第3章 銭と金で運気は上がる
(16)鯉が恋の橋渡し
助たちは殿より三日の休みを頂いた。気の緩みもあって少し寝過ごしたようだ。既にお天道様は高く、父と兄はじっとしていられなくて出かけているようだ。殿の喜ぶ顔を見たいのであろう。竹造と雪は伝三に付きまとって、仕事の邪魔をしているようだが、伝三も悪い気はしていない風だ。
「伝三さん、椹野川では鯉が釣れるそうだが」
「ええ、尺物が釣れるそうですよ」
「一緒に行きませんか、天気も良いことだし」
「私と出かける暇があるなら、茜様とお出かけください。博多に行っている間、ずっとお寂しいようでしたから」
「私はあまり女の方を喜ばせる事ができません、というより、そういう経験をした事もありませんから」
「お二人でぶらぶらするだけで良いんですよ。二人でいて楽しいという事は、楽しい事をしたというより好きなもの通しで一緒に時間を持てたということじゃないですかね。年寄の言うことを聞いておきなされ」伝三は笑って言ったが、人生の深さを知っている者の言葉のようだった。
助九郎は頭をかきながら、台所の方へ向かった。
「茜殿、忙しいかね」
「これを洗濯し終わったら宜しいですよ。何か御用ですか」
「ちょっと出かけないかね」
「どこか良い所がありますか」
「魚釣りしたくなって、椹野川では鯉が釣れるそうだ」
「私も聞いてはいますが、難しそうですね」
「魚釣りに行くの、俺たちも連れて行ってよ」竹造と雪がやってきてそういった。
「おお、お前らも行くか、これ位の鯉が釣れるそうだぞ」
「じゃあ私は出かける準備とお昼ご飯の用意をしましょう」
「わあい、お弁当、お弁当」
「じゃあ、釣り竿とエサの用意をしてくる」
「釣り竿は何で作るの」
「布袋竹と言って」と言って竹の材料の説明を始めた。
布袋竹は稈の高さは三から五メートル、直径三から四センチ程度になる竹で、真竹の変種で節間が布袋様のお腹のように見える事から布袋竹と呼ばれている。しなりがあり、折れにくいという特徴があるので釣竿等にも多用される。
次に、糸は絹糸に針を四本つける。エサは赤土に小麦粉、蚕の蛹の乾燥させた物を粉にした物を水で団子にする。その中に針を忍ばせる。鯉は吸い込むようにして餌を食べるので、餌を吸い込んだ時、針も吸い込むという釣り方である。
鯉も大きくなるほど用心深くなるので大きい物はなかなか釣れない。
茜の準備が出来るのを待って、四人で出かけた。一の坂川に沿って下って行くと椹野川に着く。その深みの低い崖の上に陣取った。餌を付けた釣り竿のエサを軽く投げて、後は釣れるのを待つだけである。
興味津々の子供たちはじっと竿先を見ているが、そう簡単には釣れない。昼近くなって、茜の作ったおにぎりを食べながら、
「お魚さん、いないんじゃないの」
「お前が騒ぐから魚は逃げたんだ」
蜻蛉やちょうちょを追いかけたり、子供は元気だ。助九郎は茜と世間話をしながら、川面を見ていた。
「旦那様は鯉を釣ったことはあるのですか」
「釣ったことは無いが、釣った奴を見ていた事はある。」
「まあ、これで釣れますか」
「まあ、分からんが、あなたと日向ぼっこもいいだろう、天気も良いし」
「子供たちも喜んでいるし」
「帰りに饅頭屋によってあいつらに買ってやろう」
「辛い思いをしているのに、顔に出さない、かわいそうな子だ」
「おじさん、竿が動いたよ」
「お前が触ったんじゃないか」
「触ってないもん、動いたんだもん、見たんだもん」
「どれどれ」竿の所に来て、じっと見ていたが何も起こらない。あきらめて茜の所に帰ろうとした時、竿が川に向かって走った。助九郎は竿を持ち上げ、ぐっと竿をしゃくった。鯉に針を掛けるためだ。後は糸が切れないよう竿のしなりの力で鯉を弱らせる。思ったより大物で、糸が切られそうだ。
「 竹造、ここで竿を持っていろ。糸を切られぬよう引いたら弛め、弛んだら引け。鯉との駆け引きに負けるな」竿を竹造に渡して、履き物を脱ぎ、着物を脱ぎ、それを持って川に入る。静かに鯉の後ろから着物を鯉に巻き付けて崖の上に放り投げた。
「竹造、逃げられないよう、抑え込め、着物の上からなら滑らないからな」
助九郎は崖の上に上がって来て、丈夫そうなカズラを口とえらに通して
「逃げられないよう持ってろ」と竹造に持ち手を渡し、着物を川で洗って絞って濡れているまま着た。
「大きいね」
「雪より大きいぞ」
「三尺を超えているだろう」
「こんな大きい魚、見るの初めて、伝三さん腰抜かすかも」
「よし、今夜はこの魚で一杯だ」
「おおい、伝三さん、いるかね」
「お帰りになられましたか。どれ釣れましたか、それは何です」
「ホントに釣れちゃいましたよ」
「これはこれは、椹野川の主じゃないですか、神様釣ちゃったんですか。どうやってさばきますかね」
「まずは三枚におろしましょう、どうするかはその後で」
「おいこれはどうしたんだ」元貞もやってきた。
「お兄様、旦那様が椹野川で釣ったんです。見ものでしたよ」
「じゃあ今夜は、鯉三昧だな」
「食いきれませんね」
「増田殿を呼んでもいいか」
「それでも食いきれませんよ」
「竹造、増田のおじさんの家を知っているか」
「何度か行きましたから、分かりますが」
「これこれで鯉を食べますから皆さんで来て下さいと言ってこい」
「分かりました、急いで行ってきます」
「ごめん下さい、福原の竹造です。ここを開けて下さい」
「おい、竹造、何を騒いでいる」広泰が家の中から言った。
「大変なんですから、旦那様も早く帰って下さい」
「何がどうしたというのか」
「鯉が釣れたんですよ」
「だから鯉の何が大変なんだ」
「とにかく皆さんで一緒に、すぐ来て下さい」
「もう走って行った、何が何だか」
「とにかく行ってみましょう」
「何かあったら大変ですから」
「ただいま、増田様の所に旦那様もいらしたので、急いで帰るよう言っておきました」
「頭と背骨はだしを取ってみそ汁に、こちらの半身は半分をあらいに、残りを塩焼きに、こちらの半分は唐揚げに、残りでうま煮を作ります。頭と背骨の取れるだけ取って、ご飯に入れて、混ぜご飯にします。父上が帰るまでに仕上げますよ。お兄様と旦那様は座敷を準備してください」茜がみんなに指図する。
「こういう時は茜がいないとだめだな。男はうろうろするばかりで役に立たない」
「全くその通りで」苦笑いする。
出来た物からお膳に並べ、酒の用意を始めた。大方でき上った時、父上と増田一家が帰って来た。
「大騒ぎして、何事か」
「父上、これを見て下さい」
大なべのふたを開けると大きな鯉の二つに割った頭が入っている。余りの大きさに増田一家も口がきけないほど。
「こんな大きな魚、どうしたんだ」
「椹野川で釣りました」
「釣りましたって、これをか」
「父上、お話はあと後、皆さんも座って下さい」
「菊野殿はこちらへ」
「大きさはどの位あったかね」
「三尺三寸ほどでした」
「一の坂川と椹野川の合流したあの淵かね」
「あそこの深みの所、重ねヶ淵です」
「でもよく上がったものだ」
「嫌、無理だと思ったので、川に入って、鯉を着物で包んでおとなしくさせて捕まえた」
「さあさあ、おじさま、あらいもおいしいですよ。叔母さま、菊野さん鯉こくや唐揚げの鯵も見て下さい。竹造と雪が頑張ってくれたお陰だから、しっかり食べてね」
「何と助殿が来てから楽しい事ばかりじゃ」
「これで菊野の養子が決まってくれれば何も言うことはないんじゃが」
「菊野殿が養子を取るのですか」
「そうじゃあ、前々から福原殿には良い人がいたらと頼んでおる。」
「益田家に入るとなれば誰でもよいというわけにはいかぬ」
「父上、私が参ります」
「何馬鹿なことを。福原の家はどうする」
「福原は茜がおります。」
「茜は助殿と祝言して居る」
「だから助殿に福原に入ってもらう。私は益田家にはいる、これで万事収まります」
「菊野殿はどうです」
「私は元貞様なら昔からよく知っていますので、嫌応はございませんが」
「これで決まりです。鯉と恋の縁起ものです」
「助殿も茜もそれで良いか」
「それでは明日殿に願い出よう」
(17)親は味方で子は宝
陽は沈み薄暗くなり始めた頃、助九郎と元貞は急ぎ足で家に向かっていた。
「早く帰らねば暗くなってしまう」
「茜に叱られてしまうぞ」
「また御冗談を」
「まあ、茜は助殿には優しいからな」
「菊野殿も優しいですよ」
「彼女は特別だ。その上美人だ」
「何か聞こえませんか」刀を打ち合うような音がした。
「あっちだ。急ごう」二人は音がした方に駆け出した。
「お前たち何をしている」年輩の男が数人のやくざ者に取り囲まれている。
「追いはぎか、強盗か」
「冗談じゃないですぜ、襲われたのは俺っちの方ですよ」地回りの前田仁兵衛と平助に 用心棒の成田清右衛門ら三、四人で取り囲んでいる。
「多勢に無勢、どう説明する」
「説明はその男にさせた方がいいですよ。あなた達はどちら様か存じませんけど」
「おいこれはどういうことだ」初めて男の顔を見た。
