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第1章 運命の出会い

(1)いざ鎌倉より飯が先


時は江戸中期、ここは長州山口、野田神社の裏手軒下に汚らしい浪人が腹を減らして寝ている。思い出したくも無い思い出が、何度も夢に出てくる。と、その時若い女の切り裂くような叫び声が。

「このような無礼、許しませぬぞ。」

「おお、いいねえ。若い女の威勢のいいのは」

「無体な真似はおよしくだされ」一人が女をはかい締めにしている。髭もじゃの大男が女を下から覗きこむように女を見上げる。

女がその男を平手打ちにしようとするが、すぐに手を掴まれてねじり上げられる。

「気の強い女もいいねえ」痩せた浪人がやってきて、耳をペロンと舐め上げた。

「私は永代家老、福原広泰の娘、無礼は許しませぬぞ」叫ぶように言うが、薄汚い浪人どもが、そんな事で引き下がる訳が無い。背の低い、釣り目の男が

「初めてなんだろ、大丈夫だよ、優しくしてやるからな」

「こんな事をして只で済むと思っているのですか」

「それが只で済むんだ、大丈夫なんだよ。ある方から頼まれたんだよね。後の事は全てあの方がやってくれる事になっているからね」

「辱めを受ける位なら舌を噛んで死にます。」

「それならそれで構わぬよ、裸にひん剥いて大通りに放り出して置くから。それはそれで御家老様は大恥だろうが、みんなは喜ぶ」大男が楽しそうに笑う。

「何をグズグズしている。早く神社の中へ、人が来る前に連れ込め」後ろにいた目の鋭い男が怒ったように言う。

「これで一両ずつとはいい仕事だ」

大男が娘をはかい占めにして、小男に言う。

「お前は足を抱えろ、娘、痛い目に合いたくなかったら暴れるなよ」

寝ていた浪人はのそっと起き上がり、ゆっくりと皆の方へやってきた。長身の上、服の上からも筋肉の盛り上がりが分かる位の筋骨隆々である。だが袴は脛が出ているし、襟は擦り切れて、けば立っている。髪はぼうぼう、あごひげは伸び放題、風呂も何日も入っていないらしく汗臭い。

「おい、お前ら、せっかくお腹の虫を静かにさせて眠らせた所なのに、どうしてくれる」

余りの巨体の大男に驚きながら

「なんだあ、痩せ浪人の素寒貧は邪魔をするな、黙ってあっちへ行っていろ」

「そうもゆかぬよ、一度起きた腹の虫は簡単には静まってくれぬ」

「何を訳の分からぬ事を、命が要らぬらしいな」

「そこのお女中、どうだ、こいつらを片づけてやるから、飯を食わしてくれぬか、汁物と漬物を付けてくれればなお良いのだが」

「手前何を勝手な事を言ってやがる」

「待て待て、返事がまだだ。、どうするお女中」

「分かりました、お願いします。うまく追い払って頂けたら、魚の干物と酒を付けます」

「それは頂上、そういう訳だ、怪我をせぬ内におとなしく放せ」

ぬうぼうとした男の動きに、力はあるが動きは遅いと踏んだ狼藉者は

「何を勝手な事を、お前から死ね」小男が浪人に向かって行くが、軽くいなして小刀で右手の手首を軽くはね、筋をチョンと切る。それを見て残りの二人は浪人を挟み撃ちにしようと動くが、長身の浪人の右手首を小男と同じように切った。慌てた残った浪人が逃げようとしたが、足払いで倒し刀を突きつける。

「誰に頼まれたんだ、吐け」

「名前は知らない。一人一両で覆面の男に頼まれただけだ。本当だ」

「一両のために人を切るのか」

「背に腹は代えられぬ。もう三日も食べておらん」浪人は、俺も同じだと苦笑い。浪人は黙って他の二人同様、右手首の筋をはねた。三人はバラバラになって逃げたが、浪人は鼻から追うつもりが無い様だった。

「お怪我はありませんか。立てますか。」

「ありがとうございます。何ともありませぬゆえ」

「では屋敷までお送り申そう」浪人は女の後を一歩下がって着いて行く。

辺りは薄暗くなり始めていた。天花より下竪小路に向けて人通りはない。

「屋敷はもう少しでござります故」

「いやいやお気遣いあるな」

「そういえばお名前をお聞きしておりませぬが、何とお呼びすれば。私は永代家老、福原広泰が娘 あかねと申します」

「それは良い名だ。某は木村助九郎、故在って浪人をしている」

「助九郎様、ご事情がある事と存じますゆえ、深くはお聞きいたしませぬ」

その時、薄暗闇の中、刀の打ち合う音が聞こえる。

「お主ら、福原広泰と知っての狼藉か」

「黙っているのは知っているという事か。宍戸親朝の手の者か、そこまで落ちたか親朝」

多勢に無勢、押されている。二人は取り逃がさぬよう囲まれている。

「お父様」

「茜か、危ない故下がっておれ」

「助九郎様、お願いでございます、助けて下され」

「あい、分かった、ここまでくれば乗り掛かった舟だ」

小刀を抜くと、曲者どもの間をスルスルッと通り過ぎれば、曲者たちの右足の筋が切られている。その向こうにいた男も右足の足首をはね上げるように軽く切る。隣の男も同じように、そうやって次から次と十人余りを切った。

と、街角の陰にに疾風の如く走って行き、そこで逃げようとした覆面の男の右足の筋を切った。

捕まえるのかと思ったら、逃げる曲者に

「すぐに手当てをしろよ」と言いながら福原広泰達の方へ歩いていく。

「有難うござった。御蔭で助かり申した。してお点前は、初めて見る顔のようだが、藩の者ではないな」

「実は、私も野田神社の裏手で浪人者に襲われている所を助けて頂いたの」

「それは返す返すも有難い」

「そんな事より、曲者どもも逃げたようですから、お家に入りましょう、夕飯の準備をしますわ」

「してお主は」

「お初にお目にかかります。拙者は木村助九郎と申す、故在って浪人に身をやつして居り申す。野田神社で寝て居り申した所、茜殿が浪人どもに襲われており、見過ごす事もできぬゆえ、追っ払った所、食事をして行かぬかと言われて、のこのこ付いて来たわけで」

門の戸を叩きながら、若い方の男が

「おうい伝三、今帰ったから木戸を開けてくれ」

「へえい、ちょっとお待ちを」通門扉が開いて

「皆様お揃いで」茜を先頭に皆屋敷に入る。

「お滝に湯を持って来させてくれ。さあ助九郎殿も中へ」

「では遠慮なく」一同玄関へ、そこに女中が湯を入れた桶を持って来た。

「助九郎殿、足湯を使ってくだされ」

助九郎は黙って頷くと、上がり框に腰を下ろし、片足ずつ桶に足を入れ洗った後、女中から手渡された手拭いで拭いて家に上がった。若い男について、六畳ほどの部屋に案内された。真ん中に卓袱台があるので、その周りに腰を下ろした。

「それにしても先ほどの剣は相当の腕前。新陰流とお見受けしたが」

「そうではござらぬ、新陰流の流れはくむが、運籌流(うんちゅう)と申す田舎剣法でござる、お恥ずかしゅうござる」

「いやいや、十五六人は居たと思うが、一度も剣を合わすことなく、流れるような動きは水が高きから低きに流れるが如くで、思わず見とれてしもうた。大したものだ。」

茜は女中に指図をしながら食事の準備をする。女中のお滝が酒と白菜の漬物を小皿に入れてお膳を持ってきた。女中から受け取ったお膳を並べ終わった色白の男が声を掛けてきた。

