロルは攻撃をかわした私たちを見て忌々しげに小さく唸り声を上げている。呼吸も体の動きも全く遅くなっていない。


まさか奴も時間制御のような加速魔法が使えるのだろうか?だがトロルが魔法を使うなんて聞いたことが……そういえばここは自分がいた世界とは違うのだからトロルの能力とかも若干異なってるのかもしれない。そもそもこの魔物をトロルと本当に言うのかも怪しいな。


それはともかくやはりトロルは時間制御を使う前と全く変わらない速度で動いている。



―――全く変わらない…?


そういえばいつの間にか時間制御を使った際の赤く濁った空間が消えている。もしかしたら何かの拍子に解けてしまったのかもしれない。


加速アクセル時間クロック2倍速!」

再び詠唱を唱える。これでまた赤く濁った世界が展開されてトロルの動きが眠っちまいそうなくらい遅く―――――



「オオオオオオ!!!」



………なってない!?


少し気になってそこらに落ちていた石を水路に蹴り落としてみた。石は水面に吸い込まれ、水しぶきを立ち上げながらドボンと沈んで行く。

……いつもと同じスピードで。


「ま、まさか時間制御が発動していない!?赤く濁った空間も展開されないし…加速アクセル時間クロック3倍速!」

再び時間制御の詠唱をしてみるが赤く濁った世界は発生しなかった。当然トロルの動きもそのまま…。


時間制御が使えなくなった?何で使えなくなったんだ?詠唱の間違い?制御ミス?

―――いや、薄らと感じる精神疲労感。それと再び時間制御を使おうとするとジンジンと響く薄い頭痛。



これはまさか……魔力切れ……?



「オオオオオオオオオオオオ!!」

トロルは魔力切れの私に容赦なく咆哮を上げながら再びこちらへ突っ込んでくる。

「………っく!」

すぐに抱えている子供たちを下ろして左手にレイピア、右手にコンテンダーを構えてこちらも突進する。

加速アクセル時間クロック3倍速!―――駄目かっ!」

もしもと思って時間制御を試みるが、やはり赤い世界も展開されなければトロルのスピードも全く変わらずにこちらに向かってくるまま。


直ぐにダブルコンテンダーの撃鉄を起こして次弾を装填、トロルから振り下ろされる棍棒は凄まじい轟音と衝撃波を放っていたが時間制御のアシストなしでも一撃くらいなら何とかかわすことができる。私を叩き潰さんとせまる棍棒に対して逆にトロルの懐に飛び込み棍棒から逃れ、なおかつオークの背後をとった。


狙いは頭。先のダークネス・ドラゴンの闘いで目が弱点だと分かった。だからこいつも目とか顔が弱点の可能性は高い。いつのまにか背後に回った私にようやく気づいたトロルは振り返ろうとする。

その前に引き金を引く!


――――――ドチュン……


渇いた発砲音と共に何か鈍い衝突音が地下道に響き渡った。

弾丸は命中。見事にトロルの頭に当たりその威力は―――――



「オ…オ…オオ……オオオ!!!」




額に薄い凹みが出来ているだけで致命傷どころか穴を開けることすら出来ていなかった。

「う…うそだろ……!劣化とはいえ9ミリ弾丸以上の威力だぞ!!」

9ミリ弾丸であの程度の威力ならこいつを倒すには少なくとも45口径のマグナム弾並みでなければ倒すどころか傷をつけることさえ出来ない。当然今持っている武装でそんな大型弾丸はないし仮に今ある弾丸だけで倒そうと思ったら複数個の弾丸を弾倉に詰め込みショットガンの様に撃つくらいしかないが、ダブル・コンテンダーは口径が9ミリ弾丸一発分しか口径がないため不可能。