「伝三ではないか、これはどういうことだ」
「孫の千勢がこいつらに連れて行かれたので、取り返しに来ただけだ」
「これはこれは、誤解があるようで。我々は人さらいじゃないですよ」
「ではどうして子供を連れている」
「母親から買い取ったのですよ」
「幾らだ」
「へえ」
「幾らで買った」
「三両で」
「では私が三両出そう」
「そりゃあ駄目ですよ」
「この子は十両で女郎屋に売れるんですよ。だから買い戻すんなら十両払ってくれなくては困りますよ。どうします、私はどちらでもいいんですよ」
「助殿、手っ取り早く片付けてしまおう」
「おや、あなた、この間のお人じゃないですか、瑠璃光寺の」
「ああ、あの時の人さらいか」
「冗談じゃないですよ。これでも人の為にやっているで。あの時の子供たちは元気でやっておりますか」
「二人とも元気だ」
「ねえお二人さん、これから飲みに行きませんか」
「ここの始末はどうする」
「おじいさんお孫さん連れて帰ってもいいですよ」
「頭、良いんですか、田中屋が待っていますよ」
「勝手に待たせておけば良い。じゃあお二人さん行きましょうか」
「さあ、入って入って、ここは私の馴染みの店ですから、遠慮しないで、飲んで、食って」奥が小部屋になっていて、
「紹介が遅れましたが、前田組大貸しをやっている前田仁兵衛と申します。これは若頭のの平助と用心棒の成田清右衛門さんです。そちらのお名前お聞きしても宜しいですか」
「私は福原 広泰の息子で藩のお役目は産業奉行をやっておる福原元貞である。こっちは木村助九郎殿だ。まあ、やりおうていなくて、お主らは命拾いをしたぞ。なにせ、こいつは、あ、いや、何でもない」
「木村助九郎だ、宜しく頼む」助九郎と元貞が座るや平助が二人に杯を渡して酒を注いだ。
「最近噂では好き勝手、やり放題の周防神道無念流組が一月ほど前からみようにおとなしい、噂では頭の宍戸 親基他、大勢が、足に傷を負っているらしい。それに、その頃、福原 広泰様を襲ったことで、返り討ちにあったらしい。その中に 長州四天王の椋梨 藤太様がいらして、相手はとてつもない強者だ。噂ですよ噂」
二人は顔を合わせて
「それを誰から聞いたのだ」
「だから噂だって言ってるでしょう」
「あまり言い触らさないで頂きたい」
「ということは本当だってことですかい」
「本当も嘘もない」
「私等も周防組には迷惑していたんですよ。偉いさんの息子で、我儘、乱暴者と来ては
手に負えなくて」
「それはそれとして、我々を誘ったのは何か理由があろう」
「我々は、本当は弱きを助け強きを挫く、任侠に生きたいんですよ。でもね、こんだけ景気が悪いんじゃあ背に腹は替えられぬ。貧すれば鈍すですよ。何とかならないものですかね」
「そんなに悪いか」元貞が聞き返す。
「娘も息子も売り飛ばす。小さい子は間引きする」
「間引きって何だ」元貞が仁兵衛に聞く。
「食べ物が無いんで、子供を殺して、口減らしをする。子供も地獄なら親も地獄」
「何とひどい」助九郎が苦虫をつぶしたように言った。
「場合によっては、動けなくなった親を山に捨てる」
「俺も三つの時親に川に捨てられた。たまたま通りかかった爺さんに助られた」
「飢え死ぬか、捨てられるか。さっきの子だって同じだ。親に売られたなら、殺されなかったって事だ」
「お前のとこ買った子が何人いる」
「何やかやで十人程」
「よし、全部こちらで引き受ける、十両で十人、合計で百両」
「どうするんで」
「読み書き、算盤を教え込む」
「今から藩を改革して、今の重税を止める」
「農民が暮らし易くならなければ、藩の改革にならない。」
「藩を挙げて商売をして金を稼がねば、藩が豊かになれぬ」
「その為には、能力を上げて使える人間を増やさなければならぬ」
「考えているのは前金五両、一年一両、五年を年期として働いてもらう」
「藩の借財が一万何千両。このままでは、藩も御用商人も、農民もみんな死ぬしかない」
「そこを分らぬ者たちが、食いつぶしている。今日御馳走が食えても、明日藩が潰れたら、何百もの浪人が出る。それに家族がいる」
「飯が食えてる者に飢餓の苦しみはわからぬ」
「まあ目途がついたら声をかける故、その時は頼む」
「分かりやした。」
「冬を越せない者がいるだろうから、秋までには何とかせねば」
「それまでに体制を整えていてくれ」
「今日は馳走になった」
「いえ、お近づきにられて光栄です。お気お付けてお帰りを」
「ではまたな」
(18)財は好きだが借財は
「殿、福原、益田殿両名がお目にかかりたいと」
「あい分かった、ここへ」憮然として言う。
「殿には御機嫌麗しゅう」と言って治親の顔を見た瞬間、しまったと思った。
「これは機嫌が悪い」 広泰も 就恒も思った。
「みんなでそろって何用じゃ」
「福原、益田の両家の事で御座いますが」
「許さぬ」
「なんと」
「許さぬと言うた、 広泰、年を取って、小便近こうて、耳が遠いか」
「何故でございますか」
「毛利家が大変な時に、お主らだけ知らぬ存ぜぬを決め込むか」
「何事で御座いましょう」
「就恒まで言うか」
「借金の事で御座いますか」
「ああ、そうじゃ、これ以上は貸せんと言うてきた。それどころか少しは返せと言うて来た。返す金があったら貸せとは言わぬ」藩主の治親は吐き捨てるように言った。
「何と無礼な、誰ですか言うてきたのは」
「豪商共が連名でみんなで言うて来た」
「これまでの恩も忘れて、家財没収の上、切り捨ててやる」
「そういう訳にもいかんじゃろ、何かいい知恵はないか」
御用商人とは元々藩が困った時、金を出すという事で、 米・国産品の販売奢侈品の購入等を独占し金融なども行える特権商人で、領主は彼らに特権を与え保護を加える代りに御用金を課したのだ。
「借財はどの位あるのか」
「確か、一万五千両程かと」
「一万五千か」
「三千づつ返して五年」
「その三千がどこにある」
「殿」助九郎が顔を挙げて言った。
「なんじゃ」
「その商人たちに、借金のことで話があるゆえ、金額を明らかにして、一月後に集まってもらってください」
「どうするのじゃ、何か妙案があるというのか」
「後は私と兄に任せて下さい、全て丸く納めて見せます」
「うまくいくのか」
「但し、責任を我我が取りますゆえ、全権限を与えて下さいませ」
「それで何とかなるのだな」
「お任せ下さい」
「では、全て任せたぞ。所でみんな揃って何用じゃ」
「実はこれこれで」
「よし許す。先の件、うまくいったら、わしが両家の仲人になってやる。」
「殿が仲人など、前例がありません」
「毛利元就公は家臣の仲人をしておるぞ」
「それは昔のことで」
「そんなこと言うておるようじゃ、借金は返せぬぞ。よし後は任せた、よきに計らえ」
「助殿、どうする気じゃ」
「これに似た解決策を知っておりますれば、兄様と私にお任せを」
ここは湯田温泉老舗の松政旅館で加島屋久右衛門を筆頭に 鴻池市兵衛、 菊屋孫兵衛、
山城屋和助が酒を酌み交わしながら、話をしている。
「先日、勘定奉行の右田毛利広信様が金を借りに来たから、お金は必要なだけお貸しします。ですがその前に藩の借金を半分でも、三分の一でも宜しいので返して頂きましょう。それが世間の道理でしょうと言って帰って頂きました。お大名様は我らを金のなる木とでも思っているのでしょう。」長州藩の蔵元である鴻池市兵衛が苦い顔をして吐き捨てるように言った。
「そうですとも、我らが金を稼ぐのにどれだけ血と汗を流しているのか、あの人たちは分ろうともしない。特に筆頭のバカ息子の宍戸 親基は幾らでも金を出す財布とでも思っている。」御用商人の山城屋和助が困った顔で言った。
「このままでは借り倒されてしまいます。何かいい知恵はないでしょうか」 長州藩御用商人の菊屋孫兵衛が大阪の豪商・加島屋の加島屋久右衛門に言った。
「ここまで来たらみんなで直訴しかないでしょう。どうでしょうか、他の商人にも声をかけて連名で訴状を出すというのは」
「返してくれるでしょうか。反対に金も返さず、出入り禁止なんて事にでもなったら」
「そうはいっても、何千両をいつまでも塩漬けという訳には」
「萩の豪商 熊谷五右衛門さん、中関の御用商人 石見屋嘉右衛門さん、赤間関の佐甲甚右衛門さん、萩藩の米市場の 岸本平八郎さん辺りを私から口説いてみましょう」 加島屋久右衛門が薄笑いを浮かべながら言った。
「あと、 伊藤杢之允さん、口入屋の 竹内千右衛門さんには私から。訴状の元本は私の方で作成して皆様に回しましょう」 鴻池市兵衛は下卑た笑いで言った。
話が決まったら女将を呼んで十人程の芸者や舞子を呼んで大人とは思えぬ大人の遊びを始める。
「茜と菊野殿を呼んできた。それでどうする」
「今、長州藩は生きるか死ぬかの瀬戸際におります。そしてそれは我ら両家につながります」
「我が藩は豪商から大金を借りておる。それを返せと要られた。」
「勘定奉行の右田毛利広信様が金を借りに行ったら、逆に今までの分を返さねば、びた一文貸せないと、それも奴らは談合しておる」
