独りの男
俺は古川淳朗36歳。バツ一独身子供は前妻が養育中。
現在、第二の人生を謳歌しまくっている。
離婚して久しいが、恋人は別れた直後にやけっぱちで付き合った飲み屋の女ひとりだけ。そいつとも随分まえに別れて、いまは良き友人としてお互い一線引いた付き合いをしている。
職業は旅行関係の仕事をしている。
大手鉄道会社のコールセンター所長だ。
地位と給与はそれなりだが、仕事量は労災レベルでいつ過労でプッツリといってもおかしくない状態である。
金に困らないだけましと言ったところか。
いまのうちにしっかりと貯めて、早期退職するつもりだ。
家は退職したときにでも建てようか。
いまのところの夢は、静かな土地に居を構えて趣味に没頭すること。
サーフィン、釣り、読書、料理、家庭菜園……。やりたいことには困らない。
ギャンブルはしない。女も酒も、タバコも嗜む程度だ。
ようするに、俺は非常につまらない男なのだ。
いつものように最終電車に乗り込み、6駅ほどガタタンゴトトンと揺さぶられ、小汚い駅で吐き出されるように降りる。駅からアパートまで徒歩10分もしない距離に自宅がある。途中、コンビニに寄って缶チューハイとつまみを少し買った。千円札を一枚差し出したら、百円に満たない釣銭が返ってきたので募金箱に入れてやった。
ふと、レジの子と目が合った。
20歳そこそこといったところか。
清潔そうな印象の娘だ。
ネームを見ると、まるっこいひらがなで「なるせ」と書いてある。
「いつも、この時間なの?」
なんとなく声をかけてみた。
自分でもなんで声をかけたのか正直いってわからないが、なんとなくいましかないと思ったのだ。
「ええ、金曜日は大体」
なにこのおっさんきもい、とかって思ってんだろうな。
ちいさな整った顔が少し歪んでいる。
「そ、がんばってね。この辺あんま治安良くないから」
「はあ」
なんとなくで始まった言葉のキャッチボールはわずか2往復で終わった。
もしかしたら、こういう無為な会話に飢えていたのかもしれない。
不思議と疲れがやわらいだ気がする。
コンビニを出て、鼻から思い切り夜気を吸い込む。
休日前の高揚感というものを、何年振りかに感じた。
のんびりと歩きだした。
アパートはすぐそこだ。
星が、とてもきれいな夜だった。