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丁度のいい夜風

 いよいよ馬車の時間が近づいてきた。荷物は事前に準備していたため、やることは多くない。

 空白で満ちた自室は、どうにも心が奪われる。片付けてる時には感じなかったが、いざ離れると思うと心がざわつく。やはり、俺はこの家が好きだったのだと分かる。


ここから離れよう。今はこんな空っぽな部屋などを置いて、最後の家族との過ごすべきなのだ。

 そう思い、早急に自室と別れを済ませ家族の元へ向かった。



 そこには、椅子に座る母さんと父さんがいた。

 母さんは先ほどの情緒を誤魔化すように、いつものように笑っていた。目は少しだけ赤いままだった。

 父さんはそんな母さんの隣にただ座って、私を見ていた。その瞳は蠟燭に照らされ、オレンジを入れた温かいものだった。

 父さんは、私を近くに座らせて、これから行くアトラス学園のこと、アトランシアがどういった場所なのか教えてくれた。きっと、俺のために調べてくれたのだろう。

 会話は事務的にも聞えたが、声色からは実に俺を心配をしているのだというのが分かる。きっと、こう言った、父さんの気持ちを、昔の俺は気づけなかったのだ。それが今では分かる。ここ最近の短い数日の間ではあったが、本当の意味で彼を父親として見れたのだ。本当に、親不孝者だ。


 最後に父さんは、お前なら合格できると短く伝えた。家族を養うために使われたタコだらけの手で俺の頭を撫でながら。その時、言葉は出せなかったが、素直に頭を差し出した。


 外から、馬と車両の音が聞こえる。どうやら時間らしい。



 最後に眠るカラテアに私の持つ、ネックレスを与えた。

 昔、お祭りの景品でもらったもので、ひし形の青色石が一つぶら下がった簡素な作りのものだ。俺は綺麗だとは思うが、きっと安物ではある。本当はもっといいものを挙げたかったし、してあげたかった。


 だけど、昔にカラテアが、このネックレスを二人でお揃いにしたいと言っていたのを覚えている。誕生日にでも、買ってあげたかったが、それは難しくなるかもしれない。

 まぁ、少し早い誕生日だ。お揃いは叶わなかったが、喜んでくれるだろうか?いや、きっと。泣いてしまうだろうし、怒るだろうな。それを想像して少し、笑みが零れる。



 前世では兄弟はいなかったから、ちゃんとできるか心配だったが、カラテアにとっての俺はいい姉になれていたと思う。何でもかんでも真似してくる、かわいい妹だった。


 そんな妹だから、俺がいなくなった後を想像すれば心が痛む。しかし、それは杞憂だとすぐに考え直した。カラテアは強い子だ。自分で考えて行動できるし、俺が教えた計算だって直ぐに覚える頭のいい子だ。きっと、妹と離れができていないのは俺のほうだ。


眠るカラテアの首にネックレスを付けて、最後の別れを告げる。


 眠る彼女には聞えないだろうが、泣かれてしまえば、行けなくなってしまう。だから、許しほしい。


「私の妹になってくれて、ありがとう。おやすみ」


ずるい別れだが、ちゃんと言えた。カラテア、俺の妹になってくれて本当にありがとう。元気に生きてくれ。


玄関を見れば、ヒイラギが扉を開けて待っていた。急かすわけでもなく、自然体な姿でだ。家族との別れを邪魔しない、こいつなりの気遣いだろう。


これ以上ここにいては、本当に行けなくなる。目に映る全てに懐かしさがあるのだ。逃がさないと俺をつかむのではない、俺が離せないでいるのだ。だが、この暖かい手を離さなければいけない、この世界で本当の意味で生きるためにも、前に進もう。だから、しばしの別れを。


俺は家を出た。





今日の夜は透き通っていた。肌を包む夜の体温が、今はとても心地よかった。ヒイラギが俺に語りかける。


「良かったのか?」


主語がない言葉だったが、きっと妹との別れの言葉だろうと、何となく分かった。


「うん。あれで、いい」


「そうか」

ヒイラギは短く、言葉を返した。


馬車には荷物が既に積まれており、恐らく父さんと母さんがやってくれたのだろう。あとは、ヒイラギか。


父さんと母さんが私達のもとへ寄ってくる。



「ヒイラギくんお願いね。この子、天然だから、変な男が寄り付くと思うの」


失礼な!ヒイラギに比べれば、俺は常識しかないだろうなに。


「母さん!私も少しは天然だろうけど、ヒイラギと比べたらマシだとおもうんだけど!」


ニヤニヤしながら、母さんは俺を見てくる。先ほどの感動の流れを返してほしい…やはり、主婦という生き物は刺激を求める生きものなのだろうか。


「じゃ、似た者同士。お似合いじゃない」


このアマ…昔から母さんは、俺とヒイラギをくっつけたがってくる。そしてこういった時のヒイラギは…


「当然です」


こんなことをほざき出すのだ。こう言う時だけ、妙にノリがいいのだ。相変わらず、よくわからないやつだ。


しかし、今日はそこに珍しく、父さんがいる。こう言ったボケた会話にいるあの人を想像できない。父さんなら、きっと、この二人をたしなめてくれるはずだ。


そう思い父の方を見ると、ヒイラギに歩み始めていた。凄く力んだ顔で怖い。


 まさか、怒っているのだろうか…?怒る姿を見たことがなかったが、ここで見る事になるとは…?いや、まて、ヒイラギが危ないのでは?父さんに殺されないか?


そう思い、間に入ろうとした時だった。父さんの手がヒイラギの肩に落とされた。


それは力強い音だったが、打撃というほどのものではなかった。


「ヒイラギ…娘を頼む」


「言われなくとも、俺がストケシアを守ります。」


あんたもボケるのかよ…?ヒイラギはいつにも、まして生き生きしてるしよ。


母さんが妙に、ムカつくにやけ顔で見つめてくる。


「ふ、ふっふ…」

笑い方も、少し気持ちが悪いな。


今日の夜風が涼しくて良かった。体の興奮が多少はマシになる。家族との別れが、意外な終わり方だったが、TSした俺には、丁度いい可笑しさか。悲しみもなく、歩けそうだ。

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