第十六話 ベラストニアの闘い 2
第三者視点
一年間硬直していた戦線は夥しい数の死体と武器や鎧の残骸が広がる無惨な姿へと
変わり果て、たった七日でベラストニア地方の街々まで戦火が広がり今や悲鳴と
絶叫が飛び血が舞う地獄へと変貌していた。
白の国の兵約二万は壊滅した風の国の兵団を追撃。
そのまま風の国軍の補給箇所であったヒーズ・タウンへ侵攻。
未だ民間人が多数暮らしている街が戦線の真っ只中になるという最悪の事態に
陥った。
「殺せ!殺せぇーーーー!!我ら白の国に歯向かう者は皆殺せー!!」
狂気を孕んだ目で虐殺を支持する男。
「助けて!助けてぇぇぇぇぇぇ!!お母さん!いやぁぁぁぁ!!」
助けを請う少女を下劣に笑いながら切り殺す騎士。
「ひゃはははは!お前気に入ったぞ、これからお前は俺の奴隷だぁぁ!
さぁこっちへ来やがれ!」
「いやぁぁぁぁ!あなたぁぁぁ!あなたぁぁぁ!!」
女を鎖で縛り無理矢理連れ去る男。
虐殺、略奪、暴行、強姦、破壊――――
つい昨日まで平和を謳歌し笑い声で賑わっていた街の姿はどこにもなく悲鳴の
飛び交う地獄としか形容のしようがない様に成り果てていた。
「どうなっているんだ!!」
「なんで白の国がこんなに簡単に攻めてくるんだ!?」
「我が国の兵達は何をやっているんだ!!」
襲われた民衆は白の国の侵攻を止められなかったどころか自分たちの街を襲われ
ている今でさえ増援が来ないこの状況に不満を国と軍に声高に叫ぶがその問いの
回答は返って来ず、代わりに敵の白刃と炎に飲み込まれ無惨に何百という人間が
殺された。
彼らは知らなかった。
既に王都から派遣された増援が全滅されたということを。
そして国の代弁役たる貴族が既に逃げ出してここにいないことを…。
そんな地獄の中一人の男が駆けていた。その容姿はボロボロで所々欠けた甲冑を
身に纏い腰には血がこびり付き切っ先の折れた一振りの剣。
その剣には血で汚れながらも風の国女王の正統な刻印が輝いていた。
「いたぞ!嵐の騎士団の生き残りがぁぁ!!」
「ぶっころせ!うらぁぁぁぁ!!」
彼の姿を見つけるなり白の国の兵は仲間を呼び複数人で追い詰める。
「げへへへ…。もう逃げられねぇぞ!」
下劣に笑いながら追い詰める白の国兵だったが
「風よ、我の敵を切り裂け!!」
男が詠唱したと同時に剣から放たれる風の刃によって囲い込んでいた白の国兵
5人の上半身と下半身が一瞬にして切り裂かれ絶命した。
敵が全員死んだのを確認すると男は駆け出し敵兵の手の届かないところ
…ではなくむしろ敵兵のいる敵地真っ只中に飛び込んで行く。
「くそ!くそ!奴等…無力の民を虐殺するとは…どこまで外道なのだ!!」
風の国軍 ウィンド・ナイト・ロード団長プロトゴノスは戦場をたった一人
駆け抜け、敵兵を何十、何百と風の刃で沈めたその先で目に入った子供を
庇うようにして死んだであろう親子の焼死体に凄まじい怒りを感じ怒気を
含んだ声で呟いた。
あんなに賑やかだった大通りも今ではいくつもの死体が横たわる地獄の
ような場所へと変わっている。
それを見ながら彼は"これは何の悪夢だろうか?"と思わずにはいられなかった。
―――――黒のドラゴン
あの優勢だった戦線は漆黒のドラゴンの登場によって大きく変わってしまった。
もっともそれを知る者は既にプロトゴノス一人となってしまったのだが…。
急に戦場に現れたドラゴンはしばらく空を旋回しまるで嵐の騎士団を睨むかの
ように狙いを定め黒炎のブレスを放ってきた。
急な攻撃だったがそれに対処すべく陣を建て直しすぐさま風魔法の一斉攻撃で
相殺しようとしたが、何十にも渡る風魔法の一斉攻撃は黒炎のブレスに
あっけなく押し返され、ドラゴンの2度目のブレス攻撃によって騎士団の約半数
が黒炎に焼かれ一瞬で灰となってしまった。
その光景を見た団長のプロトゴノスを含め騎士団全員が唖然とした。
そしてあのブレスの威力によってドラゴンの正体が分かった。
黒きドラゴン、ダークネス・ドラゴン。
魔王という存在がまだこの世にあった頃、魔王軍の中でも五指に入るほどの
強さを誇り、そのドラゴンから放たれる黒炎を浴びたものは全てを燃やし
尽くされ灰となるであろう。
そう語られる伝説上のドラゴンは何百年も前から世界中で御伽噺などで
知られているため騎士団員達もその正体を知ることができた。
だが、この場の全員は知っている。
このドラゴンの存在が伝説ではなく、世界各地にダークネス・ドラゴンが
焼き払ったであろう痕が残っていることに。
しかし何故伝説のドラゴンが自分たちを攻撃してきたのか、その疑問に
答えられるものは一人といなかった。
そして、嵐の騎士団を襲った脅威はこれだけではなかった。
戦場に忽然と影の穴のようなものが無数に現れそこから魔物が次々と
