第十八話 ダブル・コンテンダー
ソフィアside 残酷表現あり
ヒーズ・タウンは既に日が落ちて3刻程たったにも関わらず異様な明るさに包まれていた。いや、それは明るさと呼ぶにはあまりに禍々しい黒炎に包まれたまさに地獄のような光景だった。
そんな地獄に飛び込んでゆくソフィアは内心あせりながら、リオンとアリシアの無事をただ強く祈りながら駆け抜ける。
「おい!こっちにまだいたぞ」
「へへっ銀髪の若い娘か。これはラッキーだぜ!」
ようやく街の入り口についたのだが、そこは既に白の国軍に占拠されており、ソフィアを見つけた兵達は捕らえようと剣を突きつけた。
「邪魔だ!加速・時間、3倍速!」
呪文と同時に世界がセピア色―というより赤く淀んだ空間に変化し剣を向ける兵の動きが途端に遅くなった。
そしてこの空間ではソフィアのみが自由に動くことを許される―――
超低速移動している兵の剣を蹴り飛ばし、未だにいやらしく―――おおかた自分を捕まえた後のお楽しみタイムでも妄想してたであろうニヤついている兵の首をナイフで一閃し、次の兵の腕を断ち切りその手の中の剣を奪い取って持ち主の腹に深々と突き刺す。
そして最後の兵にはさっきの兵から掠め取ったナイフ5本を投擲して丁度兵の目の前で浮きながら低速移動している形にして、某無駄ァの人風に処刑準備をする。
「解除・時間」
解除呪文と共に赤い世界は消滅し先ほどまでニヤつき顔で剣を向けてきた兵は、一人は首から噴水のように血を噴出し、一人は急に消えた腕に悲鳴を上げながらさらに腹に刺さった剣を見て断末魔を上げながら地に沈み、ひとりは「なんじゃこりゃぁーーー!?」と叫びながら襲い掛かるナイフに切り裂かれ最後の一本が喉に突き刺さり絶命した。
血だまりに浮く兵の亡骸を見ながらソフィアは思う。
……自分ってこんなに快楽殺人癖があったのか? と。
最初のアーグル惨殺ショーの時こそ新しい力を…というか魔法などという元現代人の自分にとってはとんでもないものを手に入れたせいで、文字通り"最高にハイ"になっていたが今ではだいぶ落ち着いて冷静な思考が戻り人を殺したことや人を殺すことに嫌悪感を抱くようになった。
だが、思考とは別に何かの得体の知れない者の声が胸の辺りから響いて体は独りでに進もうとし、障害は全て叩き潰そうとする。
『はやく…速く!リオンと…アリシアを……私の子供たちを…』
この声のせいで傷害や邪魔となるモノ(白の国兵)を次々と葬っても心は何も思わなければ嫌悪感すら湧かなくなったのだ。おかげさまでこの通り、今通りから飛び出してきた兵に躊躇いなく残りのナイフを投げて時間制御で速度加速させて兵の頭をまるでショットガンで粉砕したかのように爆散させた今もなお兵が死ぬことや自分が殺したことに対して嫌悪感も罪悪感も起こらず、ただ胸のうちから響く
『私を邪魔しないで!私は一刻でも早く子供たちの下へ行くの!…それでも邪魔するような人たちは…消えなさい!』
この声によってあらゆる感情が止まってしまったかのような感じがするだけだ。
……まぁこの声の主に凡そ目処はついてはいるのだが。
命がけで子供二人を守り抜き、最後には俺みたいな何処の誰とも知れない男に自分の体を明け渡してまで子供を守ろうとした彼女なのだから間違いない。
これはあれだろうか?俗に言う"もう一人の僕"という奴だろうか?