「準備が出来たゆえこちらで話し申そうぞ」

上座に当主、向かいに助九郎、間に配膳をした男の順に座った。

「襲ってきた者どもは浪人には見えなかった所を見ると、家老殿には誰か分っているのではないかと思うのだが」

「筆頭家老の宍戸親朝の手の者に違いありません」若者が言った。

「顔も見ていないのに憶測で物を言うではない」

「私には子細わかりませぬが、ご家老の政敵という所ですかな」

「宍戸親朝の息子の元礼が親に輪をかけた悪い奴で、商人に賄賂を要求したり、好き放題やりたい放題で、茜のことにしても」

「茜さんがどうしたんですか」

「嫁にもらってやるから差し出せと」

「何という不埒な事」

「あちこちで手を出して、飽きたらポイで、そんな奴に大事な妹はやれない」

「はいはいお食事の用意ができましたよ、お約束の汁物とアジの干物に沢庵の漬物、芋の煮物」

「これはご馳走だ」

「約束とは何だ」

「助けてくれる駄賃にお食事をと」

「それは安い駄賃だな」

「ですからおまけにお酒を付けました」

「いや、飯にありつけるだけで有難い」


「それはそうとお主の流派、運籌流(うんちゅう)とは聞いたことがないが」

「 「籌」は、謀の意味で、勝を千里の外に決すとは自らは現場から離れて謀を巡らし、遠い戦場での勝利を得させる。 運籌流とはその場にいなくても、遠くから謀を巡らして勝つ、簡単に言えばそういう流派という事。まあ宇宙の理とでもいうか。」

「何か難しそうなお話ですのね」

茜が笑いながら助九郎の隣に座って、酒を注いだ。

「お宿は決まっていますの」

「雨風をしのげる神社の軒下がいい所だ、だからあの神社にいた」

「では今夜はここにお泊り下さい

「某は助かるが、ご迷惑であろう」

「命の恩人、迷惑なんて事あるはずがありません」

「まあ一杯飲んで飲んで」

「いや某、余り酒は飲めなくて」

「そう言わないでもう一口、名代の生一本とまではいかなくても、良い酒ですよ」

本当に弱いらしく、そんな風に飲まされている内にすっかり酔っ払って、眠り込んだ。

男は女のお酌だと飲み過ぎてしまうものだ。

「やだ、寝ちゃいましたよ、どうします」

「茜は客間に布団を用意しろ。元貞は足の方を持て」

二人で抱えて隣の部屋の布団に寝かせた。

茜は男がすっかり寝ているのを確認しながら襖を閉じた。

「でも何者なんですかね。相当の凄腕ですよ」

「これだけ腕が立つなら、名前くらい噂があってもいいと思うが」

「十五、六人を一瞬ですよ、剣裁きも見えなかった。父上は何で新陰流と」

「以前江戸に行った時、御前試合を見た。その時と感覚的にだが、似ているなと」

「父上もまた襲われるかもしれない。助九郎殿を何とか取り込めないかな」

「何か事情を抱えているみたいだし、難しいんじゃない」

「茜も襲われたそうじゃないか」

「茜、お前、あいつと一緒になる気はないか」

「父上、何を言い出すんですか」

「阿奴はただ物ではない。何としても我が手の者に欲しい。これ以外やつを取り込む方法はない」

「一緒になれと言って、はいそうですかと言うとも思えませんが」

「いやわしに考えがある」

三人は顔を近づけて何かヒソヒソト相談している。


(2)美人の嫁は美人局で

朝が明け、助九郎は二日酔いで痛む頭をしながら、起き上がろうとした時、柔らかい物が手に当たった。布団をめくった時目に入ったのは寝巻の女性が寝ている。何が何だかわからないでいる時、兄の元貞が声を掛けながら障子を開けた。

「茜、起きているか、朝寝坊だなんて珍しいじゃないか」

中の二人が一つの布団で、寝間着を乱して、しかも男の手は茜の胸を掴んでいる。

「何だこれは、どうなっている」男は取り乱して

「これは何かの間違いだ、信じてくれ、私は何もしていない」

「何もしていないかどうかよりも、まずは胸を触っている手をどかさねえか」

「これはすまぬ、本当に何も知らないのだ、昨日はすっかり酔って何も覚えていないのだ」

「酔っていれば何をしてもいいのか」

目が覚めた様子の茜は泣き始めた。そこに父もやってきた。

「これはどういうことか。嫁入り前の娘が何ということか」

と言いながら茜の頬をぴしゃりと叩く。

「父上、お許しください」

「茜殿は何の悪い処もない、悪いのは私だ。罰なら私がすべて受ける。茜殿を責めないで頂きたい」

「とにかく身なりを整えて座敷に集まって、今後を相談しよう」父は荒々しく立ち去った。

「早くしろよ」と言いながら兄も立ち去った。茜は襟元を合わせながら恥ずかしそうに去っていった。

残った助九郎は呆気にとられ、事情が分からずのろのろと自分の服に着替え始めた。もし茜に何かしたのなら覚えていないのが残念だと、不埒な事を考えながら、ポンポンと袴の結び目を叩いた。覚悟を決め居間の方へ歩き始めた。居間には三人とも座って待っていた。

「急いでやらなければならない事が二つある。一つはこれが漏れないように家の者に口止めをしなければならない。漏れれば我が福原家の一大事、ご先祖様に申し訳が立たぬ。もう一つが許嫁の槇村正直殿に何と申し開きをするか」

「結納金の倍返しが通常ではあるが、」

「いい人だけに騙し取ような事になって」

「そんな事を言って居る場合ではない」

「そなたはどう考える」

「どうと言われても」

「噂が漏れる前に婚約してしまわなければ」

「私がですか」

「そなたが責任を取らぬで誰が責任を取るというのだ」

「茜殿はそれで良いのですか、こんなどこの馬の骨とも分からぬ者と」

「こうなったら他に嫁ぐことは出来ませんから」いけしゃあしゃあとにっこりして言った。

「お主の身元だが、広島の伯母上の所の五男という事にしよう。剣術ばっかりで、士官が叶わなかったという事にして、私を頼って今度こちらに来た事にする。しばらくは私の書生をするということで良かろう。元貞は槇村殿の方を頼む」