「奴らは我が藩が返せぬことを分かっていて言うておる」
「だが、分かっていない」
「何を分かっていないのでしょう」
「自分の弱みだ」
「弱みって何です」
「金を貸してる者と、借りてる者は、どちらが強い」
「そりゃあ、貸してる者の方が強い」
「では、貸してる者が死んだ。借りてる者はどう思う」
「そりゃあ、返さないで済むから喜ぶだろう」
「そう簡単ではないが、では借りてる者が死んだら貸してる者はどう思う」
「返してもらえないから悲しい」
「つまり、立場は貸してる側が強そうで、その実借てる側が強い」
「理屈としてはわかるけど」
「これを根底においてこれからの事を解決していく」
「現実にはどうするの」
「新しい産業を興す」
「それを任せるから借金を待てと」
「そこをもう一歩進める」
「すすめる」
「商人どもにせらせる」
「値を吊り上げる」
「借金はそのままだと死に金だ」
「双方ともにな」
「それを人質に金を出させる」
「返すのじゃなく出させるのか」
「でも金を出すかな」
「そう、出したくなる魅力のある物を作る」
「それが問題だな」
「嫌、目当ては見当がついている。防長三白って知ってるか」
「塩、米、紙だな」
「さすが、元貞」
「塩は雨が少なくて天気の日が多いこの地に合っている。米は遠浅で、干拓で田んぼがどんどん増やせる。紙は中国に近くて新しい技術が入ってくる」
「塩の生産は日本一だし、米は表立っては三十七万石だが、実質七十万石近い」
「代表として塩は使わせてもらうが、まずは、酒、それも高級な外国の酒をここで作る」
「どうやって作る」
「それは後だ、その入れ物のギアマンの壺を作る」
「だからどうやって」
「今からそんなこと言ってたら何もできない。御用商人に売りつけるんだぞ。どうするかは専門家を雇う。人手は農民の次男三男を使う」
「そんな簡単に人が集まるか」
「住むとこと飯に女だ、これで若い男は寄ってくる」
「他には動物の皮で作った鞄とか靴、服」
「そんな物できるの」
「西洋人が着ているのを見た」
「でも、動物の皮はまずい、稲穂が出る時期に動物の皮を持ち込むと風水害が起きて作柄が悪くなるとの俗信があったため、たまたま犬皮の敷物を敷いて駕籠に乗っていた御用商人の石見屋嘉右衛門が周防国吉敷郡小鯖村の皮番所で農民に見咎められる事件が起こり大事になった。」
「石見屋か、面白い。その他、干物乾物、漬物、何でもだ。何か思いついたら言ってくれ」
一ト月の後、主な御用商人が城の大広間に集められた。
まるで宴席のように上段に藩主の毛利治親、その下に、福原 広泰と宍戸 親朝、平座の一番上に助九郎と元貞が座っている。
その下の右座に 加島屋久右衛門、 菊屋孫兵衛、 熊谷五右衛門、 石見屋嘉右衛門、 岸本平八郎が並び、左座に 鴻池市兵衛、 山城屋和助、 伊藤杢之允、 佐甲甚右衛門、 竹内千右衛門が座っている。現実、長州を牛耳っている面々である。表立っては頭を下げるが、裏では、殿様とて頭を下げさせる。
「本日は遠い所からおいで頂いてご苦労にございます。心より御礼申し上げる次第で御座います。これよりはここの木村助九郎と、 福原元貞がご説明いたしますが、皆様にご納得いただくには長くなるゆえ、飲み物、食べ物を用意しておりますゆえ、食べながら、飲みながらお話を進めていきたいと思いますゆえ、若い者の話を聞いてやって頂きたい」
「では、まずは私の方から話をしていきたいと思います。皆様方の中には、仕事柄、また、父、福原 広泰との関係で、知り合いの方もおられますが、本日は初対面としてお話を進めていきますので宜しくお願い申し上げます。知っておられる方もおられるかと思いますが、皆様の前の飲み物は西洋焼酎で御座います。それをギアマンの壺に入れた物、ふたを開けてギアマンの湯飲みに入れて少しづつ、飲んでみて頂きたい。殿も皆様に見本として飲んでみて頂きたいゆえ、お願いします」
「飲めばいいのか」と言って不器用そうにふたを開けて湯飲みの注いで舐めるように飲んだ。
「これはうまいな。だが強い酒だ。わしは良いが、酒の弱い者はすぐに酔ってしまいそうだ」
「殿にはこの酒を、将軍や老中に配って頂きたい」
「これを配って金でも貰うか、それとも地位か」
「いえいえ、お偉方に喜んでもらえれば」
「それだけか、これは相当高級だろう」
「儲けるのはここの方々ですので、まあ皆さま味見もしないで物は売れませぬゆえ、その間に殿には着替えをして頂きたいので、一度退出して下され」
「何と人使いが荒いのう」
「お酒の弱い方はこちらの饅頭を頂いて下され」
「何と甘い、柿の甘味とは全然違う」
「これも西洋の甘味です。西洋ではこの甘味を使ってケーキという物を作ってお姫様たちは宴を開くそうです」
「こんな甘い物、歯が浮きそうじゃ。でも奥方共は一度食せば、何度も何度もせがむであろうな」
「下手すると店がつぶれるぞよ」
「殿のおなり」真っ黒な井出達の殿様と真っ赤な奥方と。それは異様な姿であった。皆はあっけにとられ、開いた口は塞がらぬばかりか、よだれが垂れている者までいる。
二人はゆっくり席に着いた。席はいつの間にか豪華な椅子が据えられていた。二人が歩いた時、コツコツと音がしたのは西洋人が履いているブーツという物のせいらしい。
だがそれ以上に度肝を抜かれたのは、体の線がはっきり見えている皮の服である。
「どうかな、久右衛門」
「ど、ど、どうといわれても」
「おい、 久右衛門は魂が抜けておるぞ、大丈夫か」
「だい、だい、うぉほん、大丈夫でございます。これ位で驚く久右衛門ではございません」
「それは良かった。だれか、奥にケーキとワイン酒を持て、早くしろと目で合図をして居る」
「やはりあれは店と潰す代物かもしれん」誰かが小声でささやいた。
「酒があったら、酒の肴が欲しくなるな」
「では燻製を」
「わしは肉、奥方には乳製品を」
「私は魚が良いぞ」
「分かり申した。皆にも少しづつ色々とな」あっけに取られながら世間話をしていた。
「そろそろ最後のとっておきを見せてやろうぞ。皆の者奥へ」
ぞろぞろ付いて行くと一尺三寸程の台の上に豪華な布団が敷いてあり、若い女性が寝ている。
「まずは加島屋さん布団に入って見て下さい」
「女子がおるようだが」
「加島屋さんがお内儀と寝ておるとして、その時の気分をこの寝具で味わってみて頂きたい」
「上着は抜いて、寝る時のように」
「ご気分はどうで御座るか」
「柔らかくて軽くて暖かくてまるで天女の肌触り、布団の事で御座るよ」
「次は鴻池さん」
「次は菊谷さん」
「では殿も皆様も広間の方へどうぞ」
「本日、皆様に集まって頂いたのは長州藩がこれより専売する商品の入札を行いますので、商品を見て頂いたわけです。酒や燻製物等、持ち帰れる物は見本として用意しました。十日後に入札としますので、よくお考えの上、お願いします。落札したお店は藩を挙げて応援いたします。基本、一店舗当たり一商品としますが、二店舗または三店舗が組んだ場合は、二商品、三商品という具合に入札の権利を得る事とします。例えば寝具ですが、上布団はあなたが、下布団は私の店でとか、革製品ですが、服はあなたが、靴やかばんは私がとか、いろいろな考え方があると思いますので、よくお考えの上入札を決めて頂きたい。聞きたい事、ご質問がありましたらずっとこちらにいますので、いつでもどうぞ。それでは、十日後にお目にかかりましょう。御機嫌よう」
(19)死に金でも生かして使え
「金を返す話かと思えば、金を出せとは」
「誰も金返せと言わなかったぞ」
「それ処か、目を白黒して居った」
「今頃そろばんをはじいておろうな」
「顔を真っ赤にして、頭から湯気を出しているな」
「こんな事を考える助九郎は剣もすごいが頭も切れる」
「並の者ではない」
「それがうちの婿殿だ」
「全くもって羨ましい」
「元貞も負けてはいない」
「二人合わせりゃ天下一だ」
「去年までのあれは何だったのだ」
「日照りで飢饉、その次はイナゴ」
「おまけに石見屋、ちょっと気を付ければ良かろうが」
「それだけ御用商人が威張っておるという事よ」
「どこの藩士も奴らに金を借りておる。返そうにも当てが無い」
「資産も代々で分けていくから小さくなって」
「手柄を立てようにも戦もない」広泰は扇子をぱちんと音を立てて閉じ、肩をたたく。
「殆どの藩士が、庭に畑を作って耕しておるか、内職を一家でやっておる」
「内も美幸がホウズキを作って売るとか言って居る」 就恒は苦々しくお茶に手を付ける。
「このお茶も、ほれあそこの庭の木がお茶の木で、美幸と菊野が作っておる」
「じゃが、家で買って飲んで居るお茶よりうまいぞ」
「何年も作っていれば上手になるよ」
「少し分けてくれれば茜も喜ぶ」
「来春作るときは声をかけるように言っておこう」
「それは有難い」
「殿がお二人をお呼びです」殿付きの小姓の毛利 就禎が二人を呼びに来た。就禎は毛利 広規の孫だ。とても賢いと評判だ。見た目もはきはきしていて実直でみんなから好かれている。あの頑固者と血つながりとは思えぬと噂されている。
