無気力戦国記~万太郎の高笑い~
季節は春。山には桜が咲き乱れ、うららかな日差しが如月城を照らしている。
城の襖はそこかしこが開け放たれ、春の匂いを受け入れていた。
その穏やかな陽気のせいか、廊下を歩く女中も書簡を運ぶ武将も表情が柔らかい。
そんな中、執務室で山盛りの書簡に目を通していた青年、曙万太郎は、精悍な顔を歪め、自らの右腕の言葉にやる気のない目を向けていた。
「国取りだぁ? 知るかそんなもん」
「知るかではありません、万太郎様! 各国が天下を手に入れようと動き始めているのです。今動かねば伊波州は、他国に飲み込まれましょうぞ。我等も打って出るべきです! そして、天下に曙家の名を知らしめるのです!!」
「お花、そこの書簡を寄越せ」
熱くなっている右腕こと、秋元忠治を他所に、万太郎は終わった書簡を脇にどけて、次の書簡に目を向ける。
「万太、その呼び方は止めろってば」
それに返事を返したのは、熊のような巨漢だった。引き締まった太い腕を組み、幼さの残った顔で頬を膨らませている。彼は万太郎の従兄弟で親友の通称お花だ。
お花なんて呼んではいるが、本名は松本花乃助といって、列記とした男だ。親しみと嫌がらせを込めて、万太郎はそのように呼んでいる。
「わかったから寄越せ、お花。オレよりでかい図体で拗ねても、可愛くないぞ」
「……酷いし、わかってないじゃん。だからオレは花乃助だってば、もうっ。はい、次はこれね」
二人に無視された形の忠治が怒りに肩を震わせる。
忠治自身は主である万太郎との年の差は七つで、優しげな顔は以外と若い。だが、苦労しているのか、黒い髪の間にちらりと白髪が見える。それを指摘されると、泣き崩れるので言わぬが花だ。
万次郎は見つけた白髪から目を逸らすと、追い払うように手を振る。
「与太話はいいから、仕事しろ忠治。オレは三日分の仕事を今日中に終わらせて、二日の休みを取るんだからな」
「そんなことはどうでもよろしいっ! 万太郎様、私の話を真面目にお聞きくださいっ。事態は一刻を争うのですよっ?」
「聞いてる聞いてる」
「返事は一回です! 忠治はっ、忠治は悲しいですぞ!! 人の話を聞き流すような、そのような人間にお育てした覚えはございません!」
覚えはないと言われても、実際こうやって育っている。
万太郎は、賢明にも出かけた言葉を飲み込んだ。
年甲斐もなく泣きが入りそうな忠治にため息を吐き、がりがりと首の後ろを掻く。
「そう言われてもな……実際のとこ、オレは出来るだけ戦を避けたい。戦をすると兵が疲弊する。兵の疲弊が長引けば、やがてそれは国の疲弊に繋がるだろう。戦をしても損ばかりで、魅力を感じない」
「なんと!? 万太郎様は、そのようなことをお考えでしたか。しかし、我等が戦を仕掛けずとも、この伊波州を狙う国も現れましょう。さすれば大人しく投降など出来ませんぞ?」
「わかっている。オレとて国を守るためなら、戦うことを尻込みするつもりはない。だが、民の為を思うなら、やはり戦は出来るだけ避けるべきだろうよ。……あぁ、そうだ。なんなら、天下を取れそうな奴を選別して、その傘下に入ってもいいな」
顎を撫でつつ言われた言葉に、忠治は卒倒しそうな顔をした。
「な、な、な、なにを仰っているのですくわぁ!?」
「あー、また始まったよ……」
悲鳴交じりの声に、花乃助はこっそりと両耳を押さえる。その瞬間、忠治が鬼の形相で怒り出した。
「いいですかっ、万太郎様!! 貴方様は由緒正しい曙家の当主なのですぞ! そんな弱気で如何します! 確かに我等の国は大国とは言えませぬ。言えませぬが、小さくもごさいません。そして、この忠治が鍛えている兵は、すぐに負けるほど弱くはありませぬぞ!!」
「へーへー」
「へーへーではありませぬ!」
「じゃあ、へー」
「っ!!」
怒りのあまりに、声を失って震えるばかりの忠治に、少しばかりからかい過ぎたかと、万太郎は僅かに表情を改める。
「なぁ、忠治。オレ達は民に生かされている。それを忘れては駄目だ。民にとって一番喜ばしいのは、戦がなく、住む場所があり、飯を毎日食えることだろ。戦ばかりする国はいずれは滅びるが定めよ。国の上にオレ達がいるんじゃない、オレ達の位置は国の下だ」
諭すように声を落とした万太郎に、忠治は思わず聞き入った。そして、感無量と言わんばかりに、号泣し始める。
「うっうっ……わらしがまじがっでおりまじだ……っ、万太郎様も、ご立派になられて……私は……私は……っ」
「あぁ、わかってくれたならいい。さぁ、仕事をしろ。今の話はまだ内案だ。誰にも漏らすなよ?」
「この忠治、口が裂けても漏らしませんっ!」
「よしっ、ならば行け」
「はっ、失礼致しました」
一礼して忠治が去ると、避難していた花乃助がひそりと寄って来る。
「それで、本当のところは?」
万太郎は、にやりと悪い顔で笑う。
「ただでさえ、遊びに出れないほど忙しいんだぞ? 天下統一なんぞして、これ以上、馬のように扱き使われてたまるかよ」
黒い高笑いが、城内に響く。
本日も如月城は実に平和だった。
今回はほのぼの路線でいってみました。スナック菓子みたいに軽く、楽しめる小説を目指してみたのですが、いかがでしたか?
肩の力を抜いて、ふふっと笑って頂ければ嬉しいです。
さらに言うなら、盛大に噴出して頂ければ、大成功ですね。
ではでは最後に、読んでくれた貴方に、楽しんで頂けたなら幸いです。