戸惑いと悲しさと
数学の授業が終わると、私はすぐに特進クラスへと走った。
先生の目を盗んで書いた手紙を、ジュリシスに机の上に置く。
「ルイーゼ姫からの手紙です! 読んで!」
ジュリシスは私を見上げると、唇の片端に笑みを乗せた。
甘さを感じられない冷たい笑みに、背筋が凍る。
「惚れ薬、切れたの……?」
「ジュリシス、音楽室に行きましょう」
音楽の教科書を胸に抱えたリタが寄ってきて、私にも笑顔を向けた。
同性の私でも見惚れてしまうほどの綺麗な笑顔に、心臓がコトンと跳ねる。
やはりリタは、学園一の美少女。凡庸な私とは違って、誰もが認める美貌の持ち主。
私はありふれた茶色の髪だし、丸顔。目はくりっとしていて可愛いと思うけれど、あくまでも可愛いの範疇。リタのように、人を虜にさせる魅惑的な目ではない。
私にはない色気を放つリタに、敗北感を覚える。
(あれ? なんで私、リタと比べているんだろう?)
小悪魔的美少女リタと自分を比べることなんて、今までなかった。リタはリタ、私には私の良さがあると満足していた。
不可解な感情に動揺している私に追い討ちをかけるかのように、リタがジュリシスの肩に手を置いた。それも、親しげに。
「ルイーゼから手紙? なんて書いてあるのかしら?」
「君には関係ない」
「そう言わないで、教えてよ。あなたのことなら、なんでも知りたい」
ジュリシスはうんざりした顔で、席から立ち上がった。
「今夜の晩御飯がなにか知っている? だって。姉さんは、くだらないことで騒ぐのが得意だから」
ジュリシスは読み終えた手紙を半分に折ると、真顔で破った。
「っ!!」
目の前で、手紙を破られた。驚きすぎて声がでない。
呆然としている私に、ジュリシスは手紙を突き返してきた。
「いらない」
「なんで……」
わかっている。リタは私に嫌がらせをしようと企んでいて、ジュリシスは私を守るために行動してくれている。今夜の晩御飯がなにか、なんて嘘。
手紙の内容をリタに知られたら困るから、破ったのだ。
わかっている。けれど頭の理解度とは反比例に、心は不満の声をあげている。
リタは口元に手を添えながら、ククッと笑った。
「やっぱり二人って、仲が悪いのね。最近のジュリシスは、どうかしていただけなんだわ。ルイーゼがこの世で一番大切な人だなんて、からかっただけ。ねぇ、私とルイーゼ、どっちが魅力的?」
リタは、私に挑発する目線を送ってきた。
私は両手の中にある破られた手紙を見つめながら、ジュリシスはどう答えるのだろうと考えた。
(私……とは、言わないよね。リタの怒りを買うもの。でも、リタっても言わないよね。リタに興味ないもん)
どっちも別に……と、答えるのではないかと思った。だから、ジュリシスの答えに、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「さぁ? わからない。だが世間一般の人は、リタのほうが魅力的だと言うだろうね」
「ルイーゼ、聞いた! 私ですって!! ふふっ、ルイーゼお姉さん。私たちの邪魔をしないでね」
ルイーゼお姉さん、という部分を強調したリタ。
私は逃げるようにして、自分の教室に戻った。
私は、手紙にこう書いた。
【ウェルナー先輩がズルをしているかも! このままじゃ負けちゃう。放課後すぐに美術室に来て! 相談しよう。 スイートハニーラブプリンセス・ルイーゼより】
リタに知られたら、大騒ぎされてしまう。だから、ジュリシスが手紙を破ったのは仕方のない行為。
ゴミ箱に捨てたら、リタが拾うかもしれない。私に返しただけでは、リタが奪ってしまうかもしれない。
手紙を破ることで、リタの興味を失わせたのだ。
「わかっている。しょうがないよね。リタのほうが魅力的だと言ったのも、しょうがないよね。わかっている。でも……」
だったらせめて、優しい目で私を見てほしかった。
惚れ薬を飲む前のジュリシスは、私に無関心な態度だった。そのときと同じ、感情のこもっていない目で見られて、傷ついた私がいる。




