家族であるために
──ジュリシスは、私が好き。
体温がぐんぐん上がり、心臓がバクバクとうるさい音を立てる。オレンジジュースを一気飲みしても、動悸がおさまらない。
口の中に残っているオレンジジュースの甘さより、胸を疼かせているもののほうが甘い。
「顔、赤いわよ。大丈夫?」
アメリアは、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
アメリアの瞳は、心を見透かすような神秘的な紫色をしている。その瞳が、驚きに見開かれた。
「え? 恥ずかしがっている?」
「だ、だって、惚れ薬だと思っていたから……。好きとか、可愛いとか、結婚したいとか、惚れ薬のせいで言っているんだと思っていた……」
「まともに取り合っていなかったというわけね」
「はい。でも、素直になる薬なんですよね……?」
「そうよ。愛の告白もキスも、惚れ薬によるものじゃない。心にあるものを、表に出しただけ」
頬に両手を当てるとじんじんと火照っているし、頭の中ではピンク色の泡がパチンパチンと弾けている。
アメリアはどんな顔で、私を見ているのだろう?
気になって隣を見ると、アメリアはにやけていた。
「なんですか!?」
「うふふ、かっわいいー! 恥ずかしいんだ?」
「恥ずかしいですよっ!! だって、だって……」
「なに?」
溺れてしまいそうな感情と、それに負けまいとする理性。理性は、社会的観念と倫理を持ち出してきた。
私は「だって……」の続きではないものを、口にする。
「ジュリシスは家族だもん。弟と恋愛なんて、できない」
「私は的中率百パーセントを誇る占い魔女。断言しましょう! 弟さんは、母方の実家に養子に入る。元々血が繋がっていないうえに、戸籍上でも家族でなくなるってわけ。さ、どうする?」
ジュリシスが弟でなくなるという占いに、金魚みたいに口をパクパクとしていると、アメリアがウインクした。
「しゃべれないようだから、ルイーゼの気持ちを代弁してあげましょう。私は、親切で優しい魔女ですから。──ジュリシスって、めちゃくちゃに顔がいいのに、頭も良くて、背が高くて、冷静で、意地悪なのに優しくて。好みのタイプど真ん中。そんな人が私を好きだと知って、動揺している。それだけじゃない。ジュリシスに初めて会った八歳のときは、幼かったせいで恋の感情は芽生えなかった。でも、十歳のときは違う。ジュリシスに一目惚れした。けれど、再婚の話を聞いていたから、好きな気持ちに蓋をした」
「な、なにを勝手にそんなこと!? 一目惚れなんて、していません!!」
「へぇー、そうなんだ? それならどうして、弟呼びにこだわるの? 同級生でしょう?」
「それは……」
私が六年前に蓋をしたものを、アメリアはこじ開けた。
「弟と思いたいのよね。異性として見ないために」
◇◆◇◆
私が九歳のとき。父は、再婚を考えている女性がいることを打ち明けた。
私は家族が増えることが嬉しくて、その女性と子供に会いたいとお願いした。
そして、十歳の誕生日当日。玄関チャイムが鳴り、私は扉を開けた。
ジュリシスが目に飛び込んできた瞬間、体がカッと熱くなった。
(かっこいい……)
大人びたクールな容姿に心を鷲掴みにされた。
ジュリシスと母親は父に案内されて、色とりどりの風船で飾りつけてある居間へと入った。
その間、私はずっとジュリシスを見ていた。目を離すことができなかった。
私の周囲にいるのは、ふざけるのが好きな男子ばかり。ジュリシスのような、知的な雰囲気を持つ落ち着いた男子は初めて。
父は私に二人を紹介し、こう言った。
「家族になりたいと考えているのだが、どうだろう?」
そうだ。ジュリシスと家族になるのだ。それなのに、ポーッとのぼせた気分で彼を見ているのはおかしい。
「初めまして。私はルイーゼ・ベルナーシ。今日で十歳になったの。あなたは?」
「…………」
ムスッとした顔で黙り込むジュリシスの代わりに、母親が答えた。
「ごめんなさい。この子、恥ずかしがり屋なの。名前はジュリシスで、九歳よ。ルイーゼちゃんと同じ学年だけれど、誕生日が三ヶ月遅いの」
「年下っていうことは、家族になったら、私が姉で、ジュリシスは弟になるね」
「違うっ!! 三ヶ月しか違わないのだから、年下ではないし、弟でもない。同格だ!」
同格……? ジュリシスは難しいことを言う。
どういう意味? とは、恥ずかしくて聞けなかった。
ただ、弟でないというのは困る。弟にしたい。だって弟じゃなかったら、この胸のドキドキをどうしたらいいの?
「でも……私、弟がほしいの。お姉ちゃんって呼ばれたい」
「嫌だ。絶対に呼ばない」
「呼んでよ」
「嫌だ」
「頑固!」
「君だって、頑固だ!」
父と母が間に入って、言い争いを止めた。
私は父から注意され、姉弟の関係を無理強いしないことを約束した。
けれど、ジュリシスと一緒に暮らし始めて困ったことが起こった。
私はジュリシスと仲良くなるために、手作りの押し花の栞をあげたり、刺繍入りのハンカチをあげたりした。
そうすると、ジュリシスは嬉しそうに頬を染める。
ジュリシスは切れ長の瞳なので、真顔だと冷たく見える。けれど笑うと、冷たさが和らいで優しい瞳になる。
(やっぱり、かっこいい……)
心臓がドキドキする。頭がぽわぽわする。ジュリシスの顔をずっと眺めていても飽きないと思う。
手を繋ぎたくなって、姉弟作戦をとることにした。
「外に遊びに行こう。お姉ちゃんが手を繋いであげる」
いい作戦だと思ったのに、ジュリシスから笑顔が消えた。
「姉じゃない」
「いいじゃない。誕生日、私のほうが早いもん」
「ルイーゼは子供っぽから、十歳引くぐらいがちょうどいいと思う」
「十歳引いたら、ゼロ歳になるんだけど!」
弟扱いすると、ジュリシスは意地悪なことを言う。そうすると、私の胸はドキドキしなくなる。なんて生意気な弟だ、と思うことができる。
ジュリシスから何度も、弟扱いしないでと文句を言われた。けれど私は、やめなかった。
だってそれが、家族であるために必要なことだから──。




