元恋人
一時間目、二時間目、三時間目、お昼休み。すべての休み時間を、ノーラに愚痴をこぼすことに費やす。
「ジュリシスったら、ひどいんだよ! 一人で朝早く学校に行っちゃうし、休み時間も全然相手にしてくれないし。本を読むので忙しいってわかっているけれど、無視することないじゃん。ウンとかハイとか言ってって頼んだら、ようやく返事をしてくれたけれど。心が、ぜーんぜんこもっていない!」
「うんうん、それは嫌だよね」
「可愛いって言葉もナシ。ねぇ、自分から可愛いって言ってって、催促するのはアリ?」
「それは、やめたほうがいいかも」
「なんで学食にいないのかな? お昼、どうするんだろう?」
「購買部で、パンを買っているのを見たよ」
「えぇーっ」
口に入れようとしていたフォークを下ろす。
フォークに刺さっているハンバーグをぼんやりと見ながら、不満を吐きだす。
「私のために頑張ってくれているのは、わかるんだけれど。なんか……寂しい」
「ルイーゼ……」
丸メガネの奥にあるノーラの目が、困惑気味に揺れる。
「私、話すのが苦手だから、うまく言えるか自信がないんだけど……。ルイーゼって、人を好きになると変わるタイプなんだね」
「ん?」
「あっ、違うの! 変な意味じゃなくて!」
ノーラは顔を真っ赤にしながら、両手を左右に振った。
「家族だって、わかっている! 弟だもんね。……再婚でできた弟だけれど。その、なんていうかな。世の中っていろんな人がいて、いろんな考えがあって……。その……抗えない気持ちってあると思うの。恋してはいけない相手だとわかっていても、惹かれてしまう力には抗えないというか……。ジュリシスくんがルイーゼをどう思っているか、私なんとなく気がついていた。でも、ルイーゼは全然だったから、その、すごく驚いている……」
「んん?」
しどろもどろに話すノーラ。
つまり、なにを言いたいの? と尋ねたいけれど、ノーラは鼻の頭に汗をかいている。
緊張しているノーラに突っ込んでいいものか迷っていると、肩を叩かれた。
「ご愁傷様。ルイーゼに同情しちゃう」
「ミリア!」
友達の多いミリアが一人でいるのは珍しい。周囲に目を走らせると、離れたテーブルにリタの取り巻き女子三人組がいた。リタの姿はない。
「ご愁傷様って、どういうこと?」
「巻き込まれて、可哀想って意味。今日の放課後、ジュリシスとウェルナー先輩が勝負をするんでしょう? ルイーゼを賭けて」
「そうなの!」
事の成り行きを話すと、ミリアは深々とため息をついた。
「グロリス学園の人気を二分する、ジュリシスとウェルナー先輩が決闘するなんて。ルイーゼってば悪女。やるじゃん! って盛り上げたいところだけれど……。知らないって、怖いね」
「なに? どういうこと?」
「知りたい?」
ミリアの目に宿った、不穏な光。
寒気を感じて、ブルリと震えた。聞いてはいけない話だと、直感が訴える。
「知らなくていいかな〜。教室に戻らないと……」
「遠慮しなくていいから。内緒の話を教えてあげる!」
「そういうことは、話しちゃダメなんじゃないの?」
「ルイーゼが黙っていればいいだけの話よ」
ミリアは逃げようとする私の肩を強引に抱くと、耳元で素早く囁いた。
「リタとウェルナー先輩って、元恋人なんだよ」
「えっ……」
「さて、教室に戻ろう」
「待って!! 詳しく聞かせて!!」
縋る私に、ミリアは唇の端を上げた。
ノーラに先に教室に戻っているように言うと、ミリアを食堂の端に連れて行く。
「元恋人って本当? いつ別れたの?」
「私、口の軽い女じゃないのよね」
リタとウェルナー先輩が元恋人だと明かしたのはミリアなのに、いまさらだと思う。
でも、知りたい欲には勝てなくて、顔の前で両手を合わせる。
「ミリア様、そこをなんとかお願い! 口を軽くしてください!」
「誰にも話さない?」
「もちろん!」
秘密というのは、こうやって広がっていくのだろう。
ミリアは周囲に人がいないのを確認してから、ヒソヒソ声で話した。
「二人が付き合っていたのは、一年ほど前。リタの独占欲の強さにうんざりしたウェルナー先輩のほうから、別れを切り出したみたい。リタは未練があるらしいんだけれど、先輩はヨリを戻す気ナシ。独占欲の強い女性は嫌いみたい」
「あ、だから……」
昨日の放課後。図書室で聞いてしまった会話が、ストンと腑に落ちた。
ウェルナー先輩と話していた女子生徒は、泣いていた。
「理想の彼女になれるよう、努力するから。頑張るから。だから、お願い。本命の彼女じゃなくていいの。遊びでいい。たまに会えれば、それで……」
けれど、ウェルナー先輩は冷たく突き放した。
ミリアから事情を聞いたおかげで、ウェルナー先輩のことが理解できたが、共感はできない。
人を好きになると独占したくなる、その気持ちのほうに私は共感する。
「リタは、ジュリシスが好きだと思っていた……」
「好きだと思うよ。でもそれは、新しい恋をしようと気持ちを切り替えているっていうのが、正解かな。先輩がヨリを戻そうと言ったら、応じると思う。それよりも……」
ミリアは、私の顔をまじまじと見つめた。
「私の話を聞いて、わかったでしょ?」
「うん、わかった。リタ、切ないね。先輩と復縁してほしいね」
「そういうことじゃなくて! リタの話をしたのは、ルイーゼに身を守ってほしいからだよ!」
ミリアは叫ぶと、私の鼻の頭をぐりぐりと押した。
「いい? リタは、ウェルナー先輩とジュリシスが好き。それなのに、どちらも振り向いてくれない。それだけでもイライラしているのに、ルイーゼを賭けて二人が勝負するわけでしょう? おもしろくないに決まっているじゃない。リタ、今までにないぐらい怒っている」
「あっ、そういうことか」
「昨日の夜。私とカタリナたちが、リタに呼び出されたの。ルイーゼを体育倉庫に閉じ込めるよう、命令された。でも私たち、そんなことしたくない。けれど、リタの怒りが凄まじくて逆らえなかった。私たちでは、リタを止められない。ルイーゼ、リタには絶対に近づかないで」
「ありがとう……」
ミリアの親切心に、胸がいっぱいになる。




