素直に話したいのに、うまくいかない
年度末試験まで、あと五日。真面目に勉強しないといけないのに、教科書に書いてあることが頭に入ってこない。
目がつい、机の端に置いてある青色の小瓶へと向かってしまう。
「素直になる薬……飲んでみる? だけど、特別バージョンってなに? それに私の場合、薬が効きやすいみたいだし……」
あやしい薬に手を出したくない。それならば、自力で素直になるしかない。
悩んだ末に、ジュリシスの部屋のドアをノックした。
「ごめん。起きている?」
おそるおそるドアを開けると、ジュリシスは机に向かっていた。
私が部屋に入ってきたことに気がついているだろうに、こちらを見ない。以前の私なら、それを寂しく感じるだろうが、今日は好都合。このまま、私を見ないでほしい。
そう思った途端、ジュリシスは私に顔を向けた。
「なに?」
「ひゃっ!?」
思わず上げてしまった悲鳴に、ジュリシスは眉を顰めて険しい顔をした。
私は顔の前で両手を振って「あっ、違うの!」と否定し、それから、もじもじと指先を合わせた。
「あ、あのね、大切な話があって……。その、うまく言葉にできる自信がないんだけれど……私たちって、ほら、家族じゃない? 今までそんな感じでやってきて、でも、ほら、家族になる前の十年があって。そんな感じで、それぞれが、こう……いろいろと思うことがあって。えっと、その、姉と弟としてやってきたわけですが、それって、私が押しつけたもので、ジュリシスはずっと嫌がっていたよね。まずは、そこを謝ります。ごめんなさい」
「…………」
「で、ですね、えーっと、これから、そのー……どうしましょう?」
異性として好きだと、言いたい。
けれど、そこに至るまでの話の順序に混乱してしまって、しどろもどろになってしまう。
ジュリシスは辛抱強く聞いていたのだが、呆れたようで
「今までどおりでいいんじゃない?」
と、耳を傾けるのをやめてしまった。
再び勉強に戻った、ジュリシス。
私は諦めきれずに、告白を再度試みる。今度こそ、素直な胸の内を洗いざらい話そう。
「あのねっ! 私……」
「勉強の邪魔」
「とっても大切な話なの! 聞いて! その、誕生日がたった三ヶ月しか違わないのに、弟扱いしていたのにはワケがありまして。そのワケを説明したいの」
ジュリシスの関心を引くことに成功した。
ジュリシスは回転椅子を回して、体ごと私に向き合ってくれた。返ってくる言葉はないけれど、話の続きを待っているのが表情から窺える。
(大丈夫。アメリアに話したことを、言えばいいだけ)
私は、深く息を吸った。吐く息とともに「あのね……」と言葉も吐き出した。
「学校を出たとき、ちょっと用事があるって言ったでしょう? モヤモヤした気持ちを整理したかったの。それで、バーに行ったんだ。親切なおじさんのお店でね、話を聞くのがとっても上手なの。そこで、アメリアに会って……」
「ちょっと確認させて」
ジュリシスが話を遮るのは珍しい。急ぎで確認したいことがあるらしい。
私は素直に「うん」と頷いた。
「なに?」
「バーって、酒場のこと?」
「そうだけど……。あ、大丈夫だよ! お酒じゃなくて、オレンジジュースを飲んだ」
「飲み物の確認じゃない。親切なおじさんって、バーテンダー?」
「うん」
バーで働くおじさん、という認識でいたため、バーテンダーという名称が新鮮に感じる。
でもそれは、話したいことではない。話を再開しようとし……言葉が喉元で止まった。
ジュリシスの目が、怒りで燃えている。
「そのバーテンダーが好きなの?」
「え? いや、別に。いい人だけど、おじさんだし……」
「ふーん。おじさんじゃなかったら、好きになったんだ」
「そういうつもりで言ったんじゃない! ジュリシスって意地悪だね」
「約束を破る人に言われたくない」
意地の悪い言い方をされて、心穏やかではいられない。ついムッとしてしまい、口調が強くなってしまった。
「約束ってなに? 破っていない! だって、四十代ぐらいのおじさんだよ。好きとか嫌いとか、そういう次元の人じゃない。それなのに、なにが気に入らないの?」
「約束したことを忘れるなんて、頭の悪いルイーゼらしい」
ジュリシスは皮肉たっぷりに言うと、机の引き出しから白い紙を取り出した。半分に折ってあるのを広げて、読みあげる。
「今のところ、困っていることはないよ。隠し事しないって、約束する。なにかあったら報告するね。ルイーゼ姫より。……昨日、書いてくれた手紙。昨日だよ? それなのに忘れるなんて、ルイーゼと約束してもなんの意味もない。隠し事はするし、報告もない。──図書室での騒ぎが終わった後、ウェルナー先輩がルイーゼにひどいことを言うんじゃないかと心配で、近くで聞いていた。『ルイーゼが好きだ。この気持ちに偽りはない。想いが実らなくても、ルイーゼを想い続ける』って告白されたよね? 報告してくれると信じて、待っていた。それなのに、ダンマリ。挙句の果てには、ごめんとしか言われていないと嘘をついた」
「ごめんっ! でもそれは、後ろめたい気持ちがあったからじゃない。それは信じて! ただ、少し同情したの。ウェルナー先輩も悩みを抱えているんだって、大変だなって同情した。先輩の悩みを、他の人に言うのは良くないって思ったから……」
「他の人ね」
言葉選びを間違えてしまった。動揺が大きくなって、さらにしどろもどろになる。
「他の人って、あの、そういうことじゃなくて。あの、ウェルナー先輩のこと、好きじゃない。いいところしか見ていなかったことに気づいたの。告白されても、気持ちが動かなかった。だから、話す必要はないって思った。でも、そういうことも含めて、報告したほうがよかったよね。ごめんなさい。それと、バーのこともごめんなさい。どこに行くか言わないといけなかったのに、その……反対されるんじゃないかって思って、言えなかった。でもね! 変なお店じゃないの! 良心的な値段だし、猫が好きなおじさんで……」
「もういい。僕には関係ないし」
ジュリシスは背中を向けると、血が通っていないような冷たい声で言い放った。
「報告しなくていい。ただの弟だし。それ以前に、他人だし。余計な口出しをするべきじゃなかった。お姉さんのやりたいようにすればいいし、行きたいところに行けばいい。僕はもう、なにも言わないから安心して」
「なんでそんなことを言うの?」
私が涙声であることがわかっているだろうに、ジュリシスは振り返らない。
「姉弟という関係を逸脱したこと、反省している。美術室でのこと忘れて。あのとき話したこと、本心じゃないから。惚れ薬の後遺症でおかしくなっていた。それと、失敗は誰にでもある。だから、僕に惚れ薬をかけたことに責任を感じなくていい。惚れ薬期間中のことは、悪い夢を見たと思って忘れるから、お姉さんも忘れて」
「惚れ薬のことなんだけれど、アメリアが言うには……」
「話は終わった。出ていって。勉強の邪魔」
しばらく様子を伺ったが、ジュリシスは口を開くことも、振り返ることもない。
ジュリシスは頑固だ。今夜はもう無理だろう。
「おやすみなさい」
沈んだ声で挨拶をし、部屋から出た。




