確認のキス
放課後。美術室の机に腰を下ろして、ぶらぶらと足を揺らす。時計を何度も見ては、ため息をこぼす。
「四時か……。ジュリシス、来ないかも。ウェルナー先輩との勝負も、ないかもね。私のことなんて、もうどうでもいいんだ」
薬の作用は、体質が影響する。母の知り合いのエマが三日間惚れていたというのは、彼女の体質によるもので、ジュリシスはエマと比べると薬が切れるのが早かった。そういうことだろう。
ため息ばかりの自分にうんざりして、頭を激しく左右に振る。
「やっと、薬が切れてくれたぁーーっ!! 良かった! 変なあだ名で呼ばれなくてすむし、好きだって迫られなくていいし。可愛いって言われないのは残念だけど、別にジュリシスに言われなくたって、平気……」
威勢よく発した声が、尻つぼみになる。本心がこぼれる。
「……激甘ジュリシスで、いてほしかった」
ジュリシスが考えていることを話してくれたおかげで、距離が縮まった。私たちは親しくなった。
ただ誤算だったのは、私を見るジュリシスの瞳があまりにも優しかったものだから、これからも私を好きでいてほしいと欲張る気持ちが生まれてしまったこと。
「元のクールジュリシスに戻ったんだもん。私のこと、嫌いに戻ったよね……」
耐えていた涙腺が崩壊し、涙が落ちる。
突然響いたノック音に、肩が飛び跳ねる。美術室の扉が開き、ジュリシスが姿を現した。
慌てて、顔を覆う。
「ルイーゼ……泣いている?」
「泣いていないもん」
泣き顔を隠すために覆っている両手に、ジュリシスの手が添えられる。指先を掴まれ、下ろされた。
明るくなった視界。思っていたより近い距離にジュリシスの顔があり、恥ずかしさから私は顔を背けた。
「嘘つき。泣いている」
「違うもん。これは、あくび」
「大量の涙だね。あくびを百回したの?」
「うん」
話を合わせてくれたことにホッとして、涙目のままジュリシスを見つめる。
「惚れ薬、切れた?」
「さぁ、どうだろう? わからない」
「なんでわからないの?」
「違和感がない。体調が変わらないし、気持ちの面でも特に変化がない」
「だったら、言ってあげます。ジュリシスは変わりました! まず、甘い雰囲気がなくなった。私に意地悪した!」
「意地悪って?」
真顔で聞き返してきた、ジュリシス。自分が変わったことに、気がついていないらしい。
私は唇を尖らせて、ウジウジといじけている思いをぶつける。
「ルイーゼ姫からの手紙を破いた。リタのほうが魅力的だって言った」
「手紙を破いたことは謝る。ごめん。美術室にリタが来るのは、困ると思ったんだ。それと、世間一般の人はリタを魅力的だと思うと言っただけで、僕の意見は別にある」
「あー、そうですかー。言い逃れをするつもりですかー」
揶揄するように棒読みで言うと、ジュリシスはムッとした顔をした。
「言い逃れしていない。僕の意見は別にある、と言った。言葉は正確に使って」
「はいはい。僕の意見はなんですかぁ?」
「僕は真面目に話している。ルイーゼも真面目に聞いて」
何度注意してもふざけるのをやめないジュリアーノに言い含めるときと同じ、相手を真剣に見る目と、諭そうとする硬質な声。
私は軽い口を叩くのをやめ、唇を引き結んだ。
「世間一般の人は既成の価値観で判断するから、リタを魅力的だと思うだろう。僕はそれでいいと思っている。ルイーゼは、他の人にはない特別な魅力を持っている。それを知っているのは、僕だけでいい。独占したいから」
「それ、本気で言っている?」
「本気だ」
ジュリシスの雰囲気も瞳も声も、真面目。惚れ薬を飲んだ一日目や二日目の、あの甘やかさはない。
それなのに、私を好きだと言っているかのような話の内容に、頭がクラクラする。
「惚れ薬、まだ切れていない? 継続中?」
「どうだろう? 自分ではわからない。ただ、あの長ったらしい変なあだ名を口にする勇気はない」
「あぁ、あれね。マイ・スイートシュガーハニーラブプリンセス」
「シュガーって、入っていた? 激甘だね。胸焼けを起こしそう」
「シュガーは、私は入れました。ねぇ、言ってよ」
「言ったら、ルイーゼは喜んでくれる?」
「う〜ん、喜びはしないかな」
「だったら言わない。ルイーゼが喜ばないことに、無駄なエネルギーを使いたくない」
惚れ薬を飲む前のジュリシスは、無駄なことを嫌った。だから、他愛ない話も、時間を浪費する行為も嫌がった。
私は、足をぶらぶらと揺らした。
ジュリシスは元に戻った。惚れ薬の効果がなくなったのだ。
「無駄なエネルギーを使いたくないって、ジュリシスらしい答えだね」
「そうかもしれない。エネルギーは生産的に使いたい。確認したい。ルイーゼは、可愛いって言葉は喜んでくれる? 喜んでくれるなら、毎日言いたい」
「えっ……」
ジュリシスをまじまじと見る。
「どういうこと? 惚れ薬、完全には切れていない?」
ジュリシスの手が伸び、机の上に座っている私の髪をひと撫でした。その手が後頭部に添えられ、もう片方の手は、机の端を掴んでいる私の手の上に置かれた。
ジュリシスの瞳にあるのは、甘さでも、優しさでもない。
私の心を捕らえる、情熱的な炎。
もう逃げられない。そんな予感に、頭の芯が痺れる。
「惚れ薬が切れたかどうか、確認していい?」
「あ、うん」
ジュリシスの上半身が傾き、顔が近づく。
声を上げる暇がなかった。
気がついたときには、私の唇にジュリシスの唇が重なっていた。