「殿、御用でしょうか」
「どう思う」
「何をでしょうか」
「何を、そちほどの者が、何をと聞くか」
「入札の事なら我らには分りません」
「例えば五百両と入れたとして」
「ああ、それは無理です」
「無理とはどういう」
「一商品、最低額が千両、平均二千両として七品目だから、一万四千両」
「借財が一万二千両、よって二千両が余る」
「技術者、材料で、五千両は掛かるとして」
「何また借金か」
「まあ、今までの借金とは違いますから。それに、借財の額が一万何千両から二、三千両に減り申す」
「でも、一万両の借金が無くなるなんて」
「それも一銭も渡さず、どころか、金出せと」
「まるで詐欺だ」
「でも奴らは商人だ。他の者より儲けなければ、沽券にかかわる。意地の張り合い」
「後の結末を楽しみにじっくり構えて待っておればよい」
「こんな楽しみ、妻の結婚の返事よりウキウキするぞ」
「まあ殿は、政略結婚ですからなあ」
「誰が政略結婚ですか」
「これは奥方様、ご機嫌よろしゅう」
「入札の件でしょう」
「何で知っておられるのです」
「こいつはこういう事に詳しい」
「自分では何もできませんが、やはり、藩や家が潤うのはうれしいものです。それに」
「それに」
「同じような女性が集まる場で、自分の藩が他の方より裕福なのは、優越につながるし、女は豪華な宝飾品で、自分の身を飾ること以上に幸福な事はありません。こんなもの大したものじゃないって言いながら、あなたには無理でしょうと、ニコッと笑う。なんと至高なことでしょう。ほっほっ、 ほっほっ」
「女は怖い」
「まだまだですぞ」
「なんと」
「奥方様は美しいと」
「まあ」と言って自分の部屋に引き上げていった。
「なんとご機嫌で」
「借金が無くなると分ったら、機嫌が良くなった」
「まだこれからですよ」
「分っておる」
「殿大変でございます。奴らは談合できました」
「最低入札金額を超えているのであろう」
「それはそういう規約でございますから」
「誰が何を扱うか、こちらで決められないというだけであろう」
「それはそうでありますが」
「それで集計はまだ出ぬか」
「すぐ出ると思いまする」
「急げ、いやわしも行く」
広間で勘定奉行配下のの藩士は忙しそうに大きな紙に写し取り、それを見ながら算盤をはじいている。
助九郎と元貞は笑いながら、御用商人と話をしている。お茶を飲みながら、藩士が忙しそうに来て耳打ちをして、何事か指図を受けて計算している所に帰る。そこに 広泰と 就恒に付いて、城主の治親まで現れたので、藩士たちはなお慌てている。
「父上は、あちらで待つよう言っておいたはずですが」
「そう言うな、殿も落ち着かず、ついに待てぬと来てしもうたのじゃ」
「もうすぐですので、お茶でも飲んでいて下さい、おおい誰か、殿とこちらの者にお茶を持て」
「どうなっていますか」
「これは奥方様、どうなさいました」
「どうもこうも落ち着かなくて」
「奥方様に、茶と椅子を持て」
「あちらにいるのが今回協力していただく方々です」
「商家の方も気が付いたらしく、会釈をする。元貞が紹介しているようだ。
普段なら顔を合わすことなどない、別世界に住む者どおしだ。顔を合わせることなどない。
「集計が出ました。
加島屋さん、砂糖等、菓子類の全国販売、入札金額五千両、藩借財三千五百両、差引千五百両。
鴻池さん、酒類 全国 入札五千両、借財三千両 差引二千両
菊屋さん 革製品 主に関東 入札三千両 借財千五百両 差引千五百両
山城屋さん ギヤマン一般 入札三千両 借財千五百両 差引千五百両
熊谷さん 寝具 入札三千両 借財千両 差引二千両
伊藤さん 乳製品 入札三千両 借財千両 差引二千両
石見屋さん毛皮、革製品 全国 入札二千両 借財五百 差引千五百両
佐甲さん 全国運送倉庫 入札二千両 借財ゼロ 差引二千両
竹内さん 作業員の手配 入札二千両 借財ゼロ 差引二千両
入札金額合計 二万八千両 設備投資額五千両 借財合計一万二千両 差引一万一千両
と相成りました。塩の専売同様、長州を立て直し、日本一の藩になれるよう頑張りましょう。この後この広間にて宴を開きますゆえ、宜しくお願い申し上げます」
「いやあ、すっかり加島、鴻池のお二人にやられました。」
「何の何の、借財をきれいにした上、これからの産業を起こす、なかなか出来ることではない。武士にしておくのがもったいない」
「と言うても、この間まで飯もろくに食えなんだ」
「何か事情がおありで」
「まあいろいろだな。それで福原の父上に拾ってもらった。こういうことになるとは思いもしなかった」
「先はどうなるか分らぬものだ」
「商売者は耳が早いから、色々聞いているだろう、良いことも悪いことも」
「福岡に試合をしに行って、相手をめっためたにした」
「そんなことはないぞ、それに相当強かった」
「黒田の殿様から、千石でわしに使えないかって誘われたとか」
「それは嘘だ、そんなことしたら戦った相手に悪い」
「それより、なるべく農民の方とか、次男三男の方とか、そういう人をなるべく使ってもらいたい」
「商売と人助けは別ですよ」
「この長州で一番多いのは百姓だ。百姓がまともに暮らしてゆけないのに、長州がまともなわけがない」
「衣食足りて礼節を知るかな」
「人が富んで、藩が富んで、国が富んで、初めて強くなる。富国強兵だ」
「諸外国と対等に付き合えるためには力も必要だ」
「何とこちらは物騒な話をしている」
「我らの思いは関ヶ原」
「まあ今夜は全部忘れて楽しく楽しく」
「そうだ、何はともあれ一献」
「借金を踏み倒す話が、一万何千両をもらうことに」
「それについて、貧しい若い藩士を救いたい、今の若い者の大半が結婚も出来ぬ」
「百姓が娘を売らねばならないのと同じだ」
「殆どの下級武士は内職をしている」
「塾に行くより、算盤が大事」
「道場いかぬで、畑に通う」
「何が天下だ、何が武士か。武士も落ちたものだ」
「今の力は金だ」
「なに、えらいさんが不満話か、若者に夢を持てるよう、働いてもらわねば」
「いやいや、我々の時代は終わった。これからは若い者の時代だ」
「なんです、老け込んだ年寄りみたいな。これからは、若いも年寄りも藩を挙げて働いてもらうって、殿が言うておったぞ」
「そうよ、死にもの狂いでやれば、出来ぬ事など無い」
「それです、その意気ですよ」
「お前も若い者に乗せられおってから」
「私だって、忘れられよか関ヶ原ですよ」
「この身が役立つなら何でもやる。それがうれしい。これまで何もできなんだ。何もせず死んでゆかねばならぬのが悲しい。己の才能の無さが恨めしい。元気なだけが取り柄なんぞと、死んでも死に切れん」
「お前、こんなに泣き上戸だったのか」
「わしは今本当に感動している」
「分るか、お前も一緒だ、分かるよの」
「気分の良い処で、明日からしっかり働いて頂きます。まずは何ができるか、身上書を書いて各役所の方へ持ってきて下さい。昼には弁当とお茶をこちらで用意しますので、身一つで結構です。仕事の分担を決めていきます。それと人は先立つ物が無いとやる気がなくなりますから、些少ではございますが、お駄賃を出しますが、ほんの気持ち程度とお考え下さい。老骨に鞭を打って倒れぬ程度に動いてくだされば、結構ですので、軽いお気持ちで宜しくお願い申し上げます」
(20)儲かる仕組みを作るが商売
「仁兵衛、よく来た」
「これは元貞様、今日はお招きにあずかり有難うございます」
「良い良い、早く入れ。主客がまもなく来るでのう」
「我々のような身分の者が一緒に席に入れてもらえるだけで極楽に来た気分です」
「思ってもおらんことを申す出ないわ。それより客が来る前にちと打ち合わせをしておこう」
「実はだいだいに産業を興す。そこに前田殿を食い込ませてやろうという、いい話を持ってきた」
「そこで賂をよこせと」
「馬鹿を申すな。この話はまだ公にはできぬが、殿の肝いりの大仕事で、失敗は許されぬ」
「失敗したら全責任を取って私が腹を切ると」
「おまえ、そうとう肝が曲がっておるな」
「これ位でないと頭をやっていけません」
「藩を立て直す話に腹を切るとか、縁起でもない話をするな。それより人を集める話は進んでおるか」
「二、三十人は集めております」
「それは手下の数か。それにしても、全然足りぬ。二千か、三千は必要だ」
「まさか関ヶ原の恨みを晴らす時が来たとか申しませんでしょうね」
「まあ、経済で恨みを晴らすというやつだ」
「そろそろ私が入っても良いでしょうか」そういって入ってきたのは、口入屋の竹内千右衛門である。
「これは竹内屋さん」仁兵衛はあわてて平服をしたが、千右衛門は笑いながら静かに入って席に着いた。コの字の形に並んだ席の上座に助九郎と元貞が、右の席に竹内千右衛門、左の席に前田仁兵衛と副長の平助が並んで座った。
「首尾は」
「一応、三千は集めましたが、まだまだ足りません」
