シャンプーハット
私立ンジャメナ学園の第三被服室は放課後を迎えると、とある同好会の部室となる。れんこん同好会だ。宇和島初香の思いつきから誕生した同好会ではあるのだが、意外にも活動自体は毎日欠かさず行われており、それは本日も例外ではなかった。
とはいえ、れんこん同好会に定まった活動方針があるわけではない。同好会の誕生がそうであるように、活動内容は初香のその日の思いつきで決まることになっている。
斯く言う今日も、初香が第三被服室に持ち込んだ大量のふりかけが発端となり、ふりかけの中に含まれる海苔を選別すれば、おにぎり一個くらいは包めるのではないか、という考えから、ふりかけの選別が活動内容となっていた。
同好会に所属する高知菜々美は定まった活動内容があまりにも無意味であり、時間の無駄であることに加え、ふりかけの選別という非常に細かい作業が激しい疲労を生むと考え、反対の意思を示していたのだが、もう一人の同好会メンバーである丸亀恋々乃が海苔の巻いていない塩むすびを持ち込んでいたこともあり、菜々美の案は多数決で棄却されることとなってしまう。
結果、菜々美は望まぬふりかけの選別に勤しむこととなるのだが、蓋を開けてみれば、最も選別に力を入れているのが、反対していた菜々美だった。
初香は開始から数分の時点で、ふりかけの選別に飽きてしまい、恋々乃が持ち込んだ塩むすびの一部を食べ始め、恋々乃は早々に鞄の奥に保管していた韓国のりを取り出し、同好会の活動内容を否定する結果となっていた。
韓国のりをおにぎりに巻き、初香と恋々乃が何食わぬ顔で食べ始めた時点で、ふりかけの選別に意味はなくなったのだが、その様子を見た菜々美は真面目にふりかけの選別をするように突っ込むばかりで、特におにぎりが食されている事実に触れることなく、テーブルの上に広げられたふりかけから、黙々と海苔の破片を集め出していた。
やがて、下校時刻を知らせるチャイムの音が鳴り響く。部活動も、同好会活動も、このチャイムが鳴ったら終了となる。菜々美はテーブルから顔を上げ、残念なことにおにぎりを包むほどには集まらなかった海苔を見て、溜め息をつく。
「ここまでしか無理だった」
「いや、ナナは良く頑張ったよ。ここまで集めただけで大したもんだ」
「うんうん。本当に頑張ってた。ほら、これでも食べて元気出して」
そう言いながら、落胆する菜々美に恋々乃が韓国のりを巻いた塩むすびを手渡す。それを受け取った菜々美は涙目になりながら、恋々乃に笑顔を向ける。
「ココちゃん、ありがとう……」
恋々乃から手渡されたおにぎりを嬉しそうに頬張り、もう帰らなければいけないと外に目を向けたところで、菜々美はそれまで、あまりに夢中で気づいていなかった事実に気がついた。
「あれ? 雨、降ってない?」
菜々美が目を向けた窓の向こうでは、それほどまでに勢いがあるわけではないが、ちょっと走れば大丈夫か、とは思えないくらいの感じで、雨が降っていた。
「全然、気づかなかった……。どうしよう……?」
恋々乃から受け取ったおにぎりを平らげながら、菜々美は困ったように呟く。
というのも、朝の天気予報では雨が降るとは言っていなかったのだ。曇りではあるが、夜を迎えるまでは雨が降ることはないと言っていたので、傘は大丈夫と持ってこなかったのだ。
今の時刻は夕方ではあるが、夜と呼ぶにはまだ早いくらいだ。これくらいの時間から雨が降ると分かっていたら、折り畳み傘くらいは仕込んできたのに、と菜々美は微妙に外れた天気予報に不満を懐く。
「濡れて帰るのは嫌だな……」
菜々美がぽつりと呟いた時だった。窓の向こうを眺めて、おにぎりを平らげていた菜々美に反して、粛々と帰り支度を進めていた初香が口を開く。
「折り畳み傘ならあるよ」
「えっ?」
「私も持ってきた」
初香だけでなく、恋々乃もそう言って、鞄の中を探り始める。
「なら、私も入れて欲し……」
と言いながら、折り畳み傘なら少し小さいから厳しいかと菜々美が思ったところで、初香と恋々乃が同時に鞄から手を抜き出した。そのまま取り出した物を頭の上に持っていく。
「これでよし」
「帰ろう」
「いやいや、ちょっと待って!?」
当然のように歩き出し、第三被服室から出ようとした初香と恋々乃を慌てて呼び止めて、菜々美は二人の頭に目を向けていた。
「それは何?」
「折り畳み傘」
そう平然と答える二人の頭には、軒先のような円形の被り物が嵌まっていた。それは菜々美の目が見間違いでなければ、折り畳み傘などではない。
「シャンプーハットだよね」
菜々美が指摘すると、初香と恋々乃は何を言っているのだと言わんばかりに、揃って首を傾げていた。
「いやいや、明らかにシャンプーハットだよ!? 折り畳み傘はそんな風に頭につけないよ!?」
「頭に被るタイプの折り畳み傘だよ」
「百歩譲って、そういう折り畳み傘があったとしても、その傘は中心にそんな穴が開いてないと思うよ!?」
