01.召喚
意識が浮上した。
最初に感じた。いや、思ったのは、今までで一番身体が軽い事だ。
目を開ける。いや、開けたつもりだった。
けどこれがまた不思議な感覚で、視界はくっきり開いて、瞬きもしていない。
するとそこは、見覚えのない石造りの大広間だった。
壁には見慣れない紋章が刻まれたタペストリー。無数の燭台が揺らめいている。中世ヨーロッパ風——いや、ゲームで見た異世界ファンタジーそのものだ。
(……夢、なのか?)
確かにパソコンが光ったのを最後に意識が飛んで——それからの記憶はない。
「召喚は成功したか、サシャ」
背後から声がした。
反射的に振り返ろうとしたが、視界だけが動いたような感覚。
(まただ)
なんて説明すれば良いのか。首や身体が存在しない感じとしか表現が出来ない。
けど、そこにあった光景。いや、いた人物の事は説明が出来る。豪華な王冠を被った初老の男と、目を黒い布で覆った銀髪の少女だった。
「理論上は問題ないはずですが……」
少女——サシャと呼ばれた彼女は、目隠しをしているのに、こちらをじっと「見て」いる。
杖も持たず、手も繋がず、まっすぐこちらに歩いてくる。寒気がした。
(何が起きてるんだ? )
状況自体が現実味がない。
そして情報が全くなく、いまいち自分の置かれている立場がわからない。
(取り敢えず何か喋んないと)
会話をするのは今まで両親以外碌になかった。だけど意を決して途切れ途切れになるのを覚悟して、声を出そうとしたが——
なんと声自体が、出ない。気持ちの問題じゃなく物理的にだ。
喉が動く感触も、口も舌も、何もない。
(オイオイ、俺は一体今どうなってるんだ?)
焦って自分の身体を確かめようと身体を動かしたり、真下を見たりしてみる。
すると真下にはやっぱりというべきか。赤い絨毯に描かれた魔法陣しか視えない。
足も靴も何もかも視えない。ただ、腕を動かす事は出来る…いやもう感じだ。
もう何が何だか分からないし自分の事を信じられない。
こういう時に夢か判断する方法って確か頬をつねって痛みがあるかどうかって、
(いや、頬がないんだったら確認出来ないじゃん!
思わず自分にツッコミをするぐらいおかしくなっていた
「——お父様」
しかし、そんな俺のこの慌てている姿をまるで気にしていないかのように二人は平然と会話を続けている。
「魔法陣の上に、確かに何かがいます。でも…」
そこから少しの間と時間を空けて、
「……人間というより、小太りのオークに視えるのですが」
完全に冷静ではなくなっていた俺は一瞬で正気を取り戻す。
ゴブリン。
その言葉が、あるかも知らない脳に突き刺さる。
(——っ)
中学の教室。笑い声。指差す指。鏡に映った自分の顔。
周りの蔑むような、冷酷な視線が嫌で誰も喋ってこない部屋に逃げたのに。
異世界らしき所に来てまで。
肉体すらなさそうなのに。
それでも、ゴブリン…
「サシャ、それはどういう」
「ふふ、すみません。笑いを堪えるので精一杯で……でも本当に、勇者様って人間なんですよね?」
少女の声が、心に響く。
完全に怒りが、込み上げ、俺の中の火が点けられた。
(俺はオークじゃなく人間だ! いきなり失礼だろ!)
叫んだ。少なくとも、叫んだつもりだった。
でも声は出ない。二人はこちらを向いて喋っていたが、何も聞こえていない様子だった。
「異界の勇者殿よ」
王冠の男が一歩前に出た。
「余の名はアレス王国国王、レオニード・アレスフォルト。混乱しているだろうが、心して聞いてほしい」
男の声は厳かで、重い。俺は今大分気分を害されてそんな話すら聞きたくないんだが。
とっくに混乱などしてない。逆に怒りで冷静さを取り戻した。
「我が国は今、魔王の脅威に晒されている。その討伐のため——女神様の啓示に従い、禁術を用いて貴殿を召喚した」
魔王討伐。勇者召喚。
ああ、やっぱりそういう事なのか。夢でもなく典型的な異世界転移。
「だが——禁術の代償として、勇者殿の肉体は現界に定着できなかった。貴殿は今、純粋な魔力体として存在している」
(……は?)
今、さらっととんでもないこと言ったよな、この王様。
「魔王を討伐した暁には、我が国の名にかけて相応の報酬と——身体を取り戻す方法を模索すると誓おう」
身体を、取り戻す。
つまり、
(勝手に呼んでおいて、身体は呼んだ代償で無いですよ?)
「ほら、サシャ。いくらそう視えても失礼だぞ。先ほどの無礼を詫びなさい」
「……先ほどの失礼な呼び方、申し訳ございませんでした」
王に頭を押さえられ、確かに謝罪の形はしている。
その表情は明らかに不服そうで、頬を膨らませている。
見たことがある。反省なんて、欠片もしていない顔だ。
(ふざけるな)
またピキッときてしまった。
何が勇者だ。何が魔王討伐だ。
勝手に呼んで、身体を奪って、ゴブリン呼ばわりして——
でも、声は出ない。
動けない。
何もできない。
部屋にいた時のような同じ無力感が、俺を包んでくる。
「反応はあるか?」
「いえ。まだその場で手を挙げたままです。本当に人間かわかりませんし、知能があるかどうかも怪しいで」
この王女は本当に、人の地雷を踏む才能はあるようだ。
感情を抑え冷静になれと促す。
(情報を整理しろ。恋愛ゲームをクリアする時みたいに、最適解を見つけ…)
待てよ。身体の感覚はあるんだ。腕を挙げた感覚。足で立っている感覚。
魔力体——つまりあくまで仮説だが、もしかしたら俺自身がに魔力で形を成しているのかもしれない。
視えると言っていたしな。
なら、俺が無意識に自分の姿をイメージしていれば筋は通っているはずだ。
形を変えるイメージ。
文字、そこから文章に。
全神経を集中させた。存在しないはずの頭が割れそうな感覚。魂を削って粘土をこねるような、奇妙な疲労感——
『話は分かった』
その想像を確立し自分がそんな姿をしていると思ったはずだ。
「 お父様、急に文字に姿が変わり、話は分かったそうです」
驚いた声を上げる。
(成功した!)
目に物を見せてやった気持ちよさと自分で考え成功した達成感がある。
多少の疲労感はあるがたいした問題はない。 次の文章を考える。
『いくつか、聞きたいことがある』
肉体はない。
でも、外見は自由に変えられる。
そう気づいた時、今まで縛られてきた呪いから、解放されたような気分だった。
おかしい話だが久しぶりに”生きている”実感って奴があった。
傍から見たら、もう生きてすらいないのかもしれないが。
まずは情報を集めよう。
勇者になるかなんて話をじっくり聞いてから、考えても遅くはない。