いや、むしろこの状態だと俺の方が王様ポジションか。
「てりゃぁ!」 ――――――ザシュッ
「ぶゲッ!……」
そうやって一人考察をしながら戦場と化した街を進んでゆくが進むたびに敵は次々と現れてソフィアを捉えんと、また殺そうと迫ってくる。それをまさに作業のごとく次々とナイフで切り裂き地に沈めてゆくソフィアだが次第に余裕がなくなってきた。
幸い精神的には先の感情停止状態で特にダメージや疲れは無いのだが、如何せん敵の数が多いのでそろそろ体力的に厳しくなってきた。
その証拠に…
「このアマぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げながら斬りかかってくる男の刃を加速・時間で仰け反りながらかわして残った投げナイフを投げたが方向が敵からずれていたので急いで減速・時間をかけて位置調整しようとしたのだが減速するはずのナイフは魔法をかけた瞬間轟音と共にその進行方向に進み敵兵をその地面ごと抉り殺し、半径2m程のクレーターを作り出した。
先程のショットガン爆散兵の時と同じくどういうわけか減速・時間がうまく使えなくなったのだ。ナイフを減速させようとすると何故か暴走して猛スピードで行ってしまう。
これの原因を魔法の使いすぎと体力的に限界が近いのだろうと断定したソフィアは本格的な魔力切れがあるのかどうかは分からないが、とにかく魔法を出来るだけ使わず温存し早く子供たちを見つけて脱出すべきだと判断した。
そして残る武装は兵から提供された(奪い取った)ナイフが5本、サバイバルナイフ1本に拳銃が一丁、弾薬は30発分。
……そうなるとここからの戦闘はこいつが…
「なるほど…。貴様が部下のいっていた銀髪の女か」
しばらくは敵兵が現れなかったので街道を駆け抜けていたら如何にも将校っぽそうな男がソフィアの目の前に立ち塞がった。
「ふむ。なんでも"急に体を動けなくする魔法"を使うとか何とか」
将校は一人呟きながら顎に手を当て冷たい目でソフィアを見つめる。
「確かにいい女だ。特にその銀の髪は珍しい。殺すのは惜しいが…貴様は我が軍に多大な損害を与えた。」
将校は口元の煙草に火をつけ一口煙を吐き出し深呼吸と共にその冷酷な瞳を開き、
「よって貴様を斬刑に処す」
――――消えた。
「な!?何ぃ!」
言葉を終えるか終えないかの内に将校は消え、気味の悪い風の音だけが耳を劈く。
「―――――っ!!加速・時間4倍速!!」
後方に嫌な気配をとっさに感じ、念のため加速魔法も掛けてその場から飛び退いた直後に雷のようなサーベルの一撃がソフィアの居た場所から飛び出してきた。
「―――?これが部下の言っていた体が動かなくなる魔法か。確かに俺のサーベルのスピードがいつもより遅くなった感じがするな…。だがその状態で奴だけが同じスピードで動いていた。これはもしや……」
攻撃を避けられたにも関わらず落ち着いて淡々と考察する男とは別にソフィアは内心焦っていた。
あのまま…あのままあの場所に居たら……いや、それどころか時間加速させてなければ間違いなく自分はあの一撃を受けて串刺しになっていただろう。そう感じずにはいられない光景を目にしてソフィアの背中に冷や汗が流れた。
この男相手に接近戦はいくら時間制御があるからって厳しすぎる。
ここは遠距離戦に持って行くしかない。
ソフィアはコートの内ポケットの投げナイフ5本に触れその存在を確かめながらじりじりと男から距離を取る。
「ほぉ、近接戦では勝ち目がないと判断したか。その判断は正しいが俺ならば10mほどであれば貴様が瞬きすると同時に貴様の1m手前まで移動できるぞ。」
