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ジュリシスは義弟

 私はジュリシスを引っ張って、魔女の店へと戻った。

 三日月のように輝く瞳の黒猫が描いてある、突き出し看板。

 その店の扉を引いて、私は戸惑った。


「あれ? 開かない。押すんだっけ?」


 引いても押しても、横に滑らそうとしても、扉は頑として動かない。

 困っていると、隣のバーから黒服の男性が出てきた。目が合う。


「すみません! 魔女のお店に用があるんですが、開かなくて……」

「休みじゃないんですか?」

「でも、さっきここに来ました。そのときは入れました」

「あぁ」


 口のまわりに髭を生やした男性は、おかしそうに笑った。


「アメリアは気まぐれなんですよ。魔女の能力っていうのかな? 俺にはわからないけれど。なにかを感知して、客を店に入れたり拒んだりする。今は、お嬢ちゃんと話したくないんじゃないかな」

「そんなの困りますっ!! 変な液体を渡しておいて逃げるなんて、ひどい! 開けてくださーい!!」


 ドンドンと扉を叩くが、なんの反応もない。開かない。

 私は疲れ果てて、店の玄関前にある石の階段に座った。ジュリシスも隣に座る。


「忘れていた。拭いてあげるね」


 ハンカチでジュリシスの顔を拭く。液体は浸透してしまっていて、もう濡れていなかった。


「ごめんね。私のせいで、こんなことになっちゃって。魔女を信用するんじゃなかった」

「気にしないで。ドジでお人好しのルイーゼが好きだから」


 ジュリシスは、怜悧な美貌にふわりと笑顔を乗せた。

 やっぱりおかしい。今までだったら、


「ルイーゼはドジでお人好し。儲け話や投資話のカモにされたり、借金の保証人にされる人生を送りそう。お金に困っても、僕は貸しませんからね」


 または、


「ルイーゼはドジでお人好し。それなのに、無駄に可愛い。悪い男に騙されて、ひどい人生を送りそう。どんな男と付き合おうが僕には関係ありませんけれど、迷惑をかけないでください。まぁ、ルイーゼと家族になった時点で、迷惑なんですけれど」


 そんなふうに、意地悪なことばっかり言っていたのに……。


 アメリアに会えないのなら、これ以上、私にできることはない。叱られることを覚悟して、両親に相談したほうがいいだろう。父は交友関係が広いから、魔女の知り合いがいるかもしれない。

 そんなことを考えていると、ジュリシスが私の顔を覗き込んだ。


「明るくて能天気なルイーゼも可愛いけれど、憂い顔も素敵だね」

「ねぇ、どうしちゃったの? 私のこと嫌っているのに、変だよ」

「嫌っている? 誰が?」

「君だよ! 今朝なんか、『特大パフェを食べる夢を見たからって、にやけ顔を見せつけるのは暴力行為。もうちょっと、締まりのある顔になりませんか?』って言ったじゃない! 暴力行為ってなによ!」

「ああ、それは……」


 ジュリシスが笑った。屈託のない笑顔に、心臓がドクンっと飛び跳ねる。


「パジャマのボタンが外れて鎖骨が見えていたから、ドキドキしてしまった。ぎりぎりの理性を保っている僕を困らせないでください」

「♠❢Φ⁂っ!!」


 ジュリシスは、私の鼻の頭を人差し指でちょんと突いてきた。


 ジュリシスは頭を打とうが寝ぼけようが、「ドキドキ」なんて言葉を使う人ではない。ましてや、人の鼻に触れるなんて無意味なスキンシップをする人でもない。

 

 怪しい魔女アメリアめっ! 何の薬を寄越したの!?