「分かりました、お任せください」

「各々抜かりの無い様頼むぞ」

「私はどうしたらいいのでしょう」

「私の書生だからいつでも私の傍に居ればよい」

「着る物がこれでは」

「私のが着れると思いますよ、茜、出して差し上げて」

「分かりました。助九郎様、暫くお待ちを」

「その間に髪と髭を整えなされ」

「分かり申した」流れに身を任すほかないだろうと、覚悟を決めた。

女中から剃刀と水を入れた桶を受け取り、広縁に座り髭を剃り始めた。

髭を剃り終えた頃、茜がやってきて、髪を整え始める。

「ちょっと宜しいか。」

「何で御座りましょう」

「何も知らぬ私とそなたが結婚することになったが、茜殿はそれで宜しいのか」

「私では助九郎様はご不満ですか」

「滅相もない。美しく、聡明な茜殿に不満などあるはずも無い」

「ではそれで良いではないですか。武士の娘に生まれたからには、何事もお家のため。親が決めた嫁ぎ先に従うのが当たり前、そうで御座いましょう」茜は明るく笑った。

「許嫁の方は宜しいのでしょうか」

「宜しいも何も父が決めた縁談、まだお会いした事もありませんゆえ、どうと言われましても」

「おうい、支度は終わったか」父の声がした。

「はあい、ただいま」茜が答える。

「御髪も整いましたので、こちらの着物に着かえて下さいませ」

茜の着替え手伝いに、戸惑いながら着替えを済ませて、玄関の広泰の元へ急いだ。

「おおう、よく似合っておりますぞ。では早速登城いたそう」

「本当に私が付いて参って宜しいのですか」

「何を、娘の許嫁を皆に紹介しなければならん。こういうことは早い方が良い。悪い噂が立つ前に先手を取るが頂上」と言って大きな声で笑った。

「でもこれは真似事で御座ろう。うまく騙せるで御座ろうが」心配そうに聞くが、

「これは芝居では御座らぬ、それとも娘の茜にそこもとはご不満か」

怒ったように言われて、

「美しく、賢い娘御、某に不満は御座らぬが」

「そうであろう、少々お転婆ではあるが、城下でも色白美人と評判で、わしの自慢の娘じゃあ」

「これはこれは福原殿ではないか、籠にも乗らぬで、相変わらずのけちでござるか」

後ろから来た籠が二人の横に止まり、開けた扉の中から扇子を振りながら笑って言った。「右田毛利殿か、籠を担ぐ中元が腹を壊しましての、こうして歩いておる。年を取ると城まで歩くだけでも体に堪える」

「早う隠居なさるが良い、もう爺の出る幕ではないぞ、時代は変わったのじゃあ」

「そうしたいは山々なれど、貯えが乏しい故、老体に鞭打って頑張らねばならんのよ」

そう言って高笑いをした。何を言っても堪えぬ広泰にむすっとして

「じゃあ、お先に」と言って籠を進ませた。

「どなたですか、無礼じゃないですか」

「右田毛利の広信殿じゃあ、一門家老筆頭の宍戸親朝の腰巾着よ。それよりお主の顔をにらんで居った故、今頃詮索に忙しかろう」

「あまり目立たぬようにしたいのですが」

「噂をするが仕事のような奴らだ。相手をせずに済むなら良いが、まあ無理だろう」

「福原殿、無事で御座ったか、安心しました。昨日は若い者で何か企んでいるという噂を聞き申したで、心配して居り申した」

「これは益田殿、ご心配を掛け申した、こちらは木村助九郎殿、茜の許嫁で御座る、こちらは益田就恒殿で同僚だ、いつも世話になっておる」

「いやいや、そんな事は無い、世話になっているのはこちらの方じゃ」

「そろそろ刻限じゃあ、増田殿急ごうぞ」


(3)殿、評定でござる

福原 広泰は左列筆頭の家老の席にドカッと座り、助九郎をその後ろに控えさせた。向かいに座っている毛利家一門家老筆頭の宍戸 親朝がそれを見て

「お主、ここをどこと心得ておるのか、ここは殿をお迎えしての評定の場なれば、どこの誰とも知れぬ者をこの場に入れるとは、このたわけが」

「これは親朝どの、これには仔細がご座るのよ。実は昨夜のこと、十人余りの刺客に襲われ申しての。たまたま親戚のこの者に救われ申したが。他の方々も襲われぬよう、殿にご報告申し上げねばと思い、連れてまいった次第、ご了承くだされ」

益田 就恒が膝を乗り出して

「大丈夫でござるか」

「ほれこの通り、ピンピンして居り申す。この甥御が全て返り討ちにしたゆえ、今頃はみんな押し入れの中でブルブル震えており申そう」

「毛利家重役を徒党を組んで襲うとは、一大事ではござらぬか、殿に報告の上、不忠者を捕えて、切腹の上、お家断絶にしてやり申さねば」

「まあまあ 就恒殿、そう興奮なさるな。それに余り大事にすると幕府の耳に入る事になるやもしれんでな」


「殿のおなりい」

その声で一同、話を止め正座をし姿勢を正して、頭を下げ殿を待つ。

家老他、重臣の並ぶ前、山口長州八代目藩主、 毛利治親が皆より一段高い上座にドカッと腰を下ろして、機嫌の悪そうな顔で家臣を睨むように見回した。

「本日も殿においては御機嫌麗しゅう存じます」福原 広泰が皆を代表して言上した。

「機嫌が良い訳があるか、例によってまた黒田から剣術試合の申し入れがあったぞ。

黒田藩には神蔭流の加藤田新作という途轍も無く強い化け物がいる。去年もその前も無残に負けた」

「うちにきやつに勝てる者などいない。黒田治之の高笑いが聞こえるようじゃあ」

「でも断れない、でござるか」

「殿、これに推薦したき者がおります」広泰がずっと前に乗り出して言った。

「そちは誰か、初めて見る顔だが」

「私の広島の伯母の孫で名を助九郎と申します。この度私を頼って出て来まして、剣は運籌流の免許皆伝でありますれば」

「運籌流など聞いたことも無い、そんな田舎剣術で多少腕が立つ位ではどうにもならぬ」

「どうでしょう、選抜予定の四人と立ち合いをさせて腕前を見るというのは」宍戸 親朝が言う。

「そちもそれで良いか」

「分かりました」平伏をしたまま助三郎は言った。

「では昼から中庭で立ち会わせることにしよう。親朝は他の者を集めておけ。広泰、当てにしても良いのだな。推挙したものがつまらない者なら、明日から登城及ばぬと覚悟しておけ」

「分かり申した。首尾は上々、早速準備いたします。では我々も準備いたそう」広泰はニヤッとして立ち上がった。助九郎も黙って付いて行く。

「助、まだ少し早いゆえ腹ごしらえをして、ゆっくり時刻を待とうぞ」

「分りました」


(4)腕前は隠して

正面に立ち会う者、四人が並んで立っていて、前右横に筆頭家老の宍戸親朝と右田毛利広信がひそひそと何か話をしている。

「椋梨藤太の顔が見えないようだが」

「何か怪我して出られないという事です」

「何と大事な時に。それに親基が朝からいないようだが何か知っているか」

「いえ何も聞いていません」

「そうか。このような時遊び惚けてから」苦虫を嚙み潰したように、奥歯をギリと言わせた。

「殿のおなりい」

「皆の者ご苦労、さて親朝、どのように進めるのか」

「四人なので勝ち上がりで、如何かと」広泰が答えると

「本来の候補に木村殿が挑むわけであるから、まずは一対三で対戦して、それから本戦でいいのではないか」

「宍戸はこう言っているがどうか」

「新九郎、それで良いか」

「私は構いませんが、殿にお願いがございます」

「殿にお願いとは、何と無礼な」

「まあ良い、それで願いとは何じゃ」

「出来れば、殿のその鉄扇をお貸しくださればうれしゅうございます」

「殿に物をねだるとは何たる戯け」

「良いではないか、それでこの鉄扇を何とする」

「それを獲物にお三人と立ち会いまする」

「面白い、面白いぞ、見事勝って見せよ。早くこれを助九郎に渡してやれ」

鉄扇を取り次ぎの若衆から受け取ると、恭しく

「ありがたき幸せ、では拙き技でお目汚しをお見せ致します」と言って三人と向き合った。三人は助三郎を囲むように動き、じりじりと三方から詰め寄ったっと思えば、背後の一人が鋭く切りかかったはずが、新九郎の鉄扇が手首を打ち、返す流れで額をピシッと打つ。間を開ける暇なく右の男、左の男も一瞬の内に打ち据えた。余りの速さに、くるっと飛び回ったとしか見えなかったが、三人は木刀を落とし、片膝をつき座り込んだ。

