やっつけちゃってよ!
ウェルナー先輩は、集まっている人たちを順々に見回した。
「状況は僕に不利だが、それでも、僕を信じてくれる者はいるかい?」
エレナ先輩とリタはうつむいているし、メアリー先生は図書カウンターの中に入ってしまった。
私と他の生徒たちは、ウェルナー先輩と視線が合う前に目を逸らした。
ウェルナー先輩と関わりたくないという空気が流れている。
「そうか……僕の味方をしてくれる者はいないようだね。皆、リタとエレナの話を信じたというわけか。とても残念だ。誰だって紙を渡されたら、なにが書いてあるか読むだろう? それを問題を不正に手に入れたと騒がれたのでは、たまったものではない。まぁ、いいさ。噂を広めればいい。僕がエレナとリタを使って、卑怯な真似をしたとね!」
吐き捨てるように言って、立ち去ろうとしたウェルナー先輩。その進路に、ジュリシスが立ち塞がった。
唯一ジュリシスだけが、ウェルナー先輩から目を逸らさない。
「邪魔だ」
「邪魔するために立っている。リタとエレナ先輩の話を信じた人を残念扱いするなんて、立ち去る間際まで卑劣ですね」
「好き勝手に言えばいい。どうせ俺がなにを言っても、信じてくれないだろう? これ以上、話す気はない。好きなように噂すればいい」
「その件についてですが……」
ジュリシスは先輩の進路を塞いだまま、図書室にいる生徒たちを見回した。
荒ぶっているウェルナー先輩とは対照的に、ジュリシスは冷静沈着だ。
「ここにいる全員に、お願いする。ここで見聞きしたことのすべてを、決して口外しないように。僕は、全員の顔と名前を把握した。ここでの話が漏れたら、犯人を突き止め、それ相当の罰を与えるから覚悟して」
静かな怒りを込めた物言い。
生徒たちの間に、動揺が走る。ウェルナー先輩も、目を丸くした。
私は失望した。ジュリシスなら、先輩をやっつけてくれる。そんな希望を抱いていたのに。
「なんで!? だって、先輩はズルをしたんだよ! エレナ先輩とリタを利用した。傷つけた。なんで黙っていないといけないの? ジュリシスは誰の味方なの!?」
ジュリシスは、反論した私をチラッと見た。
「ルイーゼの味方のつもりですけれど」
「どこがよ!?」
「勝負は、ルイーゼを賭けてのもの。ウェルナー先輩の信奉者が、元凶はルイーゼにあると敵意を向ける可能性がある。男を振り回す悪女だと、悪く言う生徒がいないとは限らない。ルイーゼに汚名を着せたくない」
そこまで考えていなかった。ジュリシスの視野の広さに感動するとともに、私の味方をしてくれることが頼もしくて、嬉しい。
しかし、感動の余韻に浸っている暇はない。
ウェルナー先輩が、喉奥でククッと笑った。先ほどまでの追い詰められた人特有の緊迫感が消え、余裕のある態度へと変わっている。
「ハハッ! さすがはジュリシス。聡明だね。いい判断だ。そうだ。グロリス学園には、約六百名の生徒がいる。だが、ここにいるのは十数名。十数名が僕の悪い噂を広めようとしても、六百名の生徒がなにを信じるかは、その人次第。君たちを信じる者もいれば、僕に同情し、罠に嵌めた君たちに怒る者もいるだろうね」
「罠に嵌めたのは、お互い様ですけどね。僕が懸念しているのは、ルイーゼだけじゃない。リタとエレナ先輩が共犯者扱いされることも、恐れている。二人は、ウェルナー先輩のために動いた。つまり、指示役はウェルナー先輩。実行役は、リタとエレナ先輩。未然ではあるけれど、二人を共犯者として見る生徒がいてもおかしくない」
「あぁ、なるほどね。確かにそうだ。特にエレナは、問題を書いた紙を僕に見せたのだから黒だ」
エレナ先輩はうつむいたまま、肩を震わせた。長い髪が邪魔して顔が見えないが、青ざめているだろう。
ウェルナー先輩は、微笑みの仮面をつけ直した。品のある穏やかな笑みで語りかける。
「僕に捨てられたのを根に持ったリタとエレナが、僕を陥れるために共謀した。そう考える生徒もいるかもしれないね」
「違うわっ! ここにいる生徒たちが、証明してくれる!」
声を張り上げたリタに、ウェルナー先輩は肩をすくめた。
「リタ、落ち着いて。たとえ話をしただけだよ。あくまでも、そう考える生徒もいるかもしれないという可能性の話だ。噂話というのは、一人歩きするものだ。僕たちにはコントロールができない。自分を守るために、君たちはなにも言わないほうがいい。黙っているのが賢明だ」
「だけど、あなたのやったことは卑怯だわ! 私の父の話を持ち出した!」
「僕のせいにするのかい? 誰にも話さないようにと、あれほど念押ししたのに、約束を破ったのは君だ。だが、僕にも十分に責任がある。だからあとは、君の好きにしたらいい。僕が悪いと騒いでいいよ。伯爵令嬢としての品格が地に落ちることになるだろうが。君を大切に育ててきたご両親は悲しむだろうね」
「あなたって最低だわ! 私を脅す気!?」
「誤解しないでくれ。両親から軽蔑されないために、忠告しているだけだ」
リタの唇が、怒りのためにワナワナと震えている。
私の隣にいるメガネ男子が、苦々しげにつぶやいた。
「結局、力のある人には勝てないってわけか……」
「どういうことよ!! 学園長の息子だから? それとも、伯爵だから? 権力があれば、なにしても許されるってわけ!?」
「いや、あの、権力というよりも、ずる賢い人には勝てないという意味で……」
「ジュリシスだって、ずる賢いよ! 私、いつも言い包められているもん!!」
「あ、はい。そうですか……」
あたふたするメガネくん。
彼に怒りをぶつけるのは間違っている。わかっているけれど、悔しさが爆発してしまった。こうなったらもう、止められない。
あふれる涙をゴシゴシと擦りながら、叫ぶ。
「ジュリシス、やっつけちゃってよ!! ずる賢いんだからできるよ!!」
「なんですか、それ。褒められている気が全然しない」
ジュリシスは呆れながらも、ニヤリと口の端を上げた。
「ルイーゼから、この人が好きだと無理矢理に聞かされるたびに、悪い男だ。好きになるに値しない。偽りの優しさだ。腹黒い遊び人だ、って言ってきた。だが、信じてくれなかった。いい加減、信じてくれた?」
「めちゃくちゃに信じたよ! 大嫌いっ!! グーパンチしてやりたい!!」
「してもいいよ」
「え? あ、遠慮しておきます……さすがにそれは……」
勢いで言葉にしてしまったが、グーパンチする勇気はない。私は今まで一度も、人を叩いたことがないのだ。
私は言い過ぎたと反省しているというのに、ジュリシスは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「さてと、ようやくルイーゼの目が覚めたということで。最後のカードを出して、終わらせたいと思う。エレナ先輩は『ウェルナーは渡した紙を読むと、驚いた顔をした。不正なことをしてはいけない。見なかったことにすると言って返された』と話した。ウェルナー先輩は、この発言に間違いはないと言った。そうですよね?」
「蒸し返すのか。いい加減にしてくれ。見なかったことにすると言ったくせに、見たと責めたいのだろう!」
「いいえ、違います。なにが書いてあるのか知るために、読むのは仕方のない行為。そこは責めません。僕が言いたいのは、エレナ先輩とリタが関与していない部分で、あなたは単独で不正行為をした。僕は、それを証明したい」




