どうしたらいいのかわからない
ジュリシスへの特別な想いに蓋をし、鍵をかけた。それを胸の奥深くに沈めたというのに、アメリアが引きだした。
泣き顔を見られたくなくて、バーカウンターに突っ伏す。
「ひどいーーっ!!」
「なんで泣くの? 気持ちをわかってくれてありがとうございます、の感謝の涙?」
「そんなわけないです! 無駄にポジティブ!」
アメリアは飄々としているし、ジュリシスと親しくすることを楽しんでいるフシがある。
アメリアになら、隠していた気持ちを打ち明けてもいいのかもしれない。両親にもノーラにも話していない、私だけの秘密を。
私は深呼吸すると、理性が邪魔をした「だって……」の続きを、言葉にした。
「だって、ジュリシスは私が好きで、私もジュリシスが好きで……。今まで家族として接してきたのに、これからどうしたらいいかわからない。どんな顔をして、どういう会話をしたらいいの? こんなの、恥ずかしい……。お願い、アメリアの家に泊めて!」
「嫌よ。今までどおり、普通に接すればいいじゃない。……っていうのが、できないのよね! ふふふっ、異性として意識しちゃったものね。後戻りはできないわよねぇ」
楽しそうに笑うアメリア。私はガバッと顔をあげると、頭をブンブンと横に振った。
「後戻りします! ジュリシスは弟です!! 弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟……」
「やめて。夢の中に、私の弟が出てきそう」
アメリアは私の頭を掴むと、左右に振っていたのを止めさせた。
「こじれていたのは弟さんだけでなく、ルイーゼもそうだったということね。ま、私は優秀な魔女ですから、すべてお見通しでしたけれども」
「私はこれからどうしたらいいの! タダで教えて!!」
「タダは嫌。お断り……と言いたいところだけれど、前にアフターフォローの話をしたのを覚えている? 今がそのとき。私は、恋に悩む少年少女の味方ですから。無料でコレをあげましょう」
話しながら、アメリアは手のひらを上に向けた。すると、なにもない空中から、ポトンと青い小瓶が落ちてきた。
不思議な現象に目を丸くしていると、アメリアは青い小瓶を私の目の前に置いた。中には、半分ほど液体が入っている。
「素直になる薬の特別バージョンよ。素直になりたいのになれない、今のあなたにピッタリ」
「特別バージョン?」
「飲めばわかるわ」
「飲む前に知りたいです!」
「おもしろくなくなるから却下」
なんて魔女だ。私で遊んでいる。
ひどいめに遭うのは嫌なので、青い小瓶を受け取っていいものか躊躇していると、アメリアは私の上着のポケットに小瓶を入れた。
「一つ、注意しておくわ。ルイーゼは薬が効きやすい体質。薬が完全に切れるまで時間がかかると思うわ。でも、安心して。どんなに長くても、二週間だから」
「二週間って、長すぎ」
私はバーを出ると、家に帰る道すがら考えた。
とりあえず受け取ってはみたけれど、素直になったら何を口走るか想像すると怖い。飲まずに、棚の中にしまっておこう。
◇◆◇◆
帰宅が遅くなることを両親に伝えるよう、ジュリシスにお願いしていた。そのおかげで夕飯後に帰宅しても、咎められることはなかった。
それはいいのだけれど……。
「わあっ! 今夜は鮭のムニエル。私、だーい好き! いっただきまぁーす!」
「ねぇ、ルイーゼ」
「なあに?」
「なにそのハイテンション。どうかした?」
「別になんにもないよ! お腹がチョー空いているから、大好物にテンションが上がっているだけだよ!」
夕食のテーブルについているのは、私とジュリシスの二人だけ。
父とジュリアーノはお風呂で、母は台所で洗い物をしている。
(ジュリシスと二人なんて、超絶気まずい!)
予想通り、ジュリシスを少し見ただけで、顔から火が出そうになる。
顔が真っ赤になったら、絶対にあやしまれる。追求されたら、困ったことになる。
どうにかやり過ごしたいのに、ジュリシスが私をジーっと見ているものだから、アドレナリンが猛烈な勢いで体内を駆け巡っている。その結果が、おかしなハイテンション。
私は笑顔を張りつけながら、ジュリシスを追いやろうと必死。
「来週から試験だよね! 部屋に行って、勉強したら?」
「ルイーゼが食べ終わるまで、ここにいる」
「私は大丈夫だよ! 一人でも寂しくないもん! 自分の部屋に行きなよ!」
「僕を追い出そうと必死になっていない?」
「わぁ!? なにを言っているの? 食べているところを見られるのが、苦手なだけだよ!」
ジュリシスは、食堂から出ていく気がないらしい。だったら急いで食べて、私のほうから離れるしかない。
大口を開けて、パンを頬ばる。さらには、私はハムスターか? と自分にツッコミを入れたくなるほどの早さで、口の中にあるパンをムシャッムシャッムシャッムシャッ! と咀嚼する。
「ルイーゼ、聞きたいんだけれど。ウェルナー先輩に呼ばれたよね? なんの話だった?」
「ごめんって言われた」
「あとは?」
「それぐらい」
「…………」
私の目はテーブルに釘付けで、ジュリシスの顔を見ない。だから、ジュリシスがどんな顔をしているのかわからない。
それでも、怒りの圧を感じる。
「どこに行ってきたの?」
「ちょっとね」
「ちょっとって、なに? 僕に言えない場所?」
「そんなわけ……」
思わず、ジュリシスを見てしまった。視線がバチッと合う。
アメリアは私の気持ちを代弁した際、「好みのタイプど真ん中」だと発言した。なんでもお見通しすぎて怖くなる。
世の中には、たくさんの男性がいる。けれど私は、ジュリシスの顔が一番好き。
輪郭、顔の大きさ、眉の生え方、目の形、鼻の高さ、唇の厚み。目と目の幅、鼻と口の距離。耳の形。
顔だけじゃない。
肌の色。髪型、髪の色、毛質。手の大きさ、指の長さ。肩幅。足の長さ。筋肉のつきかた。
声の質。笑い方。仕草。体の動かし方。
さらには、見た目だけじゃない。素直になる薬を飲んだことで知ったジュリシスの本当の姿も、好きになった。
私を守ろうとする、愛情と優しさ。お姫様扱い。嫉妬。独占欲。スキンシップ。
つまり私は、ジュリシスを形作るものすべてが好きなのだ──。
恥ずかしさからサッと目を逸らした私に、ジュリシスは不機嫌に言った。
「帰ってきてからずっと、僕を避けているよね? 嫌いになった?」
「そんなわけないよ」
食べ終わっていないけれど、私は笑いながら立ち上がった。
「あーっ、お腹いっぱい! もう食べられない」
皿を持ち上げようとした手を、ジュリシスに掴まれた。
鋭く命じる声が、張りつけていた笑顔を奪う。
「僕を見て」
「ごめん。無理」
私はジュリシスを見ることなく、母のいる台所へと逃げた。




