好きという感情は薬のせいではなく
学校を出ると、アメリアの店の隣にあるバーに向かった。
「どうしよう! 心が乱れている!! このまま家に帰ったら、ジュリシスに殺されてしまう。平常心に戻らなきゃ!」
ウェルナー先輩は、やはり悪い男だった。そのまま立ち去ればいいのに、私の心に爆弾を落としていった。
図書室を出ようとしたところを呼びとめられたのが、事の発端。
ウェルナー先輩は私に謝罪したいと言い、本棚の間に連れて行かれた。
「ルイーゼを巻き込んで、すまなかった。だがどうしても、誕生日パーティーに来てほしかった。母に、君を紹介したかった」
ウェルナー先輩は今まで見せたことのない、儚げな表情をした。唇は微笑んでいるのに、瞳は悲しそうだった。
「リタが話したとおり、最初はジュリシスから奪うのが目的だった。ジュリシスが入学する前まで、グロシス学園一優秀な生徒は僕だったからね。僕に向けられていた羨望の眼差しが、ジュリシスへと変わったのが悔しかった。だが、ルイーゼと過ごすうちに気持ちが変わった。誰もが僕を、貴族や学園長の息子として見る。仕方のないことなのだが……。僕の絵は暗いだろう? だが、美術顧問も部員も褒めてくれる。ルイーゼだけが『迷子になって途方に暮れている感じがする』と、僕の心を感じてくれた。……僕はシュリンツ家の一人息子として、完璧を要求されている。僕は、自分を偽っている。あまりにも長い間偽ってきたせいで、本当の自分というものがわからなくなってしまった。ルイーゼといると、光を感じる。その光の先に、出口があるような気がするんだ。──ルイーゼが好きだ。この気持ちに、偽りはない。想いが実ることがなくても、僕は君を想い続けるだろう」
これも作戦なのかもしれない。エレナ先輩やリタと同じく、心地良い言葉で私を騙そうとしている。利用しようとしている。
信じではいけないと頭ではわかっているのに──絆されてしまった。
バーに飛び込むと、おじさんは客と談笑していた。
「おじさーん! 私はチョロい女ですー!!」
「おっ?」
「オレンジジュースくださーい!」
バーカウンターの椅子に座った途端どっと力が抜け、疲労感に襲われた。
自覚はなかったが、ずっと緊張していたらしい。
「詳しいことは話せないんですけれど、すごく大変だったんです!」
「弟さんのこと? 惚れ薬の効果が終わった?」
「あ……そうだ、そのこともあった」
図書室での騒ぎで忘れていたが、ジュリシスの様子を見るに、惚れ薬は完全に切れたとみて間違いない。
おじさんに話すために、美術室でのやり取りを思い返す。
まずは、ジュリシスには惚れ薬が切れたという自覚はなかった。体調と気持ちに変化がないと言っていた。
だが、以前のジュリシスに戻ったわけではない。甘い雰囲気がなくなったし、意地悪ではあるのだけれど、なにかが変。
(そうだ! 惚れ薬が切れたのか確認したいって言われて、キスされたんだ! 私のファーストキスを奪った!)
それだけではない。惚れ薬をかけた責任をとるように迫られた結果、とんでもない約束をしてしまった。
ウェルナー先輩を振ること。
ジュリシスを弟ではなく、男として見ること。
それから……一日一回、キスをすること。
「ムリムリっ!! なんで、キスをしないといけないの!? 惚れ薬の後遺症?」
「惚れ薬?」
聞いたことのある声に振り返ると、紫色のベールを脱いだアメリアが立っていた。
アメリアは首を傾げている。
「惚れ薬って、なんの話?」
「えっ? とぼけているんですか?」
「とぼけていないわよ」
「私に薬を売りましたよね! 紫色の瓶に入った液体。惚れ薬なんでしょう!」
「違うわよ」
アメリアはあっさりと否定すると、私の隣の席に座った。カウンターに肘をつき、私を横目で見る。
「いくら持っている?」
「お金ですか? オレンジジュース代を払ったら、もうないです」
「しけた客ね。金を持たずに、バーに来るんじゃないわよ」
「人のお金を当てにしないでください! 大人なんだから、自分で払ってください! っていうか、惚れ薬ですよね?」
アメリアは鼻が高い。美しく整った横顔をまじまじと見ながら、確認する。
「違うわよ。同じことを言わせないで。どうして惚れ薬だと思うの? 私、そんなこと言っていないわよ」
「そうだっけ?」
アメリアからあやしい薬を買ったのは一昨日だというのに、昨日と今日が濃厚すぎたせいで、一昨日のことが思い出せない。
しばらく考えたのちに、パンっと手を叩いた。
「そうだ! ママが言ったんだ! 甘い匂いと味が、惚れ薬だって」
「確かに、匂いと味は似ているわね。マスター、ジンジャエールをちょうだい。アルコールが欲しいけれど、この後、魔女集会があるのよね。めんどくさー」
「話を変えないでください!」
私はグイッと身を乗り出すと、真剣な顔で詰め寄った。
「なんの薬なんですか! 教えてください!!」
「素直になる薬」
「へ?」
「近すぎ」
アメリアは嫌そうに眉をひそめながら、私の頭を押しやった。それから、指を二本立てた。
「ヤンデレ監禁ルートに進むには、二つの条件がある。まずは、ルイーゼが弟さんに他の男性を好きだと告げること。嫉妬の炎を燃え上がらせるってわけね。二つ目は、弟さんが我慢すること。激情を押し込めたがゆえに、こじれてしまい、実力行使に出るというわけ。わかったわね? 家に帰ったら、バーのマスターを好きになったって言うのよ」
「言わないですよ! もし言ったら、ヤンデレ監禁ルートに進むんでしょう!?」
アメリアは立てた二本の指で、私の額をグリグリと押した。
「イテテテテ!」
「遠慮することなく、ヤンデレ監禁ルートに進んでいいのよ。水晶で覗いてあげる」
「遠慮しますっ!」
「残念。ルイーゼって、つまらない子ね」
アメリアは不機嫌になったらしく、プンッと顔を背けた。だが、私だって不機嫌になった。
「なんで、監禁されないといけないんですか。私は、愛し愛されるピュアな関係がいいんです! それよりも……本当に、素直になる薬?」
「そうよ。言っていなかったっけ?」
「言っていません! 聞いていません!」
アメリアは、いたずらが見つかった無邪気な子供のように笑った。つまり、反省が見られない笑い方。
わざと言わなかったのではないかと疑いの目で見ると、アメリアは私の頭を撫でた。
「それはそうと、素直になる薬の効き目は、二日間。その二日で弟さんが口にしたことは、素直な気持ちから発せられたものよ。本心を押し殺さなくても、ルイーゼは受け止めてくれる。それを知った弟さんはきっと、今日も素直な胸の内を言葉にしたはず。明日も明後日も、一年後も、ルイーゼが受け止めてくれる限り、弟さんは素直でいられる」
衝撃を受けるとともに、ストンと腑に落ちた。
素直になる薬の効き目は、二日間だった。ということは、昨日で薬は切れ、今日は元のジュリシスに戻っていたということだ。
(だったら、美術室でのキスは薬のせいじゃなくて……)
長すぎるキスの合間に、ジュリシスは何度も囁いた。
「好きだ。ずっと、一緒にいよう」
薬によって、強制的に引き出されたものではなかった。
胸に熱いものが広がる。
最後の章になります。残り4話で、5月27日に完結です。
ラストは、大爆発!!
それまでじれじれした展開になりますが、最後までお付き合いくだされば嬉しいです。