「まあ、始まったばかりですからなあ。ああ、お二人は初めてでしょうから、紹介をしておきます。こちらは口入屋の竹内千右衛門さん、こちらはこの辺の地回りの前田仁兵衛さんと平助さん」
「お噂はかねがね」
「いい噂ならいいんですけど」
「金に物を言わせて好き放題、役人も見て見ぬふり、人を泣かして大きくなったと」
「まさか、それは竹内屋さんの方でしょう。内なんか可愛いもんで」
「まあ、身内で褒めあうのもその辺で、さあさ、一杯行きましょう、飲んで飲んで」
「これは良い酒だ」
「では、仕事の話だが、前田さんには、城内はもちろん、藩外まで手を回して人を集めて、竹内屋さんに届けて欲しい、騙したり、脅かしたりは無しだ。竹内屋さんはその人たちを各産業生産に回す。そこでも、ひどい扱いはしない。作業員が逃げるような扱いをすれば、長くはもたない。長く働いてもらわなければ技術は上がらない」
「他藩で作れない物を作る為には、技術の差を大きくする。長く儲けている所はそうやって品質を高めている」
「作業員から職人に育てる努力を経営者側がしていかないと」
「そうやってこのうまい酒ができる」
「我々が仲良く協力体制を作っていかないと、うまくはいかない」
「誰が得するではなく、みんなが儲かる、儲けた上に感謝される、そうやって藩を盛り立てていく」
「前田さんにはおいおい他の協力者にもあって頂く」
「軌道に乗ったら、新年会とか、産業会とか、協力会の面々に集まってもらい、宴を開けるようにしたいと思う」
「固めの杯に、もう一杯飲もう」
「聞きましたか。口入屋の千右衛門さん、一万人も集めたそうですよ。次男三男の武士、町人、百姓、中には他国で売られかけた百姓娘、一人一両の上、年三両の給金、手て親が娘を連れてどっと押しかけたそうですよ」
「五年の年季が終えたらかえっても、そのままでも、好きな男と結婚してもいいそうですよ」
「それを聞いて男どもが、我も雇ってくれと、俺も俺もで、何と一万人」
「結婚しても働くなら、家をくれるそうですよ」
「責任者になる人もそうらしいですよ」
「お店の番頭でも家なんかもらえないというのに」
「竹内屋さんも思い切ったことをやられたもんだ」
「聞いたか、聞いたか、鴻池さんとこ、西洋の酒を作ろうってんで、外人さんが仰山来ておられるそうな」
「女の外人さんもいて、みんな長崎から来られたらしい」
「西洋の酒は洋酒と言って、とんでもない強くてうまいらしいぞ」
「それが、ギヤマンのツボに入っていて、とてもきれいやと」
「女の尻と酒の味はなめてみんとわからん、わからん」
「ワインという酒はブドウから作るそうだ。そのブドウは、若い女子が裸足で踏みつけて作るそうな」
「一度見てみたいものだ」
「お前が女子に踏みつけてもらいたいんだろう」
「加島屋さん所の西洋菓子、京の貴族はんが仰山買いに来てるらしい」
「何でもほっぺたが落ちるくらい甘いらしい」
「久右衛門さんが大阪の商売仲間から天皇さんに差し上げたら大変気に入られてまた食べたいと言われたそうな」
「わしもそのほっぺたが落ちる菓子を食べてみたい」
「お前はほっぺが落ちんでも、痩せて頬がこけとる」
「うるさい、頬がこけとるのはお前も一緒じゃ」
「甘い菓子を食べたら言葉も甘もうなって、若い女がとろけるかのう」
「お姫様が、皮で作った服と帽子と手袋と靴を履いて雪の上を転がり回っていたそうじゃ」
「何と寒そうじゃのう」
「それが、暑い暑いとおっしゃって皮の服を脱いだら、なんと裸じゃったそうな」
「噓をつくならもっとましな嘘を付け、どてらを着てても、この冬空の下、寒くて死にそうじゃ」
「それが、本当の暖かくて、その上皮の靴は水の上を歩いても足が濡れることは無いそうじゃ」
「まさか天女の羽衣から出来ておるのか」
「かもしれぬ。体の線がみな見えるそうじゃ」
「何と天国みたいじゃな」
「これ、男どもは何、下らぬ話をしている。どうせ女の話じゃろう。さっさと働け」
「お姫様とは偉い違いじゃ」
「おい、最近燻製とかゆう食い物が都で流行っているそうな」
「なんじゃあ、その燻製とは」
「早い話が干物じゃ」
「干物ならわしも食べとる」
「じいさまと所の牛が死んで、干物にしてウサギじゃと言ってみんなに配った」
「牛、馬は食べると手が後ろに回るからの」
「ずっと不思議に思っていたのじゃが、ウサギは何で食べてもいいんじゃ」
「ウサギの数え方を知っているか」
「一羽、二羽じゃの」
「一羽二羽の数え方は」
「鳥じゃな」
「だからウサギは鳥じゃ」
「わしらを馬鹿にするなよ。どこをどう見たら鳥なんじゃ」
「それにウサギは飛べぬ」
「ウサギが飛んでいるのを見たことがないか」
「あれは跳ねているだけじゃ。飛ぶというのはこうやって空に浮くのが飛ぶじゃ」
「何よりウサギには羽が無い」
「あるではないか頭の横に」
「何と馬鹿な、じいさまは賢い人じゃと思っていたが、こんな阿保とは。教えてやるから覚えておけ。頭の横についているのは耳じゃ、耳」と自分の耳を引っ張って見せた。
「そんなことは誰でも分っておる。だが猟師が四つ足を食べなんだら、みんな飢え死にじゃ。じゃから耳を羽じゃ、羽があるから鳥じゃ、鳥なら食っても良かろうと」
「鳥なら食ってもよかろうと、それなら他の四つ足も鳥と」
「ウサギなら目こぼしをしてやろう、だが、他はだめだ」
「だからウサギは一羽、二羽と数えるのか、世の中賢い人がいるものだ」
「殿、助から殿にしてもらいたいことがあると申しております」
「無理じゃ、今月末には参勤で江戸に参らねばならぬ」
「江戸でやってもらいたいことがあると」
「江戸で人に会って頭を下げよと申すのであろう」
「さようでございます。それが殿の仕事ですゆえ」
「そちは簡単に言うが、あれらがどれだけ意地悪か、知っておろう」
「無理を言って困るのを見て喜ぶ方々かと」
「わたしの気持ちも分るであろうが」
「今回は喜ぶ物を渡すだけ、意地悪な方々とは会いませぬ、喜んでもらえればそれで良いと」
「何をさせればよいのじゃ」
「何をとは」
「物をやるのじゃ、何かをしてもらうための賄賂じゃろう」
「まさか、そんなことをさせる部下は腹切りでございます」
「では何の得があるのじゃ」
「無くても宜しいじゃないですか。あえて言うなら、殿に友が出来れば」
「何と、その為に高価な物を送るのか」
「損して得取れと申します」
「助の考えることは分らぬ」
「ほんに」
「お前もじゃ」
「何と面白い事を言いなさる」
「間部さま、さあさこちらへ」
「珍しい物を見せてくれると言うから来たが、私から先方に行く事はないぞ。目上の者の方に出かけるのが正当じゃ」
「まあまあ、そう言わずに、こちらに座られてくだされ。殿も待っておられました。おいおい早くお酌をせぬか」
「これは珍しい酒じゃな。西洋人の酒と一緒かな」
「まあ一杯、殿も飲んでくだされ。後の楽しみが待っておりますゆえ。おい酒の肴が無いぞ、早く持ってこぬか」
「はい、只今」
「これはなんじゃ」
「これも西洋人の食べ物で、王族とか貴族とかの方々が食しておる物らしいです。あちらではチーズとかいう物らしいですよ。殿はこちらの方が良いでしょう。」
「それは何かな」
「これはウインナー ソーセージでございます、ちょっと味見をしてみますかな」
「ちょっと待て、これはうまい。初めて食べる」
「まあ燻製、早く言えば干物でございます」
「長州ではこんなうまい物を食っておるのか」
「こんな野蛮な食い物、上流の方の口には、合わぬと」
「これは何だ」
「鴨と言いたいが、兎の一種です」
「一種とな」
「まあ良いではないですか。次を持て」
「上に乗っているのは山苺だが、下の白いのは何か」
「まあ食べてからのお楽しみ」
「うまい、甘い。何だこれは」
「西洋菓子です。でも間部様はこちらの方が良いですかな」
「ああ、甘過ぎなくてわしはこっちの方が良いな。今夜は西洋三昧だな」
「まだまだ、お楽しみはこれからですよ」
「いやいや、おなかは膨れたし、強い酒ですっかり酔ってしもうた。これ以上は無理じゃ
」
「では寝所にご案内しましょう」
「それはすまんな」
「すぐ寝てしまわれたようです」
「しかし、よく連れ出せたものだ。わしも遠くで見るだけで、声をかけてもらったこともない」
「助殿が新井殿の知り合いに話をして、新井殿から間部殿にとつなげていって成果を出したと、後は殿と勘定奉行の私の仕事だと」
「それは藩が立ちいくかどうかの瀬戸際だ。わしだって出来るだけやるさ。まあ後は明日次第だ」」
「これはこれは間部様、よくお休みになられましたか。今、朝餉の用意をさせますから、先に手水でお顔を、新しいタオルを用意させておりますから、あちらへどうぞ」
「それはすまぬ」
「治親も待っておりますれば、ごゆるりと」
「さあさ、どうぞ。燻製の焼き魚と卵と漬物を用意させました。卵は生ですので、飯の上にかけて、醤油を少々垂らして食べまするが、田舎の食べ方ですので、お気に召すかどうか」
「昨日も頂いたが、燻製とはどういう物か、教えて頂きたい」