 


 ◇◆◇◆



 私とジュリシスが初めて会ったのは、今から六年前。


 実母は私を産んで間もなく亡くなったため、私は肖像画の母しか知らない。

 母の記憶がないことが寂しくはあるけれど、父も祖父母も使用人たちも、みんなが愛情深く包んでくれたので悲しい思いをしたことはない。

 それでも、母や弟や妹がいたらどんなにいいだろう。と、何度も想像した。私の人生、もっと楽しくなるはず。


 その願いが叶ったのは、十歳の誕生日の日。

 私の誕生日パーティーに、父はかねてから交際中の女性と、その息子であるジュリシスを連れてきた。


「二人さえ良ければ、家族になりたいと考えているのだが、どうだろう?」

「わぁ! 嬉しい!! パパ、私は大賛成。いますぐに結婚して!」

「今すぐは無理だが、ルイーゼが賛成してくれて嬉しいよ。ジュリシスくんは、どうだい? 正直な気持ちを聞かせてほしい」


 ジュリシスは母親似で、整った綺麗な顔立ちをしていた。

 サラサラの青髪とアイスブルーの瞳。ニコリとも笑わない子だったけれど、それが氷の天使のようなミステリアスさを醸しだしていた。


 父に質問されたジュリシスは、私のことをじっと見た。

 私は、そういえば自分の口から自己紹介をしていなかったと思い、ドレスをつまんでお辞儀をした。


「初めまして。私はルイーゼ・ベルナーシ。今日で十歳になったの。あなたは?」

「…………」


 ジュリシスはなぜか、悔しそうに唇を噛んだ。

 ムスッとした顔で黙り込むジュリシスの代わりに、母親が答えた。


「ごめんなさい。この子、恥ずかしがり屋なの。名前はジュリシスで、九歳よ。ルイーゼちゃんと同じ学年だけれど、誕生日が三ヶ月遅いの」

「年下っていうことは、家族になったら、私が姉で、ジュリシスは弟になるね」

「違うっ!!」


 ジュリシスが叫んだ。


「三ヶ月しか違わないのだから、年下ではないし、弟でもない。同格だ!」

「でも……私、弟がほしいの。お姉ちゃんって呼ばれたい」

「嫌だ。絶対に呼ばない」

「呼んでよ」

「嫌だ」

「頑固!」

「君だって、頑固だ!」


 父と母が間に入ってくれたので喧嘩にはならなかったが、別室に連れて行かれ、父に注意された。


「無理強いはよくないよ。今まで他人だった者同士が、家族になろうとしているんだ。ジュリシスは繊細な子だと聞いている。いろいろな感情を抱え、葛藤していると思う。焦らずに、ゆっくりといこう」

「そうだね。ごめんなさい」


 私は用意していたクマのぬいぐるみを部屋から持ってくると、ジュリシスに謝った。


「あなたがどう思うか、考えていなかった。ごめんなさい。同格がいいんだよね?」

「…………」

「クマのぬいぐるみ、あなたのために作ったの。もらってくれたら、嬉しいな」

「…ュ……」

「ん?」

「名前、ジュリシス。あなた、じゃない……」


 恥ずかしそうに視線を泳がせるジュリシスに、私は笑顔を弾けさせた。


「うん! ジュリシスだね。私のことは、ルイーゼって呼んで。私たち、仲良くしようね」

「うん……」


 ジュリシスの顔は真っ赤。それがとても可愛くて、私はクスクスと笑った。


 それから半年後。私とジュリシスは家族になった。

 最初はシャイで繊細な男の子だったジュリシス。家族という関係に慣れたのか、どんどん生意気になっていった。他の人には優等生の態度をとっているのに、私には素の意地悪な顔を見せる。

 両親が言うには、甘えているらしい。


「友達のノーラの弟も、口が悪くて生意気だし。弟って、そういうものなのかな?」


 お姉ちゃんと呼んで慕ってくれる可愛い弟を想像していたのだけれど、現実は違った。


 ドジでお人好しの私と、しっかり者でクールなジュリシス。

 仲睦まじい姉弟とまではいかないけれど、それなりにうまくやってきた。

 しかし、怪しい魔女アメリアのせいで、私たちの関係がおかしくなっている。


 

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