「見事」藩主の治親は思わず立ち上がった。

「見事であったぞ。」

助九郎が鉄扇を返そうと目の上に掲げ、静々と前に出てこようとすると、治親がそれに気付いて

「良い良い、その鉄扇はそちにやろう、此度の褒美じゃ」

「有り難き幸せ、末代までの宝と致します」広泰が答えた。

「決まりじゃ、此度の試合の選者は助九郎に決まり。所で広泰、助九郎はお前の書生というが、この後どうするつもりか」

「実は、娘と一緒にさせるつもりでおります」

「元貞が福原を継ぐとすれば、助九郎は無役となろう、どうじゃ、我が藩の剣術指南をやるというのは」

「有り難き幸せ、娘も喜ぶ事と」

「しかし、それもこれも加藤田新作に勝ってからの事」

「加藤田新作とはどういう方でしょうか」助九郎が問う。

「何でも片岡伊兵衛、中村権内という上泉伊勢守秀綱の高弟の一人である奥山休賀斎公重の流れを汲む無住心剣流の剣士で、彼らの流れを継いだ加藤田新作は久留米藩に招致され、久留米の地で加藤田神蔭流として伝えられているそうだ。加藤田神蔭流かとうだしんかげりゅうは、加藤田新作の系統の新陰流。第9代の加藤田平八郎の頃から「加藤田神蔭流」と呼ばれているそうだ。」

「自分の名前を流派の名前にするとは相当の自信ですな」

「無住心剣流の中村権内の門人であった加藤田新作は、久留米藩に招かれ剣術を教えた。新作は自らの流名を「神蔭流」と称したそうだ。以後、加藤田家は久留米藩の剣術師範家の一つとなり、神蔭流は九州北部にて伝えられ、その噂を聞いた黒田治之が福岡藩に招へいしたと聞いている。」

