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マイ・スイートラブプリンセス

 チュンチュン。


 眩い太陽の日差しと、可愛らしい鳥の鳴き声が目覚めを促す。

 私は瞼を開けると、寝返りを打ちながら「ふわぁ……」と、あくびをした。それからむっくりと起き上がると、部屋をでた。

 一階に降りる階段の途中で、ジュリシスとすれ違う。


「ジュリシス、おはよー」

「おはようございます」


 ──あれ?


 ようやく動き出した頭が(ジュリシス、普通だったよね? 惚れ薬って、夢だった?)と考える。

 そうだ、あれは夢。それも、悪夢。弟が姉に惚れるなんてこと、あっていいわけがない。

 振り返ると、ジュリシスも五段上から私を見下ろしていた。長い睫毛をパチパチを瞬かせている。


「ルイーゼ……」


 ジュリシスは不可解な問題を解くような難しい顔で、胸に手を当てた。


「なんだろう、この胸の高鳴りは……。ルイーゼは可愛いし、世界一素敵な女性だとわかっているけれど、それだけじゃない。──そうか、わかった。お姫様なんだ。僕だけのお姫様。これからは、マイ・スイートラブプリンセスって呼んでみようかな?」

「夢じゃなかったーーっ!!」


 魔女の惚れ薬は継続中。しかも、恐ろしいほどの効き目。悪夢よりもタチが悪い。

 


 朝食の席で、私は嘆いた。


「別に私は、マイ・スイートラブプリンセスって呼ばれてもいいよ。可愛いもん。だけど、惚れ薬の効果が切れた後が怖い。頭のねじが緩んだあだ名をつけたことを憎んで、『腐ったさつまいも女』とか、『カビの生えたパン女』とか。ひどいあだ名をつけてきそう」

「んー……」


 父と母は困った顔をしただけで、否定しない。両親も、スイートラブなあだ名をつけたことを恥じ、その反動で悪態をつくと思っているのだ。

 ジュリシスは勉強ができるので、将来は国を担う重要な仕事か、学者になって活躍するのではないかと、私は思っている。

 だが、頭が良すぎて記憶力が抜群に良いというのも考えもの。惚れ薬期間中の、自分の発言も私の発言も全部覚えているに違いない。


 口のまわりをオレンジの汁でベトベトにしているジュリアーノが、舌ったらずな口調で質問してきた。


「だれが、まい・すいーとぽてとぷりん?」

「お姉ちゃんだよ」

「おいしそう!」

「ん? あぁ、スイートポテトとかプリンとか、そっちだと思っている?」

「うん!」

「ふふっ、おもしろーい。そうそう、お姉ちゃんはお菓子の国から来たお姫様なんだ。ジュリアーノに美味しいお菓子を作ってあげるために、魔法を使ってこの世界に来たんだよ」

「おねえたん、すきー!」


 ジュリアーノは、無邪気な笑い声をあげた。

 ジュリアーノは三歳になったばかり。いたずらもするし、イヤイヤも多い。けれど祖母譲りの金髪の巻き毛をしており、薔薇色のほっぺはぷっくり。この世に天使が降りてきたかのように可愛い。

 しかも、私を「おねえたん」と呼んでくれる。

 可愛い弟からお姉ちゃんと呼ばれる子供の頃からの夢が、ジュリアーノによって叶った。


 ジュリアーノの食事の世話をしていると、チクチクする視線を感じた。ジュリシスが青白い顔でこちらを見ている。

 ジュリシスの手からフォークが滑り落ち、皿に当たってカシャンと鋭い音をたてた。唇がわなわなと震えている。


「ひどい……」

「どうしたの?」

「僕がマイ・スイートラブプリンセスって呼んだら嫌がったのに、ジュリアーノには笑顔で答えるなんて……。これは、えこひいきだ!」

「あのねぇ、えこひいきじゃなくて、ジュリシスのプライドを守るためだよ。だって、惚れ薬の効果が切れたら絶対に後悔するって」


 ジュリシスはテーブルに両肘をつくと、組んだ手に額を押し当てた。

 食事のマナーにうるさいジュリシスが、テーブルに肘をつくのを初めて見た。よほど動揺しているらしい。


「ルイーゼを愛する気持ちこそが、僕のプライド。つまり、僕がどの程度ルイーゼを愛しているか、試しているというわけですね?」

「全然ちがーう!!」

「ジュリアーノのためにお菓子の世界からやってきたなんて。どうりで、僕のためにお菓子を作ってくれないわけだ」

「だって、甘いものが嫌いでしょう? この世からお菓子がなくなっても困らないって言ったのは、ジュリシスだよ」

「ルイーゼは、僕のお姫様なんですか? それとも、ジュリアーノのお姫様なんですか? はっきりとさせてください」


 私は、ジュリシスとジュリアーノを交互に見た。ジュリアーノの興味は、窓の外に遊びに来ている小鳥に向かっている。

 ジュリアーノは会話を聞いていないのだから、ここはジュリシスのお姫様だと言ってあげたほうがいいのかもしれない。

 けれど私は、散々意地悪なことを言われてきたのだ。少しぐらい、仕返しをしても許されると思う。


「私は、ジュリアーノのお姫様だよ。だって、お姉ちゃんって呼んでくれるもん」

「っ!!」


 ジュリシスの膝から、ナプキンがはらりと落ちた。



 私は学校に行く支度を整えると、玄関に見送りに来た両親に念押しした。


「いい? 絶対に、ジュリシスを学校に来させないでよ」

「ええ。惚れ薬が切れるまでは、学校を休ませるわ」

「部屋にいるように、言ってある。父さんの言いつけを守る子だから、大丈夫だ」

「良かった。じゃ、行ってくるね!」


 外に出ると、ジュリアーノの甲高い笑い声が響いている。庭で遊んでいるらしい。ジュリアーノに行ってきますの挨拶をするために、庭にある砂場に向かった。


「ジュリアーノ。お姉ちゃん、学校に……」

「お姉さん、準備ができましたか? 学校に行きましょう」

「なんでジュリシスがいるの!?」


 砂場で遊んでいるジュリアーノ。それを見守っているのは、制服をピシッと着こなしているジュリシス。


「惚れ薬が切れるまで、学校を休むんじゃないの!?」

「両親から休むように言われましたが、熱はないし、どこも悪くない。ズル休みはしたくない。もうすぐで試験だし」

「真面目に学校に行っているんだから、神様からのご褒美だと思って、たまには休みなよ! ジュリシスは頭がいいもん。三日ぐらい休んだって、試験で満点とれるって!」

「でしょうね。僕の頭なら、全科目満点とれる自信があります。でも僕は、お姉さんと学校に行きたいんです」

「お姉さん……?」


 私とジュリシスの声が聞こえたらしく、両親が庭にやってきた。両親はジュリシスを説得しようとしたが、ジュリシスは頑なに拒んだ。

 父は疲労の滲む顔で、ため息をついた。


「わかった。学校に行ってもいいが、ルイーゼが困ることはするな。姉と弟という関係を保ちなさい。いいね?」

「わかりました」


 ジュリシスは、学校で私に話しかけてきたことがない。私が見えていないかのように無視している。

 その感じでいてくれたらいいのだけれど……。



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