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魔女の惚れ薬

 急いで家に帰り、ジュリシスが変になってしまったと両親に泣きついた。

 居間で、家族会議が開かれる。

 母の膝の上に座っている三歳のジュリアーノが、つぶらな瞳をぱちくりとさせる。


「まじょのくちゅりって、おいちいの?」

「うん。甘い飲み物が嫌いな僕でも、美味しく感じた。もう一回飲んでもいいな」

「やめて! これ以上変にならないで!!」


 分厚い辞典を捲っていた父が、ため息とともに本を閉じた。


「魔女の薬について調べてみたが、煮つめた薬草に魔法の力が注入してあるそうだ。そういうわけで、魔女の薬を解毒するには、魔女が作った解毒薬でないとダメなようだ」

「そんなぁ! だったら、アメリアに会えなかったら、ジュリシスは一生このまま……」


 隣にいるジュリシスを見た。四人がけのソファーなのに、私の真横に座っている。太ももが触れたので横にずれると、ジュリシスはなぜか、またピタリとくっついてきた。


「ねぇ、もうちょっと向こうに行ってくれる? 狭い」

「そんな悲しいことを言わないで」

「悲しくはないんじゃない? 同じ部屋にいるんだし」

「ルイーゼの体温を感じたいんだ」

「うーん……。なんの薬なんだろう? 寂しがりやになる薬?」


 ジュリシスの人格が180度変わってしまった。ただし、私にだけ。両親やジュリアーノに接する態度はいつも通り。

 父は「多分……」と前置きしてから、話しだした。


「ルイーゼの後をついていくところを見るに、離れると不安になる薬なのかもしれない。親鳥の後をついていくヒナみたいだ。薬がかかった直後、驚いた顔でルイーゼを見たんだろう? 一番初めに目にした人物に刷り込みをかける薬なのだろう」

「刷り込みかぁ……」


 アメリアが話したことを信じるならば。紫色の瓶の中に入っていた液体は、ヤンデレくんから監禁される未来を回避する薬であるはず。

 ジュリシスが私にピッタリとくっついているのは、どこにいるかわからないヤンデレから私を守るためなのかもしれない。ボディーガードというやつだ。

 さすがに両親に、ヤンデレくんとの危険極まりない未来を話す勇気も度胸もないので、そこは話していない。

 

 膝の上で頬杖をついていると、ジュリシスの手が伸びてきて、私の髪をすくった。


「ずっと思っていたんだけれど、ルイーゼのミルクティー色の髪、綺麗だよね。今度髪を切ったら、僕にちょうだい」

「もらってどうするの?」

「ペンダントに入れて、肌身離さず大切にする」

「きゃあー! それはやめて! なんかイヤっ!!」


 意地悪なジュリシスも困りものだったけれど、私を好きで好きでたまらないという態度をとられるのも問題だ。

 まるで狼が羊の着ぐるみを着ているようで、落ち着かない。


「この薬はもしかして……」


 母はずっとなにかを考えているような難しい顔をしていたが、ようやく重い口を開いた。


「なに? ママ、わかったの?」

「甘い香りと甘い味というのが、引っかかるのよね。昔、聞いたことがある。もしかしたら……惚れ薬かもしれない」

「惚れ薬ぃーっ!?」


 私と父は絶叫し、ジュリシスは我関せずといった態度で私の髪を弄んでおり、ジュリアーノは小さな手で母の頬をぴちぴちと叩いている。


「ほれぐしゅりって、なあに?」

「昔、友達のエマが話してくれたの。勤めていた屋敷の女主人が、二十歳以上も年下の男を好きになった。けれど、若い男は女主人の好意に応えない。そこで女主人は魔女に大金を払って、惚れ薬を作らせたそうよ。エマは女主人に頼まれて、男が飲む酒に惚れ薬を混ぜたの。甘い香りがしたそうよ。エマは気になって、惚れ薬入りの酒を少し飲んでみた。甘い味がしたって」