「おお、お気に召して頂きましたか。お土産に荷馬車に載せておきましょう」
「それと昨日の寝具のことだが」
「あれは良く寝れるでしょう、最近我が藩で開発した物で、敷き布団は綿で作り、掛布団は鳥の羽の綿毛を使っておりますゆえ、とても軽くて暖かい、寝るにはあれに限ります」
「普通布団は重くて冷たい物だが、 家宣様のご側室の輝子様が寝つきが悪くて困っておるのだ」
「ちょうど良かった、布団一組、土産に馬車に乗せておきました」
「いや、もらうわけにはいかない」
「それは困った」
「どうした」
「昨日食していただいた物や布団等を、もう馬車に乗せてしもうた。まあ輝子殿へのお土産なら賄賂には当たらぬと思いますが、それに、輝子殿に賄賂を贈っても、して頂くことはないし」
「まあ、そりゃ、そうだが」
「献上品ということで、騒ぐこともないと」
「まあそうだな、わしがもらうのではなく、お輝様にだからな」
「では、治親殿にご挨拶をして、退出することにしよう」
「治親様、治親様、間部様がお帰りとの事です」
「それはそれは、 節子もお見送りだ」出てきた二人は、皮装束で出てきた。
「何という格好をして居る」
「ああ、これは正妻の節子といいます」
「節子です。これからも長州藩を宜しくお願いします。治親も長いお付き合いをお願いします」
「いや、そうではない、その服装の事だ」
「これは、暖かいから」
「そうですよ、こんな寒い日はこれ来てないと凍えます」
「間部殿に持ってこよ」
「さあさ、着てみてくだされ、暖かいであろう」無理やり羽織袴を脱がされ、股引の上に革の上着と細い袴を着かえさせられた。なる程暖かい。
「おお、なんと暖かい」
「そうであろう」
「いやそうではなくて」
「ちょうど大きさも良いな、これを着て帰られよ」
「側室の輝子様、喜世様の寸法が分ったら、私のと同じようなのを用意させますが、聞いてみてください」
「そりゃあ、喜ぶだろうが」
「これを機に仲良くしてくだされ」
「いえいえ、こちらこそ」
「うまくやれたか」
「上々でございます。大体最後の方はどちらが身分が上か分り申さなんだ」
「それでうまくやったと申すか」
「最後まで、間部様の度肝を抜いて賄賂だとも分かり申さなんだ」
「賄賂か、一緒に飯を食っただけだが」
「どれだけの値段になるか、気づいた時はもう遅い」
「お前まさか、罠にかけたのか」
「私ではありませんよ。助殿です」
「なんと、助はそんなに悪い奴か」
「味方で良かったですね」
「奥方様もお疲れ様でした」
「童は何もしておらぬが、殿の横にいただけじゃ」
「いえいえ、節子様は美しいだけで、その魅力が武器ですから」
「少しは切ったか」
「いえ、間部様を、一刀両断でした」
「そうか、そうか、一刀両断は、気持ち良いものじゃのう」奥方は笑いながら奥に引き上げていった。
「ところで、商売はうまくいっているのかどうか、さっぱり分らぬのだが」
「そのような事は、商売は商売人に任せて置けば良いのです。下賤の事に殿が気を使う事はありません」
「この間まで、着物一つ買うにも下々のことを考えたら、このような物は必要ないって言ってたぞ」
「あの時はあの時、今は今でございます」
「顔を真っ赤にしてまで、言い訳をしなくても良い。分っておる。冗談じゃあ」」
「私は勘定奉行に抜擢されて、早十五年。明倫館でも塾頭を務めた身で才能に自信を持っておりました。我が藩の実情も、その改革も出来ると考えておりました。一万両として十年で返すとすると年千両、付きにすると百両弱、その百両を浮かすために冬はまず暖をとる炭を削って、十両、蠟燭が二両、あれこれ削って五十両、はっきり言って月百両は無理、我慢して我慢しても、十年は我慢出来ない。年貢も他所より高い。知恵を幾ら絞っても解決策が出てこない。その間に、借金は増える。商人の方も金額がこのまま増えればいつかは、藩がつぶれて、借金はパア、店は潰れて後は夜逃げか。藩が立ち直らなければ商人は共倒れ。いつそうなるか、でも早いか遅いかだけ、私が腹を切ってもどうにもならない。ずっと眠れぬ日が続きました。子供の寝顔を見ると、腹も切れない。」
「言うな、わしも同じだ。わしだって、全国藩主の子の中でも優秀な方だと思っている。善政をしいて名君になって、歴史に名を遺すなんて考えておった。でも現実は生易しい物ではない。だが助は我々が思いつかないことをやっておる。いっそ、奴が藩主になれば良いとさえ思う。」
「お互い無能で困りますなあ」
「何を言うか」
「ああ、無能者は私でした」
「わははは。お前はいい奴だな」
「殿もいい殿です」
「何です。お二人してにやにやして、気味が悪い」
「広信が奥にかんざしを買ってはと」
「何を気の抜けたことを、ちゃんと儲かってからにしなさい。そういうの買って狸の皮算用というのですよ」
「奥方の方が正しい」
「それより、あちこちの奥方を集めて家の産物の自慢でもしようかしら」
「それはいいぞ。広信も協力しろ」
「そりゃあ、私に出来る事は何でもやりますよ」
「そも前に何人か、桜を用意しなくちゃね」
「この時期桜はまだ早いですよ、花どころか葉もないですよ」
「それはいいです。誰かいい人いないですかね」
「いっそ、黒田の奥様はどうです。いい人で、このような企ても好きそうだし」
「もう一人くらい誰か」
「いっそ、将軍の側室、 喜世様なんてどうです。この間の件から、洋菓子とワインを何とはなしにせびりに使いが来るのですよ」
「まあなんと、飛んで火にいる夏の虫」
「まだ冬ですよ」
「いいんですよ」
「近いうちに連絡が取れるといいんですが」
「そろそろ夏の虫から連絡があると思いますから、問題は黒田様ですね」
「黒田殿にはわしから連絡を取ってみよう」
「日時が決まったら、加島屋と鴻池に任そう、広信、連絡を取ってみてくれ」」
「今日集まってもらったのは、お試し会というか、実際に飲んだり食べたりして試してもらおうという物だ」
「藩主の知り合いとか我々では話も出来ない方々の集まってもらって、噂を広めてもらおうという訳だ」
「実は、何人かに試してもらって、今度はその方々の知り合いに試してもらうというわけだ」集まった皆を見回しながら元貞は言った。加島屋、鴻池 菊屋 熊谷 伊藤 石見屋に助九郎と元貞、広信 の九人である。手伝いとして、茜と菊野もいる。女の知恵が必要な時、意見を聞く為でもある。
「今の出席者は、毛利の殿様と奥方、黒田の殿様と奥方、側用人の間部詮房様、将軍側室の輝子様、喜世様、徳山毛利の毛利広豊様だが、部下を連れて来るだろうから、世話をする者と合わせて、まあ今の処、十五六人だろう。後は藩主や家老に頑張ってもらうとして、できれば、五十余名位は集めたい。それも俺たちじゃあ会えないような人を」
「集めさえすれば、商売にしてみせるよ」
「こんな商品は他では手に入らない物だ。金さえあれば、絶対欲しい物だ」
「だから安くは売らない。これを持っていることが、位が高い、金を持ってる、他の人に優越感を持てるようにしたい」
「だから偉い人に試してもらいたい、あの藩主が頑張っているのに、我々がのほほんとしている訳にはいかない」
「あなたたちも十年後には日本一の豪商になってもらいたい」
「それだけの材料を集めたのだから」
「見本の人たちの革服はどうだ、出来たのか」
「出来ていても大きさが問題だ」
「寸法を測らせてくださいなんて言ったら、それ暗殺だって大騒ぎになる」
「そこに抜かりはない、大きさの似ている人を探して、そちらの寸法を測った」
「後は色を気に入ってくれれば良いが」
「問題は女だ」
「女か、難しいな」
「え、何、どこが難しいの。女はね、口を塞げばいいの」
「口って」
「スズメバチって知ってる」
「黒と黄色のでかいやつ」
「刺されば死ぬ」
「どうやって捕まえるか知ってる」
「あれを捕まえてどうするんだ」
「蜂の子は滋養があるし、薬にもなる」
「捕まえて巣の在りかを吐かせる」
「冗談はそれ位にしろ」
「冗談ではない、捕まえた蜂にこよりを付けて逃がす、それを追いかけて巣を見つける。隠密をわざと逃がして、隠れ家を見つけるって訳だ」
「それより女の口をどうやって口を塞ぐか」
「うまい菓子を食わせる」
「そして褒めちぎる」
「嘘でもなんでも、胡麻すりでも、女は褒められたら逆らえない」
「俺は無理だ、嘘はつけない」
「だからモテないのよ」
「そう言うのはあなたたちの本業でしょう、商売人さん」
「滅相もない、誠心誠意、真っ当、正直、これが商売のコツです」
「嘘言いなさい、売れるなら何でもやるのがあんたらでしょう」
「何という言われ方」
「だからこれはあなた方の仕事」
「無理ですよ。我々のような一般人がこんなお偉方と話をするなんて」
「大丈夫よ。自分に特になることには文句は言わないものよ」
「どんな偉い人でも、借金取りより、くれる人が好きなものよ」
「いつもの厚顔無恥で行けばいいのよ」
「何という言われ方だ」
