セーブデータ 3
サフィールが入った店の出入り口の横側の壁にもたれ掛る。その隣にシアンが同じようにもたれ掛った。
「おい、シアン」
「なんです?」
口を開けば首を傾げながらシアンがこちらを向いた。
「後で手合せしろよ。さっきのままだと俺が負けたみたいだろうが!」
「…あれ?負けた‘みたい’じゃなくて、負けましたよね?」
「違う!あれはプレーヤーが負けたんだ。俺は負けてねぇ!つーか、『貴様風情では我を倒すことなどできぬ。所詮は英雄のなり損ない。地に伏せるがいい。』ってなんだよ!あの台詞むかつくんだよ!」
「えぇー…あれはそういう設定なんだからしょうがないじゃないですか。ていうかよく完璧に覚えてますね、台詞。」
こっちは何回もあの台詞を聞いてるのだ。覚えたくなくても覚えてしまう。あのプレーヤーのせいで!
というかまぁそもそも記憶力は特化している方なのだ。一回で大概のことは記憶できている。
「大体、僕は自分のことを我とか言いませんし。」
それは確かにそうだ。シアンはあんなに厨二病的発言をしたりしない。それは分かっている。分かってはいるが…
「仕方ありませんね。さっきのお礼です。後で少しだけ相手になりましょう。」
「…なんの話だ。」
視界の端でサフィールが女性店員と洋服を持ち上げながら何か話している。
その表情は普通の少女と同じもので、明るい笑顔で満ちていた。
「さっきの蜂蜜漬けの店。店主の前でスコーンの話をしたあれ、わざとですよね?」
文末に疑問符がついた言い方だったが、確信に満ちた顔つきだった。
「あの主人に僕を魔王ではなく、ただの人間味ある普通の人物だと主張してくれたのでしょう?おかげで彼の瞳から僕に対する恐怖が消えていましたよ。姫君と騎士にお菓子を振る舞っている魔王なんておかしいですからね。」
くくっと笑いながらシアンは口元に片手を持っていく。
「…何の話だかわかんねぇな。勝手に妄想でもしてろ、クソ魔王。」
「全く…素直じゃないんですから。」
キラキラと日光を浴びて輝く金色は屈託ない笑顔を作った。
その笑顔から視線を逸らせば丁度店から顔を出したサフィールと目が合った。
「二人ともおまたせ。」
その手には先程まで持っていなかった紙袋を抱えていた。おそらく洋服が詰められているのだろう。
「なんか気に入ったもんでもあったのかよ。」
「え、うん。何着か素敵な服があったから…」
「じゃあ帰るぞ。」
「えぇ?!もう?!」
不服そうに紙袋を抱きしめた彼女は小さい子供のように、帰りたくないと口をとがらせた。
「…確かにそろそろ帰った方がいいかもしれませんね。」
「シアンまで!」
サフィールの抱えていた荷物をさりげなく持ちながらシアンも呟いた。
そういう所が紳士と呼ばれるのだろう。
「買い物にはまた来ましょう。今日は風も冷たくなってきましたし、そろそろ帰らないと風邪をひいてしまいますよ。」
「でも…」
「帰って温かい紅茶でも飲みながら、お買い上げになられた洋服でファッションショーというのもなかなか良いものだと思いますが?」
「…わかったわよ。今日は帰る。」
「いい子ですね、サフィール姫。」
シアンも俺も意見を変えるつもりがないということを悟ったのか、二人の意見に同意したサフィールだったがその表情はまさに渋々といった様子で不服そうだった。