「オオオオオオオオオオオオオオ!!」

顔に命中した弾丸で少し怯んでいたがやがて本来の動きを取り戻してトロルは棍棒を振り下ろしてきた。

「がぁ……っ!」


「母さん!」「お母さん!!」


棍棒の直撃は咄嗟に転がって避けれたが、その衝撃波と抉れた地面から飛んできた石床の破片で吹っ飛ばされた。

「がはっ!…ごほっ…!」


口に入った土と吹き飛ばされる際口を切って出てきた血を吐きながら前方で私に追撃を迫るトロルを見る。


初めてかもしれない。この世界でここまでの恐怖を感じるのは。

あのダークネス・ドラゴンの時はリオンとアリシアの事にしか目が行ってなかった上に何だかんだで弱点のような目に運良く剣が刺さってくれて事無きを得たが今は違う。


今まで山で狩ってた小ドラゴンもこの地下道のゴブリンも当然ではあるがアーグル達人間も確実に葬ってきた絶対の武器で一番頼りになる武器"銃"が効かない敵が現れたのだ。


しかも同時に最強と自負していた"時間制御"までも魔力切れで使えなくなってしまった。


今まで自分がアーグル、白の国兵やダークネス・ドラゴンに対抗できたのは銃もそうだがやはり一番大きなアドバンテージは常に相手の先手を取れて一方的な攻撃が可能となる時間制御があったからだ。しかも時間制御はいざとなったとき相手の心臓や脳を超減速させることで仮心臓麻痺や仮脳卒中にさせることが出来いわばこれも絶対の武器であり、最後の切り札だった。


だが、それがなくなった今では私はただの人間と変わりない。ただの人間が魔物、ゴブリンに勝つのもやっとなのに刃物で貫くことさえ出来ない、銃ですら効果はいまひとつ。その上氷の魔法も効きやしない。そんなトロルを相手に勝てるわけがない。




こうなったら――――逃げる?

この絶望的状況下では生き延びるにはそれしか選択肢はない。リオンとアリシアを置いて自分だけが逃げればトロルが二人に気を取られている間に外へと脱出―――







―――っふざけんな!!最愛の息子と娘を置いて逃げるなんて考えは毛頭あるわけねーだろ!あの二人は"私"にとっても"俺"にとっても最も大切なものだ。それを捨てるだと!?そんな案が一瞬でも浮かんだこのクサレ思考回路を叩き潰してやりたい。



"私"にとっては未だに愛している男との子供で1年間決死の思いで逃亡して逃亡して"俺"のような奴に体を明け渡してでも守り産んだ彼女に最後に残った唯一の宝物。

"俺"にとっても、前世ではフリーターで冴えない面で未婚だった俺だが本当は結婚して子供が欲しかった。自分を『お父さん』と言って慕ってくれる存在が欲しかったんだ。今はどういうわけか『お母さん』になってしまったがそれでも期をせずして親になれたことが嬉しかったし幸せだった。いくら二人が前世の俺、『浅木祐二』と何の血の繋がりがなくてもあの二人はもう俺を親と慕ってくれる俺の本当の子供なんだよ!



自らの手を見る。左手に握られたレイピア、右手に握られたダブルコンテンダー。

闘う手段は一応手の中にある。




―――――なら、やるべきことは…


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」


「ダブル・コンテンダー!」

銃の引き金を引き、発砲煙と共に発射される弾丸。弾丸と共に疾走し、レイピアを構える。


「ディヤァ!!」

空気圧とともに私に振り下ろされる棍棒を前方へ転んでかわし、トロルの足にレイピアで切りつける。

しかし碌な傷はつけられず小さな切れ跡が残っただけ、だがそこで止まらずトロルのその腹を連続で突き切る。


「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!」

トロルの緑の腹にレイピアを振るう、振るう、突く、突く。斜めから、正面から、上から下から、相手に効いているかどうかなどお構い無しに振るう振るう――――




「オ゛オ゛オ゛オ゛オーーーーーーガッ゛!!」


――――ドゴッ

「ゴフッ……!」


たった一撃、トロルからのたった一度の拳で私は地面に叩きつけられ動けなくなってしまった。まるで自動車事故のような衝撃…。幸い骨は折れていないようだが、あまりの衝撃に呼吸が出来ず、視界が暗転する。


ふと、目に何か銀色の棒が映った。―――これは私が持ってたレイピアか…?レイピアは見事に腹の辺りからへし折られていて叩き折ったというより砕け散ったという方が相応しい壊れ方をしていた。

なるほどダメージがないわけだ。おそらく連続突きをしている時にはすでに切っ先から罅が生えて砕けたのだろう。


これから自分はどうなるのだろうか?