「久留米藩から引き抜いた訳ですな」

「まあ実際の腕前はこの目で見て見ないと何とも言えませんが」

「試合は来月頭に出発して向こうに着くのが五日後として、子細はそれからだな」

「それまではゆっくり休んでおれ」

「分かりました」

「では今日の所は失礼仕ります」

挨拶を済ませ藩主治親の元を下がり、二人は帰途に就いた。

「また誰か襲ってきましょうか」

「今日は来ないだろう、来そうな無謀者は昨日の内に切り捨ててしもうたからな」

「誰かわかっているのですか」

「そうだなあ、頭が宍戸の息子の親基。その連れが、右田毛利広信の息子の広定だろう」

「何故、襲ってきたのですか」

「まあ親父に良い所を見せたかったのだろう、頭の悪い跳ねっ返りだ」

「ただの乱暴者には見えなかったですよ」

「それより、御前試合は大丈夫か」

「相手が鬼という訳でもないし、人間相手ならまあ何とかなるでしょう」と声を上げて笑った。それを見て頼もしく見て、一緒に笑った。


(5)運命は転げだすと止まらない

「おい、茜、今帰ったぞ」 

中から門を開ける音がして、門横の扉が開き

「お帰りなさいませ、ご飯の用意は出来ておりますが」

「おおそうか、それで元貞は帰っておるか」

「中で父上のお帰りを待っておられます」

「で、首尾は、いや飯を食べながら話を聞こう」

元貞は既に席についていた。

「お帰りなさい、お疲れ様でした」

「それより槇村正直には会えたか」

「はい、例の件も倍返しということで話を付けましたゆえ、ご安心を」

「彼には悪い事をしたな」

「ちょうど良かったのではないですかな」

「どうしてだ」

「今、おふくろ様が調子を崩して、薬代が入用で」

「丁度いいお役に付ければ良いのだが」

「それにしても、俺の鯵の干物より、助九郎殿の方がでかく見えるが」

「助九郎殿はお客様ですから」

「大事な旦那さんだものな」

「嫌なお兄様、嫌いです」

「おいおいからかってやるな、、助九郎殿が困っておる」

「お兄様が悪いんですよ」

「可愛い妹をちょっとからかってみただけだ」

「それよりも御前試合の件、聞いたか」

「どうせ四天王から椋梨藤太殿に決まるとの噂ですが」

「今日それを決める試合が殿の前で行われた」

「で、誰が勝ったので」

「話をせくな、私が殿に助九郎殿を推挙した」

「何という事を」

「椋梨は怪我をしたとか言って出てこなんだが、宍戸親朝が横やりを押して来た」

「何かと言えば父上の邪魔をする」

「後から来たのだから、三人対助九郎殿を戦わせると言い出した」

「何と卑怯な」

「そこまでは良いのだが、あれはどういう事ですかな助九郎殿」

「まあみんなが喜ぶかなと」

「父上、どうなされたのですか」

「殿の鉄扇で三人と戦うので、貸してくれと」

「鉄扇で戦ったのですか」

「で、あっという間に三人を叩き伏せた」

「何と」

「おかげで殿に喜んでもらえて、おまけに鉄扇を下された、これがそうだ」

「で、黒田藩との御前試合に出ることになった」

茜は鉄扇を額の上に掲げて拝むようにして、一度開き、父と兄に見せた後、ゆっくりとたたんで助九郎に返した。

「今日は疲れたであろう、ゆっくり風呂に入って休んで下され」

「準備をしてきますので」と言って茜が浴衣を用意してきた。助九郎が簡単に前を流して浴槽に入っていると、

「お加減は宜しいですか」

「茜殿、何を」

「お背中流しに参りました」

「男が裸でいる所に未婚の女性が入って来ては」

「何をおっしゃいます。もうすぐ結婚する仲ではありませんか」

裾をまくり上げ、袖を細帯で結んでやって来た。目をやると奥まで見えそうで、思わず目を背けて

「それではお願い申そう」

「何と筋肉隆々、思わず見とれてしまいます」と言いながら背中をへちまで撫でまわす。

「後は自分でやりますから」

「では、外の駕籠に着替えを置いておきますから」

「ああ、有難う」

「ではごゆっくり」

父と兄の所へ行くと、女中に酒の用意をさせて二人で飲んでいた。

「強いとは思っていましたよ、でも四天王の三人をあっという間に叩きのめすとは」

「事情があるとはいえ、ただの浪人とは思えぬ」

「でもいい拾い物をしたものだ」

「何とお口が悪い」

「嫌、何といっても茜が承知してくれたからだ」

「日に焼けてはいるが、苦み走った良い男だしな」

「しかし、我が一族になる以上、その事情を話してもらわなくてはな」

「何か悪事を働いていないとは限らぬ」

「助九郎殿はそんな方ではありません」

「運籌流というのも聞いたことがない」

「まあ明日はじっくり話を聞こう、助九郎殿は眠られたかな」

「もうお休みになられたと思います」

「では我々も休むことにしよう」

「お休みなさい」


(6)宿命より運命

「お早いですね、朝から剣の練習ですか」

「おお、これは茜殿、起こしてしまいましたか」

「大丈夫ですよ、朝餉の準備を致しますので」

「父上、兄上も朝餉に致しましょう」

「おお、助九郎殿、おはようで御座る。朝早くから剣術の稽古で御座るか」

「日課で御座るゆえ」

「茜、最近食事がご馳走になっている気がするが」

「そんな事は御座いません。元より腕をかけて作っております」

「いやいや、料理の腕前が上がっておる。助九郎殿にやるのが惜しくなってくる」

「父上、嫌ですよ、さっさと召し上がって下さい」

「それだが、今日は助九郎殿の事情というのを聞かせてもらえないだろうか、無論、無理にとは言わぬが」

「いえ、身内になる訳ですので、お話しておきましょう、実は」と言って身の上や、過去を話し始めた。話を聞いた広泰は

「すごい話だな、これは殿に黙っている訳にはいかぬだろう、取り急ぎ、登城して殿にお知らせいたそう。話はそれからじゃ」

広泰と助九郎は身支度をして城に向かった。殿に相談があるゆえ、急いで取り次いでもらい、広間で待っていた。治親は速足でどかどかとやって来た。

「話とは何じゃ、急ぎか」

「人払いをお願い申し上げます」

「おい、お前らみんな下がれ、お前らも、もっとちこう寄れ」

「実は今朝ほどこれの身の上を明かしてもらった処、大変な事が判明いたしました。そこで殿にご相談に上がったのです」

今朝がた打ち明けた身の上話を最初から話し始めた。話が進むにつれ難しい顔に変わっていって黙り込んだ。

助九郎の話はこうであった。

名前は木村助九郎友重、父は木村伊助、父は裏柳生として全国の藩に草として生きておりましたが、十五年ほど前大和に呼び戻され、私共は家老の小山田主鈴様に仕えておりました。藩主は将軍家指南役として江戸の常駐しますから、家老が藩内では一番上の方となります。そこで剣を学び同年代では負けない程度には上達した処で、柳生列堂義仙様に仕え裏柳生の仕事をするようになりました。裏柳生の仕事とは、全国の藩の動静を探っておかしな動きをする所を潰すという役割を陰から行うというものでした。何か情報を見つけたらそこの草と私の部下を連れて活動するのです。小頭になった私は柳生四天王と影では呼ばれておりましたが、二年前の秋、裏柳生の総帥、柳生列堂義仙に呼ばれた。心当たりが無く

「列堂様の用事とは何だろう」首を傾げながら

「助九郎、参りました」

「おお入れ」

「失礼いたします」と言って、障子を開けて部屋に入った。列堂は文を読んでいたが、小机に置いて、重々しく口を開いた。

「国家老、小山田主鈴様から助九郎お前に将軍御前試合に出よとの達しである」

「あのう、御前試合は柳生備前守俊方やぎゅう としかた様と柳生兵庫助利厳 (やぎゅう としとし)様が出ると聞いておりますが」

「そのとおりだが、主鈴様の言われるには、決勝は柳生同士になることになる。よって、世に柳生は別格だという事を分からせてやるのじゃあ」

「それならば、私のような身分の低い者が上様の前に出るようなことは恐れ多くて出来かねます。私より他の方が出るほうが良いかと」

「心配せずとも勝つのは俊方様と決まっておる。貴様はおかしな事をせず、俊方様の引き立て役になっておれば良い。お前は言われる通りにして居れば良い、負けて来れば良いのだから楽なものであろう」

「分かりました、言われた通りに致します」

「ただし、決勝までは負ける事は許されない。その代わり言う通りにすれば、主鈴様も悪いようにはしない。気を引き締めて事に当たるように」

誰も負けなければならない試合に出たくはない。断れるものならば断わりたいから、お鉢が身分の低い助九郎に回って来たという訳だが、断れるはずがない


そして当日空は真っ黒な雲が立ち込め、強い風に流されて、今にも土砂降りになりそうな天気の元、試合は始まった。両者、右に回りながら互いに睨み合っていた。同門の二人、これまでも何度となく試合をしている。両者互角の腕前、柳生俊方は全盛、助九郎は上り調子、互いに相手の腕は分かっているので先に手が出しにくい。その時雷鳴が光り、ゴロゴロと近くに落ちた。と、俊方が木刀を上段に構え一気に差を詰めて来た。それを助九郎が下から剣で跳ね上げた。俊方はそれを読んでいたかのように、剣を放り投げた。その剣は助九郎に向かっていったが、とっさにすんでの処で体を躱した。よけた剣は勢いのまま将軍家宣のほうへ飛んで行った。

さすがに将軍家指南役、柳生 宗春、手套で木刀を叩き落とした。

「上様、お怪我はありませぬか」

「ああ大丈夫じゃあ。流石宗春、見事なもんじゃ」

「有り難き幸せ」

俊方は試合をしていた二人の方に向って

「試合はそれまで、助九郎は部屋の方で沙汰を待て、上様はお部屋の方へお参りください、お疲れ様で御座りました」

皆は平伏をして家宣が去るのを待った。

「助九郎、何という無礼を働くか、上様のお身に何かあったら腹を切った位ではすまぬぞ」

「あれは試合の流れでそうなっただけで、他意はありません」

「武士は体を張って上様を庇って当たり前、上様を危険にさらすとは戯け者が、きっとしかり置く、追って沙汰を待て。俊方も指南役はしばらくお預けじゃあ」

「わかりました」と言いながら助九郎を睨め付けた。

「では二人とも下がっておれ」

柳生の後継ぎとして生まれた者と身分の低い助九郎が同じ扱いのはずがない。

そして決まったのはお役御免の上、藩を追放されたのであった。

柳生藩は指南役として江戸藩邸、名古屋には尾張柳生、近畿には大和柳生がある。つまり中国、四国、九州に向かう他ない。当ても無く歩いている内山口に来ていた訳である。

話を聞いていた治親は黙って聞いていたが、突然笑い出した。

「殿、どうなされました」

「久々に面白い話を聞いた。こんなに笑ったのは久々じゃ」

「助九郎の才能は捨てるにはもったいなき事。どうすれば良いか」

「何もせずとも、今まで道理、広泰の叔母の孫で良い」

「相手は柳生ですぞ」

「柳生がなんじゃ、来るなら来て見ろ、わしが追い返してやる」

「殿」

「助九郎、お前は絶対に手放さぬぞ、心配するな」

「とは言っても」

「長州藩、いや毛利藩は元は中国全土に九州の一部まで納めていた国じゃあ。百年ほど前関ケ原で家康に敗れたため、領国を四分の一に減封されても今は我慢しておる。機を見て徳川を倒すつもりじゃあ。今でも新年拝賀の儀で家老が「今年は倒幕の機はいかに」と藩主に伺いを立て、藩主が「時期尚早」と答える習わしがある位じゃ、笑えるじゃろう、でもな半分は本気じゃあ」と言って大きな声で笑って、

