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反撃の反撃

 図書室にいる人全員が思ったに違いない。


 ──今までも凄かったが、これからが本番。修羅場が始まる。


 私の隣にいるメガネ男子が、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 リタは腕組みをし、威厳ある態度で堂々と立っている。ウェルナー先輩を睨んでいる目は据わっていて、迫力が半端じゃない。

 さすがのウェルナー先輩も、すぐには言葉が出てこなかったらしい。

 ややあってから、絞りだしたかのような力のない声で言った。


「……君のことを言ったんじゃない……」

「そうなの? でも、『リタの言うことを間に受けるな』と名指しで言ったわよ」

「それは……誤解がいろいろとあって……」

「誤解。そうかもしれないわね」


 リタはニコリと微笑んだ。美しい微笑なのに、目が据わっているから怖い。


「私とウェルナーの間には、誤解が生じているそうよ。今から話すから、どのあたりに誤解があるのか、みなさん教えてくれる?」

「待てっ!!」

「あなたは黙って」


 止めようとしたウェルナー先輩を、リタが一声で封じた。

 有無を言わせない威圧感のあるオーラに、ウェルナー先輩だけでなく、この場にいる全員が沈黙した。


「昨日の夜、ウェルナーが私の家に来たわ。事前に問題を入手するよう、頼まれた」


 衝撃的な告白に、「うぇっ!」とおかしな声が出てしまった。

 隣のメガネ男子も、「ひしゃっ!」と奇声を発した。


 ウェルナー先輩は、エレナ先輩だけでなくリタの元も訪れていた。

 勝つためにジュリシスは本を読んだというのに、ウェルナー先輩は人を当てにした。最悪である。


「ウェルナーは、人を見て話すから。性格の良いエレナには、遠回しな言い方しかできなかったのでしょう。エレナが実際に動いてくれるか不安で、ウェルナーは私のところに来た。こう言ったわ。──俺はルイーゼが好きで、君はジュリシスが好きだ。協力しよう。勝負に勝ってルイーゼを彼女にしたら、ジュリシスは諦めて姉離れする。そしたら、ジュリシスと付き合いやすくなる。悪い話じゃないだろう? ……そうしてウェルナーは、勝負に勝つために問題を手に入れてくれと頼んだ。私は性格が悪いから、了承したわ。でも、怒りで体の震えが止まらなかった。悔しかった」


 リタは微笑を消すと、まつ毛を伏せた。


「私と付き合っているときから、ウェルナーは遊んでいた。他の女性と出かけないでほしい。私だけを見てほしい。何度も、頼んだ。けれど、独占欲の強い女は嫌いだと、あしらわれた。私は耐えきれなくなって、別れを選んだ。けれど……別れてからも、あなたを見ていた」


 ミリアは、リタはウェルナー先輩に未練があると教えてくれた。

 リタの話を聞く限り、悪い男にしか思えない。けれど、そこに魅力を感じてしまう人もいるのだろう。


「ルイーゼ、ごめんなさい。あなたを取り合って、二人が勝負をすることに嫉妬したの。あなたに嫌がらせするよう、友達に頼んだ。けれど一晩たって冷静になったら、あなたが可哀想になった。ウェルナーは、ルイーゼを本気で好きなわけじゃない。見た目も才能も優れているジュリシスを妬んで、奪ってやりたいだけ。奪って、ちょっと遊んだら、捨てる。ひどい人でしょう? それで、何人もの女性が泣かされている」

「違うっ!」


 否定するウェルナー先輩に耳を貸すことなく、リタは話を続けた。


「今朝。メアリー先生に、勝負をやめるよう頼みに行った。そしたら、エレナとジュリシスも図書室に来たの。四人で話し合ったわ。先生とエレナは勝負をやめる考えだったけれど、私とジュリシスは別な提案した。──ウェルナーには、罰を与えるべきだと」


 罰という言葉に、ワクワクしてしまう自分がいる。


(好きだったのに、ひどい!! 罰せられてしまえ!)


 入学してすぐの部活動紹介で、ウェルナー先輩に恋をした。その日のうちに美術室を訪れて、入部希望の用紙を提出した。

 けれどウェルナー先輩は人気があるから、いつも誰かといた。

 話しかける勇気もなく、話しかけられることもなく。黙々とデッサンをしていた。


 入学して一ヶ月が過ぎた頃。消しゴムを家に忘れてきた。ノーラは一個しか持っていなかったため、ジュリシスに借りに行った。


「消しゴム、二個持っている?」

「持っていますけれど……学校では話しかけてこないで」

「なんでよー!」

「ルイーゼが家族だと知られたくない」


 まさかの家族拒否!!

 なんて弟だ。私と家族だとみんなに知られたくないなんて!!


 ぷんぷん怒っていると、その日の放課後。ウェルナー先輩に話しかけられた。


「ちょっといいかな。噂で聞いたのだけれど、ジュリシス・ベルナーシのお姉さんなんだってね」

「はい。誕生日が三ヶ月しか違わないですけれど」

「そっか。……あ、この部分だけれど」


 このときに描いていたのは、リンゴ。

 ウェルナー先輩は陰影の付け方について、教えてくれた。

 憧れのウェルナー先輩に話しかけられたうえに、指導までしてもらえて、私は有頂天。

 鼻歌を歌いながら、家に帰った。


 品のある雰囲気と、優しい笑顔。学園長の息子なのに偉ぶったところのない、落ち着いた振る舞い。

 恋が加速していって、部活に行くのが楽しくなった。

 けれど、親切にしてくれたり、気のあるようなセリフを言ったのは、好きだからじゃなかった。

 ジュリシスから奪うためだったなんて──。

 純粋な想いが踏みにじられた悔しさと悲しさで、涙がじわりと浮かぶ。


 リタは話を続けた。


「エレナは鞄を漁ったりしないわ。メアリー先生とジュリシスが、新しく問題を考えてくれた。それをエレナは紙に書き取って、ウェルナーに渡したの。ウェルナー、読んだのよね?」

「ああ、読んださ! なにが書いてあるか、読まないとわからないだろう! 俺を嵌めるために、考えたのだろう。うまくいって愉快だろうね!」 


 嘘も言い訳も通用しないと悟ったからなのか、ウェルナー先輩は微笑みの仮面を外した。

 開き直った様は獰猛で、それまで強気な態度だったリタを怯えさせた。

 ウェルナー先輩も、それを感じ取ったのだろう。恫喝するように責めたてる。


「君はもっと賢い女性かと思っていたよ。残念だ。どちらの味方をすれば得をするのか、感情を抜きにして考えればわかるのに。父親の商売、うまくいっていないんだろう? 素人が金融機関を立ち上げたって、うまくいきっこさないさ。俺の叔父が援助する話が出ているのに、なぜ、愚かな真似をするんだ? 娘のせいで援助の話がなくなるなんて、家族は失望するだろうね」  

「……家の話はしないで」


 リタは悔しそうに唇を噛むと、それきり黙り込んだ。


 ウェルナー先輩がズルをしたことを公にしたのに、勝った気がしない。

 私もリタもエレナ先輩も傷ついたまま、我慢するしかないの?

 

 


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