あのトロルに食われるのか?若しくは一思いに頭をトマトのように叩き割られるのかもしれない。

いや、何にしても殺されるのは確実だろう。


だが、心残りがあるとすればリオンとアリシアにはトロルが私に気をとられている間に何とかこの場を逃げ切り王都等で無事に生きていて欲しい…。ああ、気が……と…お……く…………。


…………


………


……



―――side アリシア


なにこれ…?なんなのだろうこの光景は……?

地下道の出口まであと少しのところで道を塞いでいたトロルにあのお母さんが殴り倒されてしまったこの光景は―――


「お母さん!お母さん!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「この野郎!よくも!よくも母さんを!!!」


気がついたら私もお兄ちゃんもトロルに氷の剣と矢を掃射していた。


でも何本も、何十本も、何百本も掃射してもトロルに貫くことも、刺さることも、傷つけることさえ出来ない。でもこいつに攻撃するのはやめない。こいつは…私のお母さんを奪ったのだから。


私を捨てないといってくれたお母さん。魔物の群れから守ってくれたお母さん。いつも私の頭を優しく撫でてくれるお母さん。それをこのトロルは…。


私とお兄ちゃんの一番の宝物をあんなにあっけなく奪い去った!絶対に…絶対に許せない!!



「お母さんを………お母さんを返せーーーー!!」

氷の剣をさらに多く生成してトロルに向けて放つ。でもトロルは氷の剣をまるで鬱陶しいものを見るように片手で簡単に払いのける。


さっき唯一お母さんの銃だけがこのトロルに穴を開けることが出来ていた。でも私もお兄ちゃんもあの銃を超えるほどの威力と速さの氷魔法攻撃は出来ない。それどころかあの銃ですらトロルにはあまり効いていないみたいだったのだから少なくともあれを超える威力でなくてはまともな傷をつけることが出来ない。


それでも、このトロルに剣を掃射することをやめる気にはなれなかった。こいつは…このトロルだけは許さない!





「――――……?」

何故か唐突に昔のある出来事が浮かんできた。


まだこの氷の魔法がお父さんのものと分かって嫌悪する前、遊びでお兄ちゃんと競って色々凍らせていたら水を飲んでいる鳥のいる水溜りに間違えて氷の魔法を唱えて水溜りごと鳥の足を凍らせてしまったことがあった。



トロルに視線を向け氷の剣の掃射を続けながら周りの状態を見渡す。

石床と壁の地下道。お母さんがトロルの初撃をかわしたときに抉れ出来たくぼみ。



私とお兄ちゃんが攻撃材料として使っている地下水路の水…凍らせるための水………氷…固まる……。




―――――!


「お兄ちゃん!氷でハンマーみたいなもの作れる!?」

「こ、氷のハンマー!?氷の厚い壁の応用だから出来ると思うけど…」


トロルを睨んで矢の掃射を続けながら応答するお兄ちゃん。どうやらまだ魔力は残ってるみたいだ。

「今から氷のハンマーであいつを水路に叩き落すから手伝って!」

「水路に叩き落す?それよりあいつに攻撃を続け「いいから言うとおりにして!」…わかった」

お兄ちゃんはしぶしぶといった感じで矢の掃射をやめてトロルの横に巨大な氷の塊を作り出しトロルにぶつけた。


「オオオオオオ!?」

突然の攻撃の変更にトロルは動揺しているような咆哮をあげている。

「氷よ…彼の者にその鉄槌を下せ……氷鉄槌アイスハンマー!!」


自然と頭に浮かんだ詠唱を唱えると水路から氷の郡が飛び出してトロルの横に集まりそこからハンマーが形成されて…



『コォォォォォォォォォォォ』

「オ゛ガッ!?オ゛オ゛ガッ゛!」

……何故か氷の巨人が形成されてトロルを思いっきり殴り飛ばして水路に突き落とそうとしていた。ハンマー作るはずだったのになんで巨人が出来たんだろう?でもどちらにせよトロルを水路まで押せているからまぁいいや。


トロルは初めて痛みからのような悲鳴をあげて巨人から放たれる1平方メートル程の拳を喰らって徐々に水路の方へ押されていた。

「あと…あと少し!」

「オ゛ガッ!?オ゛オ゛ガゴォォォッ゛!」

ようやくトロルの足が水路にかかったその時、トロルが棍棒で氷の巨人の胴体を砕き壊してしまった。

胴体を砕かれた巨人はまるで糸の切れた操り人形のように動かなくなりやがて粉々に砕け散ってしまった。



「も、もう一度!―――――っ!」

再び私は氷の巨人を作り出そうとするが、魔力が切れてしまったのか出来上がったのは氷の礫一つがやっとだった。そんな私に構うことなくトロルは体勢を整え、私のほうを睨みつけて棍棒を振るいあげて来る。