「たれかおるか」

奥から返事がある。

「酒を持て、それとつまみを用意せよ、いや、三人で今日は飲もう、愉快じゃ、愉快じゃ」

酒と魚を乗せた膳を三人分運んできた。

「そちらは良いぞ、我々だけでやる」と言って下の板の間にドカッと腰を下ろした。

「天下の柳生俊方と引き分けたとは、実の所どっちが強い」

「稽古では五分なれど、柳生俊方様には知恵がござりますゆえ」

「知恵があるとは、卑怯という事であろう。と言う事は、木刀を将軍の方に投げたのはわざとか」

「流石にそんな事は出来ませぬ、運が悪かっただけで御座いましょう」

「まあそういう事にしておくか」

「黒田との試合も楽しみじゃあ、今までであれば気が重いだけであったが、今回は楽しみじゃあ」」

「相手はどんな方でしょう」

「昔宮本武蔵という武芸者がいた」

「知っていますわ、二刀流の武蔵ですよね」

「その武蔵と戦って敗れはしたが、佐々木小次郎は燕返しという秘儀を持っていたそうだ」

「でもその時の武蔵は門弟を十数人引き連れていたそうですよ」

「何と卑怯な」

「その頃はそれが当たり前だったみたいですよ、その証拠に武蔵が吉岡一門と戦った時は六十数人を相手にしたそうですから」

「武芸、戦術とか、考え方が城攻めみたいなものでしょう」

「で、その小次郎の流れを汲んだ剣法という訳かな」

「燕返しはないとしても、強いんでしょうね」

「だから何年も続けて負けて居る」

「だから殿の機嫌が悪い」

「辞めれば良いのに、腹が痛いとか」

「相手は黒田官兵衛を始祖に持つ黒田藩だ、そんな我儘は通らぬ」

「あちらは関ケ原で勝ち組、こちらは負け組、藩の大きさよりも位が上だ」

「大丈夫でござるよ、以前神蔭流は見てわかっておる、心配致すな」

「そうだ、負けでもしたら殿の機嫌が、茜も長州気質は分かっておろう」

「我が毛利藩は中国全土から、関ヶ原の戦いに敗れ、防長二国に領地を削減された、この恨みは代を重ねても薄まることは無い」

「所で、助、そちの剣の師匠は誰だ、誰から剣を習った」

「柳生石舟斎様でございます。」

「あの石舟斎か」

「さようでございます。」

「柳生石舟斎と言えば真剣白刃取りだ」

「それは全盛の時の話でございましょう、今はお年でございますゆえ無理でございましょう」

「そちはどうだ」

「修業は致しましたが、出来ません。そもそも白羽取りと無刀取りと二種類御座いまして」

「どう違うのだ」

「無刀取りは相手が振り上げるのと同時に深く踏み込んで、柄を握った手を抑えるという物、これなら私もできますが、白羽取りというのは刃の所を両手の平を合わせて動けぬようにして、剣を奪うという物。全く違うもの。引かれたり回されたら手が切れます。あちこちで白刃取りが出来るという者に会いましたが、皆白刃取りではありませんでした」

「そうであろう、普通に考えて無理に決まっておる」

「練習は金打ちの鉢巻きに、竹光の剣で行いますが、十に五つまででございました」

「五つでもすごい」

「二つに一つの受けを実践では使えません」

「まあそうであろう」


「出発は月末の二十五日早朝、万事早めに準備せよ」

「分かっております。」

「元貞、お前が万事整えてやらねば、助九郎殿が試合に集中できぬ」

「うまくやって見せますからご安心を、剣は弱くても、こういう雑用は得意ですので」

「それよりも、お前たちの事だ。博多に行く前に仮祝言を内々でも上げておかないとな」

「試合は勝負事、何があるかわからないからな」

「まあ、縁起でもない」

「敵もさるもの、簡単に勝たしてくれるとは思えぬ」

「まあ、祝言をあげておいたほうが安心できるだろう」

「仲人はどういたしましょうか」

「増田殿にお願いしようかと思って居る」

「益田就恒殿ですか、それは宜しい、安心して任せられる」

「お前は、仲人より、菊野殿に気があるのであろう」

「まあ、そうなのですか」茜が驚いた。

「そんな事はない、たまに母の墓参りの時、寺で会うのだ」

「で、その時一緒に団子を食べた」

「どうして父上はその事を」

「そんな事も何も、先の彼岸の墓参りの時寺の近くの茶屋でお前たちを見かけた」

「ちゃあ、油断した」

「未婚の娘さんと逢引きとは不埒な奴」

「誤解です、手も握っちゃいません」

「愚図な奴じゃな、わしなんか母さんにあった時は一目で好きになりました、私の嫁になって下さいってはっきり言ったぞ」

「嘘ですよ、母上からちゃんと聞いてますよ、”呼び止められたはいいけれど、いつまでたっても要件を言い出さないから、あなたは私のことが好きなんですかって聞いたら、黙って頷いたから、じゃああなたのお嫁さんになってあげましょうって言ったの”」

「いつそんなこと聞いたんだ」

「亡くなる前の日」

「変わった遺言だ。最後に言うような言葉じゃない」

「最後の言葉教えてあげようか」

「勿体ぶらずに早く言え」

「”ね、可愛いでしょうあの人って”」

「もういい、お前の話は汗をかくわい」

「でも、全部本当のことよ」

「母さんは優しい人だった。そして意地悪だ」

「なんだそれ」

「それより、増田殿に、それとなく聞いておいてやろう」

「有難うございます」

「まあ全ては試合に勝ってからだ」

「助九郎殿、私の未来は君にかかっておる」

「何勝手なことを」

「その代わり、良い事を教えてやろう。我が家の男性は女性の尻に引かれている。父上もしかり、私の未来も間違いない。せめて君が少しでも頑張ってくれたまえ。」

「兄さん何馬鹿な事を言ってるの」

「それより、増田殿への挨拶、私も行ったほうが良いでしょうか」

「いやあ、明日は私一人の方が良いだろう」

「ではお任せいたします」

「お前たちは明日暇だろう。二人で逢引きにでも行って来い」

「まあいやらしい」

「いやらしいはないだろう、嫌らしくないように楽しんで来い」

「有難うございます、お言葉に甘えさせていただきます」

「弁当を作って瑠璃光寺のあたりを歩くのはどうだ、五重塔もきれいだ」

「父上も母上と行った」

「ああ良かったぞ、秋の紅葉が素晴らしかった」

「おのろけはもういいですわ、では朝早く準備しますので先に休みます。父上は酒が過ぎませんように」

「本当にお前は母に似てくるな。では助九郎殿これを」

「小遣いだ、これで団子でも食べてくれ、今は何をするにも金が要る時代だ」

「有難うございます。では遠慮なく」

「おお、茜の事頼むぞ」


「大殿大路に出て上竪小路から後河原を一の坂川に沿って上った香山に瑠璃光寺があって東奥に行くと五重塔がある。そこで茶屋があるので、お茶を貰ってお弁当を食べると良い。春なら桜、夏なら深緑、秋なら紅葉、冬なら雪化粧が美しい。時間ができたら東鳳翩から西鳳翩に降りてきて湯田温泉で二三日ゆっくりして来るのも良いだろう。お勧めは松田家旅館か、松政旅館も風情があっていいぞ。」

