第十一話 嵐の夜
アリシア視点
季節は冬前の秋。
――――side アリシア
「皆さんおはようございます」
「「おはよーございます」」
「今日の授業は主にまつわる物語を読みたいと思います。
昔々、まだこの世界に何もなかった頃一つの偉大な存在がこの世界に生まれました。
その偉大な存在の名をアゼルといいます。
アゼルはこの世界に時間を作り出したといわれています。そして作り出した時間の
中に大地が出来て、空が出来て、海が出来ました。
さらに時の中で鳥や魚、虫や獣が生まれ、そして私たち人間が生まれました。
アゼルはそんな人間が平和に暮らす世界を優しく見守り過ごしていました。
そんな中アゼルは一人の人間の少女と恋に落ち、そしてアゼルと少女の間に子供が
生まれました。
それが"主"です。
"主"が生まれたアゼルと少女はしばらく平穏に幸せに過ごしました。
…しかし、その平穏も長くは続きませんでした。この世界に邪神が侵入し、
空を大地を引き裂き穢して無数の魔物を…そして魔王を生み出してしまいました。
たちまち人々は抵抗むなしく魔物に喰われ、引き裂かれ、瘴気に犯され殺されました。
人々は絶望しました。人間より遥かに強力な魔物に、そして彼らが操る暗黒魔法に。
ですがそんな中何人かの強力な魔力を持った魔法使いと強力な力を持った勇者が
立ち上がり魔物を打倒していきました。
そして魔物の元凶邪神を倒すための全面戦争に乗り出しました。
これが皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが後に『ヨハネス聖戦』と
呼ばれる戦いの始まりです。
激しい戦いの末強力な魔法使いの5人が戦死し、勇者も右腕そして左足を
失いましたがようやく彼らは邪神のもとに辿り着きました。
ですが邪神は余裕の表情でまた無数の魔物を生み出し一行は深い絶望に
包まれました。しかし、魔法使いのうちの一人に紛れていた創世者アゼルは
自らの魂と引き換えに邪心を封印することに成功しました。
こうして邪神は封印され再び人の世界に平和が訪れたのです。アゼルの尊い
犠牲によって―――――」
今日の教会の授業は世界の古い神話についてだった。今まで教会で神話や
物語を読み聞かせるというものはあったけどどれも
「主は~して~となり我らを救った。だから偉大で~」というものだったから
あまりおもしろくないなぁと思いながら聞いていたけど今日のお話は面白かった。
特に戦死した魔法使いがみんな『ここは私に任せて先に行くんだ!』と
お母さん曰く"シボウフラグ"というのを言ったところとかが面白かった。
――――――ビュゥゥゥ――――
それにしても今日はやけに風が強い。窓から外を見ると木の葉や木の枝が宙を
舞ってるし、窓そのものがガタンガタンと音を立てて軋んでる。
教会に来るまでにも強い風を受けてスカートがめくれて教会の子にパンツを
見られちゃったし・・・。
ああ、本当に今日は風がきついなぁ・・・。
――――――――ボォォォォォォォォォォォ――――――――
「…きょ、今日は暴風が吹いて大変危険なのでみなさん教会から出ないこと!
いいですね?」
どうしてこうなったのかなぁ?
教会の授業が終わる前まで少し強い風程度だったのに秋冷のベルが鳴ったと
同時に待ってましたと云わんばかりに真っ黒の雲が空に広がってもの凄い暴風の
音に変わって外にとても出れる状態じゃなくなってしまった。
「今日は教会に泊まるのか・・・。母さん大丈夫かな?」
お兄ちゃんが窓の外を見ながらお母さんの身を案じている。
確かにお母さんはあの山小屋に一人きりだ。この暴風の中無事かどうか心配で
私も今すぐにでも家に帰ってお母さんの姿を見たい衝動に駆られる。
「す、すまない!しばらく避難させてくれ!!」
お母さんの安否を考えていると突然教会の扉が開き何人かのおじさんが
ずぶ濡れ状態で入ってきた。
「ど、どうしたのですかそんなずぶ濡れで!?」
「街の近くの川の堤防が決壊しちまったんだ。それで川の近くに住んでる
オイラ達だけで何とか堤防の補強をしたんだが水かさが増える速さが半端
じゃなくてとても補強しきれなくて完全に決壊する前に逃げてきたんだ。
なぁしばらく避難させてくれよ頼む!」
川の堤防が決壊・・・?
家への帰り道にも川を渡る大きな橋があったはずだけどそれも水が溢れて
渡れなくなっちゃってるのかな?
もうお家に帰れないのかな・・?もうお母さんに会えないの・・?
そう思うと急に怖くなって、寂しくなって、気が付かないうちに目から
涙がぽたぽたとこぼれていた。
「アリシア・・・!母さんは大丈夫だ。嵐が治まって川が安全になったら
絶対会える!」
お母さんと会えない悲しみに暮れていた私の手をお兄ちゃんがギュッと握ってくれた。
握られた手が暖かくて、少しだけ寂しさが和らいだ。
そうだ、私にはお兄ちゃんがいる。お兄ちゃんと一緒なら寂しいのも我慢できる。
「・・・はぁ。分かりました。ただし絶対に変なことはしないでくださいね!