「お兄ちゃん!氷のハンマーを!!」

お兄ちゃんは私に向かってくるトロルに氷の矢を掃射して動きを封じながら再びトロルの横に氷の塊を作り出しぶつける。だけど氷の塊は最初に比べてすでに3分の1を下回るくらいの大きさとなってしまっている。

…お兄ちゃんももう魔力切れ寸前だ。


もしお兄ちゃんの魔力まで尽きてしまったらこの作戦はご破算になってしまう。だから何とかある程度の魔力は温存しておかねばならない。しかし魔力が尽きかけの私たちではその温存すべき魔力でトロルの動きを封じるのがやっとで碌に水路の方へ動かせないでいる。


「オ゛オ゛オ゛オ゛オーーーーーー!!!」

「「!!?」」


今までお兄ちゃんの氷の矢で動きを封じられていたトロルがついに堪忍袋の緒が切れたのだろうか、地下全体に響き渡るような大きな咆哮をあげながら空気の衝撃波が生じるような凄まじいパンチで掃射している氷の矢どころか空中に待機させていた矢も含めて全て破壊されてしまった。


邪魔するものがなくなったからか、しばらく体をあちこち柔軟運動のように動かしたトロルはやがて私たちを静かに睨みつけてこちらへゆっくり歩いて来る。


「くそ!氷掃射コールドスピアー

お兄ちゃんが再び攻撃を再開しようと詠唱するが、作り出せたのは立った一本の氷の矢。当然掃射をしても片手一つで粉々に砕かれてしまった。


魔力切れだ…。二人とも。


もうどうしようもない。トロルを水路に落とさなきゃいけないのに結局落とすことは出来ず、しかも最後のキーとなる魔力は全部使い切ってしまった。もう手の打ち様がない……。


絶望で崩れる私にトロルは表情を変えず、ただ棍棒で叩き潰さんと振るい上げた。


「オ゛オ゛オ゛オ゛オーーーーーー!!!」


「アリシア何跪いているんだ!早く逃げるんだ!!」

お兄ちゃんが私に逃げるよう叫んだけど、お母さんが殺されたショックと魔力切れの精神疲労、トロルへの恐怖で逃げることはおろか立ち上がることすら出来なかった。




「……おかあさん……敵とれなくてごめんなさい…」















「おおおおおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



――――――え?



「オ゛オ゛ガァァァァーーーーーー!!!」

急に耳を劈くトロルの悲鳴。

顔を上げるとそこには死んじゃったはずのお母さんがトロルに飛び掛ってトロルのその目に折れたレイピアを何度も突き刺している姿が―――



「俺の!大切な!息子と!娘に!」


「オ゛オ゛オ゛ガァァァァァァァァァァァ!!?」

左目にレイピアを突き刺したまま今度はコートから取り出した手投げ式ナイフを握り締め


「手ェ出してんじゃねぇーーーーーーー!!」

お母さんに右目も突き刺されたトロルはとてつもない苦悶の雄叫びを上げ顔を抑えながら暴れだす。


左右に振るわれるトロルの腕を避けてお母さんは銃を構えて素早く空薬莢を排出して弾を装填してトロルのフラフラしているその足に狙いを定める。



タ――――ン…


耳が痛くなるトロルの悲鳴を打ち消すように銃の発砲音が響き渡りトロルのその足に弾丸が抉りこみ、血の散幕音と共に体勢を完全に崩したトロルは水路の中へ真っ逆さまに落ちていった。


「リオン!アリシア!今――――


お母さんの合図と共に私もお兄ちゃんも体に残った魔力全てを使ってトロルが溺れている水路諸共完全に凍結させて行く。


「オ゛ガァ!?オ゛ガァ…!ブクブク!オ゛ガァ…ブク…!」

暴れて溺れているトロルは水路の壁を殴りながらなんとか水面から脱出しようとしている。それを氷の魔法は次第に凍らせてゆくがトロルの動きを完全に止めるほど凍らせれていない。



―――お母さんは生きていた。また甘えられるし抱きつけるしおいしいご飯だって食べられる!

