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セーブデータ 1

目の前に浮かび上がる文字。


GAME OVER


その文字を見つめつつ、軽くなっていく身体の感触を味わいながら銀色の髪を片手でかき上げる。

つい先程貫かれた部分は何事もなかったかのように修復されていた。自分の血液で赤黒く染まっていたシャツも清潔感を感じられる純白に戻り、剣先が掠めたことによって破れた部分も跡形もなく消えていた。

そんなことを確認していると脳内に新しい情報が通達されてきた。

どうやらプレイヤーは今日はセーブしてここまでで諦めるようだ。その方が正解だと思う。せいぜい発達した文明機器をフル活用して攻略サイトでも巡ってみるべきである。


CONTINUE?との質問に、NOと答えるプレイヤーに心の中でそっと助言してみるが、この声が届くことはありえない。



急速に周りの景色が変わっていく。一気に光を失い、辺りは暗闇に包まれる。

その様子にほっとしながらそっと目を閉じる。さっきとは違い、今度は自分の意志で。




「おかえりなさい。」



聞こえてきた声に目を開ける。

そこは数秒前までいた何もない空間ではなく、生活感溢れる温かみのある室内だった。

声が聞こえてきた方向に身体を向ければ椅子に腰掛けて優雅にティータイムを楽しむ女性と目が合った。


宝石のように瞬く澄んだ水色の瞳に透けるような白い肌。腰までのびた桜色の少しウェーブがかったやわらかそうな髪。

彼女の名はサフィール・シュトラール。この世界における、れっきとした姫君である。



「また今日も負けたの?魔王に。」


笑いながら彼女はそう言った。笑いながら…といっても姫様らしい「にこにこ」した笑い方じゃない。

どちらかというと「にやにや」の方が表現的にピッタリだと思う。

ようするにコイツは軽く人を小馬鹿にしているのだ。


「負けたのは俺のせいじゃない。よって俺が負けたわけじゃない!」


「それって屁理屈じゃない?プレイヤーがどんなに下手でもあなた自身のレベルが高ければ勝てたんじゃないかしら。…ねぇ、魔王様?」


「まぁ確かに…僕も設定された決まった順序でしか攻撃してませんからね。ある程度行動が読めれば後はレベル差でゴリ押しという戦略も悪くないと思いますよ。あ、紅茶のおかわりいかがです?」


「えぇ、頂戴。」


目の前で慣れた手つきで紅茶を注ぐ人物。

黒いフードのついたローブに金髪、そして紅い瞳。先ほどまで文字通り、殺し合いをしていた相手である。そんな彼がとても綺麗な笑顔で「スコーンもいかがですか?」なんてサフィールに問いかけている。


「お前の方が先に戻ってたんだな。」


「はい。先ほどの傷は無事完治しているようですね。よかったです。」


そう言って微笑む彼はシアン・シュトライバー。こう見えても世界で恐れられている魔王である。ちなみに趣味はお菓子作り。なんとも家庭的な悪役である。



「まぁとりあえずお疲れ様。ルフトもこっち来て座りなさいよ。これ美味しいわよ!」


「今日のスコーンは自信作なんですよ。ジャムも一から自分で作ってみました。チョコ入りとプレーンの二種類のスコーンを作ったんですが、やっぱりジャムはプレーンの方が合いますねぇ。」



ルフト。それが俺の名である。正式にはルフト・グランテーヌだが。

役柄でいうと騎士兼未来の英雄だ。



さて、そろそろ異変に気付いたころだろうか。

何故先ほどまで戦っていた相手と親しげにお茶をしているのか。姫に魔王に騎士?一体どういうことだ、とお思いだろう。

まずはこの世界についてお話しよう。

この世界はそちらでいう「ゲーム」の世界なのである。俺達はゲームを進めるために作られたキャラクターなのだ。俺達はゲームを実際に操作する人物を「プレイヤー」と呼び、プレイヤーが存在する世界を現実リアルと呼んでいる。

このゲームにおけるストーリーはいたって単純明快で、主人公である騎士、つまり俺が魔王によって囚われた姫君を救うべく奮闘するというものである。

では次に、何故その騎士と魔王と姫様が和気藹々としているのか。

何故か俺達にはそれぞれ意識があった。いや、俺達だけではない。このゲームの世界の人物はそれぞれがきちんと意志を持っているのだ。これはイレギュラーなことなのだろう。何度か他のプレイヤーと「通信」をすることによって俺達は自分たちが普通とは違うことに気がついていた。

だが意志があるといっても所詮は作られた世界の作られた存在、設定されたことには抗えない。

それによってプレイヤーが操作している時、俺たちは意識はあっても自分の意志で身体を動かすことはできない。さっきのようにいくら攻撃の回避方法がわかっても、回復したくても、プレイヤーがその動作をしない限り俺たちは思うだけで何も行動できないのだ。

しかし、不思議なことに、逆に自分自身で行動できるときもある。それはいつなのかというと、プレイヤーが電源を切っている時やストーリー上で自分の出番が無いときなどで、その時はこうして今の俺達のように自分の意志で行動できるのだ。



「お茶が終わったら買い物に出かけましょ!ついて来てよね、二人とも。」


席掛けて暫く、頬杖をつきながらサフィールが口を開いた。


「はぁ?今戻ってきたばっかなんだぜ?ちょっとは休憩させろよ!」


「何言ってんのよ!あなたが魔王を倒してくれないおかげで私は出番が来なくてずーっとここで退屈してたのよ?」


姫様救出できてなくて悪かったな!と心の中で毒づきながら俺は魔王特製スコーンに噛り付いた。

サクッという軽やかな音と共に広がる柔らかな味。酸味と甘みが程よく調和したジャムが何とも言えない旨味を引き出していた。


「そんなに退屈だったらここに籠ってないで一人で勝手に町に出ればよかったじゃねぇか。」


「荷物持ちがいないのにどうやって買い物すればいいのよ。」


「真顔で何を当たり前のようにいってんだよ!」


思わずというか反射的にツッコめば、「ナイスツッコミー」と棒読み口調で姫様からお褒めの言葉を頂いた。全くもって嬉しくないっ!


「まぁまぁ、二人とも喧嘩しないで下さい。どうせ特に予定もないですし、行きましょうよ。」


「さっすがシアン!それでこそ魔王様!」


「光栄です、姫君。」


「いや、意味わかんねぇよ…」


どうやら俺の意見は完全に却下されたらしい。ティーカップを空にしたサフィールは着替えてくると言って意気揚々と部屋から出て行った。にこにこと空いた食器を片づけているシアンはさりげに外出する気満々のようだ。その様子は魔王というより主婦という方がしっくりくるな、などと思いつつ、残りの一口分のスコーンを口に放り込みながら俺も席を立った。




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