菜々美は二人の愚行を必死に止めようとするが、初香と恋々乃は菜々美が騒いでいる理由が分からないという表情をする。中央に穴が開いているシャンプーハットで、雨が凌げるはずがない。菜々美は何とか二人を納得させようと、一番の問題点を二人に突きつける。
「そのまま外に出たら、中心だけ雨に濡れて、ザビエルみたいな禿げができちゃうよ!?」
「不安材料、そこ?」
菜々美の必死の説得に思わず呟いてから、初香は何かに納得したように手を叩いていた。
「そうか、分かった」
「えっ? 分かってくれたの!?」
「これだと不安だよな」
そう言いながら、初香は自身の鞄を探り、何かを取り出すと、菜々美の前に突き出してくる。
「はい、ナナの分」
「いや、自分の分がないことを不安に思ってるわけじゃないよ!?」
確かにシャンプーハットでは、折り畳み傘以上に一緒に入れないが、そういうことを言っているのではない。そもそも、シャンプーハットに雨を凌ぐ機能がない点が問題であり、このままでは大切な友人二人の頭皮が雨にいかれてしまう、と菜々美が焦っていると、今度は恋々乃が手を叩いた。
「分かった。ナナはきっと穴を気にしてる」
「えっ? そうなのか?」
「いや、そうに決まってるよ!? 寧ろ、それ以外にないよ!?」
何を今更、当然のことを言っているのだと思う菜々美の前で、今度は恋々乃が鞄の中を探り始める。
「大丈夫。穴くらいは塞げばいいから」
「穴を塞いででも、それを使いたいの?」
どれほどの執念なのだと菜々美が驚いていると、恋々乃が鞄から何かを取り出し、菜々美の前に突き出してくる。
「はい、水泳キャップ」
「濡れる前提の準備だよね!?」
雨を凌ぐつもりなど更々ないではないか、と菜々美が呆れかえっていると、これまでの様子に反して、初香が大きく溜め息をつき、項垂れるような姿を見せた。
「いや、もう、これは仕方がない。正直に言おう」
「急にどうしたの?」
「実は、これは折り畳み傘じゃないんだ」
「いや、うん。最初から分かってるよ」
「本当は折り畳み傘なんて持っていないんだ。でも、雨が降ってきて、帰らないといけないから、何とか捻り出したものがこれだったんだよ」
「何で折り畳み傘はないのに、シャンプーハットはあったの?」
嘘をついていたことを告白し、初香は頭を抱える。その時にシャンプーハットに手が阻まれ、若干、苛立つようにシャンプーハットを押し上げているが、外す気配は見えない。
「傘はない。けど、雨の中でも気分を変えたら、無事に家に帰れるって思ったんだ。シャンプーハットを被ったら、シャワーに思えてきて、雨も気にならなくなるって」
「どういう理論?」
「シャンプーハットを被っている状況で、上から水が降ってくるなんて、シャワーしかないだろう? だから、これがあれば、雨の中でも嫌な気分にならずに帰れるって、そう思ったんだよ」
初香の説明を聞いて、菜々美は頭にシャンプーハットを被って、雨の中に飛び出していく様子を想像する。確かにシャンプーハットが視界にあれば、シャワーを浴びている気分になるのかもしれない。
雨に濡れるという嫌な感覚も、シャワーで濡れているという感覚に変えられたら、然程、気にならなくなるのかもしれない。
そう思いかけた菜々美の頭の中の視界が、自身の身体の方に向いた瞬間、激しくかぶりを振っていた。
「いや、だとしても、服は濡れて気持ち悪いよ!?」
「確かに」
菜々美の指摘に納得したように手を叩く初香の隣で、恋々乃が水泳キャップを頭に被り、鞄の中を探り始める。
「なら、服も水着にすればいい」
「なっ!? ココ、天才か!?」
「いや、どちらかと言えば、変態寄りだね」
冷静に考えて、水着での下校などあり得ないことなのだが、それが最善であると言わんばかりに、鞄の中を探り始めた二人の姿を見て、菜々美は慌てて止めようとしたところで、窓の向こうに起きた変化に気づく。
「あ、あれ? 雨、止んでない?」
菜々美がそう呟いた視線の先では、雨が止んだどころか、曇り予定だった空の隙間から、暮れかけの日差しが差し込んできていた。
「本当だ。しかも、結構明るい」
「こ、これで、シャンプーハットも水着もいらなくなったね?」
念押しするように確認し、菜々美は初香と恋々乃が頷いたことにほっとする。これで友人二人に変態のレッテルを貼らずに済んだようだ。
安心して帰れると思った菜々美がようやく帰り支度を始めたところで、窓の向こうを見ていた初香がぽつりと呟く。
「ただちょっと急に明るいから、アレが必要だな」
「アレ?」
帰り支度を進めながら、何を必要としているのかと首を傾げた菜々美に向かって、初香が何かを差し出してくる。
「ナナもいるだろう? 日差し対策のサングラス」
そう言って、初香は水泳ゴーグルを差し出してきていた。菜々美は差し出された水泳ゴーグルを冷ややかな目で見つめてから、視線を横に向ける。
「私はこっちのサンバイザーで」
そう言いながら、菜々美はさっき受け取らなかったシャンプーハットを手に取っていた。




