頭の中にいる人、いない人
黒猫セーラの体を撫でていたおじさんが、アメリアに声をかける。
「アメリア、希少なワインが手に入ったんだ。一杯、タダで飲ませてあげよう。今から、バーに来るかい?」
「いいの?」
「あぁ。そういえば、お嬢ちゃん。店に鞄を置きっぱなしだよ」
そうだ、バーに学校鞄を置いていたことを忘れていた。
店内に戻った、私とおじさん。鞄を持って帰ろうとするのを、おじさんに止められる。
「オレンジジュースのおかわり、どうだい?」
「ありがとうございます。でも、暗くなる前に家に帰らなきゃ」
「もうすぐ、アメリアが来るよ。世間話をしたら、どうだい?」
ウインクしたおじさんに、私はハッと息を飲んだ。
「……もしかして、私のためにアメリアをバーに誘ったの?」
「惚れ薬の話を聞かせてもらったお礼だ」
「わーっ!! おじさん、優しい!!」
大人になったら、絶対にこのバーに通うと心に決めた。
しばらくして、アメリアがバーに入ってきた。カウンター席でオレンジジュースを飲んでいる私を見て、ふふんっと笑う。
「こういうことだと思っていたわ」
紫色のベールを脱いでも、アメリアは神秘的なオーラを放っている。黒猫セーラの毛と同じ、黒々とした髪。人の心を見透かすような、魅惑的なアメシスト色の瞳。
バーのおじさんは、私の隣の席に赤ワインが入ったグラスを置いた。
アメリアは私の隣に座ると、中に入ったワインを見つめながらグラスを揺らし、口をつけた。
「上等なワインね。ま、いいでしょう。特別に、無料で相談に乗ってあげるわ」
「ありがとうございます!」
「で、なんだったかしら? 弟さんが、あなたの恋路を妨害しているって相談でよかった?」
「はい!」
私にとっては大問題なのに、アメリアは退屈そうな顔をした。
「あなたって、モテる割には男運がないのよね。自分勝手な男ばかり寄ってくる運命。理不尽なことですぐに怒鳴るとか、お金を貸したのに返さないとか、一夜限りの遊びとか。そういった男を、弟さんが追い払ってくれているのよ。感謝するべきね。弟さんがいなかったら、あなたの人生ボロボロになっていたわよ」
男子を追い払って恋を妨害したのは、嫌がらせじゃなかった。危なっかしいところのある私を守るためだった。
(僕の使命はマイ・スイートハニーラブプリンセス・ルイーゼを守ることだって、ジュリシスは言っていた。本当だったんだ。私、やっぱりジュリシスのことわかっていない。誤解ばかりしている)
衝撃のあまり、質問する声が震える。
「男を追い払っているって、昨日今日の話じゃないですよね? ジュリシスはずっと……」
「ずっと、なによ? 最後まで言いなさいよ」
「ずっと前から、私を守ってくれていたんですか?」
「本人に聞いたら? って、別に意地悪で言っているんじゃないの。そういう大切なことは、二人で話しなさいってこと。あなたたちは本音を隠して、姉弟ごっこをしている。私からすれば、不健全。有益なアドバイスをあげる。人生を楽しみたかったら、欲求に素直になりなさい」
アメリアは赤ワインを飲み干すと、所持金を聞いてきた。財布の中身を確認して、答える。
「二千グランです」
「しけているわね。ま、子供だからしょうがないか。マスター、二千グランで飲めるワインをちょうだい」
「私のお金で飲むんですか!?」
アメリアは片肘をつくと、意味深な笑みを浮かべた。
「無料分の相談は、ここまで。ここから先は、超破格。二千グランで、説教してあげる」
「説教?」
「そうよ、説教。ねぇ、なんで弟さんの名前しか出さないの? ウェルナー先輩っていう人が好きなんじゃないの? だったら、ウェルナー先輩が好きなのに、弟が邪魔するんです。どうしたらいいですか? って、相談するべきじゃない? ウェルナー先輩のことは気にならないの?」
「あ……」
名前を出されるまで、ウェルナー先輩を思い出さなかった。
相談することがないから、名前を出さなかったわけじゃない。どちらの誕生日パーティーに参加するかで、明日の五時に勝負が行われる。
そのことを相談してもいいのに、ウェルナー先輩のことが頭になかった。
1日2回の掲載(9時10分と16時10分)をしていますが、昨日は夕方の更新を忘れてしまいました。楽しみにしていた方がいたら、すみません。
物語は半分を過ぎました。
後半も楽しんでもらえますように。