「俺が用心棒でついて行ってやろうが。」

「何言ってんの。二人で行くからいいんでしょう。」

「山賊が出てきたらどうする。」

「助九郎様がいるから大丈夫。お兄様じゃあ役に立たないでしょう。それより、菊野さんを誘えば、ひょっとすればひょっとするかも。」

「まあお土産を買ってきますから」

「お前ら、なんでそんなに気楽なんだ。まあ増田殿に話をしてからだ」

「本当に増田殿にはお世話になりますね」


(7)頼み事はまたにして

「という訳なのだが、何とか仲人の件、お願いできぬか」

「助九郎殿と言えば、今を時めくお方ではないか」

「それと大事な一人娘だ」

「それをよく出す気になったものだ。菊野は絶対に出さん」

「それは困った」

「何故そちが困る」

「実は、元貞から菊野殿の事、何とはなしに聞いてみてもらえぬかと」

「広泰の事だから、大抵のことは聞いてやる。が、菊野の事は別だ」

「父上、何を大きな声を出してみっともないですよ」

「そうですよあなた、何事ですか」

「茜殿の縁談だ、それで仲人を頼みに来た」

「それはおめでとうございます。仲人の件、私どもで良ければ喜んで」

「それは有り難い」

「いつも茜殿の仲人は私に任せろと」

「そんな気楽な話ではないのだ、そなたは知らぬだろうが相手は何というか」

「知っていますよ、助九郎様と言えば噂のお人ではありませんか」 

「月末には黒田藩に試合をしに出掛ける」

「だからその前に仮祝言を挙げようとおっしゃっているのではありませんか」

「お前は気楽にそう言うが、去年試合をした高橋殿に直接のお咎めはなかったが、殿に恥をかかせたと言って、結局切腹された」

「それは周りが責めたからでしょう、勝負なんて時の運でしょう」

「そうはいかん。関ケ原で毛利は負けた、黒田は勝った」

「もう百年も前の事でしょう」

「百年も千年もない。好機とみれば全藩士がそれに向かって走らにゃあならぬ、それが毛利だ。だから、ただの試合ではない」

「まあまあ、それで五日後には出なければならぬ。それで三日後ではどうか」

「そんな急がなくても」

「助九郎殿は我が藩士ではない。それなのに藩の名誉を背負わされている。私が命を掛けなくて何とする。とは言っても助九郎殿の勝ちを私は確信している」

「殿の御前の試合のことはわしも聞いている、只者ではなかろう」

「その通り、只者ではない」

「というと」

「嫌、今は言えぬ」

「まあ良い、言えるようになったら言ってくれれば良い。それより若衆にお前狙われているぞ」

「実はそれも片付いた」

「そうなのか」

「それと元貞の事だ」

「それはだめだ」

「菊野殿がどう思っているかだ、どうかね」

「どうかと言われても、元貞殿はいい方ですから私は良いですけど」

「落ち着いたら正式にお話を承るという事で宜しいでしょうか」

「いや、願ったりかなったり」

「では三日後に、手伝いに菊野も連れて行きますから」

「宜しくお願いします」



(8)良きも悪きも祝言次第

朝早くから目が覚めた。何もする事が無いので、木刀を持って庭に出た。東の空の山の上の雲が赤く染まっていた。素振りをしているとだんだん汗ばんできた。普通上段から、右から振り下ろした木刀は地面に届く前に止める、全力で振った分止めるのに力がいる。止めなければ自分の足を切るか、地面に刺さる。場合によっては剣を折ってしまう。助三郎の剣は止めないで、回転させる。

「剣の極意は円に有り」師匠石舟斎の教えである。剣の振り方、足裁きの軌道を円にする。相手の剣は受けない、流すのだ。どんな大木も強い風に折れるが、柳の木は柔らかく風を受け流すため折れない。だから普通の者の木剣振りは”ビュ、ビュ”と鳴るがピューピューと鳴る。まるで空中に踊る舞のようだ。助九郎は師の教えを忠実に守っている。それが助九郎の剣なのだ。

「おはようございます、早いですね」

「何か目が覚めてしまって」

「お茶を入れますので、一息しませんか」

「有難うございます。」

茜はすぐにお茶の準備をした。少し熱いが舌を火傷するほどではない。

「あなたの入れるお茶はおいしい」

「まあ、お世辞でもうれしい」

「もうすぐ私の妻になってくれるなんて夢のようだ」

「私もうれしいですよ」

「おうい、朝から何デレデレしているんだ」

「まあ、お兄様ったら意地悪。菊野さんと結婚したらいっぱい虐めて上げますから」

「いいから、朝飯の支度、増田様がいらしてしまう」

「はいはい、父上は起きておられますか」

「これだけうるさくしていては起きてくるだろう」

朝餉の膳を用意していると父上も起きてきた。食事を済ませ髪と髭を整えたころ益田就恒が妻と娘を連れてきた。

「この度はおめでとうございます」

「おお、よく来てくれた、此度はよろしく頼む」

「あいまかせろ」

「では菊野はお滝さんと御膳と酒の用意をして、茜さんは私と奥座敷で花嫁の準備をしましょう。男衆は邪魔邪魔、自分の着替えを済ませたら座って待ってて」美幸に追い立てられた。

奥座敷には打掛が飾られていた。

「これはお母様の着た衣装かしら、見覚えがあるような」

「ええそうです。急だったから新しくする暇がなくて」

「いいんじゃない、お母さま、とっても綺麗だったのよ、大事に取ってあったのね」

「お母さまの形見みたいな物だから」

「さあさあ、まずは御髪を整えてからよ」

準備ができるのを男どもはお茶を飲みながら待っていた。助九郎は義兄の紋付き袴を借りて今か今かと待っていた。その間に菊野は女中のお滝と三々九度の準備と、皆のお膳を設えていた。

「準備ができましたよ」と言って美幸は茜の手を引いて現れた。皆が息を飲むほど茜は初々しく綺麗であった。皆が着座している所に茜が座り、その横に美幸も座った。

就恒が

「これより内輪だけではあるが、新九郎、茜、両人の婚約の儀を執り行いまする。では三々九度の儀、菊野、盃を助九郎殿に、お神酒は三回に分けて飲んで下され、その後同じく茜殿の順に」

菊野が助九郎に杯を重ねてある小さい物から渡して酒を注ぐ。その杯を茜に渡して同じように酒を注ぐ。それを三回に分けて飲む。これを中の盃、大の盃の順に三回行う。その間

就恒は高砂を謡う。その後、皆で

「御目出とうございます」

「これで心置きなく黒田に行けるな」

「有難うございます」

「お疲れに御座いました、まずは一献受けて下され。皆様も詰まらないものですが、手を付けて下さい」これより宴が始まり、謡や踊りが始まるところであるが、手短に済ませ

「これは詰まらぬ物だが」と言って引き出物と料理をお重に詰めた物を風呂敷に包んで美幸と菊野に渡す。式の備えは仲人に渡す物なので結構荷がかさばる。

「落ち着き次第、またお礼に伺がう故、本当に有難うござった」

「いやいや、明後日には黒田に出発、あわただしいことで御座るな、こちらの事は急がぬゆえ、御前試合の結果を知らせるついでで良かろうぞ」

「そういって呉れれば安心だ」

「じゃあ気を付けて行ってまいれよ」

「今日は二人にとって特別な日だ。疲れたろうから早めに部屋に引き上げろ。お滝に握り飯とお茶を部屋に運ばせておいたからな」

「ではお言葉に甘えさせて頂きます」

「お父様もおじ様もお酒は控えめにしてくださいませ。では皆様、お休みなさい」

「明後日は博多に出発ですので、明日は早めに二人で出ますので」

「大丈夫だ。どうせ昼まで寝ておるから心配するな」

「茜、今夜寝るまでに口吸いを済ませておけよ。それで二人の距離はぐっと縮まりいい夫婦になれる」

「何馬鹿なことを言ってるの。親が娘に言うことじゃないでしょう」

「いや、母親がいれば娘に教えておくことだが、うちは父しかいないからな」

「はいはい、お休みなさい」

二人は部屋に引き上げた。すでに脚用の布団が敷かれており、枕元におにぎりが二つと急須と湯飲み茶わんが置かれていた。

「疲れておるだろうから早めに寝て、明日は五重塔のあたりまで出かけて、噂の御堀堂の

外郎を食べようではないか、城下の豆小郎もおいしいそうだから、二つを食べ比べてみるのも面白いだろう」

「明日を楽しみに今夜はお休みなさい」

「これって初夜ですよね」

「しょっ、初夜」

「父上が旦那様から何をされてもじっとしてろって」

「何事も福岡から帰ってから。ま、今夜は色々あったからゆっくりお休み」

「お休みなさい、旦那様」

助九郎は静かに茜の首の下に入れて、軽く抱きしめた。茜の匂いが否応なく鼻をくすぐる。茜をこれからは守っていくのだと気を引き締めながら、これが幸せなのかと、幸福感に酔いしれていた。