貴方達川辺の貧民街の方はあまりいい噂を聞きません。
少しでもおかしな行動をしたら即刻追い出しますからそのつもりで・・・」
「おお、ありがてぇ」
どうやらあのおじさん達も教会に泊まるらしい。先生はぶつぶつ
「私は主に身をささげたのですよ・・。少しでもおかしな真似をしたら
神聖術でぬっ殺してやる・・・」
とか言いながら奥の部屋に行ってしまった。
おじさんたちは教会で泊まる許可をもらうと暖炉のあるあたりにドカッと
座り込んで懐から水筒を取り出してガハハと何か話しながら盛り上がりだしてしまい、
おかげで誰も暖炉に近づけなくて暖まることができない。
教会の子達は何人かのグループに分かれてもう一つの小さな暖炉を占拠している
イグルのグループ、男の子同士で話し合ってるグループ、女の子同士で
話し合ってるグループ、男女関わらず固まって体を寄せながら暖をとる
グループに分かれていた。
どの子も「お父さんどうしてるだろ?」
「お母さん迎えに来ないのかなぁ・・」「帰りたいよぉ・・。寒いよぉ・・」
と不安を口にしてお父さんやお母さんの迎えを待っている子がほとんどだった。
「アリシア、寒いだろ?体をもうちょっと僕の方へ寄せなよ」
お兄ちゃんが寒さで震える私を抱くような格好になって体を温めてくれる。
「お兄ちゃん・・・こうやってじっとしてても寒くなるだけだからあれやらない?」
そう言って私が取り出したのは三角形型の木のおもちゃ。
確か"コマ"とかいう名前だったと思う。
「ああ、やっぱりアリシアも母さんに作ってもらってたか。
僕も持ってるけどこれなかなか上手くいかないんだよなぁ・・」
お兄ちゃんも鞄からコマを取り出して紐をクルクルと巻きだした。
「お兄ちゃんコマを投げる時に変に力入れているからじゃない?
私は結構適当に投げて素早く紐を引くから綺麗に回るよ?」
糸の巻いてあるコマを床と同じになるように平ぺったく投げて素早く紐を
引くとコマは綺麗に回りだした。
「やっぱりアリシアは上手いなぁ・・。僕なんて・・・っく!」
お兄ちゃんも私を真似して平ぺったく投げたけど紐を引くときには既に
地面に落ちてしまってしゅるしゅると紐がほどけてコマは崩れた姿勢で
2,3回転するとコマは動かなくなってしまった。
「あははは。お兄ちゃんへたくそ~」
「ぐっ・・。ぜ、絶対アリシアより上手くなって見返してやるから覚えてろよ!」
それからしばらくはお兄ちゃんとコマを回しあって遊んでいていつの間にか
寂しさや寒さを忘れていた。
そして結局お兄ちゃんがコマを回せることはなかった。
「は~い。皆さん夕飯のお時間ですよ~。いつもの昼食のように並んでくださいね~」
先生の掛け声とともに部屋にパンが詰まった箱と大きなお鍋を持ってきてくれたので
いつもの昼食の時のようにみんな綺麗に一列に並んだ。
「はは!飯にまでありつけるたぁありがてぇ!」
暖炉を散々占拠していたおじさんたちが列を無視してパンの箱の前までやってきたが
先生がおじさんのパンへ伸びる手を叩いて
「これは子供たちの分しかありません!私だって夕食の分を我慢しているのですから
我慢しなさい!
そもそも子供たちを差し置いていい大人が我先に食事にありつこうなど大人げない!」
と叱りつけおじさん達を無視して子供たちにパンとスープを配り始めた。
「くそっ!いいじゃねぇか、こんなにたくさんあって!少しくらい俺たちに分けて
くれたっていいだろう!?それとも主様とやらはそんなにケチ野郎なのかぁ!?」
食事を貰えないおじさんたちが口々に先生に罵声を浴びせるけど先生の
「では今すぐここから出ていきなさい。」
の一言で黙ってしまった。
「では主に感謝を。」
「「我らが主よ、我らに糧を与えてくださり感謝の限りです」」
教会では食事をとるときいつもこの言葉を言ってから食べ始める。
家では食材となった生き物や作った人に対する感謝の言葉
『いただきます』なんだけど。
そして目の前のパンとスープを食べようとしたらヒョイと取り上げられてしまった。
「おいアリシア、お前女なんだしあまり食べなさそうだからこのイグル様が
代わりに喰ってやるぜ!」
取り上げられた私のパンとスープは数秒もしない内にイグルのおなかの中へ
消えてしまった・・・。
「あ~全然たりねぇ!おいリオン!!お前のもオレに献上しろ!」
今度はお兄ちゃんのパンとスープを奪おうとするイグル。
「ふざけるな!お前の分だってちゃんとあったはずだ!