「えぇーーっ! 飲んだの!? エマさんってすごい!」

「あの子は好奇心の塊だから。でもね、困ったことになったの」


 母は首を左右に振ると、呆れたように言った。


「エマもその男のことを好きになってしまったのよ。惚れ薬のせいでしょうね。それで、惚れ薬を混ぜたお酒を捨てて、なんでもないお酒を男に飲ませた。男は当然ながら、女主人に惚れなかった。女主人は魔女に騙されたとカンカンに怒ったらしいわ」

「それでどうなったんだ?」


 父が食いつく。私も興味津々に身を乗りだす。


「エマは男に猛アプローチをして、二人は結婚したの」

「エマさん、やるぅー!」

「エマって、あの子だろう? 私たちの結婚式に来てくれた……でも、独身じゃ……」

「そうなの。結婚生活は、一年ほどで終わった。エマが言うには、男に惚れていた期間は三日間。でもその三日で男と付き合ったから、惰性で結婚したそうよ」

「三日っ!!」


 私と父は声を合わせて叫ぶと、ジュリシスを見た。

 ジュリシスはなにを勘違いしたのか、自分の膝をポンポンと叩いた。


「母の膝に座っているジュリアーノが羨ましいなら、僕の膝の上に座ってもいいよ」

「変なことを言うのはやめて!!」


 意地悪なことばかり言っていたジュリシスが、突然、甘い言葉を言うようになった。

 私がスキンシップをとろうとすると、「罰金をとるよ!」と怒っていたのに、人が変わったようにピタリとくっついてくる。

 怒っているような冷たい目をしていたのに、蜂蜜がとろけたような甘い瞳で私を見てくる。


 ──すべては、魔女の惚れ薬を飲んでしまったせい。


「納得がいくー! 腑に落ちるっ!! どうしたらいいの!?」

「エマは、三日で惚れ薬の効果が切れたと話していたわ。とりあえず三日、様子を見てみましょう」

「それがいいかもしれない。パパに魔女の知り合いがいれば、解毒薬を作るよう頼めたのだが……」

「大丈夫だよ。三日って、すぐだもん。三年じゃなくて良かったよ」


 三日目の何時に薬が切れるのかわからないが、長い時間じゃない。私は、組んだ手を上に伸ばした。


「う〜んっ! これで問題解決だね!」

「スッキリした顔をしているが、解決していないぞ。エマは、男に惚れたことを覚えていたんだろう? つまり、ジュリシスも覚えているってことだ。惚れ薬の効果が切れた後、恐ろしいことになりそうだ」

「きゃあー! そうだよね、私に優しくしたことを後悔するよね!?」

「後悔するだけならいいが、八つ当たりしそうだ」

「ありえるー!!」


 ジュリシスに出会って、六年。どういった八つ当たりをするか、容易に想像できる。

 まず、惚れ薬をかけた責任をとれと言われるだろう。確信度100パーセント。

 それから、「可愛い」「好きだ」「愛している」と無駄口を叩いた分の消費エネルギーについてどう思うか、聞かれる。そんなことを聞かれても答えられない度100パーセント。

 さらには、ジュリシスから私に触れてきたにもかかわらず、不本意なスキンシップをしてしまった責任をどのようにとるつもりなのか詰め寄られる確率100パーセント。


 問題解決どころか、新たな問題が発生した。

 気絶するようにソファーに倒れ込んだ私の頬を、ジュリシスが両手で包んだ。ジュリシスの吐息が私の皮膚を掠める。


「僕が八つ当たりするのは、ルイーゼだけ。怒った顔も好きなんだ」

「きゃあ〜!! 近すぎっ!!」


 少しでも間違えたら唇が触れてしまう距離に、私は父の背中へと避難した。


「これが三日も続くなんて、心臓がもたない。破裂しちゃう!!」

「ジュリシス、適切な距離を保ちなさい! 姉と弟なんだから!」

「すみません」


 父に叱られ、ジュリシスはシュンと肩を落とした。


 グロリス学園一の美少女リタに言い寄られても、ジュリシスは眉ひとつ動かすことなく、適当にあしらっている。

 私は、ジュリシスには女性を愛する心がないのではないかと思っていた。

 それなのに私の言動で、笑ったり喜んだり悲しんだりしている。魔女の惚れ薬の効果はすごい。



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