這い出てくるのだ。
魔物たちはまるで白の国軍を守るかの様に嵐の騎士団に
襲い掛かってきた。
突然のダークネス・ドラゴンの襲撃と魔物の召還に多くのものが動揺
したが団長のプロトゴノスは現状を素早く判断し総員に一時撤退を伝えた。
団長と一部の実力者が騎士団全員が撤退する間に魔物を食い止め、撤退中
あのドラゴンを避けてベラストニアの街近くまで撤退の後作戦を練り直し
態勢を整え再び出撃する作戦を取ろうとした。
幸いドラゴンからは先程一定距離離れておりドラゴンの羽ばたくスピードを
考慮しても撤退及びブレスの迎撃準備までは時間が稼げる。
そして団長を筆頭に騎士たちが魔物の軍及び白の国軍に突撃をかけ
作戦開始と同時にまたもや信じられない光景を見ることとなった。
撤退中の騎士団の真前に黒い影が現れそこから現れたもう一体の
ダークネス・ドラゴンによって残りの騎士団全員が灰になる絶望的な光景が…。
そこからはプロトゴノスの記憶は曖昧だ。
ただ狂ったように何百という魔物を残った仲間達で殺して殺して、
魔力が切れてからも剣で何十と殺したが魔物が減ると黒い影が現れて
そこから魔物が再び現れるのを見てからはきりがないと残った仲間達に
逃げるように叫び、自分もひたすら逃げた。
あの黒い影から現れたダークネス・ドラゴンは間違いなく召還されたもの。
過去に王宮の資料で魔王や黒魔術師が使ったといわれる召還魔法の陣と魔法色
と似通っている点、魔物が限定されて召還されている点で間違いないだろう。
黒魔術は基本的に人の生き血や怨念を使って行使する魔術で血統や能力は
関係なく怨念の強いものなら誰でも使える魔術として有名だ。
しかもその威力は血統魔法…属性魔法に比べ遥かに威力が高いといわれている。
ただし黒魔術の行使は術者を闇で汚染し術を使うたび汚染は増大していずれは
魔物になるといわれている。
そのため世界各国では黒魔術の使用を禁じて黒魔術に関係する魔道具や
魔道書の焚書が義務付けられ決して誰も使わないように措置が取られてきた。
そしてまるで風の国軍を迎え撃つかのような魔物やドラゴンの動き、
白の国軍を守るようなあの召還と敵軍の魔物を見たときの反応から間違いなく
白の国は黒魔術…いや、ダークネス・ドラゴンの様な上級の魔物を召還した
ことから古代に封印されたとされる魔王と繋がっているとみて間違いないだろう。
そうなると何としてでも生きて帰り女王にこの情報を伝えなくてはいけない。
白の国と魔物、魔王の関係。魔物召還の黒魔術、これらを伝えることが
できれば誰かが対策を出し戦争が少しでも我が国が有利になるかもしれない。
この情報を何としてでも伝え、死んでいった仲間の死を無駄にはしない。
そう決意を新たに長い山道を駆け抜け、ついにヒーズ・タウンにたどり着いた。
だが、全ては遅かった。
ヒーズ・タウンは白の国侵攻から数時間もしないうちに占領されプロトゴノスが
たどり着いたときには全ての道は封鎖され街では地獄のような大虐殺の真っ只中
だった。
しかも街の周囲の山や平原でも大規模に放火されておりそちらに逃げた者達も
皆殺しにするかのような最悪の包囲網となっていた。
「…ふん、このまま隠れていてもあの焼き払い様から確実に発見され殺される…。
ならば少しでも奴等に一矢報いてやろうではないか…」
結局彼は情報を伝えるために王都に向かうことは出来ず、無力の民が一方的に
虐殺されるこの状況に黙っていられなくなりなけなしの魔力で少しでも民を救おう、
敵の戦力を削ごうとたった一人で敵に立ち向っていた。
この狂気と絶望の戦場の中で彼は思う。
たった数日で1年間均衡した戦線があっさり崩され絶対安全地帯であった街が戦場に
なるなど誰が思っただろうか?
悪い夢としか思えない。
……いや、もしかしたら夢かもしれない。
そうだ、夢でなくては可笑しい。
銀色の髪を靡かせながらどういうわけか動きが急に鈍くなった白の国の兵を
ナイフと見たこともない筒?から放たれる火…あれは魔道具か?…で次々と
葬り去り
「無駄無駄ァ!
そんな眠っちまいそうなのろい動きでこのソフィアが倒せるかぁーーーー!!
貧弱!貧弱ゥ!」
……と、明らかに悪役のようなセリフと黒い笑顔で戦場を駆け抜ける
美少女がいるこの光景は………
………やはり夢なのだろうか?
しばらくスランプと物語の構成の考え直しと休息で投降が遅れました。
スランプまだ脱出してません……orz
一応構成自体は第三部…というか最終局面前くらいまでは考えてあるのですが
繋ぎがなかなか思いつかなくて苦戦しております……。
とりあえずこのベラストニアの闘い偏が終われば安定…するのかなぁ?
むしろその後の展開を執筆するのが楽しみです。