なのになんでアリシアの分を食べたんだ!!」
「うるせぇな!お前最近なまいきなんだよ!おらぁ、よこせ!!」
イグルは強引にお兄ちゃんのパンを引きちぎって食らいついた。
しかもその反動でスープが大きくこぼれてしまって器の中には少ししか
残ってなかった。
「こら!貴方達何をやってるんですか!!」
異変に気付いた先生がやってきて叱咤を飛ばしたけど既に私もお兄ちゃんの分の
ご飯もイグルのおなかの中に入ってしまった。
でもイグルはとんでもないことを言い出した。
「先生!このリオンとアリシアがオレのパンとスープを横取りしたんだ!
こいつら汚い兄妹だぜ!おかげでオレのスープがこぼれちまった!」
「それはお前だろう!!僕の分はともかくアリシアの分を奪って食べたのは
お前じゃないか!!」
「いや、先生!僕はリオンがイグル君からご飯を奪うのを見ました。」
「―――――え?」
急に横からとんだイグルを擁護する言葉にさっきまで本当のことを
見てたのになんで―――と思ったらさっきまで横の席にいた子がイグルの
取り巻きに変わっていた。
よく見るとさっき隣にいた子は席の奥に追いやられて震えていた。
「本当なのですか!?リオン、あなたはイグルに悪いことをしました。
彼に謝りなさい!」
先生の怒声に私とリオンは信じられないという気持ちでいっぱいになり、
イグルはニヤリといやらしくほくそ笑んだ。
なんでお兄ちゃんも私も悪いことをしてないのに謝らなくちゃいけないの?
こんなのってないよ・・・。
「ほら早く謝れよリオン!アリシア!この泥棒兄妹め!!」
「イグルに謝りなさい!リオン、アリシア!!」
結局散々先生に叱られたあげく私たちはイグルに謝させられた。
謝っているときのお兄ちゃんの悔しくて涙を滲ませる顔に私も悔しくて、
分かってくれない先生に悲しくて散々泥棒呼ばわりするイグルが憎くてしばらく
二人で啜り泣きながら固まっていた――――
ぐぅ~~
みんなが食事を終えて寝る間まで友達同士でしゃべったりはしゃいだり
しているなか私とお兄ちゃんは空腹と先ほどの事件の疲れでぐったりして隅で
二人固まっていた。
もう何も喋る気力もはしゃぐ体力もなかった。
「アリシア、アリシア。」
ふとお兄ちゃんが私の肩をつんつんと突いて懐から何かを取り出した。
「これ食べなよ。僕はお腹すいてないからアリシアが全部食べていいよ」
そういって取り出したのはお母さんがおやつといつか私たちにくれた
ビスケットが入った袋。
「パンに比べたら少ないけどこれで明日まで持つだろう?またイグルの奴に
見つかる前にたべちゃってよ」
「で・・でもお兄ちゃんだって夕ご飯食べてないからお腹すいてるでしょ?
一緒に食べようよ」
「僕はお腹すいてないからいいの!ほらはやく」
「じゃぁそれおいら達がもらうぜ」
――――パシッ
いつの間にか目の前にいたおじさんにビスケットの入った袋を取り上げられて
しまって瞬く間におじさんたちの口の中に消えていってしまった。
「あ・・・あ・・か・・母さんの・・びすけ・・・」
「おう!うまいうまい!!それとさっきの夕飯は災難だったががんばれよ~」
適当に言葉を吐いておじさん達は再び暖炉の前まで行ってしまった・・。
見てたんだ・・夕食の一件を。それを何も言わないで放置・・これは確かに
あのおじさん達には関係ない。
でもなんでお母さんが私たちのために作ってくれたビスケットを・・・っ!!
「う・・うぐ・・・っ・・お兄ちゃん・・悔しい・・悔しいよぉ・・」
「アリシア・・・う・・うう・・。僕も・・・悔しい・・・早く帰って
・・・母さんの顔が・・みたいよぉ・・・」
兄ちゃんも泣きだして二人でただ早く帰りたい、お母さんの顔が見たいと
呟いて震えていた。
もうこんな場所にはいたくなかった。
私たちの・・パンはともかく泥棒呼ばわりされて、お母さんがくれた物が
奪われるこの場所が・・・・。
ここにいるだけでただ辛かった・・・。
そんな事を思っていたからだからだろうか・・?
――――――――――――バァァァァァ―――――ン
突然扉が勢いよく開かれて
「リオ―――――ン!アリシア―――――!迎えに来たわよ――――――――!!」
扉の向こうにお母さんがいる夢を見たのは・・・?
これの次の話の80%までは出来ました。
・・・というか元々この話は番外か何かでやる予定だったのですが
次のステップに進むまでに閑話が欲しかったので捻じ込んじゃいました・・。
今後残業が増えるそうなので更新が遅くなりそうです・・・。




