灰色の海
ヒイラギがおかしくなった。いや、もとよりおかしなやつではあったが、それは天然だとかあほと言えたものだった。こう言った勘違い男のような世迷言は、見たことがない。
「どういうつもりだ!?ひいらぎ!」
と声をかけたが、ヒイラギは既に眠っていた。
俺の頭はヒイラギの胸に置かれ、ヒイラギの腕が俺の背中に回されていた。締め付けるような感覚はなく、体温だけが伝わる。
癪ではあるが、安心感が胸に湧き上がるのを感じていた。俺は「おかしなことになっているな」と、頭の片隅では思った。しかし今日は色々あった、疲労が溜まっているためか、思考も気力も底を尽きて睡魔が強くある。緊張はとうになくなった。
春でも夜は冷えるのだ。
ヒイラギの体温は高めで、今ここで寝たら気持ちがいいのだろう。
俺は、色々言いたいことがあったが、起きてから言えばいいかと、安直に結論を出すほかなかった。それ程、ヒイラギの腕の中は暖かく、安心できたのだ。
もしかしたら、ヒイラギも寝ぼけていたのだろう。そんなことを最後に思い、眠りに付いた。
そして俺は夢を見た。
俺は男の体だった。本来であれば、馴染むはずのその体には違和感があり、これが夢なのだと直ぐに分かった。そしてそれと同時に、夢という事実に何故か俺は安堵した。
周りを見れば、そこは海だった。しかし、少し灰色がかった色合いだったのだ。この光景を灰色の海とでもいようか。曇り空が海になったような、境目のない光景だ。
足元を見れば、ごみ一つない砂浜で特徴がないのが特徴と言える、面白味のないものだ。足場としてだけあるといった印象だ。
そして俺は、靴は履かされておらず裸足であった。服装は大学に行くときの夏服で、こんなのを持っていたと思い出す。
改めて、周りを見れば生き物がいるようには見えない。前世でも海に行く機会がさほどあったわけでもないので、本当にいないのかは分らないが。
視界の端に何かが、反射した。
それは、浜辺と波の境目にあった。
それは、刃渡り40cm程の剣だった。使用感と手入れが混在したもので、それは記憶に新しいものだ。父さんもらった剣であると、遠目でも認知できた。
「なんで、ここに?」
そんな、言葉が漏れ出した。
夢なら、おかしなことなどあって当然だというのに。
しかし、その刃に近づこうとしたときに視界が歪んだ。これは意識の浮上なのだとすぐに分かった。俺は、覚める前に剣に触れようと動いたが、それは届かなかった。
夢から、さめる直前、剣の横に立つ女の子の姿が映った。
それは、俺がよく知るストケシアだった。
目覚め。
不思議な夢を見た俺は、寝苦しさを感じながら目を覚ました。何故、あそこに女の俺がいたのか不思議に思えたが、夢というの不思議であるのが前提なのだ。考えるだけ、無駄というものだ。
そんなことを思いながら目を開けると、その先にはヒイラギの顔があった。
そうだ、俺はこいつに抱き疲れながら寝たのだ。寝ていても、整った顔は顕在で、つまらないものだった。今でも腕の拘束はあったが、問題なく抜けられそうだ。
ふと、太ももに過去、慣れ親しんだ感触を感じる。声を上げて、暴力をさらけ出したい気持ちを落ち着かさせて、拘束から逃れた。生理現象だし方がない、今回は見逃してやろう。
陽射しが、馬車の隙間から流れていた。どうやら、目的地も近いようだ。いよいよ、知の都、大都市アトランシアだ。