(9)逢引きのなか出逢いがある

外が白みかけてきた。助九郎は茜の唇に自分の唇を軽く合わせてそっと布団から起きだした。ずっと前から目は覚めていたが、茜を起こすまいとじっとしていた。

井戸で顔を洗い口をゆすいで、中庭に出て木刀を握り、軽く振った。袈裟懸け、手首を返して振り上げ、体をかわして、上段を二度、受け流し、大きく前に出て突き、右前に出て袈裟懸けから繰り返し。基本振った剣は回すようにした方が早いし、楽だ。体裁きも円の動きを取る。円の動きと受け流しを無理なく自然に流調に動けるように稽古をする。

少し汗をかいたので井戸に行って、濡らして絞った手拭いで背中から胸、腹、腕と拭いていく。そのうち、台所から朝飯の支度の音がしてきた。茜が起きてきたのだろう。

そうこうしているうちに、おてんとうさんが上ってきた。

「おはよう」炊事場に入りながら言った。

「おはようございます、旦那様、朝餉に致しましょう」

膳に飯に汁と香の物が載せられ席に持ってきた。二人は向かい合わせに座り、箸を取った。

軽く朝食を済ませ、お茶を飲みながら、茜が片付けるのを待っていた。

「では、そろそろ出かけましょうか」

「そうしよう」

「兄君、私たちは出かけますから、朝食は準備してありますから、食べて下さいね」

助九郎はそれを見て笑っていた。

「何か可笑しいですか」

「平和だ」

「危ない事がそうそうあってはたまりません」

「では出かけよう。そんなに間を開けなくても、夫婦だから良いのではないか」

「妻は三尺下がって主人の影を踏まぬようといいます」

「出来れば並んで歩きたいな」

「そんなはしたないこと、誰が見てるか分からぬのに」

「知ってるか、こういうのを逢引きって言うのだ」

「逢引き」

「どうだ楽しそうだろう」

「知りません」

そうしているうち、竪小路から大殿通りに出て一の坂川に沿って上っていく。

助九郎が後ろを気にしているようなので、

「どうなさいました」

「いや、ちょっとな。うん、ちょっと待っていてくれ」そう言って、引き返して大きな松の木の所で誰かと話をしているようだ。こんな所で、知り合いでもないだろうにと思っていると、笑いながら茜の所へ戻ってきた。

「どなたかお知合いですか」

「いや、伝三が付いて来ておったから、こちらは大丈夫だから竹造とお雪に団子でも買って帰れと、少しばかり銭を渡して、帰ってもらった」

「父上の差し金です。いつまでも子供だと思って」と笑いながら

「この辺はもう少ししたら紫陽花で綺麗ですよ」

「こんなにゆっくり歩いていていいのかね」

「何もないのが幸せの証拠ですよ」

「茜殿はすごいな」

「自分の妻に向かって殿はないですよ。茜って呼んでください」

「実は茜、逢引きって初めてなんだ。どうすれば良いのかわからん。」

「私だって初めてですよ」

「この先の御堀堂の外郎、うまいですよ」

「あのツルっとした舌触りがたまりません」

「外郎というと、全国的には名古屋や小田原が有名だが」と言って話し始めた。

名古屋や小田原の外郎は米粉を原料に使用しているので、ずっしりとした重厚感が特徴で、口に運ぶとお米の優しい甘みを感じる。そのもっちり感はお餅に近く、楊枝や包丁で綺麗に切るのに一苦労するほど!元祖の味を守り続ける小田原と、おしゃれな商品も多い名古屋。どちらも全国的に人気の銘菓だ。

一方、山口は原料に「わらび粉」を使用しているので、まるでわらび餅のようなプルプル食感、水羊羹のような、思わずツルっと食べてしまう口当たりの良さが特徴である。弾力がありプルンとしているので、楊枝でスッと切り分けられます。外郎独自のもっちり感が苦手…という人に食べやすい逸品である。その独特のなめらかさは「おっとり」と表現され、甘さ控え目の上品な味である。

山口でわらび粉が使われるようになった理由は諸説あるが、当時はお米が大変貴重で、原料の米粉を庶民が手に入れるのは簡単ではなかった。上質なわらび粉が多く生産されていた山口では、代わりにわらび粉を使うようになったのだ。

「旦那様はお詳しいですね」

「そういうことも仕事の内だったからね」

と、争っている声が聞こえる。相手は子供のようだ。

「何をしている」

「これはお武家様、何も見ないで通り過ぎて下さいな。下手なかっこ付けはお怪我の元ですよ」この辺の地回りだろうが、放っておくわけにもいかない。

「幼い子供を、大勢で痛めつけて何が面白い」

「こいつらは村を捨てて抜けてきたやつらですよ。どうせこいつらの親は野党か、山賊にでもやられたのに違いねえ」

「お前らはこのあたりの地回りか」奉行所や役人の使い走りをしたり、住民の争いの仲介をしたりして、礼金や用心棒という名のみかじめ料を取って生計を立てる集団のことである。

「これでもお上の任に当たっていますからなあ、下手に手を出すとこれですぜ」

と言って、首を斬る真似をして、ニヤッと笑った。

「どうでもいいけど、黙って引き上げな」

「何をッ」

「お兄さん、只者じゃないって雰囲気ですね。おめえら引き上げるぞ」

「兄貴、いいんですか」

「あん人はいかな先生でもかなうまいよ。いいから黙って来な」

「おいお兄ちゃん、腹減ってないか。話はその後だ」

「分かった」

「一番近いのは御堀堂か、まあいいだろう」皆で瑠璃光寺手前の御堀堂に行く。

「外郎、十人前とお茶を頼む」

「はーい、ただいま」

四人はまだ誰もいない,席にすわった。

「お前たち行く所はあるのか」

二人は黙って首を振った。

「名前は何という」

「俺は竹造、こいつは雪」

「雪か、可愛い名だ」

「親はどうした」

「仁保で水飲み百姓をやってたけど、年貢が払えないから、雪を売るか、夜逃げをするかって」

「で、夜逃げか」

「そうしたら宮野の木戸山峠で山賊に合っておっとうもおっかあも殺された。やっとここまで逃げてきたらさっきの人に会った」

「まあかわいそう、行く所がないなら内に来ない」

「いいのか」

「放っておけないでしょう」

「じゃあ、そうするか」

「じゃあ内に来て、まずは二人ともお風呂ね」

四人連れだって帰途に就く。

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