男はニヤリと冷笑しサーベルを再びソフィアに向け構える。
その場には一切他のモノはなく、ただ炎の燃える音と風の鳴り響く音しかない。
―――パチン
「アクセル…いや、間違った!リダクション!…あれ?減速した!」
家屋の焼け落ちる音と同時に男が土煙を残して再び消えた。
対するソフィアはナイフを投げ、超スピードで男を迎撃しようとナイフを加速させようとしたが手が震えてナイフの軌道が明後日の方向に向いていたので急遽、加速から減速に変更したのだが今まで失敗ばかりだったナイフの時間減速が初めて成功する結果となった。
キィィィィィィィィィィィン―――――――
そしてどういう幸運に恵まれたのか、丁度ナイフを減速したと同時に男がサーベルを振りかぶっていたのだが、男が予想していたナイフのスピードと実際に減速したナイフのスピードが異なり見事にサーベルは減速したナイフに当たり、自身の攻撃の反動で男を弾き飛ばすに至った。
「…あれはあのナイフの時間を減速しているのか…?時間を操るこの芸当…そしてあの銀髪。やはりこれは……」
「あ、危ねぇ…。絶対さっきの減速してなかったらやられていた。それにしても減速・時間って動いてるものに使ったら最初の軌道から変更させ難いんだな…。あんな威力のサーベル弾き返すとは…。あれ?それだといつもやろうとしてるナイフの軌道変更って出来なくない?…よく分からないなぁ、この魔法。」
とりあえず未だに空中で少しずつ進行してるナイフを何とかしようと柄の部分を軽く摘まむと以外にもあっさりナイフは取れて念のため動き続けないように解除を施し再び男にナイフを構えようとしたが。
「な!?なんじゃこりゃぁぁ!!」
ナイフは刃の部分がボロボロに砕けておりとても刃物として役に立てる代物ではなくなっていた。
減速ナイフは男のサーベルを弾き返しはしたものの、自身の刃はその威力で砕け散ってしまったのだった。
「さて、先程の一撃はかわされたが今度はそうは行かんぞ。ソフィア・リーシェライト」
「くっ!こうなりゃ…こうなったら…こうなったのなら……!」
――――ザッ…
足擦れ音を残して再び抜刀の構えから消える男。
男の視界には銀の髪を靡かせるソフィアがただ写る。狙うはその足。
先の一撃は首を狙ったものだったが相手がソフィア・リーシェライトとなると話は別だ。9年前に死んだと思われていたがあの時を操る魔法と銀髪は間違いなくソフィア本人だろう。奴を生け捕りに出来ればあのエンディミオンの人質として奴を潰すことが出来る。
そのためにもこの一撃を確実に入れ、奴を捕らえねば…。
ふと、視界の中のソフィアが懐から何かを取り出したことに気が付いた。またナイフか、と思ったがどうにもナイフにしては大きさが一回り以上に大きく、黒光りしすぎている。
まぁ大した物ではないだろう。そう思いソフィアが構えるそれを無視して稲妻の如く接近を続ける―――
ダ――――――――ン………
次に男の視界に写ったのは、切り裂かれたソフィアの足でも、戦場の風景でもなく視界いっぱいに広がる渇いた大地だった。
「…い、いったいなにが…?っ!がぁ」
何故自分が地に伏しているのかまるで理解できない男に今度は足の強烈な痛みが襲ってきた。恐る恐る足を見てみると太腿から風穴が開き血が噴出している。
何故ソフィアの足を切り裂こうとしていた自分の足にいつの間にか穴が開いているのか訳が分からない。ソフィアは何かを構えこそしていたがそれは投げナイフのようなものではなかったし、第一ナイフを投擲したのなら自分が視認してかわすことは容易いはず。
一体これは…なんだ……?