「それでは、場所は黒田藩江戸屋敷、日付は十日後で、抜かりなく」
「助殿は黒田の屋敷に詰めていてください。茜殿、菊野殿も宜しく」
「あいわかった」
(21)幸せに見せねば人は去る
「これは三左衛門様、お久しぶりです。あの時は大変お世話になり、有難うございました」
「助殿もこの度はまた大役でご苦労様です。準備は宜しいですかな」
「ええ、準備万端整っております。所で殿様は御在宅でしょうか」
「奥の間で奥方とお茶してると思うが」それはちょうど良かった。三左衛門様もこれに着かえてください。そろそろ開催時刻になりますから、皆さんもおいでになるでしょうから」
「あい分かった」
「では茜」「はい」
「黒田 治之様、おはようございます。入っても宜しいでしょうか」
「おお助か、入れ、待っておったぞ」
「これが殿の衣装、こちらが奥方の衣装です」
「なんと、歌舞伎の衣装みたいだな」
「上様、なんときれいな」
「三左衛門様と加藤田様にはお渡ししておりますれば」
「お着替えが済みますれば、お茶を飲みながら待っていただければ。準備ができましたら呼びにまいりますので」
「将軍家の方々は」
「あちらの部屋で着かえておいでですので抜かりなく。ご安心のほどを」
「わしも輝子様、喜世様とは初めてだからな、気が重い」
「御冗談を、殿様ともあろう方が」
「見た目よりも気が弱い」
「まさか。でもお二人とも思ったよりも気軽にお話しいただいて良かったです」
「それでだな、少々人数が増えるがいかな」
「大丈夫ですよ、どなたでしょうか」
「小倉の小笠原 忠総殿、佐賀の鍋島吉茂様、鹿児島の島津綱貴殿だ」
「お気遣い、ありがとうございます、先程、間部様からも何人かご一緒されまして、
前橋の酒井 忠相様、水戸の徳川 宗堯さま、会津の保科正容様、中村の相馬 叙胤さまでございます」
「錚々たる面々だな」
「いえいえそれからで」
「まだいるのか」
「側室の輝子様からは彦根の相馬 叙胤様、松前の松前矩広様、仙台の伊達 吉村様、宇和島の伊達 村年様がおいでになります」
「どれだけ集めたのだ」
「まだまだ、側室お喜世の方からは、弘前の津軽 政兕、盛岡の南部利幹様、新発田の溝口 直治様がおいでになります」
「お前ら、天下でも取るつもりか」
「良いではありませんか、その真ん中に殿がお座りになれが」
大広間に大机を並べ、椅子を並べた形、給仕が百人は居てあわただしく準備をしている。
机の席には名前が書いた名札が置かれており、順次座っていく大机の後ろには小机と椅子が並べてあり、付きそいのいる者はそこに座るといった具合だ。
上座を除いて、大方席が埋まった頃、黒田家、毛利家が席に着いた。右上座が毛利家、左上座が黒田家である。二家は全員、皮の衣装を着ている。黒田 治之は濃い紫、奥方の亀姫はは真っ赤、黒田三左衛門と加藤田新作は黒、毛利治親は藍色、正室節子は明るい橙色、福原 広泰、益田 就恒、右田毛利広信は茶色。
最後に現れた間部詮房は上座中央に、側室 輝子の方がその右座に、側室 喜世の方がその左の着座する。詮房は鮮やかな青、輝子の方は黄色、喜世の方は桃色。皆はあっけにとられて、開いた口が塞がらない。まるで、魂を抜かれたが有様である。
案内役の元貞が上座横手から現れて、
「皆さま本日はようこそ新商品発表会においでくださり有難うございます。皆様もご存じのように、やんごとなき方々もいらっしゃいますが、とはいっても堅苦しい事は無しということで楽しんで頂ければ、ついでに目の保養をしていただけたら幸いです。
では初めに乾杯という事で、この屋敷のご当主の黒田 治之様に乾杯の音頭を取って頂きたいと思います。乾杯はワインでお願いします。なあに大したことはございません。ブドウで造った日本酒みたいなものですから。では黒田様お願いします。」
「ええ、お見お知りの方もございますが、黒田藩の藩主の黒田 筑前守 治之といいます。本日は、」
「お話は短めにお願いします」みんな大笑いで、場は明るくなった。
「皆さんの繁栄を祈願して乾杯」「乾杯」
「なお、本日食する物、見る物は、加島屋さん、鴻池さん、菊谷さん他、毛利産業組合で扱っておりますので、宜しくお楽しみください、なおこれより先は飲み物、食べ物等は給仕の言って頂けばご用意します。お好きなだけ頼んでください。それから、特別衣装を着ておられる方のこの衣装は、西洋王族、貴族の着用される物で、帽子、手袋、靴と合わせれば、真冬でも外の雪の中でも眠れる程暖かいそうです。それから、先程より出ている黒い食べ物、熊の肝臓の燻製は男性の夜のあれに効くそうですが、保証は致しかねます」軽快な口調に来客は乗せられて、酒も手伝ってか野次を返している。
男性はウイスキーとウインナーソーセージに、女性はワインとチーズに人気が集まっているようだ。ただ、毛皮衣装にはおっかなびっくりで、特に、内側が兎やイタチの毛が張り付いている物は、手触りが良く暖かくて、皆が欲しがった。黒田三左衛門や福原 広泰の上着は次々と脱がされて、着たら返してくれなくて困っている。どうやら三左衛門は
島津綱貴に、広泰は伊達 吉村取り上げられたようだ。それを見て、加藤田新作は徳川 宗堯に、益田 就恒は井伊 直通に、右田毛利広信は鍋島吉茂に剝ぎ取られたようだ。ハゲタカと狼の群れの中にいるようだ。取られるの分かっていて
「この手袋と長靴は何としても上げられません」と大声を出す物だから、一緒に来た付き添いや部下に剥ぎ取られた。もうすっかり持って帰る気だ。
「そろそろお酒の過ぎている方もいらっしゃるようですので、極楽の寝具を紹介します。誰か私が試してみようという方はいらっしゃいませんか。見ての通り美女と寝る事となりますが、誰かいませんか」
「こういうのは私の出番であろう」松前藩の松前矩広が出てきた。
「これは松前矩広様、さすが矩広様」
「お主、初対面だと思うが」
「何をおっしゃる矩広様、夜の世界で一番モテるとお噂の方ではありませんか、知らぬ者などおりません。凛々しい眉に大きな鼻、引き締まった唇とどこをとっても美男のお方」
「いいから早くしろ」
「では上着と袴を脱いでお布団の中へ入っていただきましょう。ただし、女性にお触りにならぬよう」
「じゃあ何の為にいる」
「男の寝ている図なんて誰が見たいもんか」
「それより、寝心地はいかがでしょうか」
「敷布団は柔らかくて、掛布団は軽い。その上暖かくて、寝てしまいそうだ」
「後、試してみたい方はどうぞ、食べるもの、飲み物もまだまだ有りますゆえあちらへどうぞ。それから女性陣は甘い物を用意しますので奥の部屋にどうぞ」
「こんなの毎日食べてたら太っちゃうわね」
「それでも辞められないのが女ね」
「時間があったらこうやって時々集まれればいいのにね」
「私、富士山を初めて見た時すごいと思ったの」
「何の話よ」
「今ね、このワインの瓶を見た時、なんと奇麗って思ったの」
「私は、このチーズを食べた時何とおいしいのかしらって思ったわ」
「あなたは平和で良いわね」
「私はおいしい物が食べられれば満足」
「私は苺ケーキのほうが好き。フワッてしてて、雲を食べてるみたい」
「私はそれより、この服が気に入っているの」
「この色素敵よねえ」
「私もっと硬いのかと思っていたの。柔らかくて暖かで、動き易くて、西洋で高貴な方が着ているというの分かるわ」
「私は靴と手袋が気に入ってるの」
「この手袋すごく薄くて柔らかくて、皮膚の上にもう一枚皮膚があるみたいよ」
「私は靴がいいわ。草鞋や草履じゃこんなにならないもの」
「この歩いた時の音がいいの」
「しびれるわ」
「あのう、いいですか」
「なあに、黒田さん」
「怒らないでくださいね。側室のお二人、仲が悪くて、悪口の言い合いで、相手を陥れたりと、険悪なのかと思っていました」
「城ではね、付きの者通しが競い合ったりしてて、そんなに目を三角にしなくてもとか、着物の色がちょっと似てるだけで、もう大変」
「あちらの女中を陰で虐めたり」
「何でそこまでするのかと思うけど」
「それはね、相手を追い落とすとね、業者や商人からの付け届けや賄賂が変わるのよ」
「内は賄賂なんか貰ったことないわよ」
「ほんと箱入りは、何も知らないんだから。実家に行ってごらんなさい。どれだけ高級な物が届いているか。それも女中、付き添い、世話係までね」
「大なり小なり、どこでもいっしょ、どこでもあることよ」
「私たちはずっと仲良くしたいわ」
「金と位がつながっている間わね」
「せちがない世の中ね」
(22)お天道様より渇水対策
「この田を全部つぶして水をためて、渇水時のため池にする。お前が決心してくれたおかげで周りの農民が助かるし、他の村も納得してくれた」
「じいさま、ばあさまには泣かれてしまいました」
「その代わり、この地の水調整役を任せる。我ら武士よりもずっと農家で育ったお前の方が事情がよくわかる」
「来月には福原 広泰のご子息の 福原元貞から、お役おおせ付けの目録を賜ることになる」
「晴れて武士の身分だ」