トロルを凍らせる魔法の影響で漂ってくる冷気を感じながらそんなことを考えるとどういうわけか既に殆どないと思ってた魔力なのに次第に漲る様に魔力が溢れてきて今までのものよりさらに高い威力で発動してそれから1分後、水に浸かったトロル諸共水路を完全に凍結させた。




「はぁっ!はぁっ!はぁっ!……や、やったぁ…やったぁ!お母さん!!」

「はぁっ!はぁっ!…か、母さん大丈夫なの?」


精神疲労と魔力切れでフラフラの私たちはそれでもおぼつかない足取りでお母さんに抱きついた。

「おかあさん!おかあさん!おかあさん!!」


「トロルを…水に漬けて……凍りやすくさせてから…氷魔法で凍結させる…考えたわねアリシア……えらいわ」

お母さんはまだトロルの攻撃のダメージがあって辛そうなのに優しく微笑んで私の頭を撫でてくれる。


「母さん…立てそう?もしかして骨折してる!?」

「大丈夫………じゃないかも…。でも骨は折れてないから…大丈夫。あと少しで立てるようになるから……」





それからしばらくの間出口方面以外に何とか回復した魔力を使って氷の壁を張りながら凍らせたトロルの氷の補強を行い、ようやくお母さんが立てるようになったのはそれから3時間後だった。


「お母さん…まだ休んでいたほうが…」

「いや、大丈夫。それにここにいたらまたあのトロルみたいなのが出てくるかもしれないしそちらの方が堪らないわ。」

「そういえば…ヒーズ・タウンがあんなになっちゃったからもう家には戻れないね…」


もうあの山小屋には戻れない。お兄ちゃんの言葉に私は今まであの山で、街であった思い出が蘇ってくる。


物心つく前から慣れ親しんだ木の香りが気持ちいい山小屋、お兄ちゃんと駆け巡り帰って来る度にお母さんに危ないからと叱られた山の森や川。5歳から通いだした教会。女の子の友達としゃべりあった広場の噴水。お兄ちゃんとよく教会の帰りに寄った市場。お兄ちゃんとこっそり出かけて8歳の時初めてお母さんと一緒に行ったフェスティバル。


ふと、気が付くと頬から涙が零れていた。

まさに故郷と呼ぶに相応しい場所が戦争などという怪物のようなものに飲み込まれ、奪われ、蹂躙された。もう帰ることは出来ない…そんな気持ちが胸に駆け巡り、頬を伝う涙は止まらなかった。


「まぁ一応戦争って聞いたから家の金貨銀貨は持ってきたつもりだから戦場から離れた村か町へ行けばしばらくは大丈夫でしょう。あぁ、はやく風呂付ベットの宿屋で休みたい……」



――――それでも、私たちにはお母さんがいる。お母さんという帰るべき場所がある。

きっとこれからも私たちには色々な困難が待ち受けているだろうけど、私とお兄ちゃん、お母さんがいればきっと乗り越えられる。



だから…





「わぁ……もう夜明けになってたのか」

「朝日……綺麗だね…」

「うん…」


薄暗かった地下道をようやく抜けた私たちの目に初めて入ってきたのは真っ赤に輝く朝日だった。

草原の先、地平線の向こうに顔を覗かせる真っ赤な太陽は、まるで新たな旅立ちを迎える私たちを祝福するように、その光は私たちを優しく包み込んでいた。


















「ところでプロトガメスさんがいってたドラゴンの情報を伝える人がいるのってプリべット通り6番地のデミグラスソースさんだったかしら?」

…城下町6番街のテミスさんだよ。……それとプロトゴノスさんね。お母さん。

勝った!第一章 完!


次回第二章 王都への旅路編

(本来閑話予定だったので一章より圧倒的に短くなると思います…)


――――いらない裏設定

ちなみに今回登場したトロルは正確にはトロルではなくトルカネル・トロルという超上級種。

ハントランクA+(プロの冒険者の中でもトップクラス数人でようやく仕留められるレベル)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 23/83 第一章 完 ・うおおおお!! イイハナシダナー ・愛の力ってすげー
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