混乱する男を見下ろしながらソフィアは未だに煙を立ち上がらせる右手の銃、ダブル・コンテンダーを男に構えて男ににじり寄る。銃撃自体は自宅の山小屋で暇つぶしや狩で何度もやっているが人間を撃ったのは初めてだった。放った弾丸は見事に男の太腿を打ち抜き地に沈めるに至ったがその距離既に2m弱。
引き金を引くのをあと1秒でも遅れていればやられていたのはこちらだった。
「…くっ!貴様……何をした…!!」驚きと混乱で目を見開く将校の男の問いかけを無視して男の様子を探る。太腿を潰しはしたが足はもう一本生きている上に腕も健在。これは今のうちに仕留めないとまずい。
「何をしたかと聞いているのだァァァァァ!!!」
予想通り男は腰に忍ばせてあったナイフを取り出し、上半身のバネのみでソフィアに斬りかかる。
ダァ―――――ン…
それを再び右手のダブル・コンテンダーで撃ち抜き地に沈める。今度は眉間を狙って。眉間に風穴の開いた男はそのまま白目を剥きながら血の海にその身を沈めていった。
ダブル・コンテンダー、通常のコンテンダーなら単発式だがこいつは弾倉の後ろにもう一発弾倉があって撃鉄を起こすことで次弾が装填されて続けて発砲することが出来る驚きの拳銃。
今なら弾薬30個セットで金貨50枚。プライスレス。…売る気ないけど。
…ただ、威力が本来のコンテンダーと比べると9ミリの銃弾より少し強いくらいでしかなく、とてもオリジナルには及ばないがこうして実践で役に立っているのを見ると銃はやはり戦争では強力だと思い知らされる。そりゃ剣を振り回す敵を遠距離から一方的に狙撃できるのだから強いか…。
「おっと!感傷に浸っている場合じゃない。はやくリオンとアリシアを探さないと!!」
「お?まだ若い娘が残ってるじゃねぇか……って!あれはぺスラー中尉!このアマまさか中尉を!!」
再び駆け出そうとしたソフィアを塞ぐ様に姿を現す白の国兵にイラつき素早くダブル・コンテンダーを再装填し、兵達がこちらに向かってくる前に狙撃し地に沈める。
「何だ!?今の音は!!……っお、おい!しっかりしろ!何が…おお!銀髪の娘。げへへへ…」
タァァ――――ン
再び現れる兵。視認した瞬間発砲するソフィア。
「次から次へと…」
「おい!お前らしっかりしろ!何が…若い娘だ!やっほ」
ダ―――――ン
「あああああああああああああああああああああ!!!もうっ!!お前ら言ってること皆同じじゃねぇかぁ!!」
「銀髪美少女!ゲットだぜーーー!!」
「一緒じゃボケーーーー!!!」
ダ―――――ン
その後、ウィンド・ナイト・ロード団長プロトゴノスに発見され宥められるまでバーサーカーと化し戦場を押し進むソフィアであった。
ちなみに何気に男が自分の真名を知っていたのかという疑問はすっかり頭の中から消えうせていた。
余談。ソフィア以外side
入り口の兵殺害時
ソフィア「ふははははは!おらおらどうした?そんな鉄くずを振り回しているゴミ共!ふははははは!!ほらほら、どこ振り回してるんだ?」
ショットガン的爆散時
ソフィア「こういうのを汚い花火というのかしら?」
将校殺害時
ソフィア「サーベル程度でこのソフィアが倒せると思ったか!!ばーーか!!剣の時代なんかもう終わったんだよ!このモンキー!!」
プロトゴノスside
「しょ、少女よ!君はローズ・タウンの者か?『ターーン!』ってわぁ!?」
「っち!次から次へと…」チャキ…
「ま、待ちたまえ!私は風の国王宮第2騎士団ウィンド・ナイト・ロードの団長プロトゴノスだ。頼むからその物騒な魔道具を下ろしてくれ」
「あ、す、すいません。それにしても騎士団が来てるのにこんな惨状なんですね」
「……耳が痛いがその通りだ。我々は…守るべき民を守れ…etc」
「すいませーーん。そういう回想はいいので先行きますね~。子供を早く見つけなくちゃいけないので」
「~~これでは女王陛下になんと…おお、そうであったか。私も協力しよう。……ん?子供…?」
「ええ、息子と娘が西の倉庫街に閉じ込められているらしいので。」
「…なるほど。人妻を演じることで奴らに辱められないようにしているわけか。だが少女よ、奴らはそんなこと関係なく誰であろうと蹂躙する野蛮人共だ。まぁそれだけ強いと大丈夫だとは思うが…」
ギャー!助けてくr…「え?何か言いました?」
「…いや、何でもない…」