「名前がいるな。小鯖村、鳴滝中村の武吉だから、中村武吉はどうだ」
「そんなこと勝手に決めていいのですか」
「福原元貞様は私の義理の兄にあたる。私から言っておく故、気に入らねば、他でも良いぞ」
「気に入らぬなど、とんでもない」
「家がいるな、大きくなくても、門の付いた家と、中元と女中。家は地区の者を集めて建てればよい。金は藩より出させよう。中元と女中はどうする
「あのう、それは父でもよろしいのでしょうか。女中も知り合いの娘がいいのですが」
「では親父殿を呼べるか」
「すぐ呼んでまいります」
「お呼びだそうで」
「息子の事だが、名を中村武吉でどうだ」
「どうだといわれても」
「小鯖、大内地区で渇水対策の調整池を作りたい。その調整役の役人に武吉を任せようと思う。役人であるからは武吉に武士の身分になってもらうことになる」
「そんなもったいない」
「責任者になるということは失敗すれば、切腹という事もある」
「ええ」
「いやそうならぬよう我らも協力をするつもりだが、そちたちにも頑張ってもらわなければならぬ」
「我らにできるでしょうか」
「とにかく上にあがれ、飯でも食いながら詳しい話をしよう」
「私たちはここで」
「そこでは話しにくい。上に上がれ」
「我々農民は上に上がれる身分ではないので、百姓は土間か土間の上に藁をしいてそこにしか」
「分かっておるが、武吉は武士になる。その武吉のてて親を下に置いておく訳にはいかんだろう」
「武吉は上に、我々はこのままで」
「話が進まぬゆえ、これで話をしよう。武吉が言うには中元はそちらに、女中は親せきの娘にというておるがそれで良いか」
「ありがたいことで」
「では明日庄屋、名代を集めて話をしよう」
「役邸の場所は大内、小鯖の中ほどの下小鯖、柊辺りでどうであろうか」
「まあ、だいたい真ん中だからいいんではないか」
「お役の責任者はこの地区の事情が分かるものが良いと思うが」
「そりゃあその方が良いが、威張り散らして、何もしないお侍様じゃあ、誰がなっても同じじゃ」
「そこで、ここに住んで、皆も知ってる者を推挙したい」
「誰じゃあ、誰じゃあ」
「小鯖村、鳴滝中村の武吉じゃあ。」
「武吉は良い奴だが、お侍じゃない、俺らと同じ百姓じゃぞ」
「百姓がお役人になるのか、そんなことができんか」
「私が 永代家老の跡継ぎ、産業奉行の福原元貞殿に推挙する。」
「武吉は侍になるのか」
「そうだ、中村武吉になるのだ」
「武吉は庄屋の手伝いに行った時、台長の付け方を教わり、その時読み書き算盤を習っておるから、ため池の帳簿も付けられるだろう」
「帳簿か、わしらじゃ無理よのう」
「それで役宅をみんなでつくって欲しい。もちろん賃金と昼飯付きじゃあ。十五歳以上なら誰でも良い。それと飯炊きが二人いる。無理にとは言わんが宜しく頼む」
「武吉、いやこれからは中村様か、うちの娘を嫁にもらわぬか、わしに似つかんベっぴんじゃ」
「いや、うちの嫁の妹は、器量良しで、働き者ぞ」
「口説いても無理じゃぞう」
「何でじゃあ」
「清兵衛とこの加奈に惚れしょる」
「ほんとか」
「顔真っ赤にして、嘘じゃあ言うても、誰も信じぬぞ」
「じゃが、加奈が断ったらそれでしまいじゃあ」
「清兵衛はどこじゃ、大事な話ぞ。」
「これは皆さん、何事かな」
「武吉がお前の娘の加奈を嫁にしたいと言うておる。どうなんじゃあ」
「どうと言われても初めて聞く話じゃて」
「どうするんか、はっきりせえ」
「まあ帰って娘に聞いてみないと」
「おおい、加奈さんはここにおるぞ」
「連れて来い、照れてこの」
「加奈さん、武吉、いや武吉さんがおめえを嫁に欲しいと言っておる。返事はどうかの」
「そんなみんなで問い詰めるようなことをして」
「私は武吉さんさえよければ」
「だから無理を言うような事を、えっ、なんと」
「だから武吉さんが良いなら、私は喜んで」
「おい、聞いたか、これで後は婚礼の日取りだ」
「仲人がいるぞ、木村様はどうな」
「木村って誰な」
「先程のお役人様じゃあ」
「それは良い、頼んでみべえ」
「まだ帰っておらんでは」
「言って見て来い」
「木村様あ、お話があります、ちょっと待ってくださいませ」
「茜、ちょっと待て、誰か呼んで居る」
「先程の庄屋さん、あんなに慌てて何事かしら」
「武吉が今度結婚することになって」
「それはめでたい」
「それで、木村様に仲人をお願いしたいと」
「私か、私はそんな大役したことがない」
「良いではないですか」
「茜殿、あなたもですよ、仲人は夫婦二人でやるのですから」
「わたしはやってみたいわ」
「わかった、引き受けると言っておいてくれ、細かい打ち合わせは後程ということで」
「役邸が出来たら、新築祝いを兼ねて結婚式をするのはどうかしら」
「それもいいねえ。そうしよう」
(23)明日のご馳走より今日の芋
「元貞殿、武吉、飢饉の時の対策は灌漑用ため池と飢饉に強い作物だ」
「ため池は大雨の時は池に水を貯めることで洪水を防止するし、雨の無い時は池の水を少しづつ使うことで作物を枯らさないようにする」
「だが、飢饉に強い作物とは何だ」
「それはさつまいもとそばだ」
「さつまいもとは、食べたことが無い」
「結構甘い芋だ。おやつにもなるし、おいしいぞ」
「前の飢饉の時、薩摩藩では飢えで死んだ者はいないという話だ」
「初めに種芋を植えて、弦が伸びてきたら、それを一尺位の長さに切って、植えるとまた生える。一つの弦から十個位取れるから、一個の種芋から百個くらい取れるらしい。」
「なんだそれは、前つばじゃないのか」
「分らんが、やってみる価値はある」
「そばも痩せた畑でも取れるし、うどんのようにしてもうまいし、乾燥しておけばずっと持つという話だ」
「これを手に入れるのだ。豊作の時は江戸、大阪に売り、凶作でコメの無い時は芋やそばを食べるという訳だ。それで飢饉を乗り切る」
「それを武吉にこの山口でやってもらいたい」
「種は元貞、黒田の殿様からもらえることになっている。その代わり洋酒を百樽と引き換えだ。乾燥に強いから、小鯖で試してもらいたい。そこで種を増やして長州全土に広げる」
「なあ助、何でこんなこと今までやらなかったんだろうな」
「それは死ぬのは百姓で、お侍は百姓から無理やり取り上げればよいからです。」
「自分が死んだり、娘を売ったり、人減らしをしたりするのは百姓ばかりか」
「飢饉の年は米も値上がりして、商人は大儲けが出来たりするらしいですよ」
「いつの世も泣くのは弱い者か」
「これは長州の未来がかかっている。忙しくなるぞ。そういえば、役邸が出来上がったそうだな。では新築祝いと結婚式の日取りを決めねばな」
「来月初めの吉日でどうだ」
「ではそれで準備を進めよう」
日本では、農耕民族として婚礼式は農閑期にという発想でしょうか、古来より十一月または十二月が結婚によい時期とされてきました。
また、「昏時に礼を行う故、婚礼と言う」とあるように、夕方に式が行われる事が常であったようです。
結納は戸主に贈る事が本来の意味でしたが、この時代になると嫁に贈ることとなりました。
式当日になると正午に婿方の家で婚礼の式を挙げるので、嫁女は朝の内に身支度を整え神仏に拝礼をし、父母等への礼や挨拶を行い、別れの杯が行われます。
その後、婿方の案内に従って婿方に赴きますが、昔は輿に乗って嫁入りした事から、輿入と呼ばれました。
婚礼式には「陰陽合杯の式」として「陰の式」と「陽の式」があります。
陰の式は神に捧げる正式であり、飾りは清楚にして、衣服はもちろん、器に至るまで白を用います。
また陽の式は人としての式であり、色直しの式であることから衣服は紅色を用い、器等もすべて色物を用います。
神酒を入れた瓶子を置き、瓶子より神酒を提子に移し、さらに銚子に受けて、この銚子にて酌をする、いわゆる三三九度の杯を交わしますが、これを合杯の式といいいます。
杯事は嫁から始め、本膳では嫁に三献酌をして後、婿に三献酌をします。二の膳では、逆に婿に三献酌をして後、嫁に三献酌をします。三の膳では嫁から三献酌をして後、婿に三献酌をします。陽の式では、動作は全て右回りとなり、杯事も婿方から始まりますが、左回り、右回り、女性から盃ごとを行う事も「古事記」の柱を巡った、また言葉を発した故実から来ているのです。
いずれの式においても三度ずつの九度杯を差すことから「三三九度の杯」と一般に称されています。
とはいえ、実はこの時代まで「結婚式」という言葉や概念はなく、こうした風習は婚礼のための儀礼であり、花嫁の「道具入れ」、花嫁の「嫁入り」、親戚縁者へのお披露目「祝言」の三つが行事として定着しました。
「仲人は木村助九郎殿、茜殿を媒酌人として、中村武吉殿、加奈殿の結婚式の戯画執り行われました」
「只今、婚礼の儀、滞りなく行われた事をご報告いたします。おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ではこれより、披露宴を執り行います。」




