勝負の結末
「証明? はぁー、呆れたものだ。勝手にやってくれ。俺は探偵ごっこに付き合わない。悪いが、失礼するよ」
ウェルナー先輩はジュリシスを避けて帰ろうとしたが、ジュリシスのほうが素早かった。進路に立ち塞がり、さらには距離を詰めた。
ウェルナー先輩よりもジュリシスのほうが、背が高い。
ジュリシスに見下ろされて、先輩は一瞬怯んだ。だが、すぐに強気な態度に戻った。
「邪魔だ。探偵ごっこに付き合うほど、暇じゃない」
「そうですか? 少なくとも、僕との勝負のために時間を空けているはずだ。急いで帰る必要はないのでは? それとも、急いで図書室を出ないといけない、やましい事情があるとか?」
「ハッ! 君という人間は、屁理屈が得意で困ってしまう。これ以上、君と話していても埒が明かない。どけてくれ」
「どけますよ。話が終わったらね」
ジュリシスは、ウェルナー先輩に注いでいた視線を遠くに向けた。
ジュリシスの視線の先を見ると、メアリー先生がちょうど本棚の間から姿を現したところだった。
「先生、どうですか?」
「どの本棚にもないわ。貸出リストには、誰かが借りた記載はない」
「つまり、本を盗んだ人がいるということですね」
「えぇ、そうなるわね」
ウェルナー先輩の肩が揺れた。
ジュリシスは、表情が抜けたウェルナー先輩を一瞥してから、またメアリー先生に声をかけた。
「エレナ先輩から受け取った紙を持っていますよね。問題の十問目を読んでくれませんか?」
「わかったわ」
メアリー先生は、スカートのポケットから白い紙を出した。
四つ折りの紙を広げると、少しざらついている声質で読みあげた。
「十問目。リリアナ・フランスキー著『蟻の一生』という本を持ってきなさい。……本の題名だけ聞けば、生き物の本だと思うでしょう。けれど、そうじゃない。文学やエッセイの題名だと考える人もいるかもしれないわね。実はこの本は、経済の棚に置いてあるの。労働者階級について書かれた本なのよ。十問目は、この本を探して持ってくるという問題だった」
「蟻の一生は希少本じゃない。大きな本屋には置いてある。それなのに、盗んだ人がいる。どうしてでしょうね? ウェルナー先輩は、どう考えますか?」
ジュリシスの問いかけに、ウェルナー先輩は答えない。
饒舌だった人のダンマリに、生徒たちの間から「もしかして……」と不審の声が漏れる。
ジュリシスは、得意げになることもなく敵視することもなく、淡々と話し続ける。
「ウェルナー先輩は、エレナ先輩から渡された紙を読んだ。僕なら、一問目を読んだ時点でこれは読んではいけないものだと気づいて、それ以上は読まない。けれどあなたは、十問目まで読んだ。……焦りましたよね?」
「あぁ、焦ったよ。俺のわかる問題は一つだけ。あとの九問は、読んだこともなければ聞いたこともない本の問題ばかり。おまけに、紙に書いてあるのは問題だけ。答えが書いていなかった。本のクイズにしたのは、多少の自信があったからなのだが。マニアックな本からクイズを出したのは、わざとか?」
ジュリシスが淡々と話しているからなのか、ウェルナー先輩も落ち着いた口調で話す。
「はい、わざとです。先輩は、エレナ先輩を誘導して答えを盗ませようとした。それを真似しただけです」
「性格が悪いな」
「お互い様だと思いますけれど。答えを調べるために、ウェルナー先輩は図書室に来た。そして、蟻の一生を盗んだ」
「ここは弁解させてくれ」
ウェルナー先輩はウェーブのかかった銀髪をかき上げると、自嘲するような笑みを浮かべた。
「自力で答えを探そうとしたんだ。だが、時間切れ。お昼休み終了のチャイムが鳴ったのに、四つしか答えを見つけられなかった。俺が読んだことがある本にしてくれれば、こんなことをせずに済んだ」
「あなたは口がうまいし、信用されているから。僕たちが真実を訴えても、あなたを信じる人のほうが多いと考えた。偽善者の仮面を被り続けてきて、良かったですね」
「最後の一言が余計だよ」
ウェルナー先輩はククッと楽しそうな笑いをこぼすと、制服の内ポケットに手を入れた。出てきたのは、手のひらサイズの本。
ウェルナー先輩は、その本をメアリー先生に渡した。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「このことは、私から学園長に報告するわ。悪く思わないで」
「もちろんです。自分がしたことは理解していますので」
メアリー先生は生徒たちを見渡しながら、声を張った。
「後のことは、先生たちの判断に任せてちょうだい。さきほどジュリシスが言ったとおり、ここで起こったことを他の人たちに話す必要はない。エレナとリタは反省しているし、ウェルナーにもきっちりと反省を促す。興味本位の噂で、彼女たちを傷つけたくない。わかってくれる?」
「はい」
同意を示した生徒たちに、メアリー先生は安堵の吐息をついた。
「安心した。みんなを図書室から出してから事を進める計画だったのに、なかなか帰ってくれないんだもの。それなのに、エレナは告白を始めるし。どうなるかとヒヤヒヤだったわ」
「ごめんなさい。ウェルナーがクイズを始めると言ったから、焦ってしまって……」
頭を垂れたエレナ先輩と、ずっとうつむいたままのリタ。
二人の顔を上げさせたのは、ウェルナー先輩だった。
「リタ、エレナ。悪かった。君たちを利用した。俺がこういう男だって、わかっただろう? 俺のことは忘れて、新しい恋をしたほうがいい。二人とも、そのままで十分に魅力的なんだ。いい恋愛ができるよう、願っている」
リタとエレナ先輩は、ぽぅっとした目でウェルナー先輩を見ている。二人の頬が、ピンク色に染まっていく。
ウェルナー先輩は余計な力が抜けたらしく、自然な表情をしている。
その顔に、私もドキリとした。
ウェルナー先輩は、いろいろな顔を持っているらしい。
親切で優しい笑顔の仮面の下にあるのは、悪い男の素顔のはず。それなのに、魅惑的な色気が漂っている。
まるで、甘い匂いで虫を誘う植物のよう。
リタとエレナ先輩は悪い男だとわかっていても、逆らえなかった。協力しようとした。
その気持ちが、少しわかった。
ジュリシスに腕を掴まれる。
「なにボーッとしているの? あいつが好きだとか言わないよね?」
「い、言わないよ! 言うわけがない!」
「吃った。あやしい」
ジトっとした目で見られて、私は「あははははー! なに言っているのぉ?」と笑うしかなかった。




